腹ペコ毒蟲【新版】   作:アンディライリーのうさぎ

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33話 女子とーく

 ピュウと、口笛が聞こえた。

 

 顔を覆って涙を流す黒井の背をさすっていた櫻は、顔に玉のような汗を浮かべながら振り返る。

 

 あり得ない。あの五条が相手取っていたのだ。

 最初は任務の疲労もあり不覚をとってしまったにせよ、彼に勝てるのはそれこそ呪いの王くらいしかいないと思っていた。

 

「マブいねーちゃんだ」

 

「五条、悟は…?」

 

「五条悟? ……あぁ、俺が殺した」

 

 男は露悪的に口角をあげ、そう言った。

 

(嘘……で、しょ?)

 

 信じられない。しかし男がこの場にいる以上、その言葉には信ぴょう性がある。彼女の内心ではまだ、「あの坊ちゃんは最強なんだから死なねーだろ」という考えもある。

 

(出していた虫から反応はなかったのにッ!!)

 

 靴のカツ、という音が響く。反応がなかったのはおそらく、この男に信号を出す前に倒されたからだ。その身体能力はすでに目の当たりにしている。

 

 だとしたら、自分の手に負える相手ではない。男が刀を握りしめる。刀身の部分は五条の腹を刺したものとは異なる形状をしていた。

 

 

「女を善がらせるならまだしも、痛ぶる趣味はねぇんだ。だから──楽に殺してやる」

 

 

 瞬きが許されぬ一瞬の跳躍。彼女は黒井の前に立ち、臨戦態勢を取った。

 いや────取ろうとして、視界がブレる。世界が逆さになったまま、視界は男の後ろ姿を映した。

 

(黒井さ、ん?)

 

 黒井の体が地面と平行になるようにして転がっている。彼女の瞳はすでに虚空をとらえていた。その胸から下は佇立している。

 櫻は想像を絶する痛みの中で、自分の立ったままの体を見る。見事に腰を境に上下二つに分かれている。

 

(ッ……虫ども…!!)

 

 だが、斬られただけなら、治せる。そうして養父(あの男)に刀で斬られた時もバラバラになった体をくっつけた。

 しかし虫に命令をくだそうとするが、上手くいかない。その間にも痛みがどんどん増して──。

 

 彼女の意識が、ブツリと途切れた。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 紅い海の中に、無数の死体が転がっている。ちぎれた手や足が海の中から突き出ていたり、肉片のようなものが漂っている。そのどれもが子どものものだった。

 

 その中に唯一、大人の肢体がある。それは上下真っ二つに分断されていた。

 上は体の半分を海の中に沈めており、下は子どもの死体の上に乗りあげるようにして倒れている。

 

 うぞうぞと、死体の周囲を虫たちが回る。さながら流れるプールを作るように。

 

 渦は次第に勢いを増していき、その中から生白い手が飛び出す。手は水面に触れるが、沈みことなくそれを支えにして、足のつま先まで体を出す。

 

 足は海を踏みつけながら、真っ二つの体に近づいていく。

 

 

 そうして、足は遺体の前にたどり着く。

 

 生白い手が女の顔に伸び、持ち上げた。その紅い目は濁り、虚空をとらえている。女の手には壊れた携帯も握られていた。ふふ、と誰かの笑い声がする。

 

 生白い顔が、女の顔に近づく。紅い口元が触れ合う。女の口にぬねついた舌が入り、口内を犯す。それどころか喉に入り込み、奥へ奥へと進んでいく。

 触れ合う口同士からは、「カサカサ」と虫の這う音も聞こえる。

 

 

 大量の虫が、中から喉を押し広げる。

 

 

 唾液が肌を伝っていく。

 

 

 腹の断面から、虫がこぼれた。

 

 

 ムカデの脚の形をしたものが脊椎の役割を果たし、下の体と結合する。虫たちが押し合いへし合いながら、分断されていた体はたちまち元の姿に戻っていく。

 

 それから顔同士が離れ、女は水の中に倒れた。紅い、血のしぶきが舞う。

 

 その体は沈んでいた子どもの死体を押しのけ、さらに深くへ沈む。

 一方でゆるんだ手のひらから携帯が離れ、水面へ浮上した。

 生白い手が、浮かび上がったそれを拾う。

 

 

『魂をつなげる手伝いはした』

 

 

 プリの場所を愛おしげに指がなぞる。あぁ、と吐息まじりの恍惚とした声が聞こえる。

 

 

『お前の愛をもっと、私に感じさせておくれ』

 

 

 ()()は、なまめかしく微笑した。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

「うっ…」

 

 意識を取り戻した夏油は、深傷を負った腹を押さえながら周囲を見渡す。自分の血溜まりとは別に、天内が倒れていたであろう場所には、血の痕跡があるのみで天内も、そしてあの男もいない。

 

「ッ…フゥー……」

 

 流れた血の分だけ、体の芯から冷えていく。だというのに、腹に触れている己の手は、自分の血で温かい。

 

 夏油はフラつきながら、もと来た道を引き返す。あの男は天内を殺した。五条悟も殺したと言った。道中にいた女二人も殺したと言った。動くたびに激痛が走る。

 その痛みを夏油は歯を食いしばって耐える。痛み以外の感情で、さらに歯が軋んだ音を立てる。視界も歪む。それでも歩かなければならない。

 

「黒井さん…安倍先輩、理子ちゃん……悟………」

 

 意識を完全に失う前に聞こえた、あの男が言った言葉が脳裏によぎる。男は自分を「猿」に例え、恵まれた力を持った夏油や五条が、その猿に負けたのだと語った。

 

 圧倒的な力の差だった。夏油と格が違った。

 

「ハァー、ハァー……ッ」

 

 自分だけ敵の都合で生き残ってしまった。彼の腹でうずまくのは怒り、無力感などの負の感情である。

 

 

 

 そして転々とした血の道をつくった後に、ようやくこの件を高専に伝えなければ、という思考が回った。夏油はポケットから携帯を取り出す。

 

「………クソッ」

 

 しかし目がかすみ、上手くボタンを押すことができない。力の入らない手に無理やり力を込めようとすると、携帯がカタカタと音を立てる。自分の体が、自分の制御から外れてしまったようだった。

 

「……!」

 

 携帯に意識が向いていた夏油はそこで、血臭を嗅ぎとった。まさかと思い顔を上げる。トンネルの形状をした暗闇の奥、明るいその場所は安倍たちと別れた地点だ。

 

 彼は携帯を握りしめたまま駆け出した。傷も焼けるように痛む。

 

 

「ッ………」

 

 

 あったのは血溜まりと、体を真っ二つにされた二つの死体。彼は携帯を握っている手をこめかみに押し当てる。

 それから途切れるような息を吐いて、ボタンを押し始めた。その時、視界の端で何かが動いた。ピントを合わせると、動いたのは黒い虫だった。安倍の術式で生成されるものだ。

 それが彼女の腹の断面から次々と湧き出る。

 

「……?」

 

 安倍は死んだのではなかったのか? 湧き出た虫は下半身の方へ向かっていき、その下半身の方も断面から虫が湧いている。二つの軍団はやがてぶつかり、結合し、ズルズルと上下の体をつなげていく。

 

 

(血が虫になるなら、止血の役割を果たして失血死は免れたってことか? いや、それにしても──)

 

 

 この再生は度が過ぎている。

 術式持ちの人間ができる範疇を超えていると、夏油は思ってしまった。それこそ、この再生は呪霊の再生能力を想起させる。

 

 彼が思考している間に、まだ繋がりかけの体が起き上がった。手と首は力を失ったように垂れ下がっている。長い黒髪が振り子のように左右に揺れる。次第にその頭が持ち上がり、首が据わった。

 

 黒い髪の隙間からのぞく紅い目が、夏油をとらえる。

 

 

「おまえ、うまそうだな」

 

 

 夏油が動くよりも先に、迫った手が彼の首をつかみ押し倒した。

 地面に頭を強かに打ちつけた拍子に、マンバンにしている団子が中途半端に崩れる。思わず夏油は舌打ちをこぼす。

 

「安倍先ぱッ………ぐっ、う゛!!」

 

 歯並びのよい歯が襟を剥いた彼の肩に噛みつき、肉を食いちぎった。

 

 グチャグチャと嫌な音を立てたあとに喉元が動き、肉を飲み込む。すると紅い口元が上がった。美酒に酔ったような、蕩けた表情を見せる。

 

 夏油はとっさに足に呪力を纏わせ、安倍の腹を蹴った。彼女の肢体が吹っとび、地面に転がる。その拍子に彼の首をつかんでいた手が解け、新鮮な酸素が肺に送られる。

 

 何か異常事態が起きているのは間違いない。夏油は呪霊を出し、転がっている安倍のもとに近づく。彼女は──先ほどの蹴りで気を失ったようだ。

 

「………ハァ」

 

 虫がうごめき、再生した肉体。

 トラやワニだとかが獲物を前にして見せる、捕食者の目。

 熱を発したように痛む、食いちぎられた首元。

 

 

(安倍先輩は本当に……人間なのか?)

 

 

 そこまで考えて、とうとう夏油の意識が途切れた。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 高専の医務室で目覚めた櫻は、家入から今回の任務の件を聞かされた。

 

「五条の連絡を受けて、現場に駆けつけた私が負傷している夏油を治療しました。夏油のやつはその場で意識を取り戻して、走って行きました」

 

「………星漿体の少女は?」

 

「夏油曰く、頭を拳銃で撃ち抜かれて即死だったみたいです」

 

「………」

 

 精神的な負荷が、ドッと櫻の肩にのしかかる。天内理子が死んだ。天元との同化でもなく、人間の手によって殺された。口元に傷のあった男の顔が思い出される。あそこまでの強さなら、調べればどういった経歴を持つ人間なのか分かるだろう。

 

「……あっ、え?」

 

 彼女は無意識に触れていた己の腹を見る。上着はすでに脱がされており、()()()()()をめくると陶磁器の如き肌が露わになる。そういえば、自分はあの男に黒井もろとも斬られたはずだった。

 

 櫻は体質的に反転術式を受けつけないものの、傷は自己治癒で治せる。ただ、多少の傷ならまだしも、二つに分かれたボディが合体するのは、側から見れば度が過ぎている。

 

「どうしました、櫻先輩?」

 

「……い、いや、何でもない…」

 

 櫻は硝子に動揺を悟られないように、めくっていたシャツをゆっくりと下ろす。

 

 硝子が言及してこないということは、彼女が現場に駆けつけた時にはすでに、傷は塞がっていた──もしくは、自己治癒で補完しても違和感のない傷にまで塞がっていたのだろう。

 

 

「ちょっと立て込んでるので、私はここら辺で失礼します。一応まだ安静にしててください」

 

「でも…」

 

「後のことは、アイツらに任せておけばいいですよ。任務だってそもそも、夏油と五条が請け負うものだったんだし」

 

「…わかった。ありがとね、硝子ちゃん」

 

「いえいえ、お大事にー」

 

 パタンと扉が閉まった。櫻は息を吐いてベッドに体を預ける。そこで閉まった扉が開き、硝子がひょっこりと顔だけ出す。

 

「七海に櫻先輩が起きたってメールを送っておいたんで」

 

「えっ」

 

「じゃっ」

 

 また扉が閉められる。呆然としていた彼女は布団を蹴り上げ慌てて立ち上がり、洗面台の鏡の前に立ち自分の身だしなみをチェックする。しかし腹に刺すような痛みが走り、台にしなだれかかるようにうずくまった。外と違って中はまだ完治していないようだ。ドッと汗が流れる。

 

「ははっ……ハァ………」

 

 櫻は壁に背をつけ、地面に座る。布を隔てた尻に床の冷たい感触が当たる。

 

「全くもって、無力だったな…」

 

 彼女はそう言って、力なく笑った。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 時を少し戻し、家入が五錠の連絡を受けて夏油らのもとへ駆けつけた時のこと。

 彼女はまず夏油に反転術式を使った。安倍の方は傷がなく、すでに自己治癒が済んだ後だった。

 

「櫻先輩の、この服……それに、夏油の首の傷は…」

 

 もう一つの遺体の損傷と比べた際の、安倍の中途半端に切れた上着とシャツの違和感。さらに夏油の腹の刀傷とは異なる、首の負傷。それは例えるなら、食いちぎられたようなものだった。

 

「………硝子?」

 

「おっ、起きたか」

 

 家入は目覚めた夏油から何が起こったのか聞いた。その間にも、家入とともに駆けつけた補助監督らが女性の遺体を運んだり、星漿体が殺された場所の検分に向かう。

 

「そうか。任務は失敗したんだ」

 

「……あぁ。でも、まだやる事は残っている」

 

 夏油は首元を手でなぞりながら立ち上がる。硝子が治療したとはいえ、重傷を負っていたのだ。

 

「それ以上無茶すると、死ぬよ」

 

「一度死んだようなものだよ。ただ、敵の都合で生かされただけで」

 

「ハァ………なぁ、夏油」

 

「何だい?」

 

「首の怪我は、誰にやられたわけ?」

 

「さぁ? 敵に食いちぎられていたのかな」

 

「ヘェー、夏油には男に首を食われる趣味があったんだ」

 

「………」

 

「そう睨むなよ。冗談だって」

 

 夏油は家入に背を向ける。あの男を追ったであろう五条の後を追うために。

 

「お前は首の件、上に報告するの?」

 

「今のところはないよ。少なくとも本人に事情を聞くまでは」

 

「やっぱその傷、櫻先輩が関わってるんだ。…何があったの?」

 

「悪い、今は急いでるんだ」

 

 夏油の背が遠ざかっていく。硝子は気を失っている安倍に視線を向ける。小さな寝息が聞こえていた。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 五条が盤星教の依頼を受け、天内理子を手にかけた男を殺し、月日が流れていく。

 

 歯車が少しずつズレていく。あるいは時計の秒針がズレ、時間が狂っていく。

 

 

 そんな翌る日。とあるカフェにて。洒落た洋楽が流れる中、紅茶を啜る音が聞こえる。

 

 洋楽がサビに入ったところで、来客を告げるベルが鳴った。客は雑誌から目を外し、会釈した店主に小さく頭を下げる。そして奥の席に座り、やってきた店主にコーヒーを頼んだ。入れる砂糖やミルクの量を聞いた店主は内心ドン引きしたが、そこは数十年マスターを務める男。表情には一切出さず、「かしこまりました」と告げた。

 

 間もなくして届いたコーヒーが客の前に置かれる。白い湯気が立っていた。それを一口すする。砂糖のザラつきが舌で感じられるドロドロとした甘さ。それを飲み込み、息を吐く。

 

「さて」

 

 客は皿にカップを置く。対面した席には、紅茶を啜るもう一人の客がいる。

 

 

「互いに積もる話もあることだ……。女子とーくと参ろうではないか、羂索」

 

 

 そう言った赤眼の女に、紅茶を啜っていた女は吐息をこぼすように笑った。

 

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