腹ペコ毒蟲【新版】 作:アンディライリーのうさぎ
雨の日のデートなら必然、屋内でゆっくりと過ごすことになる。櫻は七海の嗜好を考え、事前に美術館はどうか、と電話で尋ねていた。すると七海は以前の任務で付き合ってもらったからと、別の提案をした。
『安倍さんの行きたい場所に行きませんか?』
七海の行きたい場所ではなく、自分の行きたい場所。彼女はうーんと唸った。
行くなら食べ物のある場所がいい。レストランや、定食屋など。しかしそれでは七海が楽しめないだろう。
(お互いに楽しめる場所……あっ)
そこではたと彼女は思いついた。食べ物にばかり目がないような自分でも、一つ趣味らしいものがある。
「映画館とか、どうかな?」
DVDで観るのも良いが、映画館で観ると迫力が段違いである。そのことに気づいた彼女は、気になる映画があった際は観に行くことにしている。最近は18禁ものも堂々と観れるようになり、ホラーやスプラッタものを楽しんでいる。難点があるとしたら、時折胃酸の臭いを感じなければならないことだろう。
ただ、これを知った歌姫曰く、「アンタは趣味が悪い」とのこと。
「………でも、ちょっと待って。私の好きな映画って、その…怖い系、というか」
『ホラー系ですか?』
「七海くんには、合わないと思うの。だから、観る映画は七海くんが観たいものを選んだらどうかな、って……」
『……それなら、少し気になっている映画があります』
「ならそれで!」
『ただ、灰原に勧められたものでして──』
海外ものの、亡くなった愛犬と飼い主の話らしい。その概要だけ見るとよくある感動系の話かと思いたくなる。事実、七海もそう思った。しかしどうやらジャンルはミステリー系らしく、愛犬のジョンが町はずれの忘れ去られた墓標の前で伏せるように亡くなっていたところから始まり、その死を不思議に思った飼い主が調べていくうちに、驚愕の真実を知る──というものらしい。七海は話の概要を聞いてから、ふと思い出しては気になっていた。
そして、その概要を七海から聞かされた櫻も気になり出した。
なぜ飼い主の先祖の墓ならともかく、町はずれの墓の前で亡くなっていたのか。『伏せ』の姿勢は服従を意図しているようでもある。
考えるほど、謎が深まっていく作品だ。
そして実際にデートでこの映画を観に行った二人は、しばらく余韻を味わってから同じ感想を抱いた。
お前は、『ジョン』だったのか────と。
して、映画館を出た二人は、近くのカフェで映画の感想を言い合ったり、談笑を楽しんだ。
それから時間が流れ、まだ陽は明るいものの、そろそろ帰ろうという空気になる。
「あっ」
「どうされました?」
櫻が立ち止まった先には一際大きな音楽を垂れ流す建物がある。明るい中で、さらにそのライトが存在を主張する。透明なドアの先にはクレーンがある。ゲーセンだ。
彼女の目を惹きつけたのはしかしクレーンではなく、広告としてはためく旗だった。
「…寄ってもいい?」
「構いませんよ」
七海はそう言いつつ、ゲーセンから出る音に良い気分はしないようで、建物を見た際に眉間に皺ができていた。それでも彼女が行きたいならと、頷く。
店の中に入るとその騒がしさはより一層顕著になる。櫻も片手で耳を押さえた。
彼女はお目当てのものを探し、周囲を見渡しながら歩いていく。
「あ、あった!」
「……証明写真ですか?」
「形は似てるけど違うよ、七海くん」
箱型のそれはいわゆるプリ機というものである。女子高生が友人や彼氏と撮り、楽しむようなものだ。箱の外装にはデカデカとギャルの顔が映っている。七海には未知の代物だった。かく言う櫻も、自発的に来たのはこれが初めてである。これまでは歌姫に連れて来られて撮るのが常だった。
「デートの、初記念ということで……ど、どうかな?」
「これは……私のような男が入っても問題ないのですか?」
「う、うん! カップルが一緒に入ってるのも、見たことがあるから!」
「そうですか…」
櫻はプリ機の暖簾をどかし、奥に座る。七海もおずおずと未知の空間に足を踏み入れた。中は外装に対して白い。二人が入るにはいささか小さく、座ると膝が前にぶつかる。太腿も体をきちんと入れようとすると安倍と触れざるを得ない。香水とは違う甘い匂いと、それに混じって新しい服の匂いもする。くっ付いた肩を離すと、自然と片足が外に出てしまう。
「七海くん、それじゃ見切れちゃうよ」
「…中、小さくないですか?」
「そう? うーん…そうかも。歌姫ちゃんと来た時は、ちゃんと入れてたんだけどな……」
「察するに、日本の若い女性を対象としたものなら、その想定に合わせて造られているのではないかと思うのですが」
「………私が、大きいから…」
「いえ、あなたを責めているわけではなく…」
七海はため息に似た息を吐き、グッと距離を詰める。これ以上寄るスペースのない櫻は背を丸め、後ろに七海の腕が入る場所を作る。彼女の意図を察した七海は少し逡巡してから、そろりと腕を回す。安倍は、ふふと、笑った。
「じゃあ、操作しちゃうね」
櫻は画面と向き合い、設定し始める。その途中で自分と七海の足を見て、とある考えがよぎった。自分たちより足が長い──例えば五条がこの中に入ったら、二つ折りの足を、三つ折りにしないと入らないのではないか?──と。
率直にそれを七海に伝えると、エメラルドの瞳がスッと細まる。
「安倍さんは五条さんと来る予定があるんですか?」
「ん? ないけど」
「……不要な嫉妬でしたね」
「…? あっ、カメラカメラ!!」
会話を気を取られているうちに、撮影が始まろうとしていた。櫻は画面を指差し、七海にここを見るようにと話す。
結果として、最初は失敗に終わり、セカンドトライとなった。この撮影は見事に成功する。七海は異様な大きさの目になった写真の己を見つめる。五条並のデカさになっている。安倍は可愛らしいとして、自分の目が顔のバランスに合っていないように感じられる。
「一度、五条さんに撮ってもらいたいですね」
「七海くんは五条くんの足を三つ折りにして欲しいってこと?」
「さて、三つ折りで入るでしょうか?」
「………どうなんだろう」
七海が冗談のつもりで言った言葉を、櫻は真剣な様子で考え込んだ。
やはり天然というか、思考回路のつなぎが普通の人間と違うというか。安倍は突拍子もないことを考える。
ただ、これも「可愛らしいな」と思ってしまうのが、恋の病か。
初デートはこうして、終わりを告げた。
櫻は持って帰ったプリクラの一枚は携帯に貼り、成功と失敗の残りをプリ帳に挟む。
一方で七海はどこへ置けばいいのか悩み、自室で本を読む時の栞代わりとして使うことにした。
【硝子の緊急ミッション】
比較的珍しい同期三人での任務帰り。硝子はゲーセンを発見し、以前安倍に「もしできたら…」と頼まれていたことを思い出した。
「なぁ五条、夏油、今から三人で“イイトコ”行こーよ」
かくしてプリクラに訪れた三名。夏油は経験があるようで「あぁ」という顔をし、五条は「プリクラじゃん」と話す。
「なに、三人で撮んの? 狭くね?」
「入るわけないだろ。お前らデカいんだし」
家入は五条を押し込み、足の具合を確認した。案の定まっすぐには入れられないようで、お嬢様のように足を斜めに傾けている。
「入れ、夏油」
「男二人は型破りだろう」
「せっかくなんだし、お前の目を大きくしても──いててて」
硝子はつねられた手の甲をさする。その間に、五条は画面を操作していく。五条の育ちから考えて、プリははじめてではないのか。硝子が尋ねると、「いや、はじめてだけど」と、五条。
結局、撮るなら面白い方が良いと、三人で撮ることになった。
五条と家入で中は満杯になり、夏油は外から中へ上半身を滑り込ませる形で撮った。
硝子はできあがった写真を受け取り口から取り出す。
それを後日、安倍に見せた。
櫻はポツリと、「ちゃおの目だ……」と呟いた。