腹ペコ毒蟲【新版】   作:アンディライリーのうさぎ

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2話 アオムシ様

 烏色の髪に、真っ赤なビィドロの如き目。それと日本人形のような白い肌と、パッツンに切られた前髪。

 人間の姿をしながらどこか非人間性を感じさせる幼女は、美味しそうに平らげる。

 

「おかわり!」

 

 黒い、異形を。

 

 

 

 とある宗教組織が秘密裏に行った、『蠱毒』の実験。この実験の()()に使われたのは、戸籍もないような子どもたちだった。

 ちなみにこの実験の件は、組織の中でも上層部のごく一部の者しか知らない。

 

 彼らが祀るのは、一匹の黒い芋虫。この芋虫は『アオムシ様』と呼ばれる。

 

 アオムシ様は呪霊を喰らえば喰らうほど、その力を増していく。ただしアオムシ様は人と混ざらなければ、この力を発揮することはできない。

 

 宗教団自体は、比較的近代に設立されたと言われている。

 

 ただ、彼らの崇めるアオムシ様がいつ生まれたのか。そして、この蠱毒の方法を用いて、人とアオムシ様をいつから交わらせるようになったかは不明である。文献等も一切残っていない。

 

 

 アオムシ様を崇める信者のほとんどは非術師だ。さらに言うと、彼らは狂信的な者が多い。

 

 呪霊に苦しめられていた彼らは、ここの噂を聞き、藁にもすがる思いで救いを求める。すると、アオムシ様の御業によって、あっという間にこれまでの苦しみから解放されるのだ。

 

 

 その御業というのが最初にも述べたとおり、呪霊をパクパクムシャムシャである。

 ただし組織づてで得られる呪霊にも限りがある。

 

 櫻は呪霊以外にも一日で成人男性の一週間分の食事をペロリと平らげ、すくすくと成長していった。

 

 そんな彼女の(『アオムシ様』のものとも言う)術式は『百蟲毒蟲(ひゃくちゅうどっこ)』。

 

 呪霊を捕食するほど全体的なステータスにバフがかかるこの力は、死ぬとすべてリセットされる。

 

 

「もっとかわいいおなまえがいい!」

 

 

 術式の名前を聞いた彼女はしかし、『百蟲毒蟲』が気に入らなかった。

 そのため、近ごろ絵本にご執心だったところから、イモムシが出てくる本の名前をもじり、「腹(ペコ)毒蟲(どくむし)』と呼ぶことにした。

 

「あっ、おなかすいちゃった!」

 

 ちょうど腹の虫が鳴った彼女は、「はらぺこ!」と言う。

 そのアオムシ様の姿に、女中たちは微笑んで食事の用意を始めた。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 毎日食べて、遊んで、寝て……を繰り返したい彼女でも、勉強をする必要がある。

 

 その勉強とは、信者の前でのアオムシ様らしい振る舞い方や、「じゅつしき」という、自分の力について理解を深めるためのものだ。さらに「いっぱんのじょうしき」というものも勉強しなければならない。

 

 その「一般」が本当の「一般」にどこまで通用するかはさておいて。

 

「つまんない!!」

 

 術式のお勉強を教えている男の先生を残し、櫻は障子を突き破って縁側に転がり出た。そこから素足のまま中庭へ駆け出す。イタズラで夜中に屋敷中の障子に穴を空け、朝になって気づいた女中が『_| ̄|○』となっていたこともある。

 

「捕まえましたよっ!」

 

「いやだー!!」

 

 活きがよすぎる彼女を捕まえたのは、女中の中でも一番若い女だった。よく櫻に絵本を読んでくれる女でもあるため、彼女は比較的この女を気に入っている。

 

「いいですか、お勉強は大切なんですよ」

 

「おじさんのいってること、わかんないんだもん」

 

「おじさんもおじさんなりに、きっと頑張って説明しているんです。もう少し頑張ってみましょう?」

 

「………おやついっぱいならいいよ」

 

 普段のおやつの二倍を条件に、彼女は術師の男が待つ部屋へと戻る。

 男は怒るでもなく、少し困ったふうに笑っていた。

 

 

 相変わらず言っている内容はむずかしく、ほとんど理解できない。向こうは幼女に対しかなりやさしい言葉を使っているのかもしれないが、それでもわからなかった。

 

 結局その日の勉強は終わり、おやつの時間になった。持ってきた大量のお菓子をものの数分で食べてしまった彼女に、例の女中は「30回は噛むのが常識ですよ」と言う。

 

「30かいかんでるもん」

 

「嘘はドロ………本当に噛んでいる!?」

 

 おやつを食べ終わった後は昼寝だ。昼夜問わず、寝る前に絵本を読んでもらうのが彼女の習慣だ。

 前述したとおり櫻はこの女を結構気に入っているが、それは読み聞かせが上手いのも理由にある。

 

「昔むかし、あるところに……」

 

「スピヨスピヨ」

 

「秒で寝たな」

 

 絵本がなくとも、彼女はすぐに熟睡できるタチだった。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 信者からの信仰心を維持するには、彼らの心を惹きつけるものが必要になる。そのため定期的にアオムシ様の“パフォーマンス”が行われる。呪霊は食えるが、大勢の前でのパフォーマンスはさすがに彼女も憂鬱になる。

 

 さらに『じゅつしき』のお勉強だ。

 

 その日は『しょーとくりょーいき』なるものを学んだ。いつもの先生から術師・非術師関係なく、誰もが生まれながらにして心に……といった説明を、噛み砕いてされた。

 先生の努力のおかげか、彼女は例えば『術師』を「つよい人!」──と、だいぶアバウトではあるが理解し始めている。

 

『生得領域』については、なぜか「お花畑!」になった。先生の努力はまだまだ足りないようである。

 

 

 

「きょうは「しょーとくたいし」をおべんきょーしたの」

 

「………聖徳太子?」

 

「あれ? …しょーとくたいしじゃないかも」

 

 おやつ時になると、櫻はいつもの女中に勉強でした話をするようになった。話すようになったきっかけは、この女がふと、「そう言えば、お勉強ってどんなものをされているんですか?」と聞いてきたのがきっかけだった。女中たちにも、彼女が先生とのお勉強で何を学んでいるかは聞かされていないのだ。

 

「おめめをね、つむるの。そうしたらね、ものすごいの」

 

「な、何がすごいんですか…!?」

 

「まっくらなの。でもね、ちょっとあかるいの」

 

 彼女から詳しく話を聞いた女は、くしくも先生と同じ反応を返す。

 

「それ、ただのまぶたの裏ですよ」

 

 残念ながら櫻はまだ自分の『生得領域』を見ることはできなかった。

 

 

「でも、へんなめがねのおじちゃんはみえるようになったの!」

 

 

 彼女の発言に、女中の笑顔が固まった。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 奇天烈なメガネをかけたおじさんは、彼女が自分の『生得領域』を見ようと「ぐぬぬ……」と、うなった日から現れるようになった。

 

 夢に出てくることもあれば、現実に出てくることもある。その姿を認識できるのは櫻だけで、そのほかの人間は術師の先生でさえ見ることができなかった。

 

 結果、このおじさんは「イマジナリーフレンド」ということになった。幼子が作る、架空の友だちだろうと。

 

「いまじなりーの、おじちゃんか」

 

 イマジナリーフレンドは彼女が名前を聞いた時、「…おそらくナナミンです」と答えた。ナナミン、ナナミン。彼女は頭の中でその名前を復唱する。

 この名前は中々いい。響きが可愛らしいところが特に。プーさんのような親しみやすさがある。

 

 いや、ナナミンの顔はプーさんとはかけ離れたいかつさなのだが。

 

「ナナミンはおばけなの?」

 

『呪霊ではありません』

 

「じゅれいって、ごはんのこと?」

 

『……呪霊とは、ヒトの負の感情が具現化した異形のことを指すようです』

 

「………うん、わかんない」

 

 ナナミンは彼女が知らないことも知っている博識なイマジナリーフレンドのようだ。そのナナミン自身が自分の口から出る知識に、「?」となっている様子ではあるものの。

 

 まぁいいや、で櫻は澄まし、朱肉を手足にベタベタとつけた。

 

 

 畳につけられた赤い手足の跡を女中が発見するのは、それから30分後のことである。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 “パフォーマンス”の日だ。

 

 彼女は両手足を拘束された状態で、ステージの中央にポツンと置かれた椅子に座っている。

 

 人々の声が聞こえる。「アオムシ様!アオムシ様!!」と誰もがガンギまった目で叫んでいる。

 椅子から下ろされた彼女は、そこから信者を中央で区切るようにして続くステージの道を這う。懸命に、それこそ本物のイモムシのように体を動かす。大きかったはずの人々の声が途中から聞こえなくなった。耳の中が詰まったような違和感がある。それでも彼女は幾重もの狂気的な視線にさらされながら、這う。

 

 

 這って這って、這う。

 

 

 信者が自分を囲むようにして見つめる場所にたどり着くまでに、体じゅう汗でびっしょりになっていた。

 

 そこには一人の呪霊に取り憑かれた人間が座っている。その人物は椅子に座り、ぐったりとしていた。

 

 彼女は息を吸い込む。四肢が拘束されている分普段とは違い食べにくく、喉へ詰まるような感覚がある。

 呪霊は美味しいが、体勢の悪さから喉元へ胃酸が上がっていく。

 

 美味しさよりも気持ち悪さの方が勝った。食べるのに手こずり、次第に息もできなくなっていく。苦しさで涙や鼻水がこぼれ、唾液が地面に垂れた。

 

 なぜこんなことをしているのか、わからなくなっていく。段々と視界が白んでいく。

 

 

 その苦痛に歪む『アオムシ様』の姿を見た信者たちは、感涙の涙をこぼした。

 

 

「アオムシ様……!!」

 

「あぁ、アオムシ様……!」

 

「我々のためになんたるご慈悲を…!!」

 

「あぁ、アオムシ様……!!」

 

「我らのアオムシ様…!!!」

 

 

 まるで歌うように、信者の声が響く。

 

 そうして彼女が呪霊をどうにか飲み込めば、轟くような歓声と拍手が上がった。

 

 

 どこまでも狂っていて(カルトで)、どこまでも異常。

 

 やはり櫻は、この“パフォーマンス”を好きになれそうにはなかった。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 夢の中で彼女は、波打ち際を歩いていた。

 陽の光を反射して、海が宝石のように輝いている。

 方足に体重を加えると、白い砂の中に沈みこんだ。引き抜くと小さな足跡ができる。

 

 櫻は“外”を知らない。絵本でしか“外”のものを見たことがない。

 

 

「うみはあお。でもちょっとみどり! そらはしろい。たいようはキラキラ!」

 

 

 絵本でしか見たことのない景色にテンションが上がる。走っては足を砂に取られて転び、しょっぱい水をかけられる。

 それが面白く、また走って転んだ。そのうちに陽は傾き、あたりは夕日に包まれる。

 

 これがもしかしたら彼女の『生得領域』なのかもしれない。

 

 だが、本能的にこの世界は違うと感じた。

 

「ナナミンのしょーとくたいしなの?」

 

 櫻はいつの間にか波打ち際に座っていたイマジナリーフレンドに尋ねてみる。

 ナナミンは「わかりません」と小さく首を振った。そこで彼女はハッと気づく。

 

 

「ナナミンが()()じゃない!」

 

 

 彼女のイマジナリーフレンドがつけているヘンテコなメガネがない。柄のないあれをどうやって身に付けているのか、幼子にとっての七不思議だった。

 

「おめめ、うみのいろ! わたしはち!」

 

 そう言って、櫻は自分の目を指し、ナナミンに近づけて見せる。

 

 赤い目は確かに、透明な球の中に血を入れ込んだような煌めきを放っている。

 

 彼女に腕を引っ張られたナナミンは、体育座りの姿勢から立ち上がった。

 すると大小の違う二つの足跡が砂浜にできあがっていく。

 

 

「さくらも、おそといきたい」

 

 

 血の色をした目は、夕日よりも赤かった。

 

 


 

 

【腹(ペコ)毒蟲(どくむし)(百蟲毒蟲(ひゃくちゅうどっこ))】

たべてもたべてもはんぐりー!

じゅつしきをもっとりかいして、ってせんせいはいってた

 

【先生】

わたしのじゅつしのせんせいだよ

なにいってるかわからないことがおおいよ

 

【若い女中】

えほんをよむのがじょうずなの

 

【パフォーマンス】

うーん………

 

【ナナミン】

へんなめがねのおじさんだよ

おじさんは「ものしり」だけど、なんでおじさんが「ものしり」なのか、わからないみたい

じぶんのこともよくわからないみたい

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