腹ペコ毒蟲【新版】   作:アンディライリーのうさぎ

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寒暖差のせいで霜焼けになっちゃったよ…。


四章
20話 七海は9999のダメージを負った(滅びのバーストストリーム)


 時節は冬である。

 

 五条悟が『アオムシ様』を崇めていた宗教団体を探った結果、それらしい情報はいくつか手に入った。しかし宗教団体に直接関わっていた人間や、『蠱毒』の実験などの決定的な物証を得ることはできなかった。これに対し、五条は尻尾切りがすでに終わっている印象を受けた。

 

 

 一方で櫻はイマジナリーフレンドが居なくなってしまった事実に、じわじわとダメージを受けている。

 

 いつも側にいたナナミン。「ねぇ、ナナミ…」と話しかけ、その度に自分のイマジナリーフレンドが消えてしまったのだと思い出す。食欲も次第に減退していった。今は一日で、成人男性の四日分しか食べていない。心なしか胸と尻の肉も減っている。彼女の事情を知らない歌姫や硝子は、櫻を心配していた。

 

 

 そんな折、首都は珍しい雪に見舞われた。

 天気予報によると、十数年ぶりの積雪量になるとのこと。外はすでに靴底が埋もれてしまうほどの雪が積もっていた。

 休み時間に外に出た櫻は、せっせと雪うさぎ(ナカマ)をこさえた。施設にいた時、院長に教えてもらったものだ。

 

(子どもたちはみんな、雪を見て朝から元気だったな…)

 

 大騒ぎな室内で、彼女は窓に触れた。暖房の利いた室内と、しんしんと雪の降る世界は一枚のガラスで隔たれている。彼女の体温でガラスは白く濁った。離すと自分の手の跡が浮かび上がり、そこから外の景色を眺めることができた。

 彼女にとって、その白い物体ははじめてのものだった。外に出ると、ひとまず口を開けて食べてみた。──が、白い物体は無味だった。手に取ると不可思議な形をしており、すぐに消えてしまう。魔法のような物体。それが“雪”だった。

 

「南天はあるかな? ……おっ、あったあった」

 

 ぼっちの彼女に雪の“友だち”を作ってみせた院長。今では本当の友人ができたのだと、教えたい気分になる。

 だがあの時ずっと側にいてくれた、イマジナリーの“フレンド”は────。

 

「………」

 

 楕円形に固められた雪に、目と耳が付けられた。赤い目がチャームポイントの雪うさぎだ。

 

「ハァ……」

 

 吐く息が白い。一人ではないはずの世界で、何故こうも自分の心に穴が空いた感覚がするのか。

 

「櫻先ぱーい」

 

 その時、後ろから声がした。振り返ると、ヤニの煙を白い息と混ぜ合わせる硝子がいた。彼女の後方では夏油と五条を追いかける歌姫の姿もある。「待ちやがれェ──ッ!!」と叫ぶ歌姫は、かなりお怒りの様子だ。

 

「今日も元気だね、歌姫ちゃんは」

 

「元気っていうか……あの二人に元気にさせられてるっていうか」

 

 外廊下を歩いていた歌姫は、雪合戦をしていた五条と夏油の流れ玉に当たってしまったらしい。それも顔面から。

 

「せっかくだし、かまくらつくりませんか?」

 

「ご恩と奉公?」

 

「その“鎌倉”じゃないですねぇー。ってか、懐かし」

 

 櫻は硝子に続き、雪かき用の道具が仕舞われている用具入れに向かう。準備のいい後輩の手にはくすねた鍵があった。

 

「この量をかき集めたら、結構大きいのができそうですね」

 

「かまくらって確か、雪を集めて中をくり抜いたやつでしょ?」

 

「そうです。石油ストーブも準備したら最強ですよ」

 

「ストーブ? …………おもち!!!」

 

「あっ、いいですね。餅も焼きますか」

 

 かまくらの制作は着々と進行する。硝子は重労働な作業を元気があり余っている男二人に任せ、櫻と湯気が立っている歌姫を連れて餅を買いに行く。

 その結果、一つの店から餅がすべて消えるマジックが起きた。これぞ腹ペコ(ハングリー)パワーである。

 

 三人が戻った頃には、大きな雪の山ができていた。

 穴開け作業はここ掘れ(うさぎ)がおこない、全員がギリギリ入れるスペースができあがる。

 ストーブも用意し、かまくらの完成である。難点だったのは、餅の供給が需要に追いつかないことだった。

 

 ついでに餅に付けるものについて、「しょうゆ派・砂糖しょうゆ派・きな粉派・お汁粉派」──等と分かれ、人間のみにくい争いが生まれてしまうことになる。

 ちなみに櫻は「腹に入ればどれでもいい派」だった。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 今年の桜の開花は早かった。地球温暖化のせいかもしれない──と、櫻は花びらを見て思った。

 

「私ももうすぐで19歳か…」

 

 自分の本当の誕生日は知らない彼女。一応は春に設定されている。歌姫とは学年が一つ違いだが、誕生日が来てしまえばしばらくは同い年(タメ)になる。

 その歌姫は四年の過程を修了し、一年の自由期間に入る。前々から計画を練っていることは櫻も聞かされていた。

 自分だったらモラトリアム期間に入った時、何をするだろうか。大食いの旅に出るのもいいし、八ツ橋王も目指したい。

 

「………」

 

 ふと、『アオムシ様』のことも過ぎりはした。しかしその件は、五条が調べても目ぼしい情報を得られなかったのだ。自分が調べたところで、徒労に帰すだけだろう。

 

「ナナミンがいなくなってから、もう半年が経つのか…」

 

 まだイマジナリーフレンドの喪失感を引きずっている。それでも周囲のおかげもあり、少しずつ前を向けるようになった。

 イマジナリーフレンドナナミンとは結局何だったのか。『アオムシ様』だったのか。

 それとも、蠱毒が作られた過程で生まれた何かだったのか。

 まぁその正体が何でも、彼女の答えは変わらない。ナナミンは、彼女の『イマジナリーフレンド』である。

 

「とりあえず私がぼっち(唯一)の最高学年になるんだし、しっかりしないと!」

 

 そんな彼女はおそらく、この一年も後輩たちに介護される側になるだろう。

 

 

 四年は交流会に参加しないため、イベントがまったくと言っていいほどない。ちなみに櫻は約半年前の交流会で、昇級の機会を逃した。

 一方で、この交流会で力を示した夏油は一気に等級を上げている。夏油や五条の方が、すでに彼女より等級が高い。

 

(個人戦も相手の方が上手だったし、武器を投げて隙を無理くり作ったのも無茶な部分があったからなぁ…)

 

 ──そもそも、以前に手合わせをした五条からは「素手の方が強いのに、何で武器を使ってんの?」と言われている。

 それでも彼女は武器で戦う。なぜならイマジナリーフレンドをリスペクトしているからだ。

 

「四年のうちに、準1級を目指すのが目先の目標かなぁ」

 

 1級の呪霊を食す道のりは長い。特級など、さらに夢のまた夢だ。

 強くなるにはやはり、夏油のような大きな目標があった方がいいのかもしれない。さらに『腹凹』の力だけに頼らず、心身を鍛えていくことも大切だ。

 

「後輩に負けちゃいられないね。頑張らなきゃ」

 

 大きく伸びをした櫻は、ひとまずグラウンドに走り込みに行くことにした。

 その前に自室でジャージの袖に腕を通し、前のチャックと格闘する。

 

「………」

 

 それから5分ほど経ち、チャックを閉めるのを諦めた彼女はスポドリを持って外に出た。

 

 

「あの……すみません」

 

 

 勢いよく走る彼女に声がかけられた。急ブレーキをかけた櫻は声のした方を見る。そこにいたのは大きな手荷物を持った青年である。服は私服だった。

 

「実は、付き添いの補助監督の方が急な仕事で──」

 

 青年は補助監督に寮まで案内してもらっている最中だったらしい。ただ急遽仕事の入った補助監督に気をつかい、「位置を教えくだされば自分で向かいます」と話したそうだ。その結果、迷ってしまったとのこと。青年の想像以上に高専の敷地内は広かったようだ。

 

「その……男子寮まで案内していただくことは可能でしょうか?」

 

「………」

 

「……いえ、無理でしたら結構です」

 

 青年は気まずげに顔を逸らす。人形のような、どこか冷たさを感じる赤い目に凝視されると居た堪れなさがある。おまけに今の櫻は無表情だった。

 話しかける相手を間違えてしまったかもしれない。そう思った青年は、頭を下げ、その場を後にしようとした。

 

 

「ナナ、ミン……ッ!!」

 

「え?」

 

 

 青年の────七海の手がつかまれた。

 

 思わず相手の顔を見た七海はギョッとする。先ほどまで無表情だった相手が泣いている。いや、号泣している。なぜ初対面のはずの相手が自分の名前を知っているのか……という疑問は、あさっての方向に吹き飛んだ。

 

「ナナミン……!!」

 

「ちょ、待っ」

 

「ナナミン!!!」

 

 思いきり櫻に抱きつかれた七海はそのまま倒れることになった。幸い荷物がクッションとなり、背中へのダメージは免れる。

 いやそれよりも、重大な問題が起こっているだろう、七海建人よ。そうだ。顔面に押しつけられている(ソレ)だ。

 

 

「ナナミン、おかえり」

 

 

 至近距離で七海が見た血の色をした目は造りものめいていて。

 その中には、ドロドロとした“何か”があった。

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