腹ペコ毒蟲【新版】   作:アンディライリーのうさぎ

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18話 WHO ARE YOU?(前編)

 

 

(うっ……五条悟……ッ!!)

 

 

 後ろを振り向いたら鳥居の下に五条悟がいた。新手のホラーだろうか? 櫻は冷や汗を流す。先ほどまで、周囲には確かに自分しかいなかったはずだ。

 

「ええと…こんばんは、五条様」

 

「………」

 

 五条はなぜだか微妙な顔をしている。

 

「八ツ橋王になるって、何なんだ…」

 

 五条の耳はしっかりと、宇宙人の願いをとらえていた。一朝一夕で八ツ橋王になれなかった櫻の両腕には、大量の紙袋がある。その願いどおり、紙袋の中には八ツ橋が入っているのだろう。

 

「五条様は夜のお散歩ですか?」

 

「様はやめろ、かたっ苦しい」

 

「では……GOJOUNOBOTTYAN

 

「ハ?」

 

TOKIHAKITA………YATUHASIOUNI、OREHANARU!!

 

「ちょっ…待てコラオイ!」

 

 五条が櫻の宇宙人説を推してるからといって、本当に宇宙(そら)から謎の電波を受信しないでいただきたい。

 

「それで、坊ちゃんは夜のお散歩ですか?」

 

「ぼっ………散歩っつーか、家の呼び出しから戻るとこ」

 

「そうですか」

 

 互いに戻る場所は同じである。自然と隣り合うようにして帰ることになった。無言な櫻に対し、五条も無言だ。

 この遭遇は間違いなく、五条の意図的によるものだろう。

 櫻が立ち止まると、長いコンパスも止まった。

 

「猶予期間だった、というわけですか?」

 

「何が?」

 

「今日という日が私にとっての、死刑宣告をする前の最後の晩餐だったのか、ってことです」

 

 硝子や夏油の前で言わなかったのは、五条なりの配慮だったのかもしれない。まぁどの道、今の彼女の胸中は複雑だった。

 

「…お前の体が、正エネルギーに拒否反応を起こしたのは本当」

 

「………カマをかけたんですかッ!?」

 

「だけど、傷の治りは違う」

 

 

 五条は個人戦の試合を見ている最中に、気になったことがあった。それが櫻と加茂家の生徒の試合である。

 

 加茂の方は相伝の術式でないなりに、色々と試行錯誤している印象を受けた。

 

 問題は安倍の方だ。『毒蟲』を操りながら、巨大ハンマーを振りかざす戦法。なるほど。本来の術式だと苦手となる近距離戦を、術師本人が穴埋めすることで上手く補っている。ただ、それでも加茂の生徒との相性は悪かった。策略の面では終始相手が一枚上手で、最終的に櫻が意表をつけたことで勝利できた試合だった。

 

「硝子は呪力の流れが俺みたいに詳細に()えねーから気づかなかったけど、お前のケガの治りは、呪霊の再生の仕方と同じだった」

 

 この事実が、五条の中で彼女の禍々しい呪力の件と結びついた。

 

 

「呪霊の性質もあるが、体は人間の構造(つくり)をしている。呪いが受肉した場合も考えてみたが、それにしては寸分の狂いもなく、お前の呪力が肉体にマッチしているのが引っかかる」

 

 

 呪いが人間の体に受肉したなら、多少はそこに齟齬が生まれるはずなのだ。しかし五条が視るかぎりでは、元からこうでしたよ、と言わんばかりにピッタリとフィットしている。

 

 呪霊でありながら、人間でもある不可解な存在。

 

 念のためと家に呼び出されたついでに、五条は安倍櫻の過去をあらった。

 

 おそらく安倍櫻の謎を解く鍵は、施設に入る前の時期にある。しかし、幼少期の彼女の証言をまとめると、「森で過ごしていた」という情報しかなかった。これは櫻本人に問い詰めるしかない。

 

 また五条は、彼女の過去でもう一つ引っかかったことがあった。これもやはり、本人に聞くしかない。

 

「お前が何者なのか、暴く必要がある」

 

「黙秘権は……いえ、ここまで来たら、使えませんね」

 

 蒼い目は、定規で引かれた線のようにまっすぐと彼女を見つめる。

 その視線があまりにも愚直に真っ直ぐなので、櫻は苦笑いしてしまう。

 

 櫻は己のイマジナリーフレンドに、内心でどうするべきか尋ねた。ナナミンの返答は、あなたの選択に任せます、というものだった。

 

 彼女は自分の意思で、決断しなければならない。

 

 

「………『蠱毒』は、ご存知ですよね?」

 

 

 櫻は自分がバケモノであることを、はじめて人に語ったのだった。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 ──安倍櫻の独白──

 

 

「呪いの方法としても有名な『蠱毒』。その方法を用いて、人間と呪いを混ぜ合わせてつくられたのが『SAKURA()』です。

 

 と言っても、私にその実験の記憶はありません。

 

 一番古い記憶は3〜4歳頃のもので、当時の私は、宗教団体お抱えの大きな屋敷で暮らしていました。

 蠱毒で生まれた私は『アオムシ様』と呼ばれ、非術師の人間を救う“神”として崇められていました。

 

『アオムシ様』は元々、黒い芋虫の形をしている呪霊です。『アオムシ様』の力を発揮させるには、人間と()()()()()必要があるようで、そのために蠱毒が行われました。

 

 アオムシ様の術式は呪霊を喰らえば喰らうほど、全体的な力が増します。これはまた、私の術式でもあるのです。

 

 本当の術式は『毒蟲(どっこ)』──ではなく、『腹凹毒蟲(はらペコどくむし)』。

 

 元は違う名前だったんですが、気に入らなかったので、絵本の名前をもじって改名したんです。──えぇ、そうです。芋虫が暴食を繰り返すあの絵本です。

 

 ……え? あぁ、あいにくと元の術式の名前は覚えておりません。でも確か、何とか…毒蟲(どっこ)だったような気がします。

 

 一見するとこの力は有能そうですが、死ぬとすべてリセットされるそうなので、不便ですよね。

 

『アオムシ様』の私は呪霊を食べて人々を救い、時折パフォーマンスをして日々を過ごしていました。…あぁ、パフォーマンスとは………(中略)………ということです。あら……ものすごいしかめっ面になりましたね。

 

 

 屋敷の中で過ごす日々は窮屈でしたが、平穏ではありましたよ。お気に入りの女中もいましたから。絵本を読むのが上手な女中でしてね。幼い私は彼女によく懐いておりました。ただ、その女中の名前は知りません。屋敷にいた者たちは私のお気に入りの女中を含め、特殊な人間が多かったようで、互いに名前を呼び合うことはありませんでした。“名前”を呼ばれるのは、私くらいでした。まぁそれでも、「アオムシ様」と呼ばれることの方が多かったですけれど。

 

 そして…それから、私は絵本で“外”には色々なものがあるのだと知りました。すると次第に、「外へ行きたい」と思うようになったのです。

 

 しかし私が外へ出ることはできませんでした。屋敷の周囲には、私だけ通ることのできない結界が張られていたからです。あの結界はおそらく、「“私以外の”人間の出入りを自由にする」ことで、『アオムシ様』を閉じ込めるより強固な檻の役目を果たしていたのでしょう。

 

 まぁ、結界うんぬんの誓約について、幼い自分が知る由もありません。

 

 私は私欲のあまり、お気に入りの女中にお願いしました。外へ行けるように、手伝って欲しい──と。彼女は悩んだ末に、協力してくれました。彼女自身は、その“外”で体験した過去もあり、私を出すことに否定的ではありました。それでも、協力してくれた。

 

 そして………。

 

 

(中略)

 

 

 ……彼女は私のせいで死にました。私が「外へ行きたい」と願ったがために。

 

 私が術式を使ったのはその時がはじめてでした。本能的に虫を出し、私の女中を手にかけた男に襲わせました。

 

 彼女の遺体の側で泣き続けた私は、そのまま眠ってしまいました。そして…………起きたら、屋敷は血の海でした。誰もいませんでした。おろか、遺体一つ残っていませんでした。

 

 私の術式が暴走したんです。私が、虫たちに命令したわけじゃなくても………私が……ッ。

 

 

(呼吸の乱れ。しばしの間)

 

 

 ………失礼しました。あの頃の私は常識と倫理がアッパラパーでしたので、血の海に何の疑問も抱きませんでした。目覚めると食べた遺体のおかげであり余るほどの元気があり、そのまま結界をブチ破りました。

 

 そのあとは、森で長いこと遭難したのです。呪霊や野生動物、時にあきらかにヤバいキノコを食べたりして、生きながらえました。以降は街に迷い込み、児相に引き取られ────ここら辺は話の核心には関係ないので、省きますね。

 

 坊ちゃんが疑問に思われたもう一つの点についてお話しします。あの男──元父の件ですよね。

 

 事件の概要はすでに知っておられると思いますので、私視点で家族について語らせていただきます。私が『安倍家』に引き取られてからのことを。

 

 

 先に言っておくと、あの男を殺したのは私です。──はい。殺しました。明確な殺意をもって、あの男を殺しました。……いえ、術式が暴走したわけではありません。私が、自分の人生ではじめて「殺してやる」と思ったのです。

 

 あの男を殺した件については後悔はありません。然るべき最期を与えたまでです。

 

 では、聞いてくださいますか? 途中で坊ちゃんも出てくる、私の、『安倍(あべの)櫻』だった少女のお話を。

 

 お腹が空いた(ハングリーな)その少女は、人間を「美味しそう」と思うようになってしまったんです────、

 

 

(以下略)」

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……3分、頭を整理する時間をくれ」

 

「わかりました」

 

 

 櫻の話を聞き終えた五条は、まず気になっていた二点を整理する。

 

 まず、安倍櫻の児相に入る前の過去についてである。

 

『蠱毒』でできた人間と呪いを混ぜ合わせた存在が、彼女。五条の中で、なぜ安倍櫻が人間でありながら呪霊の性質も持つのか、その理由がわかった。

 

 この時点で彼女は秘匿死刑ものだが、さらなる問題はこの『蠱毒』を行った人物だ。おそらく宗教組織に携わっていた人物ではあるだろう。しかし非術師が崇めていたという『アオムシ様』の情報を、五条も聞いたことがない。御三家である五条家の彼が、だ。そもそも人間を使った蠱毒の実験ができるならば、その規模はかなりのものとなる。それなりの費用や人材を使うはずだ。

 

(そう考えると、やっぱ噂の一つや二つ、出回ってない方がおかしいよな)

 

 それこそ例えば、大きな隠れ蓑がなければ──と五条は考え、ふと高専が過ぎった。高専の上層部はかなり腐っている。まるで老害のエキスを搾り出して作ったミックスジュースのように。

 

 五条家伝いで高専に『アオムシ様』の件を探ろうかとも考えた。だが下手に探ると、高専側が“クロ”だった場合、証拠を隠滅されてしまうかもしれない。確実な証拠を得るにはやはり、水面下で独自に調べるのが得策だと判断した。

 

 

 次は、安倍櫻が元父を殺した件に関してである。

 

 これは本人がすでに自白した。「自分が殺した」と。

 

 しかし安倍家の話を聞いた上で、改めて「自分が殺した」という内容を加味すると、また話が変わってくる。

 

 櫻に殺意があったにせよ、父親は先に彼女を殺そうとした。刀で四肢を切り落とすなど、弄んだ上でだ。そこで彼女の母や兄への心中を踏まえると、元父を殺したのも致し方ない。いや、どんな理由があったにせよ、殺しを「致し方ない」で済ますのはまた違う。非常に難しい部分だった。

 

 ただもし櫻が父を殺さなければ、彼女が殺されていたのは事実なのだろう。櫻が嘘を言っていなければ──という前提で。この点に関しては、これまで見てきた安倍櫻の姿を踏まえ、五条は彼女を信じることにした。

 

 

「なぁ、いくつか質問がある」

 

「まだ2分と17秒しか経ってませんよ?」

 

「律儀に数えてたのかよ、お前…」

 

「はい。坊ちゃんが「3分」とおっしゃったので」

 

「だから坊ちゃん呼びは……いや、まぁそれは今はいい。お前の虫が暴走した件に関してだ」

 

 櫻は術式が暴走し、彼女の知らず知らずのうちに屋敷の人間を食い殺したと言った。

 

 はじめて術式を使用した(この場合『腹凹』ではなく、『毒蟲』の力)ならば、暴走してしまったのもまぁ、あり得るのかもしれない。人間を殺す呪霊の性質が出てしまった可能性もある。

 

 ただ暴走したのはこれ一度きり。そして櫻本人によると、彼女の虫は数匹なら別として、多数を操る場合は一つの命令──それこそ「呪霊を捕らえてこい」のような命令を出して操る。

 

 これは言うなれば、虫が動くには術者本人の命令が必須ということで。それがない場合、虫が動くことはないということである。

 

 仮にもし力が暴走した時のように、主人の命令と関係なく自発的に動くならば、虫が暴走してもおかしくないシーンは多々あっただろう。

 

 例えば安倍家にいた櫻が、腹を空かせていた時だ。彼女が「美味しそう」と思った時、もし虫に自発性があるならば、勝手に出てきて食らっていたかもしれない。

 

 

「それにお前が気絶した後、家の屋敷には長男と母親の死体が残っていたんだろ?」

 

 

 虫に自発性があるとして、主人が死にかけており、さらに出血もしているこの場面で、虫たちは動かなかった。この違いが五条は気になっている。

 彼女が好きだった女中の遺体も食らったならば、虫たちが長男や母親の死体を食い殺し、主人の栄養にしているだろう。

 

「………たし、かに。言われてみれば…」

 

 当時のことを思い出していた櫻はそこで、一つ引っかかった。

 父親に嬲られ、倉の中で死にかけていた彼女。

 そのとき彼女は生きる気力を失っていた。そんな彼女が聞いた言葉。

 

 

 ────“力”を使わなければ、死んでしまいますよ。

 

 

 そう言ったのは、彼女のイマジナリーフレンドだった。

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