【完結】僕のピアノよCEに響け。逆行したニコルが絶望と悲しみの世界をやりなおします。 作:屠龍
外伝『僕の歌姫』 第十六話 祈りの継承
翌日のハーバーコロニーは柔らかな光に包まれていた。
昨日まで降っていた雨は止み、ガラスドームの向こうには澄んだ青空が広がっている。
小鳥のような歌声が遠くから響き、ジャンク屋たちの槌音が穏やかな一日の始まりを告げていた。
保護された子供たちの家と居住区、オーブから派遣された精神科医の病院、農業区や商業施設――人が“生きる”ための場所が少しずつ整いつつある。
その朝、コロニー中央区の湖を見下ろす高台にある音楽棟の一室で、ラクス・クラインはピアノの前に座っていた。
窓辺に置かれたグラスに朝日が反射し、指先を淡く照らす。
ラクスはそのピアノを優しく撫でた。
――今でも平和のために尽力している親友、ニコル・アマルフィが贈ってくれたものだ。
キラとの愛がこの世界を救った。けれど、それだけではない。
“支える人々”がいたからこそ、この平和は続いている。
ラクスもそれをよく分かっていた。
「……ねぇ、ラクス」
背後から優しい声がした。振り向くと、キラが立っている。
手には温かな紅茶を二つ。
「ありがとう、キラ」
ラクスはカップを受け取り、微笑んだ。
いつもキラは傍にいてくれる――それだけでいい。
愛しい人が隣にいる。
その優しさこそが、世界に最も必要なものなのだから。
本当に人を救うのは歌ではなく、心だとラクスは知っている。
誰かを想い、寄り添う喜びを教えてくれたのは、他ならぬキラだった。
二人の間に穏やかな沈黙が流れる。
戦争を越え、失ったものを抱え、それでも歩き続けてきた時間。
今、この静けさの中に確かな“平和”が息づいている。
「……あの子、立ち直ったね」
キラは窓の外を見た。
シンが車いすを押しながら、何かを楽しそうに話している。
二人が音楽室にたどり着くと、シンは車いすから離れた。
ステラはシンに笑顔を向け、一人で車いすを操作して中に入っていく。
――もう、支えられるだけの自分ではいられない。
自分の足で未来を歩きたい。
その姿が、ステラの決意を物語っていた。
「ええ。ステラさんはまだ少し不安そうですが、もう大丈夫ですわ」
ラクスの口元に微笑が宿る。
一晩経って、心の準備ができたのだろう。
そこには、昨夜までの弱々しい少女の姿はもうない。
新しい命を生きようとする、ひとりの“歌姫”がいた。
「彼女の中には強い“祈り”があります。
あの子は、自分の痛みを歌に変えようとしている。
その姿を見ていると、あの頃のわたくしを思い出します」
ラクスはピアノの蓋を閉じながら、静かに言った。
前世でキラと死に別れ、世界の滅亡をその目で見た。
あの時歌った人類滅亡の鎮魂歌――あの歌があったからこそ、今の歌がある。
あれは悲しみではなく、祈りの始まりだったのだ。
「ラクスも、歌で世界を変えようとしてた」
キラの言葉にラクスは小さく首を振る。
「いいえ……わたくしはただ、誰かの涙を拭いたかっただけです。
でも今は思うのです――“わたくしたちの祈りを次の人に繋げること”。
それが本当の平和なのかもしれません」
キラはカップを置き、ラクスの肩にそっと手を添えた。
「その役目を、ステラさんが担ってくれる。
君が僕に希望をくれたように、あの子も誰かの心を救う歌を歌えるはずだ」
ラクスは頷き、キラの胸にそっと頬を寄せる。
「ええ……今日が特別な日になるでしょうね」
───
ステラの初練習は、音楽棟の小さなスタジオで行われた。
壁には防音パネル、中央にマイクと小さなピアノ。
その後ろでラクスが伴奏の準備をしている。
アスランとシンは部屋の隅に立ち、静かに見守っていた。
「シン、緊張してるのはステラだけじゃないみたいだな」
アスランのからかうような声に、シンは苦笑する。
「当たり前だろ……俺なんかよりずっと頑張ってるんだ。失敗したっていい。
今を生きてるステラの声を出してくれたら、それでいい」
アスランはわずかに目を細めた。
「シンは強くなったな。……ステラを救ったのは、お前の祈りと優しさだ」
シンは照れくさそうに笑い、前を見た。
ステラがマイクの前に立ち、ラクスの合図で深呼吸をする。
震える指先が胸元のハウメアの石に触れた。
「大丈夫ですわ、ステラさん。あなたの歌は、誰かの希望になります」
ラクスの言葉に背を押され、ステラは静かに目を閉じた。
――そして、歌い出す。
最初の一節は囁くように小さかった。
だが次の瞬間、その声が空気を震わせる。
かつて命を奪うために鍛えられた喉から、今は“生を願う歌”がこぼれた。
透明で儚く、そして力強い。
シンは息を呑み、アスランは胸の奥に熱を感じた。
かつて銃を手にし、罪を重ねたのはこの歌を聴きたかったからなのだと知った。
確かにキラもアスランもシンも沢山の命をその手で奪った。
だがその手で救えた命もあるのだ。
ラクスの伴奏が重なり、音と声が溶け合っていく。
まるで祈りが形を成すように。
ステラは目を開き、震える声で歌い続けた。
その歌は痛みでも後悔でもない――ただ、優しい願いだった。
(カナちゃん……みんな……聴いてて。もう泣かないで。ステラ、もう怖くないよ。
みんなの分まで精一杯生きるから)
曲が終わると、静寂が訪れた。
それは音が消えたあとの“余韻”――命の温もりが残る時間だった。
「……すごいな」
アスランが呟く。
シンは涙を拭いながら笑った。
「やっぱり、歌は奇跡を起こすんだな」
ラクスは立ち上がり、ステラに歩み寄って手を取る。
「これがステラさんの“始まりの歌”ですわ。本当に、素敵でした」
ステラは涙を浮かべながら微笑んだ。
「ラクスさん……ありがとう。ステラ、これからたくさん歌いたい。みんなのために」
ラクスもキラもアスランも、そしてシンも心からの笑顔を返す。
ハーバーコロニーの朝の光が窓を満たし、ステラの歌声がその光に溶けていく。
それは――祈りの継承。
ラクスの想いが、確かに次の歌姫へと受け継がれた瞬間だった。
シンはステラに歩み寄り、金色の髪を優しく撫でた。
ステラは驚いたように目を見開き、すぐに柔らかく微笑む。
(もうステラは一人でも生きていける。
俺はその手助けをすればいい。
ステラがもう怖い夢を見なくて済むように――いつもその手を握っていよう)
ステラの胸でハウメアの石が輝く。
それはステラの心と、失われた友達たちの未来を繋ぐ光だった。
ステラのシンへの想いは妹が兄を慕う気持ちと一緒だから(震え声)……いや、もうどう考えても妹の域突破しちゃいました。二次創作だけどいいのかなあ。