腹ペコ毒蟲【新版】   作:アンディライリーのうさぎ

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数か月前に書いたストックを消費してる。全然執筆が進んでない。まぁ、その時はその時。


21話 イッヌとネッコ

 [問い]見知らぬ人間がいきなり抱きついてきたら人はどう思うか。その心情を述べよ。

 

 

 七海は「……ケテ……タ、ス…」になっていた所を、偶然通りかかった夏油によって救出された。一方で、子どものように号泣する櫻はそのまま硝子の元へ運ばれていった。硝子は「私は櫻先輩のお母さんじゃないぞ?」と思った。

 

 たとえ相手の容姿が整っていたとしても──。そして、ラッキースケベ的展開が起こったとしても──。

 

 いきなり赤の他人に抱きつかれれば、人は当然驚くわけで。七海は安倍櫻に苦手意識を持つようになった。

 

 さらに彼は五条という名の洗礼を浴び、「アレ、もしかして呪術師って頭のネジが外れていらっしゃる…?」と学んでいく。今のところ、七海の良心は同級生の灰原だけだった。自分を助けてくれた夏油という男も腹黒いタイプで、家入という女生徒は学生のはずなのにタバコを吸っている。

 

「個性的な先輩が多くてすごいよね、七海!」

 

「檻のない動物園に紛れ込んだ気分だ…」

 

 やはり七海の良心は灰原しかいない。彼はパンを食べながらそう思った。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 安倍櫻の前に突如として現れた、ナナミン──ではなく、『七海建人』という青年。

 はじめて出会った時、彼女の脳内はハテナが量産された。奇天烈なメガネの下を見たことがあるため、すぐに七海の顔がナナミンと同じだとわかった。

 しかし、所々違う部分も多い。まず分け目が異なる。ついでに髪でいうと、長さも違う。

 年齢も七海はナナミンより一回りは若かった。背も少し小さい。

 

(私の前に現れたのは、ナナミンの若い頃ってこと…!?)

 

 いやそもそも、何故空想(イマジナリー)なはずの『ナナミン』が現実にいるのだろうか?

 櫻は唯一自分のイマジナリーフレンドを知る五条に尋ね(衝突し)た。返答は「俺が知るかよ」だった。

 

「第一、俺もお前の空想のお友達を見たことがねぇし」

 

「2Dだったナナミンが、いきなり3Dになったんだよ!!?」

 

「良かったじゃん。次元の壁を飛び越えて来たんなら」

 

「それは嬉しいけどもッ!!」

 

 ゼェハァ、と息を荒げる櫻。

 五条は「まぁ、可能性の話だけど」と口を開く。

 

 例えば(まじな)いの類で、“将来の結婚相手が見える”というものがある。子どもの頃、怪談本を読んでいたならばご存知な方もいるのではないだろうか。深夜0時ちょうどに、カミソリをくわえて水をの張った洗面器をのぞくと──という話だ。

 

「まぁ、あくまでこれは例え話な。俺が言いたいのは、呪いの類で未来において自分と縁のある人間が見える可能性もあるってコト」

 

「……呪いの類なら、それこそ呪力が関わってくるのでは? 坊ちゃんはイマジナリーフレンドのことを視えてませんでしたよね?」

 

「うん。だから、俺が知るかってこと」

 

 いくら五条が最強だからといっても、分からないことはある。

 まぁ七海建人自体は害のない、いたって普通の生徒である。それは五条も確認済みだ。

 

「つまり、七海くんは私の運命の相手ってこと…?」

 

「ん?」

 

 五条は余計なひと言を言ってしまったかもしれない。宇宙人は「そうか、なるほど…」と自己完結し始めている。

 五条から見ても、七海は櫻を避けている。その状態で、次に起こすであろう宇宙人の行動をそのままにすれば、いったいどうなるやら。

 

 

「お前はまず、七海(アイツ)に嫌われてるのを自覚した方がいいぞ」

 

「………えっ?」

 

 

 ノン・デリカシーの一撃は、櫻に大ダメージを与えた。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 イマジナリーフレンドはいつだって、彼女の側にいた。雨が降っていたら、その上から傘をさしてくれるような存在だった。

 

「…そうだよ。七海くんはナナミンだったとしても、ナナミンじゃないんだ」

 

 はたして七海が将来、『ナナミン』になるのかは分からないが。

 

 七海建人はあくまで、彼女の後輩である。五条の一撃で重傷を負ったのは幸いだったかもしれない。冷静に考える余地が生まれた。

 今の七海は、彼女と顔を合わせることがあるとスッと逸らす。

 以前まで、「どうして七海くんは顔を逸らすんだろう?」と思っていた疑問が解けた。解けてしまった。

 

 

「………もしかして、いきなり抱きついたのがダメだった…?」

 

 

 彼女にしては花丸な思考で正解を見出すことができた。

 ならばこの、できてしまった溝を埋めたい。その上で運命の相手と────、

 

「……そもそも、“()()()”相手ってどういうこと?」

 

 五条にとっての、夏油のような存在だろうか? 即ち、親友(ベストフレンド)

 

「うーん…?」

 

 自分にとっての“友人(フレンド)”の意味を、櫻は改めて考えてみた。

 彼女の“友人”は歌姫や硝子、五条だ。まだ夏油とは親しくなれていない。というか一定の距離を置かれている。その原因を作っているのが自分自身だとは、櫻は気づいていない。

 

 ならば──、イマジナリーの“フレンド”だった『ナナミン』は、どうであっただろうか。

 

 確かにフレンドだった。ただ、そのフレンドが、歌姫や硝子に向けるものとまるっきり同じかと言われれば、違う。

 その差異を言語化するのは非常に難しい。それでも強いて言うなら、代替の利かない存在、である。

 つまり、唯一無二のフレンド。それは結局────親友(ベストフレンド)ということなのだろうか?

 考えてはみたものの、答えは出なかった。

 

 

 とりあえず今の彼女にできることは、これ以上七海に嫌われないようにすることだ。

 なるべく七海がいる場に居合わせないようにして、すれ違う時も視線を合わせないようにする。そうして、なるべく息を殺す。やっているうちに段々と辛くなってきた。好きな相手になぜ自分はこんな行動を取っているのだろうか、と。

 そもそも七海に“嫌われている”という事実が辛すぎる。

 

「……大丈夫ですか、櫻先輩?」

 

 普段の半分しか食事の進まない彼女を、硝子が心配する。

 櫻は「ちょっと、ダイエット中なの…」と苦し紛れの嘘をついた。

 彼女は極力イマジナリーフレンドのことを隠している。五条にナナミンの存在を明かした時も、内心では話したくなかった。

 隠そうとする理由は、架空の友人がいると知れて、周囲から冷ややかな視線が向くのを恐れるためだ。

 しかして硝子や歌姫ならば、驚きはすれど、バカにすることはないだろうと分かる。

 なら何故、櫻は言わないのか。

 

(ナナミンは、()()イマジナリーフレンドナナミンだから)

 

 これこそ七海も感じた、安倍櫻のドロついた感情の正体である。

 

 

 一方で、硝子の方はというと。

 

 

「櫻先輩がダ………ダダ、ダイエットォ!!?」

 

 

 硝子はすっとんきょうな声を上げ、椅子から転がり落ちた。現実にそんな、吉本新喜劇のような転け方があるのか、と言わんばかりの見事な動きである。

 

「硝子ちゃんて、そんなに驚けたんだね」

 

「ダイエットなんてダメです! もっと、もっと栄養を付けないと…」

 

 食べなければ、硝子のJカップ(おっか)さんが死んでしまう。いつもとんでもない抱擁力で、彼女の顔を包んでくれるJカップ(おっか)さんが……。

 

「ダイエットをするなら、五条を倒してからにしてください………」

 

「何でそこで坊ちゃんが出てくるの?」

 

 結局硝子の剣幕に押し切られた櫻は、いつもの量を平らげた。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 灰原雄は、七海と同じく新しく高専に入ってきた一年生である。

 気難しい性格のクラスメイトとも、持ち前の明るさですぐに仲良くなった。

 五条や夏油といった個性的な先輩も多く、日々が楽しく感じる。

 そんな彼は補助監督なども利用する食堂で、()()()()出会いを果たした。

 

「食堂にははじめて来ましたが、思ったより人は少ないですね」

 

「………」

 

「灰原?」

 

 突然銅像のように固まってしまった灰原。心配した七海は灰原の肩を叩いてみる。しかし、無反応だ。

 

「いったいあなたは何を見て……」

 

 とあるテーブルの一角に、大量の皿が並んでいるエリアがある。比較的広いテーブルに座っているのは二人の生徒。七海はどちらも見覚えがあった。先輩の安倍と家入だ。

 おそらく灰原の方は、安倍を見るのがはじめてだ。

 

「あの人、あんなに食べるのか……」

 

 七海は少し引き気味である。ただ食べる量に対し、食べ方の所作は綺麗なため、時折食事の席である嫌悪感は感じない。

 

「な、七海……ッ!」

 

「何ですか?」

 

「ぼ、僕……」

 

 灰原の顔は赤くなっていた。七海は相変わらず「?」のままだ。

 

 

「僕あの先輩のこと、好きになっちゃったかもしれない…!!」

 

 

 灰原雄は、いっぱい食べる女の子がタイプだった。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 すでに七海があのいっぱい食べる先輩と知り合いだと知った灰原は、七海に両手を合わせた。「頼む!!」と。

 安倍に苦手意識はあったが、恋をしてしまったらしい友人の気持ちを無下にするわけにもいかない。

 七海は仕方なく、間に入って安倍に灰原を紹介した。

 櫻も櫻でいきなり七海に話しかけられ、ひっくり返って前転倒立を決めることになった。

 

「あ……あの、僕、七海と同じ一年で………」

 

「いつもの元気はどうしたんですか、灰原」

 

「灰原くんって言うの?」

 

「ワァ……!! ハ、はいッ…!! 灰原雄です!!」

 

 手を伸ばしてきた安倍に、灰原は動転する。握手──好きな相手といきなり握手だって? 灰原のフィルターを通して見る安倍は全体的にキラキラと輝いている。造りめいた顔をしているが、笑うと人形っぽさもなくなる。眩しすぎて直視できない。

 

「そっか。よろしくね、灰原くん。私は四年の安倍櫻。えっと………そちらの彼は、七海建人くんだよね?」

 

「……え、えぇ」

 

 手を握ってしまった…! ──と感極まっている灰原の横で、微妙な空気が流れる。二人が話すのは、初対面で会ったとき以来だ。ちなみにあの後、七海は夏油に寮の場所を教えてもらった。

 

「…この間は、突然抱きついてごめんなさい」

 

「いえ……」

 

「えっ、抱きつ………?」

 

 灰原が真顔でジッと七海を見つめる。

 

「あっ、私が急に七海くんに抱きついちゃったの。その……知り合いの人に似ていたから、つい嬉しくなっちゃって…」

 

「そう…だったんですか」

 

「その人とはきっともう、会えないんだけど……」

 

「「………」」

 

 空気がさらに重くなってしまった。

 七海と灰原は心のアンテナを通して会話する。

 会えないってことは、“その人”とやらは遠い国にいるということだろうか? それとも、さらに遠い──娑婆の向こうの……。

 

「「(きっ、気まずい…!!)」」

 

 後輩二人の心中などつゆ知らず、櫻はこれを機に七海と仲良くなれないものだろうか、と考えた。

 

「その……二人がよければ、お友だちにならない?」

 

「お友だち()()ですかッ!!?」

 

「灰原、相手の発言を自分の都合のいいように捉えないでください」

 

「……あっ、ごめん七海…」

 

 灰原と七海はかなり親しげな様子だ。ボッチのまま四年にまでなった櫻は、「クラスメイトっていいなぁ…」と思った。そう考えると、小・中に行っておけばよかったかもしれない。学校に通えば、クラスメイトを経験できた。

 

 ……いやしかし、やはり施設にいた初期に同年代の子どもから受けたいじめや陰口を思えば、行かなかった判断は正解だっただろう。アレでも、院長のおかげでいじめが抑えられていた方だ。

 人によって得意・不得意は異なる。『社会』が自分にとって不得意な場所だと、櫻自身が何よりわかっている。ならば、「行かない」選択肢も間違っていない。

 

「よろしくお願いします、安倍さん!」

 

「…よろしくお願いします」

 

 櫻は差し出された後輩の手を順番に握った。

 灰原は心なしか、イッヌの耳と尻尾の幻覚(スタンド)が見える気がする。

 七海は………よくよく見ても高校生に見えない。

 

「よろしくねっ…!」

 

 自然とこぼれた櫻の笑みに、灰原は顔を赤くした。

 七海の方は、「実際に話して見ると、思ったよりも普通な人だ」──と思った。まぁその七海の認識は、天然モンスターと接するうちに崩れていくことになる。

 

 


【tips】

食堂の料理人→3年前から従業員が増えた。今日もまた戦争が始まる。

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