【完結】僕のピアノよCEに響け。逆行したニコルが絶望と悲しみの世界をやりなおします。 作:屠龍
第105話 アリスの想い
ザフトと地球連合の戦いはボアズ要塞陥落後激しさを増していた。
双方の主力艦隊同士の艦隊戦からMS同士の戦闘になる。
連合のストライクダガーは改良が施され初期型とは外見こそ同じだが、中身はほぼ別物という性能になっていた。
ザフトはジンなどの旧型機の改修よりもゲイツのような新型機の配備を急いだ為、一部では優勢だが全体では五分という状態になっている。
ゲイツは確かに強いが全てのMSをゲイツに乗せ換える時間がザフトには無かったのだ。
連合の数が押し切れるか、ザフトの質が打ち砕くか。
予断を許さない戦況だったが次第にザフト軍が優位に戦闘を展開する。
本国が近いため補給と補充が容易なザフトと指揮官のエザリア・ジュールの能力だった。
エザリアは極めて効率的に全体の戦況を見定め同時に必要な兵力を投入していく。
また疲労した部隊の休養と整備を怠らず、結果パイロットの損耗を最小限に防いでいた。
彼女は優秀な政治家であり指揮官でもあったのだ。
対して地球連合の指揮はお世辞にも良いとは言えなかった。
地球連合は開戦から今までに優秀な将官、指揮官を大勢失っていた。
パイロットも未経験者が多く質では甚だしく劣る。
ハルバートン提督が生きていたら全軍の指揮を優位に行えただろう。
知将ハルバートンを失ったツケは大きかったのだ。
地球軍はブルーコスモス派の指揮官達を重用したため一般兵の士気の低下と非効率が全軍を覆っていた。
フィリップス少将の第七艦隊はその中でもよく戦っているほうだったが、時間と共に増していく損害に彼は苛立っていた。
彼はブルーコスモスの思想で成り上がった指揮官でハルバートン提督には遠く及ばない。
けして無能ではないが、優秀な指揮官とは言い難かった。
「おのれ!!コーディネイターどもが!!宇宙の蛆虫め!!」
フィリップスはザフトの戦力を侮っていた事を後悔していた。
開戦前はザフト軍など敵ではないと高をくくっていた。
しかしザフトは予想以上の手練れ揃いだった。
開戦と同時にライバルの同僚が次々に戦死し、目の上のたんこぶだったハルバートン提督が戦死した時は祝杯をあげたものだった。
これで軍部はブルーコスモス派が固めると信じていた。
そして至極当たり前だが、ブルーコスモス派指揮官が全員優秀だという訳ではない。
むしろ政治闘争に精力を割いた為、凡庸な指揮官が出世する悪影響になったのだ。
フィリップスは実戦ではなく後方で兵站などを行う方が能力を発揮できるタイプの軍人だった。
本人も内心自覚はしていたが、ブルーコスモスの盟主アズラエルによって強引に艦隊司令官に抜擢された。
彼にとっても部下にとっても不幸な事である。
それとは真逆に戦場を思うがままに駆けていたのはアリス・ハルバートンの搭乗するドミニオンだった。
彼女は巧みな指揮により戦線に穴を穿ち、その穴にオルガ、クロト、シャニの卓越したガンダムパイロットを投入して切り崩していた。
薬が切れる時間があるので長時間の戦闘は不可能だが、その不利を差し引いても十分な戦果を挙げている。
その見事さは敵味方を驚かせ、知将ハルバートンの再来といわしめた。
無論フィリップス少将は面白くないが、まさかブルーコスモスの盟主アズラエルが乗艦している艦を死地に追い込む訳にもいかない。
アリスはそういう政治的な理由を承知しており、隣で戦場を楽しんでいるアズラエル相手に派手な勝利を演出していた。
アズラエルから見れば自分の乗った艦が戦場を思うがままに切り崩し、ザフトを敗走させているのを見て楽しくない筈がない。
勝っている戦争は最高の見世物なのだ。
負けたら最低の演劇になるのだが。
「あはははは!!素晴らしい指揮だよアリスちゃん。これでボクがコーディネイターを倒し戦争を終わらせるのは確実ダネ」
「……どうも」
「相変わらずそっけないネエ。まあいい、このまま一気に押し切るぞ!!」
アズラエルの発言にアリスは内心舌打ちをした。
確かに有利に見えるがそれはあくまでドミニオンの作った一局面だけであり、全体ではむしろ不利だと言える。
そんな中で戦術的勝利を積み重ねて戦争に勝てると思うほうがおかしい。
アリスにとってアズラエルの事などどうでもいい。
彼女の関心ごとは艦の指揮とオルガ、クロト、シャニの行動だった。
三人の能力は申し分なく優秀で、ドミニオン一隻が戦場を自由に無双できているのは彼らの能力あっての事だ。
だがいまいち動きがよくない。
何かに悩んでいるのだろうか?
こんな時、祖父ならうまく悩みを聞き出せるのだろうか?
アリスにとって祖父はいまだ越えられない壁だった。
もっと教わりたい事があったのに。
悔やんでも遅いが、あの時祖父の隣に自分がいればと思わない日は無い。
そしてそれが祖父を困らせる事になるとわかっていてもそう思ってしまう。
きっと祖父はアリスの頭を優しく撫でながら言ってくれただろう。
『アリス、自分一人で戦争が勝てると思ってはいけない。それはうぬぼれというものだよ。アリスが戦場に出るまでに戦争は終わらせるから何も心配しなくていい。また一緒にキャンプへ行こうね』
そう言ってくれた筈なのだ。
祖父は一つだけアリスに嘘をついて逝ってしまった。
この戦争が終わったら一緒にキャンプに行くという約束を果たしてくれなかった。
───アリスは祖父が名将でなくてもよかった。
ただ生きて自分の隣にいてくれたらそれでよかったのに。
◆◆◆
「なあオルガ」
「なんだよクロト」
「俺たち、いつ裏切るんだ?」
「薬が届いたらに決まってるだろ」
オルガのカラミティガンダムとクロトのレイダーガンダムが隣り合い、敵味方に聞こえないように会話する。
ニコルとの約束では量産された新薬が届き次第ニコル達に寝返る手はずなのだが未だ薬は届かない。
「俺たち騙されたんじゃないか?」
シャニの言葉にオルガとクロトは黙り込む。
十分にありえたからだ。
その間にもジンやゲイツを撃墜しているので戦果は十分だ。
「だがよ、このまま連合にいても死ぬだけだぞ」
オルガの言葉にクロトとシャニが黙る。
事実だからだ。
ナチュラルのコーディネイターに対する差別意識や憎悪を肌で感じている三人にとって、連合にいる限り死ぬまで戦わされる人生が待っているのだ。
どちらにしろ長くは生きられないのだからアズラエルに牙を剥いてやろうと思っているが、現状では無理だった。
それに三人にはもう一つ連合を裏切れない理由があった。
アリスの事だ。
三人ともアリスに惚れていた。
連合では実験動物並みの扱いを受けていた彼らにとって、人間として優しく接してくれた少女を裏切り、ましてや殺す事などできるとは思えない。
「まあ薬が届いても裏切らないでこのまま戦ってもいいさ」
オルガの言葉にクロトとシャニが驚く。
てっきり連合を裏切るものだと思っていたからだ。
「なんでだよ?」
「じゃあお前アリスを撃てるのかよ?」
「……無理だな」
「だろ?」
三人の意見が一致した珍しい瞬間だった。
「アズラエルに牙を剥くのはまだ先だ。チャンスが来るまでアリスに付き合ってやるさ」
「そうだな」
オルガの言葉にクロトとシャニも頷いた。
三人がそう決めた時、戦場に変化が起きた。
アリスが穿った戦場の空白地帯に連合の核を積んだピースメーカー隊が突入したのだ。
三人とも核を撃つときにアリスが浮かべた悲しみの表情を思い出す。
別にコーディネイターが死のうがプラントが核で破壊されようが構わない。
だが愛しい少女のあんな表情はもう見たくはなかった。