腹ペコ毒蟲【新版】   作:アンディライリーのうさぎ

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30話 JC詐称

『人手が足りないからって駆り出されたと思ったら、何よアイツら!! ムカつく!! 五条のやつは相変わらず敬語使わないし、夏油は五条以上に人のことを煽ってくるし!!!』

 

「大変だったんですねぇ」

 

 夜、補助監督が運転する車内の後部座席。櫻はガラケーを耳に当てながら、車窓の景色を眺めていた。

 

 人工灯が夜の街を照らし、車のスピードに合わせて発光した流線を描く。歌姫の愚痴はなかなか止まらない。一瞬声が遠ざかったと思えば、携帯越しにプシュッと音が聞こえ、「プハ〜ッ!!」と声がした。

 

『酒、ウマ──ッ!!』

 

「歌姫先輩、未成年の飲酒は禁止ですよ」

 

『あと数か月すれば20歳になるんだから、誤差よ、誤差。それに硝子だってタバコ吸ってるじゃない』

 

 よい子は絶対に真似しないでね、のフリップが櫻の脳裏に浮かぶ。

 

『ふふ……アンタも酒の味を覚えればいいのよ。美味しいわよぉ?』

 

「お酒じゃお腹は膨れないじゃないですか」

 

『酒で「美味いよ」戦法は通用しないのね…』

 

 ハァー、と歌姫のため息が聞こえる。

 

 

『アンタ、最近調子はどうなの? 冥さんから聞いたけど、昇級の話もきてるそうじゃない』

 

「あぁー、はい。大丈夫です。昇級の方も、ぼちぼちな感じで」

 

 櫻は出せなくなっていた虫が復活した後、リバウンドの逆ヴァージョンみたいなもので、精力的に任務に励んでいた。また恋のパワーでやる気がみなぎっている。そこが今回の評価に繋がった。昇級の件は、まず準1級からという方向で進んでいる。

 

『っま、無理すんじゃないわよ』

 

「はーい」

 

『本当の本当に、無理すんじゃないわよ!』

 

 じゃあまた、と電話が切られた。色々と知っているらしい歌姫は、あえてそこには触れないことにしたようだ。

 

 

 窓に視線を向けると相変わらず、光の流星群が絶え間なく生まれては死んでゆく。彼女の瞳の中に生まれた流星群も、生まれては終わる。

 

 光の流線は夢と現実の狭間のようにも感じられる。

 

 幸せな夢を見ていたと思ったら、気づけば温かい血の海に抱かれている。──いや、血の海の方が夢であった。

 

「すみません、そこの交差点の左にあるコンビニ、寄ってもらえませんか?」

 

 頭が思考で煩雑としている時は、食べるのがいい。食が彼女の一番の趣味であり、ストレス発散になる。

 

 レジで5万円を超える会計を終えた彼女は、パンパンに詰まった複数のレジ袋を自分が座る隣の座席に置く。カサカサとこすれる音。深く、櫻は息を吐く。暑さでジットリとかいていた汗に冷気が当たり、体温を下げていった。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

「安倍、ちょうどよかった」

 

「はい?」

 

 任務の報告を終え、廊下を歩いていた彼女は夜蛾に捕まった。コンビニで買った、イチゴの絵が描かれたチアパックのアイスがみるみるうちに萎んでいく。

 

「………夜蛾先生なら、致し方ない」

 

「違う。食い物を集りにきたわけではない」

 

「!」

 

『渋』が三つ並ぶほど、渋渋々と差し出されたアイスは、嬉々としてレジ袋の中に戻されて行った。

 

「夜遅くに悪いが、少し話したいことがある。構わないか?」

 

「食べながらでいいですか?」

 

「…あぁ、いいだろう」

 

 教室の明かりが点く。外は街中と違って余分な明かりがなく、森特有の鬱蒼とした暗さに包まれている。

 

 着席した彼女はそこで、星漿体の同化の件を聞かされた。

 

 天元、天元────。彼女の脳が検索をかける。ヒットしたのは『天元 どんな味』だった。あ、と彼女は思い出す。天元は不死の術式を持つ人物で、現代の結界術の面で重要な役割を担っている。櫻はその勉強をした際に、ビンテージものの肉はどんな味がするのだろうかと考えたのだ。

 

 

「天元様が此度の任務で指名したのは悟と傑だ。…が、しかし」

 

「不穏な『が、しかし』」

 

「上が首を突っ込んできてな」

 

 

 上とは、上層部のことである。

 

 五条と夏油は確かな力を持つ。──が、しかし同時に、問題児の一面もある。直近だと、五条が帳を張り忘れた一件があった。夜蛾はそのことを思い出し、上層部の小言も一理はあると思った。思ってしまった。

 

「それで、お前に白羽の矢がたったわけだ」

 

「私には荷が重すぎます。なのでメーメーさんはどうでしょうか」

 

「冥に頼めば、どれ程の額をふっかけられると思っている」

 

「重大な任務と考えれば………億はくだらないですね」

 

「お前が選ばれたのには他にも理由がある。索敵の面で戦力になる。万が一、あの二人が敵を取りこぼした場合の、その「万が一」を限りなくゼロにできる」

 

 天元の器である少女を狙う組織は二つ。一方は呪詛師の組織で、もう一方は天元を崇める非術師の宗教組織である。

 

 宗教組織の件で、強制的に『アオムシ様』の件を思い出してしまった櫻の眉間に皺が寄る。

 

「その任務の参加は強制なんですか? 五条くんどころか夏油くんもいるなら、呪詛師が100人乗っても大丈夫ですよ」

 

「安倍……」

 

「まぁ、こんな遅くまで働かされている、夜蛾先生のお気持ちも分からなくはないですが…」

 

 時刻はすでに丑三つ時。術師はまことにブラックである。

 

「………私は索敵メインでいいんですよね? 戦闘はあの二人に任せて」

 

「あぁ。星漿体の少女も大男二人に囲まれるよりは、一人は同性がいた方がいいだろう」

 

「私もデカいっちゃあ、デカいですが」

 

 

 星漿体の少女の護衛と、抹消。その少女は文字どおり、消える。

 

 色々と思うことはある。しかし情を置くのはよした方がいいと判断した。護衛者として、仕事をこなせばいい。

 

 

「あ、一つ確認しておきたいんですが」

 

「何だ?」

 

「非術師の組織の人間は、最悪の場合は殺しても構いませんよね?」

 

「………あぁ」

 

「なら、大丈夫です」

 

 話が終わり、安倍は教室から去る間際、「いつもお疲れ様です」と缶コーヒーを渡し出て行った。

 夜蛾はマックスなコーヒーを見つめる。こいつはちょいと、甘すぎる差し入れだった。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 櫻の虫は基本的に対呪霊用のものである。虫から彼女の脳に送られるデータの精密さは、虫の数が増えるほど劣化していく。また、数が多い場合は複雑な命令を下すことができず、全体に一つの命令を下す形になる。

 

 今回は対ヒトだ。非術師の宗教団体の方々がどのような策を取ってくるかは不明である──が、呪詛師の方はもれなく襲ってくるだろう。

 

「虫の送信する信号をいじるか…」

 

 普段は「呪霊を見つけたよー(発見信号)」と「危ないよ!(危険信号)」の二種類を使い分けている。

 

 発見信号は人を発見した際に送る形にすると、万バズした時の通知欄になりかねない。

 

「……呪力の流れで、非術師と呪詛師の区別をつけた方が良さそうだな」

 

 二つの組織で優先する脅威は呪詛師の方。盤星教の方が後回しになってしまうのは仕方ない。盤星教も何らかの手段を講じる場合は、呪詛師に頼らざるを得ないはずだ。そう考えるとやはり、呪詛師を想定した立ち回りが必要になる。

 

「非術師の呪力と異なる呪力の流れを持つ人間に反応する…で、いいか。ひとまず発見信号の方は。危険信号は…こっちはあまりいじらなくていいか」

 

 最低限できることはしたので、あとはシャワーを浴びて、髪は自然乾燥に任せて寝る。すでに外はうっすらと明るくなっていた。

 

 朝になったら夜蛾が──いや、だからすでにほぼ朝であるが、あの問題児な最強二人に任務の件を話す。

 

「……あっ!! 七海くんから来たメール返せてなかっ………」

 

 歌姫からきた電話に星漿体の件と続いて、すっかり頭から抜けていた。

 しかし、猛烈な睡魔には勝てず。彼女は携帯を握りしめたまま眠ってしまった。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 櫻は五条や夏油と任務を共にしたことはない。彼女の内心は前の席で談笑する陽キャから、少しでも自分の存在を消そうとする陰キャのそれだった。

 

「パイセン全然喋んねーじゃん」

 

「私には今回の任務、役不足なので……」

 

「『役不足』っていうのは本来、その人の力量に比べて、役目が軽すぎることを指すんですよ。だから正しいのは力不足ですね」

 

「超力不足なので……」

 

 この二人のJKならぬ、DKのイケイケな空気感がやはり苦手だ。この二人と教室を共にしている硝子は何者なのだろうか? そんなことまで思う。

 彼女はなるべく、空気に徹した。

 

 

 

 して、早速襲われていた星漿体の少女──天内理子は五条と夏油によって救出された。この際、事前に知らされていた呪詛師の組織のトップが五条に倒されている。

 

 やっぱ自分は不要だろうと、彼女は思った。

 

「あの、そちらの方も…お嬢様の護衛に当たる方ですか?」

 

 天内を「お嬢様」と呼ぶ給仕服を着たこの女は、星漿体のお世話係を務める『黒井』と呼ばれる人物である。

 

「安倍です。この前髪に個性のある後輩と違って、私は虫を操ります。黒い虫を周囲で見かけても私が使役するものですので、ご安心ください」

 

「…安倍先輩?」

 

 天内の「前髪も変」、黒井の「この前髪の方」に続いて、安倍の「前髪に個性のある」を食らった夏油は、安倍の方を向きにっこりと微笑む。それに櫻は「?」と首を傾げる。悪意のないディスりだった。

 

 

 

 それから、天内たっての願いで彼女の通う学校に向かう運びになった。このわがままが許されたのは、夜蛾から伝えられた天元の指示もある。娘の思うままにさせよ、ということだ。

 

 ただ、天内の通う場所は女学院。『女』で察せることだろう。男二人がうろつくと、間違いなく視線を集める。しかして、護衛は必要である。

 

「若白髪に変な前髪の男など、悪目立ち極まれりじゃろう!!」

 

「まーた俺と傑に絞られたいみてぇだな、このガキンちょ」

 

「ですがお嬢様、お嬢様の安全のためには…」

 

「嫌じゃ! 絶対にッ、嫌じゃ!!」

 

 天内は腕を組み、五条たちからフンと顔を逸らす。ちょうどその時、天内の視界に夏油を見つめている安倍の姿が入った。瞬間、彼女にひらめきが生まれる。

 

「護衛を連れて行けばいいんじゃな!」

 

「おうおう、ようやく諦めたか」

 

「お前、一緒に来るのじゃ!」

 

 天内に腕をつかまれた櫻は「えっ?」という顔をした。他三名も目を丸くしている。

 

「安倍は急きょ決まった転校生じゃ! よいな!?」

 

 星漿体の少女が通う学校ということは、彼女の事情を知る者もいるということだ。それも上の方に。なれば、彼女の無茶振りのように思える提案でも、その上が無理くり通してしまえば、不可能ではない。

 

 

「私19歳なんだけどぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

 

 天内に引っ張られていく櫻は、魂の叫びを見せた。

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