「──────…っ…………?」
パチパチと何かが弾ける音で意識が浮上する。先ほどまで何をしていたか、何故俺の体は倒れているのか、どうして体が熱いのか。何も思い出せないが…確認しないことには始まらない。そう思い、周囲の状況を把握するため、閉じていた瞼を開ける。
「………火?」
瞼を開けた先には、一面に火がついていた。意識を失う前はなんともない景色だったはずだ。
…何があったんだっけ…確か、アズサと2人で歩いてたら視線がして…今朝の誘拐犯の二人組が影から出てきたんだ。それで片割れのリーゼントがオレ様達は終わりだって叫んで、犬面人はずっと黙ってたから、俺は何があったのか聞くために近づこうとして…
『ショウマッ!!』
「───…あ…ず……さ…さ……ん」
それで…後ろからアズサに突き飛ばされたんだ……そうだ…その後すぐに、変な音が空から聞こえてきて…
『アズサさんッ!?何を──』
…意識がはっきりしてきた。あの場にいた全員が吹き飛ばされたんだ…突き飛ばされる寸前に見えた何かに…!
「早く…アズサさんを……ッ!」
痛覚が戻ってきたのか、体にじくじくとした痛みが走る。ちょっときつい…けど、今は我慢しなくちゃいけない。アズサが危険だ…!
痛みを無視し、立ちあがろうとして手をつき、そのまま体を起こそうとしたが…
「……っ!」
爆発により蓄積したダメージのせいか、思うように体が動かない。
「………なんでだ…!」
歯を食いしばり、どれだけ体に力を込めようとしても、俺の体は動いてくれない。
…もしこのまま、俺が立ち上がることができなかったら…アズサはどうなる。何かは遠くで爆発したが、巻き込まれた俺がこうなんだ。今のアズサに立ち上がる力が残っているとは思えない。
あのときアズサは迫ってくる物に気づいたのだろう。だから咄嗟に俺を突き飛ばせた…逃げればよかったのに、逃げても誰も責めないのに…それでもアズサは俺を庇った。何が好きかも知らない、今日会ったばかりの、たった数時間の関係を優先したがために彼女が死ぬ。
「………そんなの、は…」
…そう思った時、動かなかった指先に力が入る。
「それ…は…!駄目だ…!!」
気だるさと痛みは無視して手をつく。寝ている場合じゃない。俺たちが狙われたのか、巻き込まれたのかは知らない…それでも、確かなことがある。
「ぁぁぁぁぁぁぁ…!!」
今アズサは危険に晒されていて、その責任の一端が俺だということだ。
「はぁ、はぁ、はぁ………アズサさんを探さないと…!」
崩れた瓦礫を支えに立ち上がる。無理に動かしたからか、先ほどの比にならない痛みが体を蝕む。倒れ込んで眠ってしまえ、そんな言葉が脳裏をよぎるが…
「…文字、教えるって…っ…約束したんだ…!」
炎に晒されて熱を帯びた建物。その壁に寄りかかり、足を引きずって歩き出す。
「何処だ…何処にいる…!」
辺りを見渡しても見えてくるのは、爆発によって損壊した建物と瓦礫の山ばかりで、アズサの姿は何処にも見えなかった。
「…スゥゥゥ……アズサさぁぁぁぁぁん!!!」
息を吸って思いっきり彼女の名前を叫ぶ。この声が聞こえてアズサが返してくれれば…そう思い耳を澄ますも、聞こえてくるのはパチパチと燃える炎の音。
「───に連絡。生存者を確認しました」
「…!」
だけではなかった。瓦礫の山の向こうから人の声が聞こえる…誰かと話しているのか…?音を立てずに声のする方に歩いて行く。
「…はい、子供です」
そこには、炎の中で何かを抱えて佇む人がいた。ガスマスクに隠れている都合上素顔はわからないが、頭上に浮かぶヘイローと声色から女性だということはわかる。
「…いえ、周囲にはもう誰もいません。他の者たちはミサイルで死んだのでしょう」
…聞こえてくる言葉に耳を疑うが、残念ながら俺の耳は正常に機能している。
「……わかりました、直ちに回収し撤収します」
…考えるのは後だ。今はここから離れなければ…奴が何者であれ、平然とミサイルを撃つような人間に発見されるわけにはいかない。
「………はい、おそらくは」
ガスマスクに気づかれないよう、瓦礫の山を迂回する。幸い相手は通信に集中しているから、音を立てなければ気づかないだろう…そう思ったのが悪かったのか、
足元に何かがある…そう思うと同時、パリンッという音が辺りに響く。
「───誰だ!」
視界に収めようと足元を疎かにしてしまい、ガラスの破片を踏んでしまったらしい。
「……………は?」
…しかし、俺の頭の中を埋め尽くしたのは逃げなければという焦燥感でも、気づかれたことに対する恐怖でもなかった。
「…子供か」
「………………」
こちらを見つめるガスマスクの腕の中には子供が抱えられていた。俺はその子供に見覚えがあったが、記憶の中とは姿が違った。
「………お前、大人しく私に着いてこい。これは命令だ」
その子供の体には爆発によるものか、酷い火傷が見えて、
「抵抗すればお前を蜂の巣にしてから連れて行く」
…爆発ではできようがない銃創が体に浮かんでいた。
「………その人に何をしたんだ」
「……お前の知り合いか?こいつにもお前にしたような命令を伝えたんだが…」
ガスマスクは話し出す…爆発によってリーゼントから奪ったサブマシンガンは何処かに消えてしまった…そして、今の俺には戦うための力も体力もない。今は冷静に、あくまでも慎重に…そう思って、
「…探している人がいると聞かなくてな…連れていくため仕方なく撃った」
「────」
───そして、今までの全てを無駄にしていい理由ができた。
「だから、お前もこうなりたくないならば無駄な抵抗などするな」
「大人しくすれば痛い目には─」
…そして、奴がこちらに手を伸ばした瞬間、
「─っ!!」
ガスマスクの腰につけていた手榴弾のピンを引き抜いた。
「…つまり貴方は、たかが子供1人に不意をつかれ、作戦の最中にも関わらず気絶していたと?」
倒れている俺の耳に二つの話し声が聞こえる。片方は女性の声で、誰かを責めているようだ。
「ッ違います!あの時は既に任務も終えてました…だから、作戦に支障はなく、私は…!」
もう片方の声は聞き覚えがある。先ほどまで敵対していたガスマスクの声だ。どうやら、さっきの自爆特攻はちゃんと奴を気絶まで追い込めたらしい。
薄目で瞼を開けると、そこに炎は広がっておらず、コンクリートの壁に囲まれた薄暗い部屋の中であった。室内からは掃除をされた形跡が見られず、とても人が生活する場所に適しているとは思えない。
割れたガラスやガスマスクをつけた人間が大勢いる光景に目を奪われるが、
中でも目を惹くのが、白いドレスを床まで伸ばした赤い肌の女性だ。足元まで伸びた黒い髪と頭部を覆い隠すように広がる翼、その上にある複数の瞳。その禍々しい姿は今まで見てきたどの大人とも違って、異形と表するのがふさわしい。
「はぁ…言い訳は結構です…連れて行きなさい」
興味を失ったかのように視線を逸らした赤い肌の大人が周囲のガスマスクに命令する。その声には仲間への情などかけらも感じられず、使えない道具を処分する、そんな淡々とした声色だった。
「ッ!ま、待ってください、私は失敗していません、部隊の足も引っ張っていません!!だからもう一度考え直してください…!」
囲まれたガスマスクは必死に言葉を並べ、発言の撤回を求めている。その声を聞いた赤い肌の大人は、再び視線をガスマスクへと向けて、
「───私に命令するのですか?」
「─────ぁ…いえ……なんでもありません…」
たった一言。それだけで先ほどまで叫んでいたガスマスクは静かになり、項垂れたままに部屋の外へ連れていかれた…
「…ああも醜く喚き散らすとは…所詮は子供、ということでしょう」
扉の向こうを見て邪悪な笑みを浮かべている女性。連れて行かれた場所がなんなのかは気になるが、ここは明らかにやばいと感じる、すぐにこの場から離れて、アズサの無事を確かめなければ。
「─捕えなさい」
「「っはい」」
女性が命じると共に、すぐさま俺の方に向かってくるガスマスク達。バレてたのかよ…!
「───っ!」
「なっ!?」
手を伸ばそうとして無防備になっていた足を払う。突然の攻撃に対応できずにガスマスクが倒れるが、もう1人のガスマスクが拳銃を抜いたのが見える。
「止まれっ!」
「…ぐっ…!」
発射された弾丸を避けようとするが、傷だらけの体では満足に動けず、そのまま直撃してしまった。
「…まだ、だ…!」
「─大人しくしろっ!」
「いっ!?」
立ちあがろうとする俺の背中に、容赦なく銃弾を浴びせるガスマスク。それでも立ちあがろうとする…だが、今までの蓄積のせいかすぐには動けず、蹲った隙に2人がかりで取り押さえられた。
「立たせなさい」
「「はい」」
「…っ……」
女性は余裕綽々といった様子でこちらに視線を向ける…これで隙を待って逃げ出すのは不可能になった。
「…ごきげんよう、私の名はベアトリーチェ。このアリウスの支配者にして、あなたたちの新たな主人でもある者の名前です」
この大人はいきなり何を言って…
「─あがっ!?」
「おい、返事をしろ!マダムの手を煩わせるなっ!」
考え事の最中に腹を殴られる。重症患者に暴力を振るったぞこいつ…とりあえず挨拶は返しておくか。
「…こんにちは、ミサイル女」
「………ほう」
俺の呼称が気に入らなかったのか、目を細めるベアトリーチェ。こいつのせいでアズサが死にかけたんだ…敬意なんて払うかよ。
「貴様、不敬だぞ!」
「ぐっ……っ…チッ」
先ほどの焼き増しのようにガスマスクが俺の腹を殴る。その光景をベアトリーチェは止めず、面白そうに見つめている…性格悪いな、こいつ。
「………先ほどの無礼な物言いは許しましょう。所詮は学のない子供が放った戯言、いちいち気にしては品格が失われるという物です」
抵抗することができず、殴られている俺を嗤うベアトリーチェ。やはり、こいつだけ他の大人と違いすぎる…なんというべきか、文字通り
「私は貴方に興味があるのです…まさか、このキヴォトスで女性以外の生徒がいるとは…このことはきっと他のゲマトリアも知らない筈…」
「………ぇ?」
…なんか、ゲマトリアだとかキヴォトスだとか色々と気になることを言ってたが…一つだけ、絶対に聞き流してはいけない物があった。
「なあ、ベアトリーチェ…聞きたいことがある」
「貴様、無礼な態度をいつまで──」
「待ちなさい、今は結構です…それで、何が気になるのですか?」
「………キヴォトスってのはアリウスを含めた世界の名前か?」
「…!…ええ、その通りです。どうやら他のアリウスの子供と違って、少しは学があるようですね」
「…それじゃあ、俺以外の生徒が全員女性ってのも本当か?」
「…?ええ、私が知る限り、貴方が最初の男子生徒です」
「……………そうか」
ベアトリーチェが話す様子からは嘘をついている感じはしない。つまり…こいつが喋ったことが本当だということだ。
「今からとても楽しみですね…ゲマトリア、特に黒服が驚く顔が見れる…!いつも仲裁役を気取って、自分は常識人だと私を見下す奴の顔が崩れる様を…」
ベアトリーチェがなんか色々と喋ってるが、ちょっと耳に入らない…じゃあなんだ、これから俺が出会う生徒は全員女の子で、同年代の男子とは1人も出会えないと…
「ああ…心が躍ります…ふふふふふふふふふ…!!」
「…はは…は……はぁ………」
この日、俺は初めてこの世界の名前を知った…そして───俺がこの世界で唯一の男子生徒だという残酷な現実も…
「ふふふふふふ…あははははははははは!!」
「…夢なら覚めてくれ」