腹ペコ毒蟲【新版】   作:アンディライリーのうさぎ

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 ストック全消費で参ります。なんやて工藤の「工」と、四丁目の夕日の「夕」を用意してください。三丁目ではいけません。
 しばらくは番外で自分の好きなように書く、の精神で生きます。


22話 あなたに傘を

「…あれ?」

 

 任務中のことである。最初は些細な違和感だった。

 櫻の出した虫が出した命令とは異なる動きをとった。その次は、虫の送った信号がその状況にそぐわないものだった。

 度重なる違和感が重なり、唐突にそれが起きた。

 

 

「虫が………出せない?」

 

 

 パックリと切れた傷口からは、赤い血だけが滴り落ちていた。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 虫が出て来ないだけで、回復機能やバフの力は依然と変わりない。

 途方に暮れた櫻は家入や五条に相談した。硝子曰く、からだに問題はないとのこと。対し五条は、呪力が乱れている、と語った。

 

「まぁ、一過性のモンだとは思うけど、今は様子を見るしかねぇな」

 

「そうですか…」

 

「変な呪霊を食って、虫が腹でも壊したんじゃねーの?」

 

「虫たちが、腹痛を…?」

 

 そんなことがあるのだろうか? 櫻は拾い食いをしても、腹を壊したことはない。であるのに、虫たちはご主人と違って腹を痛めてしまったというのか。

 

 とりあえず、五条の言うとおり今は様子を見るしかなかった。

 

 

 索敵ができないと、彼女ができるのは呪霊を倒すことくらいだ。

 しかし五条や夏油が請け負う任務とは等級が合わず、同行できない。比較的誰とでも連携の取れる櫻は、一年のサポートに付けられることが増えた。

 あえてサポート役なのは、七海と灰原に主軸に立ってもらい、経験を積んでもらう意図がある。

 

(七海くんはやっぱり鉈を使うんだな…)

 

 七海が『ナナミン』の姿へ進化していくなら、いずれはあのヘンテコ眼鏡も装備していくのだろう。

 

(二人とも、中々連携が様になってるな)

 

 阿吽の呼吸──にはまだ遠いが、どちらかがミスをしても、上手くカバーし合って呪霊と戦えている。

 ただ問題もある。灰原の方は直感的に動きやすいタイプで、呪霊の罠にハマりやすい。七海の方は基本は冷静だが、こちらも直情的になると脳筋な行動に出やすい。

 

(どっちも経験を積んでいけば、自然と克服していくかな)

 

 今回の任務では灰原が呪霊のトラップに引っかかり、足に蔦が絡まった状態で逆さ吊りになっている。またその蔦で振りまわされたせいで、今にも吐きそうになっている。

 七海はというと、灰原の隣でこれまた逆さ吊りになっていた。鉈は彼の手から離れ、別の木に突き刺さっている。ご機嫌はすっかり斜めのようで、こめかみに青筋が浮かんでいる。

 

「気持ち、悪ぅ……っ」

 

「だから私が、あれ程気をつけろと言ったでしょう……」

 

「ごめん、ななみ…」

 

 櫻は一瞬、「記念として写メに撮ろうかな?」とも考えた。ただ、こと七海に関わる行動は、一度立ち止まって考えるようにしている。

 

「七海くんの鉈を持ってくるから、ちょっと待ってて」

 

 木から鉈を引っこ抜いた櫻は、七海に手渡した。鉈を受け取った七海は、自力での脱出が難しい灰原の蔦を先に斬ることにした。

 

「安倍さん、灰原を頼みます」

 

「はーい」

 

 灰原の蔦を斬ったあと、七海は再度腹に力を込め、自分の足の蔦を斬った。汗で制服の中がぐっしょりとし、その不快さにため息をこぼす。

 チラリと灰原の方を見ると、安倍の胸元に顔を半分突っ込んだまま安らかな顔で気絶していた。戦闘とは関係ない鼻血まで出している。

 

「な、七海くんッ!! 灰原くんが気を失っちゃった!!」

 

「……コイツは宙吊りにしたままの方がよかったですね」

 

 七海は不埒者の頬を叩き、強制的に起こした。「ココハドコ…? ボクハダレ…?」と茫然とした灰原は、二年の影響で要らぬ知識を吸収している櫻に「あなたはジュヴァのパイロット。灰原シンジよ」と教えられ、「僕は、ジュヴァのパイロット…!?」と驚くことになる。

 

 この二人に挟まれた七海は、遠い目を浮かべた。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 空に灰色の雲が広がり始めた。

 

 七海が「任務に集中してください」と二人を叱った後、作戦を練り直して呪霊の討伐に挑むことになった。

 先ほどは灰原が呪霊の罠にかかってしまい、それに気を取られた七海も巻き込まれる形で宙吊りになった。

 

「私が虫で索敵できたら、罠にも気づけたんだけどね」

 

「安倍さんが気にする必要はありません。やらかした灰原の責任です」

 

「すみません、安倍さん…」

 

「いや、二人のサポートに回れなかった私の落ち度だよ。今度は気を引き締めて行きましょう」

 

 二人のサポート役は櫻だ。と言っても、『毒蟲』の力が使えない以上、自ら呪霊の残穢を察知する必要がある。これまで自分がいかに虫の索敵に頼っていたのか、櫻は改めて自覚した。

 

「今回は私が前に立って、呪霊をぶっ潰すね」

 

 用意しておいた専用のケースからハンマーを取り出した彼女は、ペン回しでもするかのように、慣れた手つきで武器を振るう。重さのあるそれは、ヒュンヒュンと風を切った。ついでに呪霊の返り血で視界が遮られないように、サバゲーで用いるタイプのゴーグルを装着する。

 

「何だかモンハンみたいだね、七海」

 

「モン……ハン?」

 

 一狩りが始まった。今回の呪霊の等級は、彼女からすれば余裕で倒せる。ただ相手が蔦を操ることと、周囲が森ということも相まって、意外と手こずる。

 この状況を打破する方法は一つだろう。

 

「二人とも離れてて」

 

 ハンマーを振りかぶった櫻は、木を薙ぎ倒しながら呪霊を追い込んでいく。蔦がつたう元を絶ってしまえば、灰原のように死角を狙われることも早々にない。

 

 そんな脳筋方法で、着実に斜面に追い詰められていった呪霊。そこへ決死の逃亡をした呪霊に、ハンマーに乗った櫻も滑り落ちる。ポツポツと降り出した雨の影響で、滑りは一級品だ。櫻は呪霊に追いつくと、地面に降りながら器用にハンマーを握って潰した。

 

 上にいる二人に討伐が完了したことを告げ、ハンマーを抱えて斜面を登る。ハンマーの重量が足腰にそれなりの負荷をかけてくる。櫻は多少息が上がりつつ、上にまで登った。

 

「ホワッ」

 

 そんな、ちょうど上に片足がついたタイミングで、まだ斜面に置かれているもう片方の足がズルッと滑った。思わず彼女の口からマヌケな声が上がる。

 

 だが地面に熱烈なキスをすることはなかった。七海がとっさに伸ばした手が、彼女の肩をつかんでいる。

 

「重…!? ……ッ、灰原!!」

 

「え、私重…?」

 

 ハンマーの想像以上の重さで、七海の体が前に倒れる。彼に助けを求められた灰原は、状況を理解して七海の胴に腕を回した。大きなカブを引っぱる時のような状況だ。

 

「私の体を引っ張ってどうするんですか!!」

 

「えっ、違うの!?」

 

「普通安倍さんの別の腕を引っ張って、重さを分さ──」

 

 あっ、と七海と灰原の声が重なった。七海は一瞬のうちに下した判断に基づいて、灰原の体を蹴り飛ばす。これで灰原は巻き込まれない。あとは落ちゆく二人だけ。安倍は後ろから落ちる体勢だ。

「え、私重い…?」のショックで呆然としていた櫻も、我にかえって武器を手放す。ハンマーを持ったまま転がると、手足が巻き込まれてボキボキに折れる可能性があるからだ。

 

 

「七海ッ!! 安倍さん!!」

 

 

 二人は仲良く、斜面を転がっていった。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

()っつ…」

 

 数十メートルの斜面を転がり、最後は木にぶつかる形で止まった。二人とも制服が土で汚れ、葉っぱがついている。目を開けた櫻は視界の黒さに驚いた。少し顔を離すと、制服のボタンが見える。

 

「……な、七海くん!?」

 

 そこで彼女は、自分が七海に頭を抱きしめられるようにして倒れているのだと気づいた。嗅ぎなれない匂いに困惑する。これが七海くんの匂いか──という感想は、いささか変態くさいかもしれない。

 

「すみません。頭を打ったらまずいと思いまして…」

 

「あ……う、うん。全然大丈夫だよ!」

 

 幸い櫻はかすり傷程度のケガだった。これくらいなら高専に帰る前にはきれいに治っている。

 問題は七海で、右足が折れてしまっていた。

 

「だ、だだっ…大丈夫七海くん!?」

 

「問題ありま……ッ!」

 

 立ちあがろうとした七海は、右足の痛みで再度尻もちをついた。ちょうどその時、上から灰原の声が聞こえた。補助監督に連絡を取ったらしい。すぐに櫻の携帯に連絡が入った。

 

「──はい。………はい、分かりました」

 

 七海のケガの状況を伝えた櫻は、補助監督の指示に従いながら、即席で応急処置をした。携帯は耳に押し当てるようにして、肩で挟んだまま会話する。近くにあった大きめの木の枝を固定具代わりにし、それを支える布を制服の袖で代用する。自身の制服の袖を引きちぎった櫻は、ワイルドさに磨きがかかった。

 

「足は固定しました。──了解です。ここから北東へ迂回するルートで歩けば、通ってきた道に戻れるんですね」

 

 このまま応援の救助を待っていると、日が暮れてしまう。ならば多少時間はかかるとしても、歩いた方が早い。

 補助監督と連絡を終えた櫻は、上にいる灰原に現場へ向かっている補助監督と合流するようにと伝えた。ついでに自分のハンマーのケースと、七海の鉈を回収してもらうよう頼んだ。

 

「気をつけてくださいねェ──ッ!!」

 

「はーい!」

 

 ここで一旦灰原とは別れる。櫻は斜面の下に落ちていたハンマーを拾い、七海の近くに置く。

 七海は何とも微妙な顔をしている。

 

「安倍さんが私を背負うんですか?」

 

「えぇ」

 

「……重いと思いますよ?」

 

「………わ、私が?」

 

「いえ、貴女のことではなく…」

 

 七海的に、女性に背負われるのは躊躇するものがあった。別にそれは嫌悪からではなく、「異性に触れるのはまずくないか?」という思考から来ている。今はしかし、そんな呑気なことを言っていられる状況でもない。

 

「……分かりました。お願いします」

 

「うん、任せて」

 

 安倍はしゃがみ、両手を後ろに出した。親が子どもにするような、おんぶの姿勢だ。おそるおそる伸ばした七海の手は、「あ、ちょっと待って」という言葉で引っ込む。

 

「これを傘代わりにして…」

 

 櫻は袖なしの上着を脱ぎ、七海の頭を覆うようにかけた。

 それから今度こそ七海を背負い、立ち上がる。お荷物気味なハンマーは七海の足を支える片手で、引きずるようにして運んだ。その状態だと非常に歩きにくかった。

 

 

 それから、今の雨のように、ポツポツと会話が続いた。

 どうして鉈を武器にしようと思ったのか──や、なぜ七三分けにしているのか──など。

 主に櫻が質問して、それに七海が答える形だった。

 

 その会話も次第に無くなる。

 雨粒が葉に当たる音。そんな雨にうんざりした鳥が漏らしたため息の声。

 かぎりなく静かで、その空間に小さなものたちの動きを詰め込んでいる。

 

 気まずさに似た気持ちが彼女の喉の、数センチ下まで上ってきている。次の一声はきっと、七海への謝罪の言葉になる。

 

 

「……申し訳ありませんでした」

 

 

 しかし先に謝ったのは、七海の方だった。櫻はとっさに自分の判断ミスだった、と告げる。呪霊を斜面へ追い込んだのは自分だから──と。

 

「ですが落ちる原因を作ったのは、手を出した私です」

 

「いや、七海くんが助けてくれなきゃ、私はきっと地面に顔をぶつけてたし…」

 

 今回の任務は、七海も灰原も、そして櫻も空回りが多かった。

 これを教訓にして、次回へ活かすべきなのだろう。だったら今は反省会で、その反省会も一旦お終いだ。

 

「次、頑張ろう。悩んでもしょうがないしさ」

 

「……そう、ですね」

 

 自責の紐が解かれて気が緩んだのか。櫻の後ろからかすかな寝息が聞こえ始めた。任務と骨折の痛みで、七海もかなり疲れていたのだろう。先ほどよりも背中にかかる重みに櫻は息をついた。

 

「………」

 

 その重みが、彼女に教える。自分が今、七海建人の“傘”になっているのだと。

 彼女にとっての“傘”はナナミンだった。

 

(やっぱり七海くんは、ナナミンだとしても、ナナミンじゃないんだ)

 

 しかし不思議と、その背中にかかった重さが嫌だとは思わない。

 七海建人が『ナナミン』と1パーセント違いでナナミンではないのだと感じても、その事実が彼女の心に荒波を生むこともない。

 ひどく穏やかで、心臓が強く脈打っていた。七海に抱きしめられた後からどうも、地に足がつかないような、そんな感覚がする。この浮遊感はいったい何なんだろうか? よく分からなかった。

 

「体もちょっと、熱っぽい気がするんだよな…」

 

 人生で一度も風邪どころか、病気ひとつ罹ったことがないというのに。今日の自分はどうもおかしい。

 

 

 

 それ以降、櫻は七海を見るたびにその不可思議な症状に見舞われることになった。

 そんな彼女の様子を見た灰原は、七海を凝視(Toくま吉へ送るうさみの目)する。二年もまたタバコを落としたり、前髪を上に飛ばしたり、サングラスを落としたりと、忙しい反応を見せた。

 

 硝子に聞いても体の病気ではないというのだから、不思議である。

 

 

 そして、自由期間を過ごす歌姫が久しぶりに遊びにやって来て、“ビョーキ”の彼女を見た瞬間目を見開いた。

 

「あ、アンタまさか……そのっ、()()()()()表情……!!」

 

「?」

 

 歌姫はひと呼吸置き、櫻の肩をつかんだ。

 

 

「アンタ、恋を知ったのね!!!」

 

 

 コイ、というのは────鯉? ノンノン。

 

 

「…………恋?」

 

 

 安倍櫻はどうやら、七海に恋をしてしまったらしい。

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