「…今回こいつらに勝てたのは偶然だ。相手は戦う想定をせず碌な装備もしてなかった…だから勝てた」
…今ここで見逃してしまえば、こいつらは今度こそ全力で俺たちを殺しにくる筈だ…もしそうなれば今回で物資を使い果たした俺たちでは簡単に殺されてしまう。
「次も勝てるとは限らないなら、不安要素は取り除くべきだ」
「………確かにショウマの言うことは正しいけど…」
「別に…無理に納得してもらおうとは思ってない」
アズサのような優しい人に嫌われるのはだいぶ堪えるが…それでも、
「……わかった」
アズサはそう言って手に持った銃をこちらに差し出す。アズサは納得してはいないのだろう。それでも自分を押し殺して俺を優先してくれた。
「ありがとう、アズサさん。あんたは離れて…」
これでこいつらを殺せる…そう思い銃を掴んだ時、アズサが手を重ねてきた。
「アズサさん…?」
…やはり納得がいかないか。こうなったらアズサがいなくなった後に…
「…私も一緒に撃つよ」
「…は?」
どういうつもりだ、その言葉よりも先にアズサは口を開いた。
「ショウマはきっと…私のためにその人を殺そうとしてる。だったら、ショウマ1人を人殺しにさせちゃいけない」
「…こいつらを殺すことにあんたは関係ない。俺は自分の安全のために殺そうとしているだけだ」
…さっきの言葉に嘘はない。こいつらを殺すのは自分のためでアズサが理由じゃない。だからアズサは関係ない…そう説得するが、
「関係ならある。元々こいつらは私を追ってきて…ショウマはそれに巻き込まれただけだ。だから」
「ショウマだけを人殺しにはさせない…ショウマがこの人を殺すなら、私も一緒だ」
アズサは強い意思を感じる瞳でこちらを見つめ引き下がろうとしない。
「…どうする、ショウマ」
「アズサさん…」
俺の手を掴むアズサの手は震えている。今からでも俺に任せれば彼女は人殺しの罪を背負わなくて済む…
「………………」
それなのに、彼女は自分の言葉を撤回せずに俺の返答を待っている。
…俺の選択で彼女は人殺しになる。
「…………こいつらの持ち物を漁るの、手伝ってくれ」
…リーゼントはともかく犬面人の方はそこまで強くなかった。取り巻きの機械も全滅させた、手持ちの物全部を奪い取った後に服かなんかで縛り上げよう。
「……ショウマ」
「…こいつらはそこまでの脅威じゃない、それだけの話だ」
俺の選択でアズサが人を殺すのは駄目だ。それは俺の望みではない。それに、
「…ありがとう、ショウマ」
…女の子は泣かせるなって、婆さん言ってたしな。
「先を急ごう、アズサさん」
→→→→→→→→→→
あの後、二人組の持ち物を全て奪い、奴らの身につけていた服で四肢を縛り上げて廃屋に投げ捨てた。そのまま大通りを抜けた後は当てもなくスラムを歩いていた。
「…ねぇ、ショウマ」
「なんだ?アズサさん」
さっきから無言だったアズサが聞きづらそうな表情で話しかけてきた。
「ショウマは…人を殺したことがあるの?」
何でそんな事を…なんて言うつもりはない。あんな発言を真剣にするやつだ、疑われても仕方ないだろう。
「…いや、殺したことはないよ」
「そっか…ならよかった」
「よかった?」
「うん…ショウマが後悔せずに済んで」
そう告げたアズサの顔にはさっきまでの複雑そうな表情はなく、安堵の笑みが浮かんでいた…この子はずっと、俺の心配をしてたのか。
「アズサさんは…」
「私もない…これからもきっと、そうだといいな…」
お互いの殺人経験を話すなんて普通の小学生なら絶対にないシチュエーションだな…それにしても、これからか…
「…なあ、アズサさん。あいつらから逃げたら元々何処に行くつもりだったんだ?」
このまま頭なく彷徨うよりかは、アズサの行きたい場所についてく方がいいだろう。
「…実はその、別に決まってなかったんだ。私は攫われたけど、元々帰る場所もなかったから」
「…それは」
「…これも、スラムではよくあることだ」
そういった彼女の顔には静観があって…そして、その中に少し寂しさがあるように見えた…さっきから暗い話ばかりだ。話題を変えよう。
「あー…アズサさんはこのスラムに詳しいんだよな?」
「ショウマ…?うん、そうだよ。それがどうかしたの?」
…思い切って言っちゃうか。アズサなら大丈夫だろ。
「実は…俺の生まれはここじゃなくて、別の場所からスラムに来たんだ」
「…やっぱりか」
アズサは特段驚いた様子もなく告げた…知ってたのか。
「…いつから気づいてたんだ?」
「作戦会議の時には疑ってた」
そんな早くから…
「…ショウマが銃を持ってないと聞いた時は、おそらく警戒されてるのだと思ってた。けど暫くして気づいたんだ、この人は本当に銃を持ってないんだって」
そう語るアズサからは少しだけ呆れが見えた…やっぱおかしいだろこの世界。
「少なくとも、銃を持ってないことに違和感を持たない人なんて私は知らない」
「えぇ…?」
判断基準そこなのか…いや、彼女の世界の常識からすればそう思うのも当たり前か。
「…アズサさんの言う通り、俺はこの場所について全く知らない。だから教えて欲しいんだ。君のことやこの場所について…だめかな?」
「!…うん、教える。その代わり、私もショウマの事を知りたい。それでいい?」
「もちろん」
話題転換成功!とりあえず聞きたいことは…
「…近くにご飯食べれる場所ってある?そろそろ空腹で倒れそうなんだ…」
「…そう言われれば…私も空いてきた気がする」
空腹を自覚した途端、互いの腹から音が聞こえる…朝から何も食べずに命懸けの鬼ごっこしてたからな。
「この近くなら通りの露店があるけど…」
「露店か…アズサさん。これって使えるか?」
アズサに見せるために取り出したのは誰もが目を奪われること間違いなし、お札界のアイドルこと諭吉である。まず一番大事なこと…それはお金だ。幸いにも眠る前にポーチに入れたままだったから財布は持っている。後は日本円が使えるかどうか…
「これは…うん、使えると思う」
「よしっ!」
…もし使えなかったら、諭吉は紙屑になるところだった。そろそろ変わるとかニュースで聞いたけど、こっちだとまだまだ現役です。
「諭吉さん、ここでもお世話になります…」
「ゆきちさん…?えーと、お世話になります」
アズサは俺の真似をして諭吉を拝んでいる…今のうちにお金のありがたみを知っておくのはまあ…悪いことじゃないか、うん。
←←←←←←←←←←
「諭吉さん、ありがとうございました…!」
「むしゃむしゃ…」
諭吉を犠牲にして手に入れたパンを食べているアズサ。お釣りは野口×9と百円硬貨が3つ…意外にもぼったくり価格ではない良心的な値段設定での販売だった。
「えーっと…アリウス自治区を巡る両派閥の争い。その行方は…?」
「もっもっもっもっ…」
ついでに買った新聞のお陰でこの場所の名前もわかった。アリウス…歴史の授業でも聞いたことない地名だ。
「ごっくん…けぷ…」
「食べ終わっ…た」
先ほどから独特な擬音の食べ方をしていたアズサ。その手には既に新たなパンが…
「…まだ食べるのか」
「うん…ひょうはぁはぁ?」
パンを咥えたアズサは紙袋から取り出したパンをこちらに向けている…
「…そうだな、一個くれ」
渡されたパンを齧りながら、新聞を読む。どうやら今のアリウス自治区では主に二つの派閥がぶつかっているらしい。一つはトリニティとゲヘナへの復讐を名目に各地で同志を集め、現生徒会を乗っ取ろうとしている復讐派。もう一つの方は…
「ごっくん…ショウマ、一個じゃ足りないと思う…もっと食べて」
「むぐ…はひはほう、はふははん」
…もう一つの方は、復讐などせずこのまま静かに暮らしたい、だから復讐派を攻撃する現生徒会が率いる穏健派…穏健?真逆の思想を掲げる二つの派閥、いずれぶつかることになるだろうと噂されていたが、とうとう去年から内戦が始まってしまったらしい。
「ごっくん…ショウマ、さっきから何をしてるの?」
本日三個目のパンを完食したアズサが聞いてくる…ヘイロー持ちは大食い体質なのだろうか?
「んぐっ…ふぅ…今は新聞を読んで、この世界の常識を学んでるところだ」
政治には詳しくないけど、学生が率先してやるものではないことくらいは知ってる。ましてや生徒会に自治権があるとか…どうやら俺の世界の常識とは根本から違っているみたいだ。
「…私にはそれがなんなのかわからないから…力になれそうにない」
…生徒会が自治区を支配する責任者ならまず最初に教育機関くらい作れと言いたくなったが、それができないくらいには今のアリウスは混沌としているのだろう…そしてその原因は、
「アズサさんはトリニティとゲヘナって知ってるか?どうやら昔のアリウスを弾圧して追いやったとか。今の環境の原因らしい」
…最も、理由もなく弾圧されることなどありはしないだろうが。新聞にはアリウスが何をしたのかは書かれておらず、ただ奴らが悪いとしかなかった。それは知らないからか、知ってて隠してるからか…中身をまるっきり信用するのも危ないと思い、アリウス出身のアズサに聞いてみるが…
「…初めて聞いた。だからごめん…私にはわからない」
アズサはそう言って顔を俯かせていた…ここにまともな教育機関がないのは察していた。アズサが文字を読めないのも仕方のないことだろう。
「…アズサさんは何も知らない俺に自分の知ってることを教えてくれた。それなのに少し知らないからって気にする必要はないさ」
「ありがとうショウマ。でも…」
気にしなくていい。その言葉はあまりアズサに響かなかった…今必要なのは慰めじゃないか…なら、
「…それじゃあ、俺が文字の読み方を教えるよ」
「…いいの?」
俺の言葉を聞いたアズサは俯いていた顔を上げた。
「もちろん…あ、わかりづらくても笑わないでくれよ、人に教えるのなんて初めてだからな」
…アズサが役に立ってないわけじゃない。けどそれはあくまでも俺の意見だ。彼女にとってはそうではなく、不甲斐なく感じてたのだろう。
「それに…さっき約束しただろ?アズサさんに教えてもらう代わりに俺も教えるって」
俺だけ一方的に助けられるのは気に入らないし、俺もアズサの役に立ちたかった。
「…ありがとうショウマ」
「こっちこそ、アズサさんに感謝してるよ………さて」
アズサも立ち直ったことだし、そろそろいいか…
「アズサさん、準備はできてるか?」
犬面人から奪ったサブマシンガンを取り出してアズサに問いかける。
「うん。そのためにたくさん食べたんだ、早速役に立って見せる!」
アズサは懐から取り出した拳銃片手に力強く告げ、路地裏を睨んでいる…元から大食いってわけじゃないのか。
「それはよかった…隠れているのはわかってる、さっさと出てこいよ」
俺の声が聞こえたのか路地裏から二つの影が出てくる。
「……さっきの続きでもしたいのか」
そこにいたのは今朝戦ったばかりのリーゼントと犬面人…なぜか服を着ていないしずぶ濡れだが。