白洲アズサに愛を込めて   作:爪ワッサン

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偽りの教え

 

迎えが来るまでの間話すことにした俺たち。今に至るまでの数時間の間、季節の行事のこととかを聞かれていた。

 

「──つまり、サンタさんは子供の枕にプレゼントを置いていくお爺さんのことで、決して子供を食べる血染めの悪魔なんかじゃないんだ」

 

「ショットガン片手に煙突から侵入する殺人鬼じゃなかったんだ…」

 

「……クリスマスにプレゼントされるのが散弾とか考えたくもないな」

 

「弾薬は貴重だよ?」

 

「…ここだとそうなるのか…普通は──」

 

──まてよ?……クリスマスがないのならそもそも普通のプレゼントってのも伝わらないのでは…?

 

「…?」

 

「……なんでもない。他に何か聞きたいことあるか?」

 

「他に……う〜ん…サンタさんのことは聞いたし、焼きそばの味も…あとは…………」

 

彼女は長考の末に「名前」と一言呟いた。……名前?

 

「まだ貴方の名前を聞いてない」

 

「……そういえば」

 

ここまで普通に会話してたから忘れてたな………なんかアズサの時と同じじゃないか?

 

「…俺の名前は罪前ショウマ。好きに呼んでくれ」

 

「好きに……あだ名はいいの?」

 

「?いいけど」

 

「それじゃあ……ウマショーって読んでも……冗談だよ」

 

微妙な雰囲気を察したのか、彼女は冗談だと明かした。あんたが言うと冗談に聞こえないんだよな…

 

「私の名前は秤アツコ。気軽にアツコちゃんって呼んでもいいよ?」

 

「…アツコさんで」

 

「…………呼んでくれないんだ」

 

なんか不満そうだが…流石にアツコちゃんは距離近すぎだろ。俺たちまだ友達ですらないんだぞ。

 

「あー……他に聞きたいことってあるか?」

 

「…………」

 

…………そんなにさん付け嫌だったの?

 

「………ねぇショウマ」

 

「!……なんだ?」

 

今からでもちゃん呼びに変更しようか考えている俺を、アツコが呼んだ。嫌だったわけじゃなくて、何を聞こうか考えてただけか…

 

「子供って──」

 

アツコが何かを言いかけたその時。

 

「──失礼」

 

「…………」

 

「…ごめん、時間切れみたいだ」

 

扉の外から声が聞こえた。声の感じから察するに、俺の迎えがきたようだ。

 

「罪前ショウマ、治療に来た」

 

部屋の中に入ってきたのは大きなメディカルバックを肩にかけた大人だ。その姿を見るのは初めてではない。俺がここに運ばれる度にこの人が治療しにやってくる。

 

「そのことですが、もう大丈夫です。いつもと同じただの腹痛だったみたいで」

 

そして、いつものようにその準備は無駄になる。何度も繰り返しているにもかかわらず、この人はただ「そうか」と興味なさげに告げてバックを持ち上げた。……少しだけ申し訳なく思うけど、この人もベアトリーチェの行いを見逃すろくでなしだ……罪悪感を抱く必要はない。

 

「なら、私は帰ろう」

 

そう言って大人は部屋を出て行った……相変わらず仕事以外に関心がないようだ。

 

「……ショウマも帰っちゃうの?」

 

「……ああ、俺を待っている人がいるんだ」

 

アツコは少し寂しさを滲ませる声で尋ねてくる。…せめて顔さえわかっていれば俺の方から会いに行けるのにな……一度だけ、アツコの顔を見ようとしたが、バレたら危険だと言われてしまった。

 

…本当なら外でも話したいが、ベアトリーチェがアツコに下した命令がある限り、その願いが叶うことはないのだろう。

 

「そっか……それじゃあ、またね、ショウマ」

 

「……また今度、アツコさん」

 

背を向けて部屋の外に出た俺は、そのまま廊下を歩いて行く。病室の外は既に真っ暗で、雲の切れ間からさす月明かりだけが校舎を照らしていた。………この世界に来てからもう一年も経つのか。本当なら俺は今頃、中学にでも行ってたのだろうか。

 

「………………」

 

………アズサを待たせている。早く帰ろう。

 

 

→→→→→→→→→→

 

 

「ただいま帰りました」

 

「おかえりショウマ。今日は少し遅かった…何かあったの?」

 

「ただ知り合いと話してただけだから、心配しなくても大丈夫だ」

 

「…ならよかった……それじゃあ、今日も始めよう」

 

そう言ってアズサは枕の下から新聞を取り出した。この新聞はあの日俺が買った物で、ミサイルのせいでところどころ焼け落ちているが、それでも文字を読むことはできる。

 

「昨日はどこまでやったっけ……【サーモバリック爆弾禁止】のところか?」

 

「少し先の【プリン盗難事件多発。新たなる紛争か?】までは進めた。今日はその続きを教えてくれ」

 

「わかった。……まずは──」

 

あの日、俺が文字を教えるという約束をしてから一年。今日までの間、大人達の監視が緩む時間を見つけて、文字の読み書きを教えていた。

 

最初のうちは新聞だけじゃ上手くいかないと思っていたが、学ぼうとする意欲がすごい上にアズサの地頭がいいのかどんどん吸収してくれて、半年で大体のページを読むことができるようになっていた。文字が書けるようになったと聞いた時には今までのアズサの努力を思い返して涙が出そうにもなった……学校の先生が子供に教える理由がわかったような気がする。

 

「……ショウマ、この新聞も終わりそうだ」

 

「…早いな……いや、一年も使えたんだ。よくもったほうか」

 

あの日に買った新聞のストックが切れそうだし、代わりとなるものが欲しいが…

 

「…もしかしてこれが最後なのか?」

 

「残念ながらな。学校を名乗るなら教科書の一つくらい渡せよ…」

 

教科書がない理由は、アリウスの時間割に座学がひとつもなく、そのほとんどが訓練の時間だからだ。最初、文字が読めない子供を私兵にするのはどうなんだと思ったが、奴には子供が文字を読めなくても問題はないのだろう。言葉の意味が理解できているのなら口頭で命令を伝えればいいのだから。……むしろ、作戦内容を詳細に確認されて不満を持たれるよりはましなのか。

 

「………最悪、任務の時に探せばいいか」

 

「それは…難しいと思う。私たちが行く時は監視が大勢ついてくる。あの数を相手に隠し切るのは…」

 

…アズサの言う通り、他の班が外出する時につけられる監視は多くても3人。アズサ1人でもそれくらいだ。なのにそれが俺を含めた場合は10人に増える。……そこまでするくらいなら俺を閉じ込めておけばいいのに、ベアトリーチェは何故か俺の外出を許している。

 

「……無理はしないで。あの頃と比べれば、私はもう十分読めるようになった」

 

「………そうだな」

 

アズサがどんな理由で文字を読む努力をしているのかは知っている。俺が新聞を買ったときに、アズサは文字が読めなかった。おそらくあの時のことを、助け合うと約束したのに、俺の力になれなかったことを気にしていたのだろう。……その認識は俺がなんと言おうが変えられなかった。

 

「……今日でこの時間も終わりだが、また何か見つかったら再会しよう」

 

「……うん」

 

…なんとか監視がない時に探したいが、そんな時間をアリウスの外で作ることは難しい。分校内なら問題はないが、既に全ての教室は探索済み……………

 

「…………そうだ」

 

「どうしたの、ショウマ?」

 

「…いや、なんでもない。続けようか」

 

そうして、大人達が巡回する時間が来た俺たちは、そのまま眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあ、嘘なんですけどね」

 

アズサが眠ったのを確認して、部屋から出た俺はそのままある場所へと向かっていた。……せっかくアズサが楽しんでいるんだ。その時間を奪うわけにはいかない。多少の冒険は許容範囲だ。

 

「……確か、この辺の教室だったはず」

 

かつて、アズサとの約束を果たすために教科書を探していたことがある。最悪、教科書がなくてもいいから何か文字を書けるものがあればいいと、今向かっている教室を除いた全ての場所を探した。……結果は惨敗。目当ての品は一つも手に入らなかった。

 

「……………ここか」

 

この学校は基本的に訓練しかしないが、俺が知る限りで一度だけ、アリウス分校で座学が行われたことがある。その場所がこの教室だ。

 

一度訪れた場所だから探索したと思い込んでいたが、あの時はまだここが軍隊養成学校だとは思っていなかったからな。……この教室にもなければ諦めるしかなくなるが…

 

「……懐かしいとは思いたくなかったな」

 

かつて自分の席だった机に触れる。この時教鞭をとっていたベアトリーチェは生身ではなくドローンだった。その時にベアトリーチェが教えた言葉が、現在のアリウス分校のスローガンにもなっている。

 

「……全ては虚しい、か…」

 

Vanitas vanitatum et omnia vanitas.……この学園の子供が初めに知る言葉。ベアトリーチェが伝えたこの言葉の意味は、この世の全ては虚しく、何をしようとも徒労であると言うものだ。ベアトリーチェはこれこそが世界の真実であると教え、子供達に刻みつけた。

 

この教えは矛盾している。日頃から大人たちはトリニティを憎むように洗脳してくるが、全てが虚しいのならば、憎しみすらも意味がないはずだ。……所詮この言葉は、ベアトリーチェが子供を都合よく使うための方便に過ぎない。

 

ベアトリーチェの言葉は嘘だ。それはわかっている。

 

……だが、この教えを真実だと思っている子供は少なくない。理由なく生まれて、意味もなく苦しんで、いつか路上に転がる死体と同じになるまで生きる日々。そんな人生に疲れてしまった子供にとって、ベアトリーチェの教えは納得のいくものだったんだ。

 

「……棚の中は………!…見つけた」

 

古びた棚を漁ると、中から教科書がいくつか見つかった。…一応持ち帰る前に中身を確認しておこう。

 

「タイトルは………【手話の可能性を信じよう!】……なんだこれ」

 

なんでこんなものがアリウスにあるんだよ。……手話か。

 

「他には……………だめだこりゃ」

 

濡れてたり、黒焦げだったりで、とても読める状態ではなかった。……まともな収穫は手話の本だけか。

 

「…それじゃあ、片付けてから帰るか…………?」

 

散らかした本を片付けようとして、奥にまだ一冊の本があるのを見つけた。押し込まれていたから見えなかったのか……とりあえず出してみようと思い、その本を抜き取る。

 

「…?」

 

手にとって気づいたが、外見に比べて軽すぎる。不審に思って中を覗くと、やはり中は空っぽだった。……一応、戻す前にタイトルだけ確認しておこう。

 

「…タイトルは……【色彩】…」

 

…わざわざ見つかるかもしれないという危険を冒したにも関わらず、手に入れたのは手話の通訳本だけ……こんなんじゃ満足できねぇぜ…

 

「………帰るか」

 

この後、特に見つかるようなこともなく、部屋に戻って眠りについた。

 

 

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