腹ペコ毒蟲【新版】   作:アンディライリーのうさぎ

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次の章がまとまるまでしばらく休みます。


4話 スキップスキップ、ランランラン

 真っ赤な血が、畳に染み込んでいく。

 

 

「この(アマ)がッ!! 救ってやった恩も忘れ、アオムシ様を穢そうとするとは……!!」

 

 

 刀を持った男が立っている。

 

 この男が誰だったか、櫻は思い出す。

 そう言えば“パフォーマンス”をする時、信者に訴えかけるように話す人間が、この男だった気もする。

 

 

「あか……?」

 

「あぁ……あぁ! もう大丈夫ですからね、アオムシ様。この女は貴方様を娑婆へ堕とし、御身に穢れをつけようとしていたのです…!」

 

 

 顔を真っ赤にさせたこの男がいきなり現れたかと思えば、手に持っていた刀を女中に振りかざした。

 そのとき女中はとっさに櫻を庇うように抱きしめ、背中にその一刀を食らうことになった。

 

「ち、とまらない……」

 

 櫻は自分にしなだれがかった女の背中に触れる。

 血が温い。細い呼吸が彼女の肩に当たる。

 

 

 この男は何かを怒っている。その怒りのまま、自分の女中に斬りかかった。

 いったい何を怒っているのか櫻は必死に考え、気づいた。

 

 この男は、自分が“外”へ行こうとしたことを怒っているのだ。彼女の女中は櫻に外へ出すために、影で探ってくれていた。そのため櫻が自分から出ようとしたことが、周囲にはこの女中が()()()()()()()()()──というふうに見えたのだろう。

 

「ちがう! わたしがおねがいしたの!!」

 

「大丈夫ですよ。貴方様が穢れぬよう、私どもがお守りいたしますからね」

 

「きいてよ!!」

 

「えぇ、えぇ。聞いておりますとも。女中もこの際すべて処分し、貴方様に相応しい者を新たにお付けましょう。少しあの者どもは、貴方様を甘やかしすぎたようですからね」

 

「きけっ!!」

 

「えぇ、聞いておりますよ」

 

 まるで話が通じない。“パフォーマンス”の時の、ガンギまった目をした狂信者たちのような話の通じなさだ。

 男は櫻の背を押し、無理やりその場から退室させようとする。

 

 

「……って」

 

 

 ポツリと、女中が何かを話す。その間にも血は流れていく。

 女中は畳に額をこすりつけ、土下座の姿勢になる。痛みで力が入らないのか、その形は少し崩れている。

 

「すべ…て、私の独断でござい……ます。他のものた…ちは、関係ございません……」

 

「このような事がすでに起こってしまったのだ。女中は全員処分する」

 

「おねがい、いたします……!!」

 

「キサマは犬の餌にでもしよう」

 

「おねがい…っ、いたします!!」

 

 女中の爪が、畳を引っかく。

 呆然と一連の様子を見つめる櫻は、再び振りかざされた鈍い光に「あ」と声を漏らした。

 

 

 ────血が、咲く。

 

 

 下ろされた刀は、そのまま女中のうなじに突き刺さった。ガボッ、と音がする。血がボタボタと、女中の口から吐き出される。

 

「さぁ、アオムシ様。ここは汚れていますゆえ、参りましょう」

 

 押されるがまま、一歩一歩と彼女の足が血で彩られた部屋から離れていく。

 

 脳の処理が追いつかない。なぜ自分の女中はあのような事になってしまったのだろうか? 

 なぜだろう? なぜ? 

 

「貴方様の()()行動で、あの女のような者が出てくることもございましょう。しかし貴方様には何の罪もございません。なぜなら貴方様は神なのですから。卑しい我々を救ってくださる、『アオムシ様』なのです」

 

「……つみ?」

 

 地獄の本で、たしか『罪』についての説明があった。“悪い”ことをした人間が、地獄に送られる。その悪いことが、『罪』なのだと。

 

「わたしが、わるかったから……?」

 

 だから、あのお気に入りの女中は死んでしまったのだろうか? 

 何か大きな濁流が、彼女の胸で渦巻く。

 

 歩く中で、櫻は後ろを見た。土下座を崩すようにして倒れている女の姿が見える。

 その女の顔が持ち上がった。何かを言おうとしたのかその口が開いたが、結局何も言葉にすることのないまま体が倒れる。

 

 しかし、あの女は笑っていた。

 

 微笑んで、櫻に笑いかけていた。

 

 

 大きな濁流がついに言葉になる。血の色をした目が、男をとらえた。

 

 

 

「おまえ、きらい」

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 その行動は本能のものからだったのだろう。

 

 櫻は男の刀に腕をぶつけ、血を流させた。彼女の行動に男が「アオムシ様のお体に傷が!!」と半狂乱になっている中、血が噴出する場所に異変が起こる。

 

 床に落ちたはずの血は姿を変え、黒い百虫へと変化する。無数の有象無象どもを見た男は、腰を抜かし間抜けな声を出した。

 

「だっ、誰か助けてくれえ!!」

 

 百虫から逃れようと男は屏風を突き破り駆けていく。しかしそれでも床を這い、天井から降ってくる百虫たちに追いつかれ、瞬く間に全身の至るところに虫が絡みついた。

 

「ぎゃああああっ!!!」

 

 虫たちは口を動かし、あたかもそれが彼らのごちそうだと言わんばかりに男の皮膚を突き破り、肉を食いちぎっていく。血が男の体のあちこちから噴出した。

 

「どうされたの……きゃああ!!!」

 

 男の悲鳴を聞き駆けてきた別の女中の悲鳴が上がる。その女も腰を抜かし、男が食われていく様子を震えながら見つめる。

 

「ぎゃあああ!!」

 

「い、嫌だ!! こっちに来ないでったら!!」

 

「ぎゃあああ!!」

 

「ねぇ、どうし……うわああああっ!!!」

 

 のたうち回る男と、その男から逃れる女。そしてさらにやって来た女中。阿鼻叫喚とした光景が広がる。

 その横で櫻は、倒れているあの女中の元へ走り寄る。必死に体を揺するが、女の反応はない。腕がぐにゃぐにゃと海藻のように揺れるだけだ。

 

「おきて!! おきてよ!!」

 

 目は虚で、どこか遠くを見つめている。その黒い目がなぜか、彼女をとらえない。

 なぜだろうか。なぜ自分でこの女中は動いてくれないのだろうか? 

 

 

「しんじゃやだ!!!」

 

 

 死ぬというのは動かなくなり、やがて冷たくなることだ。これもまた地獄の絵本を読んでいた時に、櫻は知った。

 

 お気に入りの女中は動かなくなってしまった。ならば次は冷たくなっていくのだろうか? 

 

 もしそうならば、もう自分に絵本を読んでくれることも、抱きしめてくれることもないのだろうか? 

 

 

 名前の知らない感情が彼女の中で溢れていく。

 赤い目からは水があふれ、動かなくなった女の体に落ちる。

 

 櫻が抱きしめてみても、やはり抱きしめ返されることはなかった。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ひとしきり泣いてそのまま眠ってしまった櫻が起きた時、屋敷には誰もいなかった。

 

 側で骸となってしまった女の遺体も、あの男も、他の女中たちもすべて。

 

「………?」

 

 すべての部屋を開け、風呂やトイレ、厨房などくまなく探し回る。押し入れの中や天井裏も調べ、軒下(普段は「汚れるから入ってはいけない」と言われていた)も潜って確認したが、やはり誰もいない。

 

「さくらがわるいこだから、いなくなっちゃったの……?」

 

 彼女はすっぱりと斬れていた傷が()()()()()()()()ことにも気づかないまま、またひとしきり泣いてその晩は眠った。

 

 そして翌朝。このままここにいても仕方ないと思った彼女は、庭からちぎった花をあの女中が死んでいた場所に置く。

 

「おそと、でれるかな? わたし、がんばってみるね」

 

 最後に「バイバイ」と別れの言葉を言い、櫻は屋敷を後にした。

 

 

 屋敷の門を出た周囲は森に囲まれている。そこから少し離れた場所から先へ、彼女は出る事ができない。

 

「……できるかも!」

 

 アンパンマンの元気100倍に並ぶかもしれないほど、今日は力に溢れている。

 壁の位置を確認した彼女は助走をつけ、パンチを繰り出す。

 

 

「バーイバイキィィ〜〜ン!!!」

 

 

 悪の悲鳴が正義の拳になってしまったのが功を奏したのか──いや、違うであろうが、壁はピシリと音が入った直後、あっけなく崩壊する。拍子抜けだった。

 

「よし! しゅっぱつだぁー!!」

 

 自分の身長よりも大きい木の棒を拾い、櫻は短くも長くもない時間(とき)を過ごした屋敷を後にする。

 

 お気に入り(好き)だった女中が死んだにしては、ドライな反応である。

 

 それがまた、どこか非人間的な見目の幼女を人間離れさせる理由なのかもしれない。

 

 ともあれかくもあれ、櫻の旅は始まったばかりである。

 

 

 血の海になった屋敷を残し、彼女は走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「〜〜〜♬」

 

 

 誰かが鼻歌を歌っている。

 

 畳や天井、人間がいたあらゆる場所を血に沈めた百虫。術師本人の知らぬまま暴走し、食べた血肉を餌として運んだ彼らである。

 そして百虫たちの行いに気づかないまま、幼子は外へと旅立った。

 

「〜〜♫」

 

 卵から孵ったばかりの彼女は社会を通し、どう育っていくのであろうか。

 

 子というのは『計画』と同じように綿密に立てた方がいい場合もあれば、ある程度親の手から話しておいた方がいい場合もある。もちろん、いざという時は手を引き、導いてやらねばならない。

 

「あの施設は処分済みだし、関係者の人間もすでにあらかた消してある…から」

 

 上機嫌なその人物は、櫻が消えてからやってきた男に笑いかける。すでにその術師の男に息はなかった。

 この蠱毒の件に深く関わっていた人物ではないが、懸念が少しでもあるならば始末しておくに限る。

 

 

 

「卵から孵った芋虫は、やがて蛹になる。その後、いったい何になるのだろうね。──────あぁ、実に楽しみだ」

 

 

 

 フフ──と、彼女は首元に触れ、笑った。

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