腹ペコ毒蟲【新版】 作:アンディライリーのうさぎ
リアルが忙しくなりそうなので、更新頻度が落ちると思います。気長にお待ちください。
五条悟は一族の相伝である術式と、呪力を詳細に見ることが可能に『六眼』を持って生まれた。
天性の才能。そして、自分の能力を研鑽する探究心と、それを苦ともしない精神。
まさしく最強になるべくして生まれた子どもだった。おまけに顔もいい。
そんな寵児はそれはもう、周囲から甘やかされた。
自分の行動がすべて肯定される環境で育てば、自然と性格はひん曲がってしまうものである。五条の坊もすでにかなり
「お見合いィ? 俺が?」
次期当主になる子どもともなれば、優秀な血を残すのは当然の義務となる。それが400年ぶりの『無下限呪術』と『六眼』の抱き合わせともなれば、なおさらであった。
そのため、彼が少年の歳になってから、それとなく見合いの話を出されるようになった。
なぜ自分がそんな面倒くさいことをしなければならないのか。坊は頑なに首を横に振った。
そんな頃のこと、彼はある事実に気づいてしまう。
そんな坊のために、親戚から同じ年ごろの遊び相手を家が用意してくれたこともあった。
ただ結果は、相手が号泣してその母親に抱きつくことになった。
そしてその号泣した子どもは、親戚の集まりがあった時、他の子どもたちとは楽しそうに遊んでいたのである。
この時、坊はボッチだった。
何もかもを持って生まれた彼でさえ、持っていない一つのもの。
それは────。
(あれ…? 俺、友だちいなくね?)
友人だった。
いや、そんなわけがない。彼は天上天下唯我独尊をほしいままにすることになる、五条家の寵児なのだ。孤高ではあるが、孤独ではない。そう、決して。頭脳も切れるため、同年代と話が合わないから意図して付き合っていないだけだ。
しかし、少しくらいはレベルを落として、あのガキどもと遊んであげないこともない。
「おい、お前ら何やってんだよ」
ちょうど屋根から敵情視察をしていた坊は、下に降り立つ。
もちろん向こうが何をしていたかは知っている。ポケモンだ。だが知らない体を装っていた方が、「ポケモンやってんだよ」「え、マジ? ちょうど俺もポケモンやってんだよね」──と、自然に懐にあるゲーム機を出すことができる。
このゲーム機は、さっき自分の部屋から取りに行ったものである。もちろん彼らと遊ぶために持ってきたわけではない。本当に偶然、懐にゲーム機を忍ばせたかっただけだ。
「さ、悟様……!!」
以前号泣させた子どもが大げさに肩を揺らした直後、ほかの子どももその振動が伝播したかのように、ビクビクッ、と体を揺らす。
「…だから、何やってんのかって聞いてんの」
「そ、それは……」
互いに視線を巡らせる子どもたち。まるで自分を恐れるような視線に、坊の機嫌が下がっていく。
見慣れた光景だ。自分に向く、あの強い者に怯える視線は。
「ど、どうぞッ!!」
「………は?」
坊に差し出されたのは、ゲーム機だ。中にポケモンのカセットも入っている。
彼と目を合わさず震える子どもに、坊は思わず舌打ちをこぼしてゲーム機をつかんだ。
「あっ! ぼくのゲーム機が!!」
坊の投げたゲーム機が地面にぶつかり、バラバラに壊れる。
坊はただ遊びたいだけだった。しかしどこまでも思い通りにいかない。それに、無性に腹が立つ。
「何でこんな、ひどいこと……うぅ」
ゲーム機を壊された子どもの泣き声が聞こえる。怯えるような目で、他の子どもたちは彼を見た。
「ザコが目の前で群れてるのって、目障りなんだよね」
坊はただ、友だちを作りたかっただけだった。
ただ、それだけだったのに。
◇◇◇
問題児具合が加速した坊は、それから見合い話を受けるようになった。
見目の良い彼に、はじめて会った少女たちはたちまち顔を赤くしていく。
だがすぐに彼女たちは泥団子を投げられ、池に落とされ、時には落とし穴にはまることになる。
着飾った着物は至るところが汚れ、泣いた拍子に化粧も落ちた。
その顔見て坊は「ブッサイク〜〜!」と高笑いするのである。
そして斯様なことをしても、坊は一切怒られなかった。彼の行動すべてが許される。少なくとも五条家の中では。
誰も叱る者がいない以上、性格のねじ曲がり具合はさらに加速していった。
「ふぅーん。今回はコイツね」
お見合い相手はもはや、坊がイタズラするためのターゲットでしかない。それでも彼と見合いを望む相手は一切減らない。
そんな奴らも結局『悟』ではなく、五条家の寵児である『五条悟』しか見ていないのだ。
「安倍って、安倍晴明じゃん!」
坊は寝っ転がりながら、別途で五条家が家柄について調べた資料も見た。
「ふーん」「へー」という声とともに、紙の束が捲られていく。
家の事情は概ねわかった。要は家の道具になった養女が今回は来るわけである。
さぞ両親は一大チャンスということもあり、張り切っているだろう。養女はその期待に応えようと、同じように張り切っているに違いない。
「んー……コイツには何をしてやろうかな…」
最近はイタズラのネタが切れつつある。やりたいこともなくなれば、見合い話を受けることもなくなるだろう。
そして見合いの前日になり「よし、ペイントボールにしよう!」と決めた坊は、翌日家を抜け出て買いに行った。
少々買うのに手こずり遅刻したが、準備はできた。いざ、合戦の場である。
◇◇◇
「は?」
屋敷に帰ったと思ったら、禍々しい呪力を感じる。これは──呪霊?
しかしそう簡単に呪霊が屋敷へは侵入できないよう、結界は張られている。
だが、しかし、と坊は考える。完全に呪霊と同じではない。どこか神秘さもあるような………例えが難しい。
彼は「坊ちゃん! どこへ行っておられたのですか!?」という声は無視し、呪力を感じる方向へ向かった。場所は中庭だ。
「アイツ、写真で見た…」
酔いそうな感覚のする呪力の原因は、一人の少女だった。そこで見た少女の“造り”で、呪霊でないことはわかった。呪力で構成された呪霊の肉体と、人間の肉体はそもそも構成するものが違う。
だが、だったらなぜ呪力がこうも呪霊のように禍々しくなるのか?
その考えも、少女の理解不能なひと言に吹っ飛ぶ。
コイツは今、何と言ったのだ? 何を見て、「美味そう」などと言ったのだ?
「……あっ、お初にお目にかかります、五条様。わたくしは安倍櫻でございます」
「いや、その前に、鯉に熱い告白してなかった?」
「告白ですか? ……い、いえまさか! そっ、そそ、そんな………わたくしが「おまえ、美味そうだな」などと言うわけがございません!!」
「垂れてるけど」
「……ハッ!?」
坊が、“よだれが”垂れている…と言っていないにも関わらず、この少女は袖で口元を拭った。完全に黒である。
いや、これは呪霊という意味での「クロ」ではない。
呪霊か人間か曖昧なやつが自分の家の庭の池の鯉を
ギャグ漫画の世界にでも迷い込んでしまった気分だ。世界がボーボボを知ってしまうには、まだ時間があるというのに。
「そんなに美味そうなら、食ってもいいけど」
「……エッ!?? こんなに脂の乗っていそうな鯉をいいんですか!!!??」
「……あ、あぁ。俺が許す」
「ありがとうございます!!」
このまま流れに乗ったらどうなるか少し興味を持った坊は、魚を食べる許可を出した。
すると清廉された動きで座り込んだ少女は、鯉がエサをくれると勘違いし近づいてきたところを、猫のような動きで叩き地面に落とす。鯉はビチビチッ、とワガママボディを揺らして見せる。
「おいお前、マジで食う………ちょっと待て!!」
「?」
何の抵抗もなく、この少女は両手で持った鯉に食らいつこうとした。まだ活きのよすぎるそれをだ。ちょっと待ってほしい。
「あっ……申し訳ございません。半分でよろしいですか?」
「は?」
「………? 五条様も欲しい…ということではないのですか?」
「何を?」
「この鯉を」
「気は確かか?」
あぁなるほど、と五条はようやく悟った。
この呪力や、一見すれば人間離れした容姿を持つ少女は間違いなく人間ではない。だが、呪霊でもないのなら……。
コイツはそう……そうである。脳内で『ピンク・レディー』のあの曲が流れてくる。
コイツは────つまり、
「せめて………せめて、焼いて食え」
「なるほど。焼いて食べるのが五条様のお好みなのですね。覚えておきます」
「だから俺は食わないからね?」
鯉は用意された七輪で涙を流すことになった。
五条は淑女の面をかぶる櫻に今さらすぎると、自然体で話すようにうながす。
「宇宙人だなぁ……」
箸も使わず頭から50センチ以上はある鯉を食べてしまった女。骨一つ残っていない。
一方、手づかみなのに対して、食べ方が綺麗なのがミスマッチである。
そこで不意に、坊は少女の腕に目が留まった。枯れ枝のようなその腕と、鯉に恋してしまう食い意地の悪さがリンクする。
「お前、普段は何食ってんの?」
「…………えっと」
答えにくいのだろう。向こうは目を伏せる。
二人の間では「どんなメシを食っているのか」という五条の坊と、「普段は何を食っている……ということはまさか、あの目で呪霊を食えることまで見抜かれてしまったの…?」という櫻とで、
坊は櫻が呪霊を食えることは気づいていないが、何か呪霊に近しい呪力になるファクターがある──とは考えている。
「まぁ、言いにくいならいい。俺が他所の事情に突っ込む義理はねぇし」
「事情? ………アッ、……いえ、申し訳ございません」
勘違いに気づいた櫻は、袖を伸ばすように己の腕を隠す。
ただ身長の伸びが早いあまり、新しく新調した着物がすでに合わなくなっている。彼女は坊よりも二回り以上デカかった。
偏食気味で、好き嫌いの多めな坊の背は、最近伸び悩んでいる。
「………お前結構、背がデカいよな」
「背ですか? あまり意識したことはないですが、そうかもしれません」
「……なんかヒケツとかあんの?」
「秘訣ですか? そうですね…」
櫻は基本なんでも食べる。「美味しい」と思うものはあるが、好きなものや嫌いなものはない。本当に何でも食べる。
「…ひとまず嫌いなものも食べることでしょうか?」
「ピーマン食べたくねぇ〜!!」
「その…ところで、五条様」
「何?」
「お代わり……よろしいでしょうか?」
櫻には「五条悟が池の鯉を食べるのを許してくれた」という免罪符がある。
これさえあれば、いくら食べても母親は怒らないはずである。なぜなら坊ちゃんが許してくれたからだ。
「……あぁ、うん。何匹でもいいよ」
「ありがとうございます!!」
坊は遠い目をした。お付きをチラリと見るが無言だ。彼が何も言わない以上は、向こうも何も言ってこない。
早速鯉の女は池まで走り、次々と乱獲し始めた。
一瞬、ほんの一瞬だが、“変な女”を演じて彼の気を惹かせる作戦なのかとも思ったが、アレは淑女の皮をかぶっていただけで、天然の宇宙人だ。
家の都合で来させられただけで、五条家の寵児たる彼にまったく関心を抱いていない。
むしろあの少女を虜にしているのは、鯉だった。
「………『五条悟』を、見てないんだったら」
彼は、できるかもしれない。あの少女が自分に恐れも惚れもせず、どこまでもフラットならば。
自分を────『悟』を、見てくれるかもしれない。
「……なぁ」
友だちに、なってくれるかもしれない。
「お前、俺の友だちにならないか?」
「友だち……ですか?」
「………うん」
赤い、うさぎのような目が、きょとんとした様子で彼をとらえている。
坊は自分の手を強く握りしめた。性格のねじ曲がっている彼が
「なぜ、私が五条様と友だちになるのですか?」
「そ、れは……」
「私は今日、五条様とお見合いをするために参りました。その席で、なぜ「友だちになろう」という話になるのでしょうか?」
櫻は特に父親に、何としてでもこの好機をつかめ、と言われている。
彼女は見合い相手、すなわち未来の嫁になるかもしれない──という前提で来た。
そもそも彼女は夫の良き妻になるよう、これまで『安倍家』で教えられてきた。
「……それは、俺と友だちになりたくないってことか?」
「五条様と友人になる理由がわかりません。そこに何かしらの有用性が発生するならわかりますが…」
「あぁ…つまり、わかったよ。もうそれ以上話さなくていい」
「……承知しました」
「お前と友だちになりたい、って言った俺がバカだったよ」
蒼い目が、かすかに潤む。
「あっ……」
そこで櫻は、自分が何か五条の坊を傷つけてしまったのだと理解した。
坊はいったい、なぜ傷ついてしまったのだろうか? わからない。坊が自分と友だちになって得られる“メリット”など、ないはずなのだ。
だったらなぜ、坊は傷ついているのだろうか?
やはり考えてみても、わからない。
「お前、人形みたいだな。
────他人に操られることでしか動けない、心のない人形だよ」
坊の背が遠ざかっていく。
櫻はその後ろ姿を見つめることしかできなかった。
【五条】
評価[★★★★☆]
五条家の寵児なものの、味にクセがありそうなので星4つの評価。
【鯉】
評価[★★★★★]
お腹が減っていたので星5つ。さすが五条家の鯉。実がしっかり詰まっていて美味しかったです。