【完結】僕のピアノよCEに響け。逆行したニコルが絶望と悲しみの世界をやりなおします。 作:屠龍
【外伝『僕の歌姫』 第五話 ムラサメ】
会場に大きな拍手が鳴り響いた。
会場の奥の扉が開き、ロンド・ミナが姿を現した。
彼女は黒いドレスを纏い、長い黒髪を美しく結い上げていた。
その姿は以前よりもさらに妖艶さを増しているようだった。
「皆さん、ようこそお越しいただきました」
ロンド・ミナは微笑みながら皆の前に立つ。
彼女の笑顔は会場の人々を魅了する神々しさがある。
カガリとアスランは緊張したようすでロンドを見ている。
その二人に近づいてロンドはカガリに語り掛ける。
「どうぞお寛ぎください。今日は特別な日ですので」
「特別な日?」
「楽しみはまた後程」
カガリの疑問にロンドは笑みで答える。
先日カガリが開いたパーティでは見かけなかった顔ぶれも見える。
オーブの軍事面を担う人々だ。
モルゲンレーテ以外にも軍事、工業、製薬、その他技術系。
これだけそろえばMSの一つや二つ軽々と設計してしまうだろう。
中立国家オーブの技術力はそれだけ高水準だ。
「これはどうみてもMSのお披露目にみえるが気のせいか?」カガリは小声でアスランに言った。
アスランは眉をひそめながら頷いた。
「ああ、俺も同じ考えだ。ロンド・ミナがわざわざ我々を集めた理由が見えてきた」
ロンド・ミナは会場を見渡し、満足げな表情を浮かべている。
彼女の瞳には妖しい光が宿っていた。
さながら支配者が民を睥睨するようにも見える。
ロンド・ミナがキラとラクスに近づいてきた。
「キラさん、ラクスさん。お二人にもぜひこのお披露目を見ていただきたいのです」
キラは戸惑いながらも「MSのお披露目ですか?」と尋ねた。
「ええ。サハク家が開発した新型モビルスーツです。お二人の意見をお聞きしたいのです」
そう言ってロンド・ミナはキラに微笑んだ。
ラクスはキラの手を握りながら言った。
先ほどからキラの手が震えている。
「わたくしたちはMSの専門家ではありませんわ。カガリ様やアスラン様にお任せした方が……」
「キラさんも戦場で活躍された方々。その視点は貴重です」
ロンドはそう言って、会場の大型スクリーンに映像を映し出した。
そこにはカラーリングはシルバーグレーで、瞳は緑色をした新型MSの姿が映し出されていた。
外見はM1アストレイを元にしているようだがMA形態に変形した瞬間、会場からどよめきが巻き起こる。
「コードネーム『ムラサメ』。サハク家の最新技術を結集した傑作です」
会場からは歓声が上がったが、キラの表情は険しくなった。
戦争が終わったというのにすぐにこれか。
そういう思いがキラには強かった。
ロンド・ミナが前に出て「ムラサメは単なる兵器ではありません」と宣言した。
「これは新しい時代の象徴。オーブの新たな力となるものです」
その言葉にカガリが怒りを抑えずに発言する。
平和を国是としているオーブを愛するカガリにとって許しがたいだろう。
「サハク家が軍事力を強化するとはどういうことだ?我々は中立を保つべきだ!!」
「中立とは強さがあってこそ維持できるものです。敵に対抗できる力を持っていればこそ平和が守れる」
「それではいつまで経っても戦争は終わらない。プラントみたいにジェネシスを持つ必要があるか!!」
「兵器が戦争を引き起こすのではない。人が戦争を引き起こすのです」
「詭弁だ!!」
「しかし戦争は避けがたいもの。もし地球連合のオーブ侵攻時にアストレイやその他MSがいなければ、我々の国は焼かれ民は塗炭の苦しみを味わったでしょう」
ラクスから前世オーブは地球軍の攻撃で焼かれカガリ自身も死んだと聞かされているカガリは言葉を飲み込む。
指導者が理想を語った結果、国民が苦しんだ。
理想と理念を守った結果、沢山の犠牲者がでたのだ。
その事をカガリは常に考えている。
目の前の答えが正しいのかもしれない。
だが間違っているのかも知れない。
「カガリ……」
アスランがそばに立って呼びかける。
だがカガリは俯いてしまった。
いまだ答えは出ないのだ。
カガリから視線を外し、ロンド・ミナはキラに話しかける。
「キラ君……ムラサメのパイロットになりませんか?」
会場の注目がキラに集まった。
大戦のエース、オーブ救国の英雄。
ここにキラの事を知らない人はいない。
「冗談はよしてください。僕はもう戦いません」
キラがはっきりと言う。
ロンドは優雅に微笑みながら答えた。
「冗談ではありません。キラ君の力はオーブに必要なのです」
「でも、僕はもう戦いたくない」
「それは過去の話。私たちは新しい未来を作るために力を貸してほしいのです。ムラサメは戦争の道具だが正しく使えば戦場を飛ぶ事はないでしょう」
その言葉にキラは困惑した。
戦争は終わったのに、なぜまた自分の力を求められるのか。
ラクスも不安そうにキラを見つめる。
だがキラは優しく微笑んで言った。
「ごめんなさい。僕はもう戦うつもりはありません」
「そうですか。残念です」
ロンド・ミナは笑顔で答える。
この答えも想定内だったのだろう。
「では無粋なお披露目はこの辺りで終わりましょう。皆さまには歌と音楽の時間をお楽しみ頂きます」
そういってロンド・ミナはパーティを再開した。
ロンド・ミナとカガリとアスランがグラスを片手に会話を始める。
その周りには人だかりが出来ていてロンド・ミナとカガリの舌戦を聞きながら酒を楽しんでいる。
残されたキラとラクスはシズクに導かれ、広間の隅にある小さなスペースへ移動した。
そこにはピアノが置かれており、キラは少し緊張した様子でピアノの前に立つ。
「キラさん、ぜひ一曲弾いていただけますか?」
シズクが優しく微笑みながら頼んできた。
「はい……喜んで」
キラは深呼吸をし、鍵盤に指を置いた。
すると、キラの指がゆっくりと動き始め、美しい音色が広間に響いた。
ラクスの『水の証』
この日の為にラクスと一緒に練習した曲。
ラクスもキラの演奏に合わせて歌う。
その歌声に口論していたロンド・ミナとカガリが黙り聴き入った。
「素晴らしい歌とピアノですね」
「だろ?私の弟と義妹にはこっちのほうが合ってるんだ」
「確かに早計だったかもしれません。ですが軍拡についていずれまた」
「こういう裏工作無しでな」
カガリの言葉にロンド・ミナは僅かに口角を上げた。
「裏工作……どのような意味でしょうか?」
「言葉の通りだ。お前達サハク家が密かに行っている謀略のことだ」
「私たちはオーブの繁栄のために働いているだけです」
ロンド・ミナは微笑みながら答えたが、その瞳は冷たく光っていた。
平和を維持する為に軍事力が必要なのはわかっているが、軍事力があれば平和になる訳ではない事は前回の大戦で証明済みだ。
サハク家は彼らなりにオーブの事を考えているのだろうが、カガリ達の考えとの相違は大きかった。
CE72。平和になった世界に再び戦火が近づいていた。