腹ペコ毒蟲【新版】   作:アンディライリーのうさぎ

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メリークリスマスだ!
二章は(私が)畜生道を突っ走ってるので、人によっては「うっ……」ってなるかもしれません。


6話 椿の香り

「ナナミィ〜〜ン!! ナナミンミンミンミ〜〜ン!!」

 

『私は蝉ですか』

 

 朗報である。彼女のイマジナリーフレンドが帰ってきた。

 

 夢の中で「はぁ……」とため息をつき、()()()()イマジナリーの友を──と勝手に殺し黄昏れていたところに、ちょうど現れたのだ。

 ナナミンは「哲学の出張()に行っていました」と、メガネをクイッとさせた。

 

「てつがくの旅?」

 

 どうやら彼女のイマジナリーフレンドは、随分前に出した彼女の「愛」の質問をずっと考えていたらしい。

 櫻は「生真面目なやっちゃな……」と思いつつ、感心する。

 

「それで、ナナミンは愛が何かわかったの?」

 

『わかりませんでした』

 

「わからなかったんだ……」

 

『はい』

 

「ちなみにそのメガネはどうやってつけてるの?」

 

『わかりません』

 

「そっか…」

 

 謎が多いナナミンである。自分になぜ謎が多いのか、ナナミン自身もわからない。

 まぁ、櫻には関係ない。ナナミンは己の、唯一無二のイマジナリーフレンドなのだから。 

 

 

「じゃあさっそく行くぞ〜!!」

 

 

 櫻は銃を。ナナミンはなぜか鉈を片手に、眼前に広がるゾンビどもに向かっていく。

 

 これはそう、夢の中の話である。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ナナミンの復活でさらに表情が明るくなった櫻。

 

 イマジナリーフレンドの存在は他人が知ると白い目で見られるため、彼女は周囲には知らせず、また悟らせないように振るまった。そのおかげで誰もナナミンの存在に気づいていない。

 

 この努力はしかし、『虫女』と不名誉なあだ名を付けられてしまった今では無意味かもしれない。

 

 

 

 そして、他者との関係も少し変わった。

 

 表情の柔らかくなった彼女に、近づき始めている子どももいる。野生児から、院長に習い花冠を作って遊ぶようになったその変貌ぶりは、それほどまでに衝撃的だった。

 

 野生児が、ただの()()()()女の子になっている。

 

 容姿は確かに元から整っていた。だがいくら愛らしい顔立ちでも、歯を剥き出しにしてうなれば元も子もない。

 

 

「お、おいっ!!」

 

「……何?」

 

「………な、何でもねーよ! ブァーカッ!!」

 

 

 ──と、このように。

 

 少年が声をかけてはいきなり暴言を吐き、逃げていく光景が生まれつつある。彼女としては「何なんだ?」という状況だった。

 

 

 

 

 

 それから間もなくして、彼女の養親が決まった。

 

 はじめて顔を合わせた二人は着物を着ており、院長ほどではないが、そこそこ年配の夫婦だった。

 男の方は気難しそうな見た目であり、会話も最低限なものである。

 一方で母親は櫻を見るなり頬を緩め、「まぁ! なんてかわいらしい子なのかしら…!」と声を上げた。

 

「こ、こんにちは…」

 

 櫻の心臓が強く拍動する。この二人が自分の親になるのだと思うと、手に汗が出る。

 

「では──」

 

 事務的な話を始めた院長は、値踏みするような視線を男に向ける。対し隣の妻を見ると、思わずといった様子で破顔した。その顔は、「えぇ、この子はそりゃあ可愛いんですよ」とでも言いたげだ。

 

 

「よ、よろしくおねがいします!」

 

 

 話が終わった後、櫻は二人に頭を下げる。

 

「どうか頭をあげてちょうだい」

 

 きれいな仕草で座った妻の女は、シワがちらほらと浮かぶ手で、彼女の髪を梳くように撫でた。

 

「キレイな黒髪ね。貴女にはきっと、赤いかんざしが似合うわ」

 

「かんざし……?」

 

「かんざしは女の髪を華やかにする道具よ」

 

「……私のあかい目、ヘンじゃないですか?」

 

「ヘン? ……ふふ、そんなことないわ。ビィドロみたいで、とても美しいわよ。私たちのことは、「お父様、お母様」と呼んでくれたら嬉しいわ」

 

 仕草もさることながら、その微笑みも綺麗な女性だ。

 櫻は耳まで顔を赤くした。本当に、自分に父と母ができるのだ。

 

 

「お、お父さま、お母さま……」

 

 

 たどたどしいながらそう言った彼女を、()は着物で包むように抱きしめる。

 例えるとわからないが、とてもいい匂いがした。

 

 櫻はかくして院長たちと涙のお別れをしたのち、『安倍(あべの)櫻』になった。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 養親の家は懐かしさを感じる日本家屋だった。あの屋敷よりは幾分もスケールが劣るが。それでも、()()の家と比べれば大きい。

 

「は、はじめましてお兄さま! あっ…あべのさくらです!」

 

 養親の二人には、歳をとってからできた子どもが一人いた。櫻にとっては数歳違いの兄になる。

 

 また、彼女を引きとる理由には、「男の子と女の子、本当は一人ずつ欲しかったんです」ともあった。

 ただ中々子宝に恵まれなかったため、女児は養子を引き取ろうと考えていたらしい。

 

「よろしくお願いします、お兄さま…!」

 

「………」

 

 緊張で顔を赤くしながら彼女に、兄は一瞥しただけで廊下の奥に引っ込んでしまった。

 櫻は呆然とする。もしや、嫌われてしまったのだろうか? 

 

「ごめんなさいね、櫻さん。あの子はとってもシャイなの」

 

「そう…なんですか」

 

「大丈夫よ。一緒に過ごすうちにきっと仲良くなれるわ。だって貴女はもう、私たちの家族になったんですもの」

 

「か、ぞく……」

 

「えぇ。改めてこれから、よろしくお願いしますね」

 

「…はいっ!」

 

 

 

 

 

 それから安倍家での生活がスタートした。

 

 この家は父曰く、「由緒正しい」お家柄なのだそうだ。

 

 家系図をうんと遡れば『安倍晴明』という人物に行き着くらしい。「安倍晴明?」──となった彼女が首を傾げると、父親は震え、「かの安倍晴明様のことも知らんのか!?」と怒鳴った。どうやら父にとっては、晴明様というのはとても大切な人間らしい。無表情が常だった男のいきなりの変わりように、彼女は「ごめんなさい…」と謝った。その謝り方についても、もっと丁寧な言葉遣いを学びなさい、と注意を受けた。

 

 わかったことは、この家は元を辿れば偉大な『安倍晴明』を祖に持つこと。

 

 つまり術師の家系である。

 

 

 特別な力(術式)を持つ彼女の養子先としては、最適な場所だった。

 ここならば、呪霊が見えたり、非術師にはない力を使える彼女が奇異の目で見られることもない。

 

「お前の力は、血液から虫を出す力らしいな」

 

「はい。そうでございます」

 

 一度力を使ってみせるよう父親に言われ、櫻はカッターで軽く自分の皮膚を切った。

 血から虫が蠢く姿を見た父は、思わず顔をしかめる。そして視線を逸らし、「もう見せんよい」と語った。

 結局櫻が家族の前で力を見せたのは、その一度だけになる。

 

 

 呪力に関しても、櫻はそこそこ恵まれているらしい。

 

 ただ、両親にも呪霊を食べられることや、食べた分だけ強くなれることは言わなかった。

 ゆえに自分の術式は、『腹凹毒蟲(はらぺこどくむし)』の『腹凹』を抜いて、『毒蟲(どっこ)』と説明している。

 元々の術式の名前が『百蟲毒蟲(ひゃくちゅうどっこ)』だったことは忘れてしまっている。

 

 

 もう記憶もほとんどおぼろげになってしまった、『アオムシ様』としての記憶。当時は3〜4歳だったため、その記憶の摩耗も仕方なあるまい。

 

 あのような、カルトチックな連中に崇められるのは二度と御免である。

 

 どこに『アオムシ様』を崇める人間がいるかわからない以上、『アオムシ様』を象徴する呪霊喰らいの力は他人に教えないと決めた。

 

 

 ──そう。教えないだけで、使わないわけではない。

 バレないように、こっそりと虫を操って、呪霊をヒョイパクする気満々である。

 

 彼女にとって、呪霊は()()()のだ。なればどうして食べないことができようものか。

 

 

 安倍櫻は、腹ペコ(ハングリー)な女なのである。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 して、由緒正しい家ということは、その家に相応しい教育を受けなければならない。

 

 また始まったお勉強に彼女はげんなりしつつ、やる気はある。

 

 父親は褒めてくれるタイプの人間ではない。反対に母親は彼女の出来がいいと「すごいわ!」と褒め、頭を撫でてくれる。その度に櫻は自然と笑みがこぼれる。これが“喜び”だった。

 

 

 母親のことは好きだ。“母親”とは、どんな時でも自分の子どもを愛してくれる存在だからだ。

 

 あの女中とも、院長先生とも違う、自分だけの母親。

 院長はたしかに母親のような人だったが、彼女は()()()()母親だった。

 

 だからこそ、櫻は母親のために勉強を頑張ろうと思った。

 

 

 ただ予想と反し、呪術界の知識を詰め込まれはしたが、彼女の術式を鍛えることはしなかった。

 

 むしろアオムシ様時代でもノータッチだった授業が多い。生花や淑女の作法や言葉づかい、料理──など。

 

 

 

 

 

 それから数年の時が流れ、彼女は10歳になった。

 

 淑女が何たるかを学び、麗しい少女──それこそ日本人形な容姿の彼女は、影で変わらず呪霊をヒョイパクしている。

 

 そんな彼女は、150センチの王台を突破した。この伸びは留まることを知らない。

 素晴らしい淑女になったことに母親は喜んでいたが、唯一この身長の伸びだけは不服そうだった。

 

 

「女性は小さい方が男性に愛らしく映るのにねぇ…」

 

 

 中学生の年齢な兄もとっくに……というか、最初に会った時点で抜かしている。

 

 この兄はのちのち女中の話を立ち聞きしてわかったことだが、術式を持たず、呪力にも恵まれなかったらしい。一応呪霊は見えるらしいが、その程度だ。

 

 父親はこの息子に「不出来」の烙印を押し、一切会話を交わそうとしない。女中が長男の悪口を言っても罰せられない始末。

 そんな環境で育ったせいだろう。兄は学校(櫻も一応席はあるが行ったことはない)にも行かず、年じゅう部屋に引きこもり、ゲームをしている。

 唯一母親だけはかいがいしく、部屋に食事を持って行き、気にかけている。

 

 

「おはようございます、お兄さま」

 

「………」

 

 

 厠に行くため廊下を通る兄と出会した櫻は、相手が通り過ぎるまで頭を下げる。

 言葉は返されず、そのまま床板を踏む足音がギシギシと遠ざかっていった。

 

(結局、いまだにお話もできてないな…)

 

 理解はできる。兄が抱く自分への気持ちが。

 

 父親から不遇な扱いを受けていたと思ったら、ある日新しい家族だとやってきた娘には、自分にはない術式や呪力を持っていたのだ。そりゃあ、言葉も交わしたくないだろう。

 

 まぁもう、今更なのかもしれない。

 

 

「お兄ちゃんか…」とドキドキしていた感情は、彼女の中で過去のものとなってしまった。仲良くしようと話しかけれども、一言も交わさない兄。そんな彼と今さら親しくなってどうしようというのか。

 

 兄へ抱く感情は“無関心”となり、こうした挨拶は今や妹としての義務でしかない。

 

 院長のような努力家に、彼女はなれそうになかった。

 

 

「では今日もよろしくお願いしますね、櫻さん」

 

「はい。お母様」

 

 

 桃の着物を羽織った櫻は、冬に実る赤い身のような玉のついたかんざしを揺らし、きれいな所作でお辞儀する。

 

 母親から教わったこと。櫻はきっと、幸せになる。

 そのために()()努力を惜しんではならない。

 

 

「ふふ………本当に、本当に綺麗になったわ。貴女ならきっと、素晴らしい御家へ嫁いで、幸せになることができるわ」

 

 

 女の幸せは、旦那に嫁いで一生をかけて尽くすこと。

 

 だからこそ母親はもっと淑女に磨きをかけようと、櫻に微笑む。椿のような笑みだ。

 

 冬ごろに咲く花。椿の女は理想の愛を追い求め、その花の最後のようにポトリと落ちてしまいそうな危うさを匂わせる。

 櫻が感じたあの匂いは、椿の匂いだった。

 

 

「もっと貴女が()()()()()()()ように、私も努力するわ」

 

「はい」

 

 

 桃の隙間からのぞく櫻の腕は、枯れ枝のように細かった。

 

 

 


 

【父】

『安倍晴明』のファンなのかも。

 

【母】

 ツバキの匂いがする。とても細身できれいな人。

 

【兄】

 猫背だよ。

 

【イマジナリーフレンド】

 夢の中で「ナナミンミンゼミ」って言ったら、廊下に立たされたよ。

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