腹ペコ毒蟲【新版】   作:アンディライリーのうさぎ

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そういえば昔ノイタミナでやっていた乱歩奇譚ってアニメで影男ってキャラがいて、その声を子安さんが演じてたんですよ…………。


7話 ギョギョ!?これは随分と美味しそうなお魚さんです!

「お腹すいたなぁ」

 

 真っ赤な雨が降っている。血の色をしたそれは海に降りそそぎ、世界全体が異様な色をなしていた。

 

 この不思議な世界は櫻の『生得領域』なのだろうか? 

 青い海はやはり、違和感がある。

 

 

 母が彼女に求める理想の女の像。それを目指す結果、これ以上背を伸ばさないようにと食事の量を減らされてしまった。

 

 そのせいで彼女は常に空腹だ。かろうじて悪癖のヒョイパクは我慢している。

 

 頼みの綱は呪霊捕獲猟法だ。ただしこの方法はあまり頼れない。百虫の元となる血が、無理な減量のせいで少なくなっているからだ。最悪は虫を出した途端に、失血性ショックで死ぬ。

 

「ナナミン、だっこ」

 

 人の温もりが欲しくなった櫻は、イマジナリーフレンドに頼んだ。

 夢限定の話だが、イマジナリーフレンドはイマジナリーのフレンドな割には体温がある。

 

「さぶい…」

 

 彼女にあったはずの温もりが、屋敷で過ごすうちに薄れてしまった。

 普段感じる寒気は、栄養失調から来るものなのだろうか? それともこの温もりが放出してしまったから寒く感じるのだろうか? 

 

 温もりはなぜ消えてしまったのか、櫻にはわからなかった。

 

 否、理解したくなかった。

 

 

「ナナミン……」

 

 

 彼女のイマジナリーフレンドはしかし、一度出張に行っていたが、側にいてくれる。

 

 この温もりだけは、絶対に彼女を裏切らない。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

「そろそろ本格的に縁談の話を用意してもいいでしょう」

 

 

 花嫁修行も合格ラインに来たと母親が判断したあと、お見合い探しが始まった。

 相手の選択に櫻はノータッチなため、どんな相手が選ばれるか待つしかない。

 

「結婚って、美味しいのか…?」

 

 常日ごろ腹が減りすぎて、もはや音もならない櫻の腹。彼女の思考のすべてが、一度は食べ物にリンクするようになってしまった。

 それが極まり「おっ、美味そうな肉が歩いてるぞ!」とフラフラと近寄ったら、女中だったこともある。

 

 

「あ、また肉が歩………あっ、違う。アレはお兄さまだわ」

 

 

 兄は学校には行けていないが、最近外へ出かけるようになった。これまでずっと引きこもっていたあの兄が、である。

 

 ただし昼は嫌らしく、人がいない夜に出かけている。母は最初、「夜は危ないわ!」と止めていた。しかし「あんな出来損ないなど放っておけ!」と夫に一喝され、それ以降は何も言えなくなっている。

 

「こんばんは、お兄さま。夜のお出かけですか? お気をつけてくださいね」

 

 パーカーにキャップを目深すぎるほどかぶっている兄に、彼女はいつも通り頭を下げる。

 

「………」

 

 すると、いつもどおり素通り──ではなく、一瞬だけ彼女を一瞥した兄は家を出て行った。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ねぇ聞いて、櫻さん! あの子にお友達ができたみたいなの!」

 

 花嫁修行の最中、嬉しそう母親がそう言った。

 

「あの……なんて言うのかしら? 部屋にご飯を運びに行った時にね、花札みたいな小さなカードを畳に並べていたの」

 

「花札のようなカードですか?」

 

「そうなのよ。それで「これは効果が……」とか、何か小難しい勉強をしているの。アレはいったい何なのかしら……」

 

 なるほど。しょっちゅう兄が出かけているのは、その友人とカードゲームをするためだったのだろう。

 流行りのカードゲームは櫻も知らないため、適当に母の話を流した。

 

(友人か。あの兄にねぇ…)

 

 彼女の友人と言えば、イマジナリーフレンドのナナミンしか思いつかない。

 施設にいた時も、結局最後まで特定の仲の良い友人はできなかった。小学校にも言っていない今、友人ができる望みは薄い。

 

 そもそも友人を作る有用性とは何だろうか? 櫻の“友だち”の認識は、まずそこからになる。

 

 

「ふふ…早く貴女の縁談も、いいお相手を見つけたいわね。あの人が中々決めてくださらないのよ」

 

「私も楽しみですわ、お母さま」

 

「えぇ。たっぷりと楽しみにしていてちょうだい」

 

 

 こんな親子のやりとりを楽しく思っていた日々も────もう、過去のことになってしまった。

 

 

(お母さまはあまり、美味しそうじゃないのよね)

 

 

 彼女は今日も、腹ペコ(ハングリー)だった。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

「まだ最初のお見合い相手も決まらないのか?」──と櫻が思っていた頃のこと。

 

 あの父親がものすごい形相で帰ってきたと思ったら、妻の元へ駆け寄った。そして肩をつかみ、「××(父が興奮のあまり話したため、聞き取れなかった)との見合いが決まった!!」と叫んだ。

 

 直後、母は卒倒した。

 

 ついで父は櫻の元に駆け寄り、これまた肩をつかんでこう言った。

 

 

「ご、五条家との見合いが決まったッ!!!」

 

 

 櫻は、呆然(ぽかん)とした。

 

 

 

 

 

 五条家と言えば、菅原道真を祖先(ルーツ)に持つ家系である。そして呪術家の御三家にも数えられる家柄だ。

 

 安倍家も安倍晴明を祖先に持つ。しかし名前こそ『安倍』だが、実態は分家筋をたどった末にたどり着く家だ。

 おまけに嫡男が、父親に「不出来」の烙印を押された子どもときた。家自体が当代で終わる危機である。

 

 

 だからこその、次の代へ繋ぐための命綱。

 

 それが『安倍櫻』という少女の存在だった。

 

 彼女もすでにわかっている。自分は両親に利用されている。アオムシ様()を自分たちを救う都合のいい“神”として崇めていた、あの人間どものように。

 

 彼女の嫁ぎ先から支援を受けられれば、嫡男を結婚させて子をもうけるまでは保たせられる。そう考えてのことだろう。

 

 親が不出来だとしても、その子どもが強い術式や呪力を持って生まれることもある。

 例えば、一般家庭の子どもから強力な術式を持つ子どもが生まれることがあるように、

 

 

 ────不出来な奴でも、血は『安倍晴明』様のルーツを持つからな。

 

 

 というのが、父親の考えだった。彼がその考えを、櫻に言ったことはない。

 

 

 ただし櫻もバカではない。利用されている、ということはわかっている。

 7の段は、ちょっと分からないが。

 

 

 

 

 

 見合いの日まではあっという間で、めかしこまれた彼女は見合いの場所、すなわち五条家の門を叩いた。

 

 あらかじめ、決して粗相のないように父から言われている。御三家の前で何か問題を起こせば、今後の縁談が難しくなると懸念してのことだろう。

 

 

 それから櫻は広い客間に通された。両親については別室である。

 

 待たされること30分。誰も来ない。ただひたすら、目の前に用意された茶菓子の誘惑と戦っている。

 

 それからまた30分。振り子時計の音が静かな室内に響く。ちょうどそこに使用人が入ってきて、「申し訳ございません。もうしばらくお待ちください」と言った。

 

 その代わり庭の景色を見ていていいと、中庭に通された。あと少し遅かったら、櫻は茶菓子をカービィーのように吸い込んでいただろう。

 

 今日はこんなにも晴天なのだ。五条家の寵児と謳われる坊も、眠気に誘われてお昼寝しているのかもしれない。用意された見合いで数々の問題行動を起こしているという噂も聞いているが、お昼寝に負けて寝てしまうとは。相手が二つ年下ということも考えれば、8歳。そりゃあもう、お昼寝タイムだろう。お昼寝タイムじゃなかったとしたら、何だというのか。わざと遅れている? いややはり、お昼寝タイムだろう。

 

 

(8歳じゃあ、見合いなんて嫌に決まってるよなぁ…)

 

 

 お昼寝タイムに違いない──というセルフ暗示も、さすがに無理がくる。

 

 池の水面には、座り込んだ彼女の顔が映っている。今、こうして座っている時でさえ、“淑女”の仮面を被らねばならない。

 

 

(『六眼』を持つ五条の坊ちゃんには、私がどう見えるのかな?)

 

 

『蠱毒』で生まれた自分は、はたして人間なのだろうか? それとも呪霊に近しい存在なのだろうか? 

 

 

 もし人間でないならば、そのまま殺されてもいいかもしれない。

 利用されて生きてきた彼女が、これまでの人生で唯一自分の意思で決めたことは、“外へ出る”ことだった。

 

(小さい頃の私は、もしかしたら期待していたのかな? 外へ出たら、自分が変われるって)

 

 だが、外へ出ても利用されるだけだった。自分を『安倍家』へ送り出したあの児童施設もグルだったのではないかと、彼女は疑ってしまう。そこまで考えて、それ以上は何も考えないようにしている。

 

 

(私って、空っぽなんだな)

 

 

 ちょうどその時、水中から顔を出した鯉と目が合った。パクパクと口を開けて給餌コールである。

 

「餌がほしいの? …フフ、いつも餌をもらえる側だって勘違いしてるんだなぁ、こいつめ」

 

 櫻は人さし指で鯉を小突き、櫻は微笑む。

 

 

 

「おまえ、美味そうだな」

 

 

 

 そのとき、ジャリ、と石を踏む音がした。

 彼女が視線を向けた先には、お付きの女性を連れた一人の少年がいる。

 

 どこまでも蒼い目が、彼女をとらえる。美しい目だと、櫻は思った。

 

 

「何言ってんだ、お前……」

 

 

 五条の坊は、ドン引きした様子でそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 インターネットが普及し、家庭でもパソコンを通して見知らぬ相手とやり取りができるようになった昨今。

 

 一人の少年はこのインターネットを通し、ある少年と出会った。趣味や嗜好が同じて、最近話題のカードゲームが好きだという点も同じだった。さらに住んでいる場所も、比較的近くにあった。

 

 少年はそこで『一緒に対戦してみてぇな』と書かれたコメントを見て、一大決心をする。

 

 

「………夜、だったら」

 

 

 この少年は、特殊な家系に生まれた子どもだった。

 しかしその特別な力に恵まれなかった彼は、父に「出来損ない」と言われた。

 

 

 ────お前は出来損ないだ。

 

 ────お前のような出来損ないが、私の子どもなわけがない!! 

 

 ────無能で無価値で、血だけしか取り柄のない出来損ないが……。

 

 

 父親は、祖先に固執する男だった。この男もまた特別な力はあったが、特殊な仕事をやっていけるほどの才はなかった。それがコンプレックスとなり、祖先に固執する原因になったのだろう──と、彼は考えている。

 

 一方で、母親は父の両親が決めた許嫁だったらしい。だが夫婦の間には長年子どもができなかった。

 家の存続が危ぶまれる中、妾を作れるほどの器も力も、容姿でもなかった男は、すべての責任を彼の母になすりつけた。

 

 その結果、母は壊れてしまったのだろう。

 もう記憶もおぼろげな小さい頃のことである。父に打たれ泣き止まない彼を、母が連れて一緒に風呂に入った。普段は決して、母とともに入ることはできなかった。

 

 

 ────おかーちゃん、そのキズなぁに? 

 

 

 母の両腕には、おびただしい数の線があった。線の上に線を重ねて、さらにその上に線を重ねる。

 

 母は彼の問いに、何でもないのよ、と言った。

 

 彼を抱きしめた母の体はとても、とても細く。今にも枯れて、彼女の花を落としてしまいそうだった。

 

 

 

 家の実態を理解した彼は、そうして、すべてに心を閉ざした。

 

 

 父が利用するために連れてきた少女もどうでもいい。母の心の慰みにはなってくれたようだが。

 

 だがどうでもよかった人生にネットが現れ、彼はさまざまな人間の人生や価値観を知ることになる。

 

 そこで自分の世界の狭さを体験した。

 

 そして、現実の自分も、狭い空間でしか生きていないことを自覚した。

 

 ただ変わるには勇気がいる。

 その勇気を踏み出すきっかけになったのが────。

 

 

「よしっ! 今日もバトルすっぞ!!」

 

 

 この、友人だった。

 

 夜、人気の少ない駅のフードコートの隅っこで、カードバトルをする。

 

 はじめての友人と、はじめての青春。

 

 彼はゲームのように、途中で自分の人生(セーブデータ)を消さなくてよかったと思えた。

 

「クッソ〜! また負けたぁ!! 強ェよお前!」

 

 明るい性格の友人は、彼と真反対だ。だが不思議と共通点も多い。その共通点の多さが、二人が親交を深めるきっかけにもなった。

 

「デッキの相談してもいいか? ジュースおごっからさ!」

 

「…いいぞ」

 

「よし、決まりィ!」

 

 近くにある自販機でジュースを買い、プルタブを開ける。

 その時彼はポツリと、「……俺と友達になってありがと」と呟く。

 すると友人は目を点にし、大きく笑って彼の背を叩いた。

 

「互いに人生に迷ってる者同士、頑張ろうぜ!」

 

「お前……は、何に迷ってんだよ」

 

「ぶっちゃけ言うと、オヤジに絶賛反抗期」

 

「あぁー………俺も、母ちゃんには反抗期かも」

 

「おふくろかぁ…。俺はいないから、羨ましいよ」

 

「……悪い」

 

「おいおい、今さらンなコト気にすんなって!」

 

 お互いにどんな事情があるのかも、彼らは大まかに知っている。

 それをひっくるめて、似た()同士なのだ。

 

「つかよ。いいよなお前、義妹もいるとか……。義妹だぞ! 義妹! この『義妹』という文字には、男のロマンが詰まってるんだぞッッ!!」

 

「きしょ」

 

「的確な三文字で俺を殺すのはやめろ…」

 

「………」

 

 落ち込んだ友人に、彼は無言でモンスターを蘇生するカードを向けた。

 そんな、自分とよく似た容姿の少年が、安倍少年の友人である。

 

「なぁ、せっかくだし、今度俺の家に遊びに来るか?」

 

「……いいのか?」

 

「おう!いいぜ!」

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