【完結】僕のピアノよCEに響け。逆行したニコルが絶望と悲しみの世界をやりなおします。 作:屠龍
第100話 悲劇の幕開け
地球連合に所属するコーディネイターのスパイが機密情報を盗み出した。
NJCの設計図である。
勿論これは偶然ではない。
スパイはクルーゼに利用されたのだ。
このスパイはザフトに潜り込んだ連合の諜報員だった。
NJCがあれば地球の深刻なエネルギー不足は解消され、ナチュラルとコーディネイターの戦いにも終結の目途が立つ。
だがNJCの技術を手に入れた地球は別の方法で戦火を広げようとする。
この報告はアズラエルを狂喜させた。
これでこの戦争はナチュラルの勝利という形で終わる。
そう信じて疑わなかった。
◆◆◆
アズラエルはドミニオンを月基地に帰還させ、自らはグリーンランドにある海中の軍司令本部で地球連合の重鎮たちと会合している。
海中に作られたガラス張りの会議室の外では魚たちの泳ぐ姿が見えた。
ここにはアズラエルの嫌いな旧態依然とした軍首脳や政治家たちが集まっている。
その中にフレイ・アルスターの父親であるアルスター事務次官の姿もあった。
彼はブルーコスモスではあるが娘には秘密にしていた。
その娘が反ブルーコスモスで銃を手に取り、地球連合と戦った事で非常に危ない立場にある。
ブルーコスモスの盟主アズラエルに裏切りを疑われているのだ。
その彼は今回自分の潜入させていたスパイがNJCを手に入れた事で安堵していた。
これがあれば原子力発電を再開してエネルギー問題を解決する事だって出来る。
しかしその選択はアズラエルにとって不満だった。
彼はプラントへの核攻撃を行う事を考えていた。
地球が悠長にエネルギー問題を解決するまでプラントが黙って待っているとは思えないのだ。
「核で総攻撃というのはやりすぎではないかね?それよりも深刻なエネルギー問題の解決こそ急務ではないか?このままではユーラシアだけでなく世界中で凍死者が出てしまう」
重鎮の政治家がそう言うのをアズラエルは忌々し気に聞いていた。
この頑迷な石頭の保守主義どもめ。
エネルギーなどプラントとの戦争が終わればいくらでも解決するではないか?
豊かなアズラエルにとってエネルギー不足は些細な問題でしかない。
だが今にも死にそうな者にとってエネルギー問題は重要だ。
食べ物も飲み物も薬も物資も全てが無いのだ。
もはやエネルギーが無ければ命に関わるのだ。
彼らにとって戦争より目下の食料が大切だ。
一週間後のステーキより今日のパンのほうが重要なのだ。
そんな些末を気にしないアズラエルはいい加減にしろとばかりに机を叩いた。
バンッ!!という音と共に身体をびくりと震わせた鈍重な馬鹿どもにアズラエルは演説がかった口調で語る。
「ナニを仰ってるんですか、みなサマは!?この期に及んで!!撃たなくちゃ勝てないでしょうが!この戦争!敵はコーディネイターなんですよ!?徹底的にやらなきゃ!」
何を躊躇っている。
人間同士が戦っているなら兎も角、相手は人間外の存在ではないか。
遺伝子操作された自然に反した者は人間ではない。
人の形をした化け物だ。
化け物を駆逐して何が悪いというのか?
「だいたい!!核なんてもう前にも撃ったんだ!!それをなんで今更躊躇うんです!?」
「いや……あれは君たちが……」
アズラエルは反論を述べようとした重鎮を睨みつける。
こいつらはどうしようもない愚か者たちだ。
目の前に化け物がいて、それを駆逐する武器があるというのに使わないなんてどうかしている。
理解不能だ。
ただ変化を嫌い、誰かの後ろで安穏としたいだけの連中だ。
こいつらに任せておいては戦争は終わらない。
だかり代わりに自分が全部決定してやらなくてはいけない。
「核はもってりゃ嬉しいただのコレクションじゃない。強力な兵器なんですヨ?兵器は使わなきゃ!高い金かけて作ったのは使うためでしょ?」
しかし首脳たちは判断がつきかねている。
核兵器を使う事に抵抗があるようだ。
アズラエルには理解できない。
何故ためらう必要がある?相手は人間ではないのに。
姿かたちこそ人間だが化け物なのだ。
奴らから青き清浄な大地と人類を守る責務は自分にある。
目の前の愚鈍な輩に任せていてはいつまでたっても終わらない。
自分の手でこの戦争を終わらせ、人類を救った英雄になるのだ。
それでこそ幼いころ受けた屈辱をはらすことができる。
「───さァ、サッサと撃って、サッサと終わらせてください。こんな戦争は」
ブルーコスモスの盟主アズラエルに面と向かって反対する気概はフレイの父親にも重鎮たちにもなかった。
◆◆◆
月面にあるプトレマイオス基地に集結した地球連合の艦隊に混じって整備と補給を受けているドミニオンの展望室でアリス・ハルバートンはため息をついた。
彼女は新たに配備されたミサイルに原子力のマークがついている事に気が付く。
ドミニオンにも核弾頭が搭載される予定だったが断固拒否したのだ。
たとえ艦長とはいえ、軍上層部に対して拒否できる筈もない。
だが断固として突っぱねた。
人間に対して核を撃つ共犯者にはなれなかった。
「……これでおしまい」
地球連合は核兵器をつかうつもりだ。
ザフトの宇宙要塞ボアズに対して使うのだろうが、まさか要塞一つを吹き飛ばしただけで済ませるはずもない。
プラントに直接打ち込むつもりだ。
それも大量に。
逃げ場のないコロニー国家プラントの住民は一人残らず虐殺されるだろう。
こんな事は間違えている。
血のバレンタインでユニウスセブンに撃ち込んだ核がこの戦争を始めてしまった。
再び核が撃たれれば憎しみの連鎖は止まらないだろう。
だが自分には何もできない。
軍人である自分は天才だなんだと言われても、所詮駒の一つにすぎない
「私は……無力だ」
そう呟いたアリスの背後から声がかかった。
「何泣いてるんだよ天才美少女艦長さん」
「……っ!」
アリスは驚いた顔で振り返る。
そこにはオルガ・サブナックがいた。
いつも三人でいるのに珍しい。
「っ泣いてなんかいません」
「あんた天才なのに嘘が下手だな。」
そう言ってオルガはアリスの隣に立つ。
お互い月基地内部の様子を見ながらなので風情も何もない。
「調子良さそうですね。よかった」
「そりゃちゃんと薬を処方してくれてるからな。ありがとうよ」
「当然の事です」
「当然じゃねえよ。普通は俺たちこんな扱いしないさ。ま、いくら薬を投与してもらっても、時間稼ぎにしかならないがな」
そう言ってオルガは笑う。
薬でボロボロの彼らは長生きできないのだ。
オルガ、クロト、シャニは何の為に生まれて何のために死ぬのか。
アリスは彼らの事を思うと心が苦しくなる。
「艦長さん」
「天才美少女艦長です」
「はいはい。天才美少女艦長さん」
「何ですか?」
「何に泣いてるのか俺たちにはわからないけどさ」
そう言ってオルガはアリスに振り向いた。
その横顔には覚悟の表情が浮かんでいる。
「俺たち死ぬの怖くねえから」
「……え?」
「ただそれだけを言いに来た」
そう言ってオルガは立ち去る。
どういう意味だろう?
彼らが死を怖がっている素振りは無いが強がりだと思っていた。
アリスだって死ぬのは怖い。
祖父のところへ行けるのかどうかなんてわからない。
只の無になるのかもしれない。
それでも死を恐れないのは間違っている。
人は生きたくて生きるのだ。
死ぬために生まれてきたのではないはずだから。
だがオルガは違うという。
彼は生きる事に執着していないのか?
それとも何か別の理由があるのだろうか?
そんなアリスの疑問に答える者はいない。
オルガもクロトもシャニも三人とも薬を常用してボロボロだ。
もう長くはないのだろう。
死に場所を求めているのだろうか?
アリスにはよくわからなかった。
天才と言われるアリスだが祖父にはまだまだ及ばない。
もっと沢山教わりたかった。
親代わりに育ててくれた祖父に自分は何も返せなかった。
「おじいさま。アリスはどうすればいいんですか?」
涙が零れる。
こんな姿部下には見せられない。
だから声を殺して泣いた。
アリスのそんな姿をオルガとクロトとシャニは壁の影に背もたれて見守っていた。