腹ペコ毒蟲【新版】   作:アンディライリーのうさぎ

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邪鬼の無邪気。ジャキムジャキ。


3話 邪鬼無邪気(ジャキムジャキ)

「ねぇねぇ、うみはちのうみもあるの?」

 

「えっ?」

 

 朝起きて早々物騒な質問をしてきた櫻に、布団を押し入れへしまっていた女中は頓狂な声をあげる。

 この読み聞かせの女中は彼女のお気に入りということもあり、櫻の身の回りの世話を任されることが増えた。

 

「海は青色なんですよ。地獄になら、血の海はあるかもしれませんね」

 

「そうなの? じゃあじごくのえほん、よみたい!」

 

 子どもを恐怖に突き落とすことでお馴染みの、例の地獄の絵本。

 後日女中が用意したそれを読んだ彼女は、キャッキャと嬉しそうに笑った。

 

 

「それにしても櫻様は、なぜ血の海があるか──なんて、聞いてきたんですか?」

 

「ゆめのなかで、うみはあおかったの。でも、ちょっとちがうの」

 

 

 少し緑がかった青い海は、ナナミンの瞳のようで。

 “美しい”という感情を、彼女は「わぁ…!」という感嘆で表した。

 

「おそとにちのうみはないの?」

 

「自然でいくつもの現象が重なった結果、海が赤く見えることはありますよ。しかし血の海はないですね」

 

「ほんとにぃ?」

 

「本当にぃ、です」

 

 地獄の本を投げ出した櫻は、女中の膝を枕にして寝っ転がる。自分の瞳の色をした海はどうしてもないらしい。

 

「ねぇねぇ、おそとはどんなところなの?」

 

 夢で見た海の一件以来、彼女の“外”への好奇心は高まるばかりだった。

 こっそりと人目を盗み屋敷から抜け出し、外へ出ようとしたこともあった。

 しかし途中で見えない壁のようなものに阻まれ、押しても叩いても出ることはできなかった。

 

 この壁は彼女だけを外に出さない造りになっている。でなければ、外から来た人間も出入りすることはできないだろう。

 

 

「……外には、櫻様の毒になるものがたくさんあるのです。ですからどうか…どうか、「外に行きたい」と、他の人間に言ってはいけませんよ」

 

「どうして?」

 

「櫻様のためです」

 

「…わかった」

 

 

 女中は優しく彼女を抱きしめる。その体はかすかに震えており、櫻は不思議そうに首を傾げた。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 女中に懇願されてから、彼女は「外へ行きたい」と表立って言うことはなくなった。

 依然と呪霊を食べ、信者を作り、食べて、イタズラして(遊んで)、寝る毎日を過ごしている。

 

 それでも外への興味は日に日に増すばかりだった。

 

 そんな時は一人の時を見計らい、イマジナリーフレンドに外について尋ねている。

 

 彼女は最近ナナミンに呼びかける時に「へい、ななみん!」と言うか、「おっけー、ななみん!」と言うかで悩んでもいる。

 

 人間の増え方に疑問を持ち聞いた時は、ナナミンは固まり、スッ…と消えていった。

 

 なので仕方なく、彼女はいつもの女中に尋ねた。

 

 

「ねぇ、にんげんはどうやってふえるの?」

 

「ブフッ」

 

 

 縁側で櫻とともにお茶を飲んでいた女中は口の中身を吹き出し、咳を込んで小さく震える。

 

「だ、誰からそんなことを? …まさか櫻様の、“大きなお友だち(イマジナリーフレンド)”ですか?」

 

「え、えっと………せ、せんせい!」

 

 先生はこの時、大きな濡れ衣をかけられてしまうことになる。

 

「…ゴホンッ! いいですか、人間は男と女が愛し合って生まれてくるものなんです」

 

「どうやってにんげんはうまれるの?」

 

「女の口から卵として出てきます」

 

「えっ!!?」

 

 衝撃的な事実に櫻は驚いた。

 

「じゃあ、くちのなかからたまごがでてきたら、さくらがきゃっちするね!」

 

「……私が口の中から卵を出したら、ですか?」

 

「うん!」

 

 無邪気な笑顔で櫻は笑った。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 人間は女の口の中から卵が出てきて生まれる。

 

 それを知った彼女は、救いを求めにきた女性の腹を見て固まる。ちなみに信者の前に出る際は、全身をミイラのように包帯で覆っている。一応目や口元は出ているので、見たり、呼吸はできる。

 

「何度子どもを妊娠しても、流れてしまうんです…!」

 

 女には複数の魚のようなものを体に張りつけた、黒い異形が腹を締めつけるように巻きついている。

 膨れた腹はスイカがまるまる一つは入っていそうな大きさだ。

 

(くちからだすの、たいへんそう)

 

 場違いなことを思いつつ彼女は早速呪霊をつかみ、食らう。呪いの悲鳴が聞こえる。それと同時に、複数の声も聞こえた。その声の主は、呪霊の体についた魚のようなものらしい。

 

 

『ママ、たすげっ』

 

『やだ! いっしょにい』

 

『ママッ、ママ!!』

 

 

 魚のようなものたちは、小さな手足を必死に伸ばし、女性に向かって叫んでいた。

 

 

「おいしいっ!」

 

 

 魚のようなもののスパイスが効いているのか、今日は一段と美味い。

 一方で腹を締めつけるような違和感がなくなった妊婦の女は、呆然とする。その直後、女の腹の中から蹴られる感触がした。

 

「あっ……」

 

 妊婦は口元を手で覆う。元気に腹の中で動く、我が子。それを感じ、自然と涙がこぼれる。

 

「この子が……喜んでいるんだわ…! 早く、お母さんのお腹の中から出てきたいって…!!」

 

「がんばって(口の中から)だしてね」

 

「えっ? ……あっ! 産んで、ということですね! ありがとうございます、アオムシ様!!」

 

 女は彼女の手を握り、感謝の言葉を伝えた。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 子どもの永久機関である「なんで?」。質問に答えても、さらにその答えから「なんで?」が生まれる、大人を恐怖に陥れる攻撃だ。

 その「なんで?」をイマジナリーフレンドにぶつける櫻だが、赤ん坊の件のように都合が悪いとはナナミンは消えていく。

 そうなると、彼女が次に尋ねるのはもっぱらあの女中になる。

 

 

「なんでにんげんはあいするの?」

 

 

 妊婦の件から、人と人が愛して──の、“愛”の部分に興味を持った彼女。

 この質問に対するナナミンの回答は、「愛……?」だった。ナナミンにこの質問は難し過ぎたらしい。

 

「愛は人間をとても好きになることですよ」

 

「すきになる、ってなに?」

 

「そうですね…例えば私は櫻様が好きです。ですからこうして時折、抱きしめて差し上げたくなります」

 

 女中は彼女を抱っこし、背中を軽く叩いた。これが“好きになる”ことなのかと、彼女も抱きしめ返してみる。相手の心臓の音が聞こえた。

 

「……さくら、これすき!」

 

「抱きしめられるのがですか?」

 

「うん! なんか……むねがぽかぽかする!」

 

「そうですか。それはきっと、素晴らしいことでしょうね」

 

 ナナミンも今度抱きしめてみようと、櫻は思った。

 こうして抱きしめてもらうと落ち着く。相手の脈のリズムと、自分の脈のリズムが手を取って、踊っているような気がする。白い頬がほんのりと赤くなり、瞼が落ちていく。

 

「…ねぇねぇ、ほかにもすきなひと、いる?」

 

「………いましたよ」

 

「そーなんだぁ…」

 

「いましたけれど、過去のことです」

 

 女中はそのままあやすように櫻の背中を叩く。そして、語る。

 

 

「私が好きだった家族は、人に恨まれるようなことをしていました。その結果私の家は不幸が続き、私は愛していたはずの家族に売られたのです」

 

 

 借金の担保として彼女は若くして売られてしまった。その後の人生は悲惨なもので、彼女自身も家族を崩壊させた呪いとは違うが、社会の(呪い)に呑まれていった。

 

 生きるも地獄。されば死は、天国であるのか? 

 

 

「私は、アオムシ様に救われたんですよ」

 

 

 だから、この女中は櫻に仕えるようになったと言う。

 

 女中は詳しい自分の過去を話したわけではなかったが、大変だったのだろうな、と彼女は漠然と思った。

 

「ですが私はアオムシ様だから、櫻様のことを好きなわけではないんですよ」

 

「そうなの?」

 

「私は櫻様が櫻様だから、好きなんです。……イタズラばかりするのは少し困りますけどね」

 

「だって、さくらはイタズラ(あそぶ)の“すき”なんだもん!」

 

「ハハハ、こやつめ言いおる」

 

 これが子育てというものなのか。

 育児とは斯様にたいへんなものなのか、と女中は頭を押さえる。

 

「……じゃあね、もし、だよ」

 

「…はい?」

 

「もし、さくらがどうしてもおそとにいきたいっておねがいしたら、てつだってくれる?」

 

「それ、は……」

 

 未だに捨てきれない櫻の“外”への願望。

 きっとこの女中は彼女自身が“外”を嫌っているから、櫻を出したくはないのだろう。

 

 しかしそれでも、一度だけでいいから、櫻は外に行ってみたかった。

 

「………」

 

 口をつぐんだ女中は手を握りしめ、俯いてしまう。

 

「ちゃんとね、かえってくるから!」

 

「世の中に怖いものがいっぱいあったとしても、行きたいんですか?」

 

「うん」

 

「……少しだけ、考えさせてください」

 

 そう言い、女中は盆を手にして去っていった。

 

 

 

 それからしばたく経ち、女中は意を決した様子で外に“お出かけ”する手伝いを引き受けた。

 女中なりに色々と悩み、“外”を知らない櫻を思って出した答えのようだ。

 

「それで、どのように外へ出るおつもりなのですか?」

 

「ん?」

 

「……まさか、何の考えもなし(ノープラン)?」

 

「ん〜〜……えっへへ」

 

 マジでこの幼女は、ノープランだった。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 櫻が外へ出るには、屋敷の周囲を囲う“壁”を何とかする必要がある。この壁は彼女以外の人間ならば、自由に出入りすることができるものであった。

 

 考えられる方法は一つ。一つ目は壁を何らかの手段で壊すこと。

 二つ目は、この壁を作っている人間に解かせることだ。

 

 影でこの壁について調べてくれた女中は、この壁がどうやら櫻の先生でもある男が張っているらしい──という情報を入手した。

 

「じゃあせんせいをたおせばかべきえるかも!」

 

「ダメですよ! それでは事が大きくなってしまいます!!」

 

「じゃあさくらががんばってかべこわす?」

 

「……それが一番いいのかもしれませんね。そもそも櫻様が見えるという壁が、私には見えませんし」

 

「じゃあきたえなきゃ」

 

 庭の中を走り出した櫻は数分後、飛んできた蝶に自分の目的を忘れ、「まてまてー!」と駆け出す。

 花にとまった蝶は背後から忍び寄った彼女に捕まってしまう。

 その拍子につかんだ羽がちぎれ、蝶の体が地面に落ちる。

 

 

「みてみて! とれちゃった!」

 

 

 櫻はバラバラになった蝶の羽と胴体を手のひらに乗せ、それを女中に見せる。天真爛漫な表情は、まさに悪意を知らない子どもそのもの。

 

「あげる! はねきらきらだよ!」

 

「……そうですね。とても、綺麗ですね」

 

「さくらにもはねがあったら、かべをこえておそとにいけるのに!」

 

 卵から孵り、芋虫からサナギを経て成虫になった蝶は、幼子に羽をもがれてあっけなく地に落ちてしまった。

 まだピクピクと動く蝶の体を、女中はじっと見つめる。

 

 そんな彼女の様子を、櫻もじっと見つめた。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 ──語り──

 

 

「壺の中に毒の虫と言っちゃあ、呪いの類で『蠱毒』なんてものがありますがね? …えぇ、知らない? そりゃあアンタ、今手の中に持っているスマートな機械でググって見てくださいよ。一発で出て来ますから。

 

 このお話は、『この壺、触るべからず』と書かれた紙が貼られた壺を、女が見つけたところから始まります。気になった女は壺を振ってみると、中に何か入っている。そこで女はあっ、と気づくわけだ。こりゃあ旦那のへそくりかもしれないと。しめしめと思った女は壺の蓋を開けようとして、「あぁ!」と聞こえた叫び声に驚く。旦那だ。

 

 バレちまっちゃしょうがないと、女は旦那に壺を渡した。すると旦那は壺を抱きかかえ、まるで赤ん坊にするように、ざらざらとした壺の表面を撫でる。

 

 それに女は、自分(アタシ)よりも大事そうにするもんですから、ムッときた。

 

『ちょっとアンタ、アタシよりもその壺の方が大事だってのかい?』

 

『いや違うんだよ、おまえ。この壺にはな、危ないものが入っているんだ』

 

『危ないものって?』

 

『そりゃあ、その……ちょいと危ないものだよ』

 

 煮えきれない旦那の態度に、日頃の鬱憤も溜まっていたんでしょう。女は旦那から壺を奪いとり、壁に叩きつけてしまう。

 

 その中から出てきたのは、一匹の虫だった。悲鳴をあげた女はとっさに旦那を見る。

 するとね、旦那はこう言うんですよ。

 

 

『バレちまっちゃしょうがない』

 

 

 この女は壺に入っている毒虫、つまり『蠱毒』を知らなかったわけだ。旦那もまた、妻以上に鬱憤が溜まっていたんでしょうね。それこそ、『蠱毒』を作ってしまうほどに。

 

 おやアンタ、随分と顔色が悪いようだ。アタシがはじめに『蠱毒』を調べさせた意味、お分かりでしょう? 

 えぇ、えぇ。知らないままこのお話を聞いちゃあ、怖さが薄れちまいますからね。

 

 ……えっ? 数ある噺の中で、なぜアタシがこの話をアンタにしたかって? そりゃあ、アンタ……。

 

 

 

 バレちまっちゃしょうがない」

 

 

 

 

 

「────おあとが、よろしいようで」

 

 

 

 

 

(誰もいない客席に、頭を下げる噺家)

 

(微笑む噺家のその、額には)

 

 


 

 

【壁】

 しゃらくせぇ……

 

【妊婦】

 たまごおいしいのかな

 

【イタズラ】

 たのしい

 

【噺家】

 そのあたまどうしたの?




[禊の間]
原作死亡キャラがそのままかは未定。灰原くんはどうすれば生かせるんだ…(3敗)
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