手に持った拳銃の安全装置を外し前方に向けて真っ直ぐ腕を構える。サイトを覗き、その先に佇む鉄製のターゲットが直撃コースにあることを確認する。距離は10メートル、このくらいならまず当たる。それが普通だ。……例外を除いて。
「………」
弾丸は発射された。しかし、銃弾がぶつかる音は聞こえない。若干の静観を目に構えを解き、前方にあるターゲットの様子を見る──予想通り、そこには無傷のターゲットが佇んでいた。
「──っ……」
背中に何かがぶつかる感触がしたと同時に、床に金属製の何かが落ちる音がした。……拾い上げたそれは先ほど発射された弾丸だった……今回は後ろか。
「…………この下手くそ凡人が」
自身の射撃技術を前に絶望する俺の他に人の声はなく、足元を転がる空薬莢の山が崩れる音だけが虚しく響いていた。
「……?」
上手くいかない現実に苛立ちを感じるが、それはいつものこと。気を取り直し弾倉を取り替えようとポーチに手を入れた。しかし、中から弾倉が見つからない。どうやらさっきのが最後だったらしい。
「はぁ……………一回、部屋に戻るか」
──俺には射撃の才能がない。その事実を知ったのはアリウス分校で初めて銃を撃った時だ。銃の適正距離は把握していて構えも問題なし。撃つ瞬間に銃身がぶれるなんてこともなかった。教官やアズサからも問題はないと言われているにも関わらず、俺の撃った弾はいつも不可思議な現象を起こす。
空を飛ぶドローンを狙撃したはずなのに地面に弾丸が埋まっていた。マシンガンから掃射された弾丸は動かない的に傷一つ負わせなかったし、ロックオンしていたはずのミサイルが軌道を変え空の彼方に飛んでいって帰らないなんてこともあった。
他にも色々と起こったが…その全てに共通するのは、俺の弾丸は当たらないということ。つまり、このキヴォトスにおいてただ1人、銃を持っていても脅威にならない存在がいるとするならば…それは俺だ。……ベアトリーチェがミサイルを落とさなかったらリーゼントにボコボコにされてたってまじかよ。
別に遠くを狙うのが下手なわけじゃなく、走りながら投擲したナイフが狭い壁の隙間を通って標的に命中する程度にはコントロールに自信がある。…ただ、銃を握った途端に全ておかしくなるだけで。そんな惨状を見かねた教官が一ヶ月訓練に付き合ってくれたが……教官は自信を喪失、教えることがトラウマになってしまった。
これは才能とかの問題じゃないと気づいたのは跳弾で自分の頭を撃った時か、やけになった俺がライフルの銃身を掴み敵に向かってフルスイングしていた時だったか?…まあいい。
「……ついたか」
そんなふうに過去の失態を思い返していたらいつのまにか部屋の前に立っていた。心なしかいつもより疲れているような気がする。……ムキになって徹夜なんてするんじゃなかった。頭が働かないからか嫌なことばかり考えてしまう……今更後悔しても遅いか。
「……あ。お帰りなさいショウマくん」
「ただいま帰った………ん?」
中に入ると雑誌を読んでいたヒヨリが話しかけてきた。別にそれ自体はおかしくもなんともないが、他の人の姿が見えないのは気になる。
「ヒヨリさん、他のみんながどこにいるか知ってるか?」
「どこって……そういえば、今朝はショウマくんいませんでしたね…リーダーたちは今アリウスの外にいます」
「外に?……ベアトリーチェの命令か」
「はい…ショウマくんがいない間に伝えられたことなので、知らないのは当然ですよね……」
ベアトリーチェが唐突に命令を与えるのはいつものことだし、今日はたまたま俺がいなかっただけだ。…ただ、戦闘に秀でているスクワッドが4人も必要な任務となると少し心配だ。十中八九激戦区にぶち込まれるだろうから危険な目に遭うのは確実で、そこに俺がいないのが歯痒く感じる……まあ、サオリがいる以上必ず全員で帰ってくるだろうけど。
「それじゃあ……っ〜…今日は自主練か」
「はい……ショウマくんは今日も徹夜ですか?」
「……ああ。まあ、結果はいつも通りだけどな…」
俺が徹夜していることはスクワッドの全員が知っている。もちろん俺の体質も。最初に説明しとかないと射撃要員として期待されるかもしれないからな。……一応ゼロ距離なら当たるけど、ならもう殴った方が早いし弾丸も無駄にならない。なんで銃撃戦の最中に俺だけ近接戦しなきゃいけないんだよ。
「…その、聞いてもいいですか?」
「唐突だな……いいけどさ」
「……ショウマくんはなんで銃を撃てるんですか?」
「…銃を持ってるから?」
「…あ…そうじゃなくてですね……どうして毎日銃を撃ち続けられるんですか?」
…ヒヨリの疑問は最もだ。一見すれば──一見せずとも俺の行いはなんの意味もない時間の浪費でしかなく、その時間を睡眠に回した方が建設的なのは馬鹿でもわかる。
「そうだな……暇だからな」
「暇だから…?」
「ああ。任務がなけりゃ外にもいけないし、ここはもうあらかた探索済みだし。あとはこんな世界だし銃を使えないと不便だろ?……ワンチャン変態扱いされるかもしれないからな」
キヴォトスという世界に住む者にとって銃は欠かせないアイテムらしく、持っていなければ裸も同然とさえ言われてしまうらしい。衣食住ならぬ銃食住。……語呂悪いな、衣食銃でもいいんじゃないか?実際家を持ってない人は銃を持ってない人よりも少ないって雑誌に書いてたし。
とにかく、そんな世界で生きる上で銃を使いこなせないのは戦闘面でも常識面でも問題があると思い、今日この日まで射撃訓練を欠かさず行ってきた。例え己の睡眠時間が削れたとしても構わないと就寝時間を過ぎた後も訓練所で銃を撃つことも珍しくなかった。
しかし努力は実らないどころか悪化する一方で、最近は六発に三発が俺に当たるようになっていた……ゼロ距離からの接射だけでしか銃を正しく扱えない。そんな事実に絶望した。そこまで近づかなければいけない都合上、被弾を抑えるための盾を常に携帯しなくてはいけず。もう盾で殴った方が早いなーなんてことを敵を殲滅した時に思ったりもした。
「あとは…まだ無理だと決まったわけじゃないからだな」
「無理だと決まったわけじゃない…?」
それでも俺が続けているのは、結果が決まっていないからだ。俺のこれがなんなのかはベアトリーチェでさえわからなかった。明確にできない理由が誰にもわからないのである。…逆に言えば、できない要因が判明していないなら当たるかもしれないんだ。弾丸が真っ直ぐ飛んでいく可能性がゼロではないのなら無駄ではない。そう思って今日も銃を撃っている。
「……きっと辛いだけで…苦しいだけで…なんの意味もないですよ?」
「かもな……けどさ、いつかは真っ直ぐに飛んでいくかもしれないだろ?」
あえて言うなら「それは俺が諦める理由にはならない」とかだろうか。アズサの受け売りでしかないが、それでもこの精神は大切だと思うのだ。
「それに……」
「?」
「──戦闘中に銃を撃てたらかっこいいだろ!」
「──??」
損得感情の問題じゃない。ただ俺は自分の憧れを止められなかったんだ…金○ーでやってたコ○ンドーとターミ○ーターみたいな銃撃戦を繰り広げたいって憧れをな……持ち武器がショットガンの理由もそれだし。いつかバイクの免許を取るのが俺の夢だったんだ…
「……よし、そうと決まれば訓練を再開しよう」
「え?まだ訓練の時間じゃ…それにまだ寝てないですよね…?」
「徹夜も慣れたしな、この程度ならあと3日は動ける」
「……前は1日でダウンしてませんでしたか…?」
「………よし、そうと決まれば訓練を再開しよう」
「誤魔化すにしてももっとありませんか!?私そんなに騙されやすく思われてるんですか…??」
そんなふうに思ったことはない(断言)寧ろ疑り深さならスクワッド1だと勝手に思ってる。
「…そうだ!どうせならヒヨリさんも手伝ってくれないか?」
「んぇ?私が手伝えることってありますかね……」
「ああ、あるぞ。あんたには俺を狙撃して欲しいんだ!」
「──…もしかしてミサキさんと同じなんでしょうか…?」
俺の言葉に頭を抱えたヒヨリは何故かミサキの名前を口にした。…どうしてミサキが出てくるのかはわからないが、とんでもない誤解をされてるのはわかった。
「何を勘違いしてるかは知らないが、俺はただ狙撃を回避したいだけだ。俺の戦闘スタイルは結局近接戦闘だけだし、近づかないと意味がないだろ?」
「だから狙撃して欲しい……意味はわかります。けど…」
ヒヨリは変わらず難色を示している。……ふむ。まあいきなり自分を撃って欲しいなんて言われたら普通はそうなるな。頭を抱えるのも無理はない。だがあんたの攻略法は既にアツコに聞いている──!!
「ヒヨリさん頼む、付き合ってくれたら俺の持ってる雑誌あげるからさ!」
「うぇ?」
「あとこれから見つけた雑誌もあんたに分けるからさ!!」
「うわぁぁん、物で釣ればなんとかなると思われてます!どうせなら配給の砂糖もください!!」
勝ったわ。
──この後、狙撃するヒヨリの弾丸を避けていた最中に眠気が襲ってきた結果、俺がヒヨリの弾丸をもろにくらうことになるのは別の話。今度からはちゃんと眠ろう…そう心に刻んだよ。深夜テンションは怖いな…