腹ペコ毒蟲【新版】 作:アンディライリーのうさぎ
ナナミンの言ったその“力”が、彼女の術式であることは間違いない。ならばその力を使って彼女が死なないようにするならば、
「ナナ……ミン?」
「ハァ? ……ナナミン?」
「………違うッ、違う違う!! だってナナミンは…」
「待て、ナナミンって誰だ」
「ナナミンは、ナナミンは違う!!!」
「落ち着け!」
五条に肩をつかまれ、目の前の吸い込まれそうな瞳に凝視されたことで、櫻はいくらか冷静さを取り戻した。それでも額から冷や汗が止まらず、体が震える。
「ナナミンって誰だ」
「………わた、しの」
「お前の?」
「イマジナリー、フレンド……」
「……………イマジナリーフレンドォ!?」
そのイマジナリーフレンドは今、櫻の目の前にいた。彼女が五条に指を差して教えるが、六眼の目でもその『ナナミン』とやらは見えない。つまり呪力がどうこう、の存在ではない。ならば本当に櫻のイマジナリーな存在なのだろう。
「ナナミンは、違うよね? ナナミンが屋敷の人間を虫に食べさせたんじゃないもんね? アレは私の術式が暴走して……」
『………』
「ナナミン、私ナナミンのこと信じてるもん。ナナミンは私のイマジナリーの友だちなんだから…。絶対に、私のことを裏切らない…」
『………』
「何で………何でなにも言ってくれないの? なんで、なんで……ッ」
イマジナリーフレンドナナミンは黙ったままだ。それでも櫻はナナミンがそんな事をするはずがないと、信じたかった。
『…あなたは“外に行きたい”と願っていました』
「そうだよ!! でも、誰かを殺すくらいなら出ようとは……出たいとは思わなかった!!」
『あの結界から出るには、あの屋敷の人間が必要でした』
「……必要、だから何? その言い方じゃあまるで………まるで、ナナミンが…」
『私が指示をしました。人間の栄養分があったおかげで、あなたは外に出ることができました』
「………っ!!」
ナナミンに触れようとした櫻の手は宙をから振る。
どうしてどうして、と彼女は泣いた。人間の味を知らなければ、彼女はまだバケモノである事を自覚せずに済んだ。そうして、その事実に苦しまずに済んだ。
『……あなたを傷つけるつもりはありませんでした。申し訳ありません』
「全部…ッ、遅いよ……! せめて、せめてもっと早くその事実を教えて欲しかった……」
ナナミンに怒ればいいのか、泣けばいいのか分からない。それでも櫻の中で、イマジナリーフレンドに縋りつこうとする自分がいる。
言うなればナナミンは、櫻の願いを叶えようとして行動したのだ。つまり、彼女を想って行動した。そう考えれば、ナナミンはやはり彼女の味方なのだ。だったら──と、櫻はイマジナリーフレンドの手を握ろうとする。しかし、その手は五条につかまれた。
「
「離して!!」
「縋ったらお前は堕ちるぞ」
「堕ちるって何に? ナナミンは私のイマジナリーフレンドで、私だけのイマジナリーフレンドなんだよ?」
「ソレが『アオムシ様』の正体なのか、はたまた蠱毒で生まれた何かなのかは知らねぇが、お前が手を握る相手じゃねぇってことは分かる」
「いいよ、ナナミンが何でも。ナナミンはナナミンで、私のナナミンなんだから」
まるで──いや、間違いなく、安倍櫻はイマジナリーフレンドとやらに依存している。それはもうズブズブと。少なくとも五条にはそう見えた。
特殊な環境下で育ち、そんな彼女が心の在りどころとしていたのが『ナナミン』なのだろう。ドロドロとした内面に対し、紅い目は純朴な色を放っているのだから、その異質さは殊更だった。
「お前が
「……でも、ナナミンはずっと側にいてくれた」
「飯を腹いっぱい食えなくなるかもな」
「………………で、でもっ、それでも、ナナミンと一緒にいる」
櫻が懇意にしている歌姫や硝子、そして彼女と言ったら、な食い物を挙げてもダメ。
五条はそれでも手を離さない。櫻は不思議に思った。高専での彼との関わりは、あまりない。歌姫はよく五条にからかわれ、「アイツゥ〜〜!!」と怒り心頭なところを見かけるが。
櫻自身、この男とわだかまりが解けてから、距離をどうすべきか測りあぐねていた。そうして互いに近くも遠くもない関係が続いた。
「……離してください。関係がないでしょう、あなたには」
「先輩・後輩だろうが、一応」
「そうです。でも、それまでです」
「……何? 敵になって、俺に蒼で消し飛ばされたいわけ?」
「…………それでも、私はナナミンと一緒にいる」
五条の力が規格外なのは彼女も知っている。入学時点で普通なら4級から始まるところを、向こうは異例の特級だ。まず2級の彼女に勝ち目はない。
「……話を聞いて、お前が何とも思ってないのは分かったけど、俺は違うんだよ」
「…何がですか?」
「俺の行動で、結果としてお前は父親を殺すことになっただろ」
「それは結果だけ見た話です。あなたとの縁談話がなくとも、あの家はいずれ崩壊しました。……いえ、結果を考えれば、私が父を殺さない可能性もあると思います。しかし、さらに悪い方向に向かっていた可能性もあります。例えば私が母の愛情に気づかず、兄と会話する機会もなく────全員、食い殺した……ですとか。存外、この可能性があの家のラストとしては、一番あり得たかもしれません」
「それでも発端になったのは俺だ」
「ですから、私は気にしていません」
「………」
五条の握る手に力が加わった。櫻はやはりわからない。彼女が気にしていないと言っているのに、なぜ五条はここまで意固地になるのか。
「………悪かった」
そう、五条は言った。櫻の目が丸くなる。今、あの五条悟が謝った?
「……………あなた、本当に五条悟ですか?」
「俺を何だと思ってるんだ」
「天上天下、唯我ゴジョー」
「ちょっと戦隊モノのタイトルっぽく言うな、この宇宙人」
どうやら本物の五条悟のようだ。彼女を「宇宙人」と間違えるのは何せ、この世には五条悟しかいないからだ。
「で、なぜ私に謝ったのですか?」
「……ッ、そっからかよ…」
「すみません。よく分かりませんでした」
お前に罪悪感を抱いているから──と説明された櫻。彼女はそこでまた、「なぜ五条悟が私に罪悪感を…?」と疑問に思った。しかし彼女の子どものような「なんでなんで?」に付き合っていたら埒があかなくなる。五条はゴリ押しで「俺が悪かった。分かったな?」と圧をかけた。その態度は謝る人間の態度ではなかった。
「とりあえず、あなたが私に罪悪感を抱いているから、こうして引き留めようとしているのは分かりました」
それでもやはり、櫻はナナミンの手を握りたい。だが、心が揺らぎ始めているのも事実で。
これまで彼女が築き上げてきた人との関係や、美味しい食べ物。それらが彼女のナナミンへの絶対的な信頼を揺るがす。本当に自分はこのままでいいのだろうか、と思わせる。
「……あっ」
そこで櫻はまた、思い出した。
ナナミンは五条と相対した彼女がどうすべきか尋ねた時、その選択を櫻に託した。
まるでそれは、子に自立を促す親のように。
「私に……決めろって、ことだったの?」
あえてナナミンは櫻に選択肢を与えたのだろうか? もし自分を選ばせるならば、わざわざ選択肢すら与えないだろう。
本当に、本当に彼女のイマジナリーフレンドは櫻のことを考えているのかもしれない。
櫻もよく分からなくなっている。頭の糸が絡まり過ぎたせいで。
「………」
ナナミンは彼女に向かって微笑んだ。
『私はいつでも、あなたの味方ですよ』
櫻は悩んで、悩んで────そして。
五条の手を、弱々しく握り返す。
櫻の行動を見ていたナナミンは、それに満足したように消えて行った。
そしてそれきり、彼女の前にイマジナリーフレンドが現れることはなくなった。
◇◇◇
ナナミンがいなくなり号泣する子どものようになった櫻は、五条に背負われて帰った。その結果、五条は「アンタ櫻先輩に何したの…?」と家入に睨まれることになった。
話の続きは持ち越しになった。
五条としては『蠱毒』の件は、櫻に罪がなかったとしても確実に
「でも、本当に高専に黙っておくんですか?」
「俺的に高専はきな臭いんだわ、今のところ」
「第一、坊ちゃんがこの事を黙っておくメリットってあるんですか?」
「はーい。まためんどくなるからその話はパスしまーす」
「エッ?」
五条は他にしようと思っていた質問を出す。
その一つが、『アオムシ様』に取り憑かれた人間が死んだあとに、その『アオムシ様』がどうなるのかというものだった。
これは術式の「術者本人が死んだ場合、力はリセットされる」ということから、アオムシ様に憑かれた人間が死んでも、アオムシ様自体は死なないのだろう、と推測された。
イマジナリーフレンドについても疑問は多々あった。これは櫻曰く、そもそもイマジナリーフレンド本人が「私は誰だ?」な状態だったため、結局何なのかは分からずじまいになった。
そしてもう一つ、五条が気になったこと。櫻が話した中で、「こいつ怪しくね?」と思った人物である。
それを指摘された時、櫻は驚いたものの、どこか得心のいった表情をした。
「不思議だったんです。好きだったはずなのに、なぜ彼女のことが記憶からどんどん薄れていってしまうのか」
本当の“愛”を知っていく中で、櫻は理解したのだろう。
その、『彼女』が自分に向けた“愛”が、いつわりのものだったのだと。
「もう彼女の顔すら思い出せなくなってしまって……」
「それって単純に、お前が忘れるように仕込まれてたんじゃねぇの?」
「…………恐ろしいことをおっしゃいますね、坊ちゃん」
「人間と呪いを混ぜるイかれた実験に関わってた可能性があるなら、それくらいはむしろ普通にするだろ」
ならば、『彼女』はもしかしたら死なずに今も生きているかもしれない──と考えた櫻は、そこでやめた。考えても仕方ない。
ー
「とりま、ソイツのことも念頭に置きつつ『アオムシ』関連を調べて──」
「坊ちゃん」
「…何?」
「私が人食いモンスターになった時は、よろしくお願いしますね」
「そこは普通、お前がモンスターにならないように努力すべきなんじゃないの?」
「だってもう、人間の味は知っちゃったので…」
「………純粋に考えて、人間の味を知ってる奴が隣にいるって、相当イかれてんな…」
「大丈夫ですよ。坊ちゃんも大分アレでっ……イタッ!」
額にデコピンを食らった櫻はうずくまった。容赦のかけられた一撃だった。
「ところで坊ちゃん、今さらなんですけど」
お友だちになりませんか? ──と、櫻は続けた。
仮にも「お前を殺す」と言った相手にだ。やはり、安倍櫻は宇宙人なのかもしれない。地雷も平然と駆け抜け、友好条約を結ぼうとしてくる。
「…ったく、本当に今さらだな」
五条にその日、新しい友だちが増えた。
それはこの世で誰も成し遂げたことのない、宇宙人の友人である。
◆◆◆
虫に襲われる男が絶叫して走り回り、大騒ぎな屋敷の中。
刀で刺された喉を治した女は、ひとりでに語る。
「このままだと、彼女が外に出ることは叶わないだろうね。結界がある以上は。まぁ……例えば、そうだね。ちょうど
その判断は
額に傷のある女はそう言い、笑った。
持ち方
・おんぶ(180ダメージ)
・お姫さま抱っこ(90ダメージ)
・俵持ち(91ダメージ)
・無下限の防御付きおんぶ(2ダメージ)
いつか別の作品のifで、呪詛師堕ちから教祖夏油と出会う話が書きたい。誰も傷つけたくないのに、周囲は殺しにかかってくる地獄。ご飯が進む。
連投がんばったんで、しばらく(¦3ꇤ[▓▓]になります。なるったら、なるんや…!