白洲アズサに愛を込めて   作:爪ワッサン

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現れる黒

 

アリウス分校のとある一室。赤い肌の異形──ベアトリーチェは悩んでいた。一年ほど前に完了したアリウス自治区の支配については順調に進んでいる。最初の頃にいた反逆者達も何人かの子供を残していなくなった。……その数えるほどしかいない子供達のうち1人、ショウマが悩みの種だった。

 

『マダム!何故あいつを…罪前ショウマを許しているのですか!この前報告した通り奴は明らかな仮病を理由に訓練を休んでいます!それだけならいざ知らず、あろうことか背負うように脅して来たのですよ!あの光景を他の子供に見られていたらと思うと……!』

 

『マダム、仕事内容を変更したい。……不満があるわけじゃないが、毎度意味もなく呼び出されると緊急時に必要とされた時救援に遅れてしまう。……それでも行け?……そうか』

 

『訓練の時必ず奴は教官である私を殺しに来ています!!勘違い?いいえ違います!勘違いで喉に向けてナイフを投擲しますか?ガードを崩して執拗に喉へ刺突しますか!訓練が終わるまで何度も!!喉だけを何度も!!!』

 

「……………………流石に遊ばせ過ぎましたか」

 

ショウマが立場を利用することは想定していた。そして、ある程度なら見逃してやろうとも。……ここ数ヶ月のショーマは明らかにやり過ぎていたが、それでも殺す寸前まで痛めつけたりはしなかった。それはショーマの代わりがいまだに見つかっていないのも理由だが、やったところで無駄だとわかっていたからだ。

 

ショウマを他の子供と同じように罰しても心を折ることは難しい。かつて躾のつもりで牢屋に一ヶ月程幽閉したが、従順になるどころかより反抗的になっていて……ただ無駄に衰弱させることしかできなかった。それ以降彼の罰に牢屋を使うことがなくなった。

 

訓練の最中に他の子供を庇うなんてことをしていた時は、庇われた子供に撃たせる的にしたりした。…しかし、ショウマの耐久はミサイルをくらっても立ち上がる程だ。三時間連続で銃弾を浴びせたが気絶する様子は見せず、()()()()()()()()()()を使い切っても立っていた姿を見てからは二度と銃を向けることはなくなった。弾薬もタダではないのだ。

 

並のキヴォトス人なら根を上げる拷問を耐え切ってしまったショウマには、もう命を危険に晒すような拷問しか残されていなかった。つまりお手上げなのである。

 

ならば側にいるアズサを巻き込もうとしたが、それも難しい。ショウマがベアトリーチェの命令に従っているのはアリウスにアズサがいるからだ。加減を間違えて心か体を壊してしまえばその時点でショウマが本格的に反旗を翻す可能性があり、最悪の場合は自殺する恐れもある。……最も、アズサは無駄に強い精神をしているため心が壊れる心配はなさそうだが。

 

もういっそのこと殺してしまおうかと考えたことは何度もあった。元々の計画にショウマは含まれてなどいないため、殺しても特に支障はない。手数を一つ失うことにはなるが問題はなかった。……問題はないが、それは計画に支障がないだけでベアトリーチェにとっては問題しかなかった。

 

ゲマトリアはキヴォトスの外から集まった集団だ。当然、活動する為の拠点も自らの手で確保しなければならないのだが、古参であるメンバーが苦労して手に入れた領域をベアトリーチェは僅かな時間で手に入れた。これはベアトリーチェにとっても他のゲマトリアにとっても凄いことで、ベアトリーチェは調子に乗った。他よりも優れているという確信が彼女の自尊心を満たしたのだ。

 

さらには領地だけでなく、キヴォトスで初の男子生徒を管理下に置くという他のメンバーが時間を費やしても不可能なことをやってのけた。これは完全に偶然の出来事だが、ベアトリーチェはさらに調子に乗った。自らが頂点だと確信した。崇高に至るための実験は順調だ、子供たちは従順で完全に支配できていると、上機嫌に報告していた。

 

事実、ベアトリーチェの合理的手腕は確かな実績をもたらしていた。彼女がいち早くキヴォトスに拠点を築けたことで得られた恩恵は他のメンバーも認めるところで、古株の黒服はもちろん、意見の合わないマエストロでさえも敬意を表している。

 

だからこそ彼女の発言は近いうちに実現するのだと他ならぬベアトリーチェが確信していた。他のメンバーと違って使えるものはなんでも使うという考えが、一つの自治区を支配するに至らせた。充分な兵力とロイヤルブラッドすらも手中に納めた彼女にできないことはないのだと本気で思っていた。………突然現れた少年を引き入れようとしたせいでストレスを溜める前まではそう思っていた。

 

あれだけ大言壮語を語った後に、扱いきれないから処分したなどと知られれば……黒服にはため息をつかれるし、ゴルコンダには呆れられ、マエストロは嗤うだろう。そんな光景を想像するだけで屈辱だったし、それが自分で受け入れた子供のせいだと、搾取されるだけの子供1人にプライドを折られかけている現状を傲慢なベアトリーチェは受け入れることができなかった。

 

もちろん、これはベアトリーチェの妄想でしかない。実際に処分したとしてもそこまで言われることはない。……多少は苦言を呈されることになるだろうが、しかしそれだけだ。ただ、偏狭なベアトリーチェにとって真っ当な説教であろうが受け入れ難いのは確かだ。

 

「…………ここは、同じ子供を使って見ましょうか」

 

ベアトリーチェは側に立っている部下に一つの命令を与え、部屋を出て行くのを見送った。要するに上手いこと加減すればいいのだ。ならば、実績のある人間に任せればいい。……あの子が指導した子供はいずれも成績優秀で従順な駒となっていた。ならば預けてみよう。試してみよう。上手くいかなければその時はその時だ。

 

「──何の御用でしょうか、マダム」

 

「待っていましたよサオリ。貴方に指導を任せたい子供がいます」

 

 

→→→→→→→→→→

 

 

それは、なんてことない日の朝だった。いつも通り訓練の前に起きてシャワーを浴びた俺たちが、空いた時間で手話の練習をしていた時だった。

 

「……誰か向かってくる」

 

「何?……何故ここに?」

 

俺たちの部屋の近くには何もないため、必然的に目的地はここになる。ただ、こんな時間に誰かが来たことは一度もなかった。……迷子か?

 

「──失礼する」

 

「誰…?」

 

部屋に入って来たのは黒髪の女性だ。迷いのない足取りでアズサの前に立つ様子からは迷子の風格はなかった。……見た目から察するに俺と同じくらいの年齢だろう女性はアズサに向かって問いかけた。

 

「お前が罪前ショウマか?」

 

「…違う、私は白洲アズサ。ショウマは……」

 

「俺がショウマだ。……あんたの名前を聞いてもいいか?」

 

「私の名前は錠前サオリだ。……そうか、お前が……」

 

「…?」

 

俺の名前を聞いたサオリは、青い瞳で見た目たまま黙ってしまった。その顔に浮かぶ表情は帽子のツバに隠れて伺えない。

 

「…大丈夫か?」

 

「!…………ああ。問題ない…話を続けよう」

 

口では問題ないと言っているが…サオリは明らかに動揺している。今すぐ病室に向かうように意見したいが、話の続きが気になるのも本音だ。……倒れたりしたら俺が運べばいいか。

 

「…それで、何の用があって俺に会いに来たんだ?」

 

「………正確にはお前達2人にだ。私はマダムの命令でここに来た」

 

「ベアトリーチェが…?」

 

ベアトリーチェは子供達の管理を自分ではしない。基本的に自らは動かずに手下である教官を動員するのが奴のやり方だ。そんなベアトリーチェが直接の命令を与えるとは……もしかしてやり過ぎたか?

 

「お前達には今日から、私の下で過ごしてもらう。任務や訓練も私が監視する」

 

「サオリの下で……」

 

「ああ。部屋も移ってもらうことになる」

 

つまりこれからは監視が強くなるってことか。……困るな。夜の探索ができなくなるのはいい。だが、日課となっていたアズサとの勉強会ができなくなってしまうのは……どうするか。

 

「いつ移動するんだ?」

 

「もう部屋の用意はできている。お前達の準備ができたらすぐに出発するぞ」

 

考えている時間はなさそうだ……今は逆らわずに着いて行こう。ベアトリーチェが何を考えてサオリを監視にしたのかはわからないが……どんな地獄が待っていようとも全力で耐えることに変わりはないはずだ。

 

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