腹ペコ毒蟲【新版】   作:アンディライリーのうさぎ

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0時、過ぎちゃった。


31話 シンデレラは階段を駆け上がる

(何じゃこの隙間は…!?)

 

 彼女の名は天内理子。天元の新しい『肉体』の役目を持つ星漿体の少女である。

 

 彼女の目の前には今、驚くべき空間があった。

 

 

 自分を護衛する安倍を更衣室に連れてきた彼女は、用意してもらった自校のセーラー服を着せた。

 

 そして着せたはいいものの、一番大きいサイズでも丈が合っていない。何より胸が大きすぎるせいで、その下に空間ができてしまっている。裾を入れても動いていると、その空間がご開帳して陶磁器のような肌と、その上に存在する黒の下着が露わになる。──そしてその光景を詳しく説明できるということは、天内が屈んで覗き込んでいるということでもある。

 

 そんなことをしている間に、お昼を知らせるチャイムが鳴る。

 

「……ハッ! 見ている間にお昼になってしまった!!」

 

「あの、服は結局どうすれば…」

 

「……そうじゃ! 急な転校で用意できなかったことにするのじゃ!!」

 

 櫻はセーラー服を脱ぎ、高専の制服に戻した。

 

 

 案の定、唐突すぎる、しかも長身の転校生が来たということで、JCたちはザワついた。目や肌の色からアルビノなんじゃないかとか、どこの制服なんだろうかとか。

 

 うら若き視線が注がれ、櫻は居た堪れなくなった。心境は今すぐに逃げたい。しかしこれは任務。JCたちの質問責めに硬直する彼女に、天内がフォローに入ってくれた。

 

「アベ……いや、サクッピーは人見知りでね!」

 

「理子ちゃん、もしかして安倍ちゃんの知り合いなの?」

 

「そうなの! お、幼なじみで……ねっ、サクッピー!」

 

 櫻はうなずき返す。周りは相変わらず好奇心の色を隠せないが、緊張させるのも可哀想だろうと、「何か困ったことがあったら言ってね」と言い残し、散り散りになっていった。櫻は安堵の息をこぼす。会って数分で自分を「安倍ちゃん」と呼んでくるJCのコミュ力が恐ろしい。

 

(天内ちゃんの方は…うん、大丈夫そうかな)

 

 天内の方は友人らと、楽しそうに談笑している。その様子を見ながら、索敵の方にも気を回す。天内が見える範囲の護衛についている彼女に対し、五条らは建物内で警戒を続けている。

 

 

「ふふっ、それでねぇ──」

 

 

(………)

 

 

 櫻は、内心で薄れかけた白線の上に、線を引き直した。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 午後の授業の時間になり、天内のクラスは礼拝堂へ移動することになった。

 

 櫻は教室を移動するついでに、手早く五条たちに『礼拝堂へ移動』とメールを送っておく。今のところ虫たちからの信号はない。

 

(……ん?)

 

 ふと視線を感じそちらを見ると、天内が彼女を見つめていた。

 

 その視線は、見知らぬ場所の移動を案じてのものだろう。意図を察した櫻は、大丈夫ですよの意味も込めてOKサインを出しておく。それに、天内は小さく頷いた。

 

 櫻も流氷から飛び降り、初の狩りに向かうペンギンの気持ちでJCの海に飛び…飛び込……。

 

「安倍ちゃん、礼拝堂の場所わからないでしょ? 一緒に行こうよ!」

 

「行こ行こー!」

 

「ワァ……ッ」

 

 海はいつだって偉大なり。櫻はアザラシたちに捕まり、そのまま連れて行かれる。先ほどの人見知りの件を知った上で少女たちの食いつきがいいのは、彼女の携帯に貼られた写真を目ざとく発見したからである。何度も言うが、ここは女学院。少女たちは異性と接する機会がとんと少ない。

 

「ねぇ、あのプリに映ってたのって、彼氏!?」

 

「前の学校の彼氏? 今も携帯に貼ってるってことは、遠距離恋愛中なの!?」

 

 JCパワーはものすごい。押されに押される彼女は目を回しそうになりながら、天内の方へ意識は向けておく。

 

 そうして、移動の最中は怒涛の彼氏に関する質問責めが続いた。JCたちはプリに映ったハーフ系男子(正確にはクウォーター)が彼女の後輩だと知ると、「私らより年下!!?」と驚いていた。プリは目などに補正がかかっているが、それを考慮してもDKにしか見えない。櫻はすっかり自分がJCになっていることを忘れて発言していた。

 

 

 

 それから礼拝堂に着く。転校生うんぬんの件は省くとして、教師から「今日はとりあえず、お好きな場所に座ってください」と言われた櫻は、四人席のテーブルを五人席にする形で天内の隣に座る。教師が困惑した表情を見せるが、彼女は笑顔で「好きな場所でいいんですよね?」と返した。

 

 天内は安倍に顔を近づけ、小声で話す。

 

「(人見知りの設定はどうしたんじゃ! 急に我が強くなっておるではないか!)」

 

「………」

 

「(私の話聞こえてる!?)」

 

 櫻はテーブルの下に隠した携帯を素早く打ち込んでいる。

 

 虫からの発見信号を受け取ってから間もなくして、他の発見信号も確認した。その情報を大まかな位置を添えて五条に送る。

 

 返信はすぐに来た。

 

 走りながら打っているのであろう、誤字が見受けられる内容曰く、速やかに五条と夏油が2か所の反応があった場所に向かうとのこと。ターゲットになっている天内の周囲に一般人がいることも考え、場所を移せ──という指示もあった。

 

「(……呪詛師、なのか?)」

 

 人形のような顔に張りつく無表情に、天内は不安の色をのぞかせる。携帯を閉じた櫻は天内の方を向き、安心させるように頭をひと撫でする。

 

「(あなたのクラスメイトや先生が危ない目に遭う可能性があるから、移動してもいい?)」

 

「(! …………ッ……わかっ、た)」

 

 天内のスカートを握る手が白くなる。櫻はその手をスカートから外させるように握りしめ、立ち上がった。

 

「先生!」

 

「な、何かしら? 安倍さん」

 

 天内の手を握る手とは反対の手を上へまっすぐに伸ばした彼女は、どこで吸収した知識かは忘れたが、この場にぴったりの発言をする。

 

 

「天内さんがお花摘みに行きたいそうなので、一緒に行ってきます!!」

 

「………えっ!!?」

 

「ハァー……天内さん、今度からは授業の前に行っておくようにね」

 

「ち、ちちっ、違いますセンセェ!!」

 

 

 な…何なんだこいつは!! 五条と夏油(ヤツら)と同類ではないかァァァ!! ────と、うちなる天内がご乱心する。

 

 天内がキッと睨むが、向こうは臆す様子もなく、時折視線を壁の方に向けたり、窓の方に向ける。

 

 天内は仕方なく席を立ち、安倍の後ろに続いた。不安を感じていた心はむしゃくしゃとしたものに変わっている。

 

 そして、扉が開く。自分も外に出ようとしたタイミングで、振り返った安倍が中の方を見てから天内の背を一回、軽く叩く。

 

「?」

 

 天内の視線もつられて、中に向けられた。友人や先生の目が自分たちに向いている。

 

 

「……あれ?」

 

 

 怒りとは別のものが彼女の体から競り上がってきて、スカーフの上に落ち、濃いしみを作る。天内は慌てて顔を拭った。しかし、止まらない。それでも、止めなければならない。

 

(………あっ)

 

 そして同時に、お花摘みの件がなければ、自分は不安の顔をしたままこの礼拝堂を出ていたのだろうと、気づいた。「もう、理子ったらー」と笑っている友だちの顔が、最後に自分が見る友だちの表情にならなかった。

 

 天内は一度深く呼吸を吐き、同じ分だけ酸素を取り入れる。よし、大丈夫だと、自分にできる精いっぱいの笑顔を浮かべる。

 

 

「行ってきます!!」

 

 

 バタンと、扉が閉まる。直後、天内の瞳から、とめどなく涙が溢れ始めた。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 黒井が拉致された。彼女は五条と夏油が別れた際に、「私は理子様の元へ参ります!!」と駆け出し、その途中で捕まってしまったのだった。

 

 黒井の交渉道具としての価値。それは、天内との関係にある。

 

 幼い時に両親を亡くしている天内は、側で自分の世話をしてくれた黒井を家族のように思っている。同時に黒井も天内を大切に想っている。その想いは、世話係の範疇を超えているかもしれない。

 

 まぁだからこそ、黒井は天内の身を案じ、急いで礼拝堂に向かったのだ。

 

 

「別れたあの時、私たちが無理矢理にでも止めていればよかったね」

 

「まっ、後から考えてもしゃーねぇだろ」

 

 

 天内は高専に連れて行くべきだった。しかし、そうすれば仮に黒井を助けられたとして、二人が天元との同化前に出会えるかはわからない。

 

「ッ……」

 

 腫れぼったくなっている天内の目尻に、また涙が浮かぶ。

 

「「………」」

 

 五条と夏油は、この少女の涙を無下にすることができなかった。

 

 

 五条は安倍に「いいか?」と尋ねる。現状で、天内を高専に連れて行かなくていいか、ということだ。

 

 上層部の割り込みでこの任務に参加している櫻はきっと、このような場で「NO」と言わなければならない立ち位置である。

 

 しかし彼女もまた、天内の涙を見てしまった人物だ。白線が薄れ、心がその線の上を揺らぐ。

 

(────いや、彼女の()()()()()するのが、命令じゃないか)

 

 だったら、天内の願いを叶えるべきだろう。敵は五条や夏油がいれば問題ない──はずだ。二人がいたにも関わらず黒井が拉致される結果になったので、絶対に大丈夫、と思うのは危ない。

 

 それでも、言う答えは決まっている。

 

 

「OK牧場」

 

 

 天内の涙が、一瞬止まった。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 護衛任務二日目。飛行機で沖縄に移動した一行は、午前中のうちに黒井の救出に成功した。黒井を拉致したのは宗教組織の非術師であった。

 

 そして午後になり、沖縄に来たならせっかくだと、海水浴をすることになった。一行は近場で水着の調達に向かう。

 

 ちなみに、“足”を止められる可能性を考え、空港に急きょ駆り出された七海と灰原が配置されている。

 

 

「七海くんも沖縄に来てる!??」

 

「待てコラパイセン、任務をほっぽってどこに行く気だ」

 

「一年だけじゃ危ないかも私空港!!!!!」

 

「七海クンとは誰じゃ?」

 

「安倍先輩の彼氏で、私たちの一つ後輩だよ」

 

「………あっ! 携帯のプリにあったあの金髪じゃな!」

 

 櫻はあからさまに落ち込む。「彼氏かぁ…」と天内はポツリとつぶやいた。

 

 

 

 して、水着選びである。これまた男二人が女性の水着売り場をうろつくのは憚れる。そのため櫻が天内の側につく。

 

 黒井も一度不覚を取ってしまったが、いざという時、天内を守るための武術の心得がある。

 

「黒井、どうじゃこの水着!」

 

「お似合いですよ」

 

「黒井もこの、ヒモの水着なんかどうじゃ?」

 

「ろ、露出が多いものは、あまり……」

 

「ぐぬぬ……では、これなんかどうじゃ?」

 

 天内は黒井の水着選びに熱中する。あまりここで時間を食うわけにはいかないので、選ぶ時間は区切られている。

 

 結果、黒井は上下別のラッシュガードで、くびれ回りが出るタイプのものを選んだ。

 

 

「あれ、安倍は選んでおらぬのか?」

 

「ちょうどいいサイズがなかったんですよ」

 

「ちょうどいい、サイズ……」

 

 天内の視線が安倍の胸に注がれた。その胸と、自分の胸を見比べる。年齢からすれば天内の胸も大きい方だ。大きいはずだが、視覚トリックで小さく見える。

 

「いろいろと巡って買った水着はありますが、それは自宅にあるので…」

 

「…それならせめて、アロハなものを買うのじゃ!」

 

「アローハ?」

 

 櫻は滑り込みで、アロハシャツとサングラスを買うことになった。

 

 

 

 そして海辺の更衣室で着替え、いざ海である。

 

「……!」

 

 天内は白い砂浜に足をつける。足の裏が熱いが、歩けないほどではない。サラサラとした砂が液体のように動き、形を変える。思わず彼女の頬が緩む。面白い。

 

 顔を上げてビーチボールを持っている黒井を見ると、目を細めて微笑んでいる。

 

 天内は今までの人生で海に行く機会がなかった。ゆえにこの海は、彼女の人生で初めての海だった。

 

「これが、潮のにおい…」

 

 彼女は潮の匂いを肺いっぱいに吸い込む。気を取られると、吹く風にカンカン帽が攫われてしまいそうだった。

 

 

「天内ちゃん、楽しそうだなぁ…」

 

 一方で、微笑ましげに天内の様子を見ていた櫻もまた、海ははじめてだった。今回は七海と来れなかったが、いつか二人で来れたらいいなと、この青い海の景色を見てよりいっそう思う。

 

「水着じゃ、ねぇ……!?」

 

「悟……」

 

 風に乗って聞こえる天内の楽しげな声に混ざって、男二人のかすかな声も聞こえた。櫻は何か察知したのだろうかと、二年の方に視線を向ける。すると、サングラスをズラし彼女のアロハシャツを凝視している五条と、そんな五条に呆れた視線を送る夏油の姿が見えた。

 

(……アロハシャツが気に入ったなら、坊ちゃんも買うか、夏油くんから剥ぎ取ればいいのに)

 

 櫻はため息ともつかぬ息を吐き、「ウキャ──!!」と海でハイになる天内のもとに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 少女のさみしげな顔に、夏の延長戦。

 

 ボートを漕ぎ、美味いものを食べ、シーサーに会釈して。

 

 ガラスの先を泳ぐ魚たちに目を奪われる。

 

 さぁ時間だと、少女は走り出す。魔法はいつしか解けてしまう。少女はそれを、知っていたはずだ。自分が天元様の器であると知った時から。魔法が消えた時、自分は泡になって消える。あの水族館で見た、気泡のように。

 

 いや、違う。自分は天元様で、天元様は自分になる。

 

 消えるわけじゃない。同化して、『天内理子』という人間が、『天元』になるのだ。

 

 だから、苦しくない。怖くもない。

 

 

 大丈夫だ(なんくるないさー)と、自分に言い聞かせる。

 

 

 

 

 

 そうして、天元の結界内についた。

 

 天内はこの世に何か残せただろうか? ガラスの靴になるものを。自分という存在を、誰かの記憶の中に。友人や五条たち、そして、黒井の中に。天元と同化する自分が天元の中で生き続けるのとは違い、彼らの記憶の中で生き続けてくれたら嬉しいと思う。

 

 彼女は最期に黒井に何を言おうか、考える。言いたいことがたくさんありすぎて、限られた時間の中で何を言えばいいのかわからない。

 

 大好きで、この世で一番大好きな黒井に、自分は何と言えばいいだろうか。

 

 

 天内が考えていた、その時。

 

 血が咲いた。五条の、腹から。

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