腹ペコ毒蟲【新版】 作:アンディライリーのうさぎ
今年は東京校の勝利に終わった。夏油と五条は現在、自販機で買ったジュースを近くのベンチに座って飲んでいる。
「悟は予想通りというか、圧勝だったね」
「当然でしょ」
かく言う夏油は少し前まで一般人だったとは思えない力量をみせつけ、勝利した。予期せぬダークホースの活躍に京都校側は驚いた。『呪霊操術』という圧倒的な手数を利用してくるかと思いきや、接近戦も得意とするスタイル。相手は最後、呪霊ではなく夏油の蹴りで倒されることになった。
「あの、呪力の動き……」
「呪力の動き?」
「あ? ……いや、こっちの話」
「なんだ。そう言われると気になるじゃないか」
五条は試合で引っかかったことがあるようで、何かを考えている。
呪力の動き──ということは、六眼で見た時に違和感を感じたのかもしれない。
「ん?」
ちょうどその時、五条の携帯が鳴った。相手は家入のようで、『今すぐ医務室に来い』とのことである。
五条は携帯を閉じると、飲みかけのジュースを一気に飲み干しゴミ箱に投げた。空き缶は見事な弧を描き、ゴールする。
夏油もまた見事なゴールを決め、五条の後を追った。
◇◇◇
反転術式の使い手は非常に少ない。他人に使用できるとなると、さらに数が限られる。
この反転術式の効き目には個人差がある。
(櫻先輩が私の呪力を受けつけなかったのか。はたまた、正エネルギーの変換に呪力が拒否反応を起こしたのか…)
家入が治療を行おうとした直後、気絶してしまった櫻。家入はつとめて冷静になった。治療する側がパニックになってしまっては、元も子もない。
そして状況を鑑みて、呪力を精確に
携帯で呼び出してから間もなく、五条は夏油とともにやって来た。医務室の扉を開けて入ってきた二人は何故か、ギョッとした顔をする。明らかに様子のおかしい彼らに家入は首を傾げた。
「あっ」
家入にケガの状態を診てもらっていた安倍は、上半身だけ下着姿だった。あとでこの二人には、夜蛾に頼んでキツめの鉄拳を浴びてもらおうと、彼女は心に決めた。自分が安倍にTシャツを着せるのを忘れたのは置いといて。
ひとまず上半身は毛布で隠し、五条に状態を見てもらうことにした。しかし、その前に、である。
「五条ォ、鼻血」
◇◇◇
血の海が広がっている。そこに浮かぶ櫻は、どうすっか、と悩んだ。
家入の反転術式を受けた直後、体に大きな衝撃が走り気を失った。
で、目覚めるとそこは現実ではなく、自身の生得領域だった。
「どうしようかねぇ、ナナミン」
イマジナリーフレンドナナミンは浮き輪に乗り、バカンスな格好でジュースを飲んでいる。
「反転術式が“害”になるのって、呪霊のはずでしょ? ということは私って……やっぱり呪霊だったのかぁ」
どのみち呪術師をやっていれば、反転術式を使われる場面が出てきただろう。そう考えると、早めに答えを知れたのはよかったのかもしれない。
「硝子ちゃんたちを、もっと好きになる前でよかった」
もっと好きになっていたら、櫻の心はさらに傷ついていた。誰かを好きになればなるほど──人間のようになればなるほど、いざ失うとなった時、心臓が痛くなる。呼吸もしにくくなる。彼女にとってその現象は、とても不可解なものだった。
「これで逃げたら、呪詛師に認定されちゃうのかなぁ…」
不思議と涙が溢れる。涙は落ちると、血の海と混ざる。
これは、ご飯を三食満足がいくまで食べられなくなるかもしれないことへの涙なのだろうか?
それとも、自分がバケモノだと仲間たちにバレてしまうことへの涙なのだろうか?
「……何? ジュースくれるの?」
櫻はイマジナリーフレンドから差し出されたジュースを飲んだ。味はよくわからない。しょっぱい気もする。…いや、しょっぱいのは自分の涙のせいだった。
「友達ができて、後輩ができて………毎日が楽しかったから、私は忘れていたんだろうね。自分が
あるいは、無理やり忘れようとしていたのかもしれない。
「………」
安倍櫻は結局、
それは彼女自身、わからなかった。
◇◇◇
櫻は目覚めた後、逃走────することはできなかった。家入に呼ばれてきた五条悟がすでにいたからだ。その五条はなぜか、鼻にティッシュを詰め込んでいた。
部屋には夏油もおり、完全に逃げられない状況であった。
しかして、展開は予想と違うものになった。
家入の説明によると、櫻の体は正エネルギーの変換に拒否反応を起こしたらしい。
五条が
反転術式と相性が悪い人間がいることは彼女も知っていたが、自分がまさかそに例に入るとは思いもしなかった。
つまり呪霊だから反転術式を受け付けなかったのではなく、元々合わない体質だったため、ショック反応を起こしたということだ。
この事実があれば、今後ケガをしても反転術式を断ることができる。都合のいい免罪符を得たわけだ。
「櫻先輩の術式は、血を起点とするから拒否反応が起きたのかな…。術式に使われるのは負のエネルギーだし。そう考えると血液そのものに負のエネルギーが働いているわけで、全身に張り巡らされている血管が……」
家入は興味深そうに櫻の腕を持ち上げ考察している。その目はまるで珍しい症例を発見して、テンションが爆上がりした結果、患者を置き去りにする医者のようだった。
「ところでさ、硝子ちゃん」
「──が………アッ、ハイ、何ですか?」
なぜ五条悟は鼻にティッシュを詰め込んでいるのだろうか? 団体戦もそうだったが、個人戦でも無傷で勝っていたはずだ。
制服の上着を羽織りながら櫻は夏油に尋ねると、夏油はあいまいな笑みで返す。対して硝子はジトッとした目で五条を見つめていた。
◇◇◇
姉妹校交流会が無事に終わった。東京に戻る前に一日の猶予がある。その一日で、せっかくなら観光をしないか、という話が上がった。この間、五条は家に呼び出されたため、輪から抜けている。
一般家系の夏油と家入は、京都に中学の修学旅行で一度来たことがあるらしい。一応一般枠の櫻は、「修学旅行……?」という反応だった。
「ちなみに櫻先輩、京都の名物は八ツ橋ですよ」
「やつ……はし…?」
どこの神社に向かおうかとメンバーが話し合っている最中、八ツ橋なるものを近くの店で食べた櫻は目を輝かせる。
「美味しい!」
この時、世界に八ツ橋モンスターが生まれてしまった。
彼女はまた、八ツ橋の種類が豊富にあることを知った。家入に「私、八ツ橋王になってくる!!」と謎の夢を語ると、家入の制止を振りきり一人行動を始める。
歌姫や冥冥への土産も買いつつ、八ツ橋を食べて食べまくる。甘味の合間に口直しとしてしょっぱい食べ物も摂取した。
(生きててよかったぁ〜〜!!)
「うまい!」が止まらぬその姿はまさしく煉獄の人。彼女はその日だけで数十万円分を八ツ橋に費やすことになる。
そうして、ひたすら食べ続けるうちに日が暮れていく。途中で家入から『今どこにいるんですか?』とメールがあったので、目の前にある大量の八ツ橋を写真に撮って送った。すると向こうからは着物を身にまとい、ピースサインをする家入の写真が送られてきた。着物姿の彼女の隣には、落武者姿の夏油もいる。硝子もエンジョイしているようである。
「八ツ橋の全制覇はできなかったなぁ」
ネット販売はしておらず、現地でしか買えないものも多い。八ツ橋王になる夢はまだまだ遠そうだ。
「そういえば、京都って…」
脈絡もなくふとよぎった『安倍晴明』の文字。京都には安倍晴明を祀る神社があったはずだ。
櫻は八ツ橋を探すのと同じ方法で、店の人に尋ねた。すると「あぁ、『晴明神社』のことね」と教えてくれた。
マップで探すと、比較的近場に晴明神社はあった。その場のノリというやつで、彼女は神社に足を運ぶ。そして着いた頃には、辺りは暮れ始めていた。人は彼女しかいない。
「……意外と小ぢんまりしてるかも」
というのが、率直な彼女の感想である。
そもそも普段から神社や寺に参詣する機会がなく、比較する対象がない。
せっかくだし何かを祈っておこう、と思った櫻は、賽銭箱に手に持っていた八ツ橋を投げかけた。うっかりうっかりである。
今度はきちんと小銭を投げた。
「八ツ橋王になれますように…」
安倍晴明も聞いたらびっくりな願いをし、彼女は神社を後にした。
いや、後にしようとして、肩をびくつかせることになった。
シャツ
・一度男二人を追い出してから、櫻が寝ている間に硝子が着せた。
落武者夏油
・じゃんけんで負けた方が落武者の衣装を着る。じゃんけんは3回戦にもつれ込み、勝者は硝子に。