腹ペコ毒蟲【新版】   作:アンディライリーのうさぎ

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23話 花嫁修行の成果ぞな?

 歌姫の怒涛の質問責めで目をまわした櫻。歌姫ときたら、「うちの子がこんな立派に育って…!」な感動を見せている。

 質問タイムが終わった次は、噂の一年の顔を見に行った。

 歌姫は窓の外からひょっこりと顔を覗かせる。一年の教室にいるのは男二名。一方はイッヌ系の男で、もう一人はネッコ系の男だった。

 

「その『七海くん』とやらはどっち! どっちなの!?」

 

「金髪の男の子の方です…」

 

「ホォ〜〜〜!!」

 

 こんなにイキイキしている歌姫、櫻だって今まで見たことがない。

 

「フゥーン……ちょっと気難しそうな性格に見えるけど、悪くなさそうじゃない」

 

「な、七海くんは、すごく紳士なんですよっ……!」

 

「もし付き合って、デートに行くことになったら私に絶対に言いなさいよ。この庵歌姫が、腕によりをかけてアンタを磨いてあげるわ」

 

「つ、つつ、付き合………!?」

 

 普段は白塗りでもしてるのかと見紛う櫻の肌が、瓜のように赤くなる。食べ物にしか興味のなかったような女が、何とも可愛らしくなってしまった。

 

「っま、まずはどう告白するかが問題よね」

 

「……ッ、………」

 

 櫻曰く、七海とは友だちの関係だそうだ。

 

「…というか、歌姫先輩は私のアドバイスに乗ってくれてますけど、レンアイ経験が豊富なんですか?」

 

「………何か言った?」

 

「えっ?」

 

「アンタが私に何か言った気がしたけど、何も言ってないわよね?」

 

「……ハイ、ナニモイッテナイデス」

 

「フフ、そうよねぇ」

 

 この話題には触れない方がいいらしい。歌姫の無言の圧を受け、櫻はそう思った。

 

 ひとまず櫻は歌姫のアドバイスを受け、七海の気を引かせる作戦に出ることにした。勝負に出るなら──つまり自分から告白するなら、勝率の高い試合に臨んだ方が良い、というのが歌姫の自論である。

 

「目指すなら完封試合(パーフェクトゲーム)!! 相手が自分に想いを寄せたタイミングで告白して、ストライクを決めるのよォ!!」

 

「お、おぉ…」

 

「もっと腹から声を出しなさい!」

 

「お……おぉー!!」

 

 などと、二人が外で話している中。歌姫の野球観戦で鍛え上げられたヤジの声量で、一年生たちは彼女らの存在に気づいた。巫女姿の見知らぬ女が腕を高く上げ、それに従うように櫻も手を上げている。

 

「巫女姿の先輩って高専にいたかなぁ…?」

 

「様子からして、安倍さんの先輩なんじゃないですか?」

 

「あっ、なるほど!」

 

 だったら挨拶しに行かないと! ──と、灰原は窓際に近づいてガラッと開けた。すると先ほどよりもクリアになった二人の「おぉー!!」というかけ声が聞こえる。

 

 先輩の先輩もやはり()()た人間なのだと、七海は学んだ。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 女子らしさをアピールする。その名目で、櫻は長い髪をまとめ、できたお団子に花が散りばめられたかんざしを挿した。動くとシャラリと音が鳴る。これは母親の形見の一つでもある。大切に保存していたが、このまま使わずにしまっておくのもどうかと思い、棚から引っ張り出した。母の遺品は、他にも着物などがある。一方で兄の遺品はほとんどない。ただ遺品の一部は、葬式に訪れ、「これ……もらってもいいかな?」と尋ねてきた少年に譲っている。カードの入ったケースを握ったあの少年の目尻からは、とめどなく涙が溢れていた。また、母の遺品の一部もその少年の父親に譲っている。以降、その親子とは会っていない。しかし母と兄の命日に二人のお骨がある墓に行くと、自分が供えたものではない花がある。だからおそらくきっと、毎年二人のどちらかは墓に訪れている。

 

 

「料理なんて、滅多にしなくなっちゃったからなぁ…」

 

 

 外見はこれでよし。次は料理で女子らしさをアピールする。ついでに七海の胃袋もつかめたら一石二鳥だ。

 しかし花嫁修行をしたのは随分と前。それからは料理などとんとしなくなってしまった。単純に自分が食べる分を作ると、料理に時間がかかる。だったら、出前や良心的な価格のレストランで食べた方がいい。

 

 料理を始める前に、まず業務用冷蔵庫を買うことにした。普通の冷蔵庫だと、食材が入りきらない。というか業務用冷蔵庫も一つだけでは足りないし、ほかにも鍋やフライパンなど、デカいものを買いそろえる必要がある。

 

「というかそもそも、業務用冷蔵庫なんて私の部屋に入らないぞ?」

 

 メジャーを持った彼女は夜蛾に相談すると、寮の余っている部屋を使ったらどうか、という話になった。たしかに空き部屋はたくさんある。櫻は許可を得て、業務用冷蔵庫を置くためだけの部屋を手に入れた。その部屋は自室の隣である。

 あとは買った複数の業務用冷蔵庫をトラックで運んでもらい、あれやこれやと搬入作業を進める。そうして一人暮らし用の空間に、異質な空間ができあがった。冷凍庫の音がブオオンと鳴る。それに櫻は満足そうに頷いた。

 

 さて、今度こそ料理だ。ありったけの食材を買い集める。レジの総額が10万を超えたあたりで店員の目が白目になった。この店員はきっと、日頃の心ないお客の接客で疲れていたのだろう。

 

 そしてその大量の荷物をやわらかい──例えば豆腐など──は別の袋に詰め、他はどでかい風呂敷に絶妙なバランス感覚で並べて詰めた。その状態で寮に帰っている最中、警官に職質された。風呂敷のマークがいかにも盗人の柄だからといって、こんな善良な一般市民を職質するなどひどいではないか。櫻はウソのお涙ちょうだいの演技で風呂敷を開き、警官を絶句させた。そのあと無事に解放された。

 

 

 寮に帰ったら、いざお料理タイムの幕開けである。匂いにつられたのか、いつの間にか部屋には硝子もいた。

 料理自体は久しぶりだったが、花嫁修行の賜物で、体が覚えていた。切り方もきれいな等間隔で、気持ちのいいステップを刻む。

 

「ご相伴にあずかってもいいですか、先輩?」

 

「もちろん。味は美味しいか分からないけどね」

 

 そうしてできあがったのは和食。量についてはまぁ異次元の多さとして、出来栄えもいい。

 ひと口箸を進めた硝子は、「美味しいですよ!」と語った。

 

「よかった! 花嫁修行の苦労がここで報われるなんて…不思議なものね」

 

「花嫁修行?」

 

「あぁ…まぁ昔、ちょっとね。それより、こっちの味はどう?」

 

 櫻は大皿に盛られた胡麻和えのほうれん草を小皿に移して、硝子に差し出す、こちらも好評だった。

 

「おっかさん、また今度食べにきてもいいですか?」

 

「うん、いいよ。………うん?」

 

 おっかさん? ──と首を傾げた櫻。これに味をしめた硝子は、度々彼女の部屋に転がりこみ、一緒にご飯を食べるようになる。

 

「ところで、どうして急に料理なんて? つい先日、業務用冷蔵庫を運んでいる時もビックリしましたけど」

 

「………アピール、するの」

 

「アピール?」

 

「私の女子らしさを……そ、そのっ…好きな人に」

 

「ホホォ」

 

 彼女が七海に想いを寄せているのは、硝子もすでに気づいている。櫻の態度があからさまだからだ。一方で七海の方は────たぶん気づいていない。そして自分がなぜ、時折灰原に真顔で見つめられるのかも分かっていない。その上で積極的に動きはしないが、灰原の恋路を応援している。

 

(すっごい昼ドラな展開だな)

 

 本人たちには言えないが、硝子はこの状況を面白く感じている。次はどうなるのか、ハラハラもしている。

 

「そうですかー。櫻先輩には、好きな人がいたんですかー」

 

「う、うん……。しょ、硝子ちゃんにはまだ、言ってなかったんだけど…」

 

 坊ちゃんたちにはナイショにしててね? ──と続け、櫻は七海に気があるのだと話す。硝子は「そんなこと、五条も夏油もとっくの前から気づいてますよ」という言葉は飲み込んで、ニッコニコで「分かりましたぁ」と語った。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 朝4時。アラームが鳴る。飛び起きた櫻は部屋着姿の上にエプロンをつけて、颯爽と料理を始めた。弁当は七海にちなんで、()段弁当。はたして七海は自分の料理を「美味しい」と言ってくれるだろうか。心臓がドキドキする。

 

「七海くんだけだと灰原くんが可哀想だし、もしかしたら硝子ちゃんも食べに来るかもしれないからなぁ…」

 

 割り箸と取り皿は多めに持参していくことにした。

 時間はあっという間に過ぎ去り、時刻は7時を回る。そこから急いであと片づけをして、何だかんだと身支度をしているうちに8時になる。部屋を飛び出した彼女の足取りは軽快そのもの。昼食の時間がすでに待ち遠しかった。

 

 

 それから時間は流れ、お昼になった。櫻は風呂敷に包まれた弁当を持ち、一年の教室に向かう。その姿を発見した硝子はスパイに変身した気持ちで、彼女のあとにコソコソと続いた。その不審な姿を疑問に思った五条が、「何してんの硝子?」と声をかけてくる。

 

(ッチ、邪魔だなコイツ…)

 

 五条が付いてきたら最後、「マジかよお前、〇〇ちゃんが好きなのかよー!!」と小学男児のように騒ぐに決まっている。そうなると、昼ドラの観察どころじゃなくなる。硝子は彼をまく方法を考えた。

 

「(……あっ、そうだ)」

 

「ハハン、さては腹でも壊したな?」

 

「私、今日アレだから」

 

 五条は脇腹に、夏油のひじを入れられて倒れた。夏油は「君のデリカシーの無さもねぇ、本ッ当に大概にしろよ……」と説教モードに入っている。

 すまんな、と死体になった五条を残し、硝子は今度こそ教室を後にした。

 

 

 

 一方、一年の教室では、和気あいあいとした空気が流れていた。

 櫻は「久しぶりに料理してみたんだけど、よ、よかったらみんなで食べない?」と、弁当を出した。七海はそのデカさに少し引き、灰原は「マジですか!?」と瞳を輝かせる。

 

 味の感想はどちらも好評である。櫻は内心で両手を握って泣いた。ありがとう、料理を教えてくれたお母さま。

 

「安倍さんは…ぐすっ、絶対にイイお嫁さんになりますよ…!!」

 

「灰原が、号泣している……」

 

「そ、そんなに言われると照れちゃうよ、灰原くん…」

 

 この状況、三者三様である。

 

 灰原は櫻が七海のために料理を作ってきたのだと分かり、その悲しみと弁当の美味さで泣いている。

 対し七海は櫻の「そんなに言われると照れちゃうよ、灰原くん…」のセリフで、「おや? 意外と灰原とイイ雰囲気か…?」と思っている。

 そして櫻は灰原の発言で、七海のお嫁さんになる姿を想像して照れている。

 

 見事に噛み合っていない。そんな彼らの姿を廊下の窓から隠し見ていた硝子は、声を殺して笑った。

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