【完結】僕のピアノよCEに響け。逆行したニコルが絶望と悲しみの世界をやりなおします。 作:屠龍
第23話 アスランの懇願
ニコルはラクス・クラインの歌声が大好きだ。
清楚で気品に溢れつつも優しく包み込んでくれるような気持ちになれる。
彼女の歌を聞くだけで幸せな気分になれたのだ。
だからプラントの歌姫と呼ばれるようになってからずっと応援してきた。
だがある日を境にニコルはラクスの歌声に違和感を覚えた。
この世界に転生した日から数日たった頃。
ラクスの声を聞いた瞬間、全身の血流が凍り付くような感覚に襲われる。
同時に激しい頭痛に襲われ意識を失いかけた。
幸い近くにいたアスランに支えられ事なきを得たが、一体何が起こったのか理解できない。
原因不明の症状に悩まされる中、ニコルはある事に気づく。
ラクスの歌声は以前とは違う、とても悲しい想いが込められていた。
その悲しみの正体が何なのか知りたいと思ったが、彼女はアスランの婚約者で高嶺の花だ。
ニコルが直接会う機会なんてほとんどない。
もちろんこんな事、アスランに言えるはずがない。
◆◆◆
アスランがニコルの瞳を見て言い辛そうにしている。
勿論察しがつく、キラの事だろう。
「ニコル。本題なんだが」
「キラを殺すなというのは無理ですからね」
「───っ」
ニコルがキラを殺そうとするのは私怨じゃない事くらいアスランにもわかっている。
戦場で敵を殺すのは当然で、アスランもニコルも既に何人も手にかけている。
だが、それでも親友が親友に殺される姿を見たくはないのだ。
たとえ戦争であっても。
「僕だって銃なんて握らずに、ずっとピアノを弾いていたかったです」
「……ニコル」
「血のバレンタインさえなければ、きっと僕は一生人を殺すなんて事をしなくてすんだでしょう。アスランだってお母さまを亡くしたから銃を手にしたんですよね」
ニコルは俯きながら、ぽつりと呟いた。
それはまるで懺悔のように聞こえた。
確かにあの日がなければ、今頃は平和な日常を過ごしていたかもしれない。
だが、そんな事はありえない。
あの日がなかったら、アスランも銃を手にしていない。
母のレノア・ザラを失った日からアスランにとってプラントと地球の戦争は他人事ではなくなった。
父のパトリック・ザラは強硬な反ナチュラル主義者に変わってしまった。
血のバレンタインはプラントと地球に住む全ての人の人生を変えてしまった。
黙り込んだアスランの瞳を見つめるニコル。
ニコルはとても悲し気な口調でアスランに語り掛ける。
「僕だってキラを殺したくない。だってアスランの親友なんですよ。殺したくて殺すんじゃない。でもキラはストライクに乗ってるんです、あのMSが地球軍の手に渡ったらどれだけの人が死ぬか、アスランだってわかるでしょう?」
普段大人しいニコルは声を荒げない。
この時も淡々とやりきれない思いを吐露する。
その姿にアスランはニコルの深い悲しみを見た。
本来は優しいニコルという少年の悲痛な叫び。
淡々と当たり前のように告げる言葉は、ニコル自身を納得させようとしているようだった。
その理屈を理解できないアスランではない。
だからといって、それを許容できるかどうかは別の話だ。
キラ・ヤマトは地球軍のMSに乗るパイロットであり、ザフトであるアスランとは相容れない存在なのだから。
だがアスランに親友を殺す覚悟など簡単に出来るはずがない。
それはアスランも分かっていた。
「アスランがあれだけ説得しても聞いてくれない。機体を捨てて降伏すればいいのにしない。それなら撃つしかないじゃないですか」
「あいつは何もわかってないだけなんだ」
「そうかもしれません。ですが既に犠牲者が出ている。それでもキラを撃つなと言うんですか?」
その言葉にアスランも黙り込むしかなかった。
自分がいくら説得した所でキラには届かないだろう。
だが、だからと言ってこのままでは本当に大切な存在を二人とも失ってしまう。
それだけは何としても避けなければならない。
「俺が帰ってくるまで、それまででいい」
アスランがニコルの手を取って懇願する。
そんな事が不可能だとアスランもニコルもわかっている。
そんなアスランを見つめてニコルは戸惑う。
ニコルの知るアスランはもっと強くて鋭利な人だと思っていた。
そのアスランがここまでするなんて。
「――わかりました。でも、僕だって死にたくはないんですよ? 」
「───すまない」
そう言ってアスランは部屋を出て行った。
一人残されたニコルはベッドの上で膝を抱える。
そして先程の会話を思い出す。
アスランとキラの話。
二人はお互いの事を大切に思っている。
それは平和な世界なら尊ぶものだ。
しかし、今の状況下においてはそれが仇となっている。
確かにキラとアスランは親友同士かもしれない。
だが、この戦争において二人の関係は苦しめ合うものにしかならないのだ。
アスランを苦しめるのは辛い。
だがキラが降伏しないかぎり、ニコルはキラを撃つしかない。
だからニコルは決意する。
アスランがいない間にキラを殺す。
不器用で優しいアスランはきっと悲しむだろう。
ニコルにやりきれない怒りをぶつけてくるかもしれない。
だからこそ、せめてアスランの目に見えない所で。
そうすればアスランは自分を責めないだろうから。
今度こそキラと決着をつける。
ニコルはアスランの度重なる説得に応じないキラに、もはや言葉は通用しないと思っている。
自分がキラの立場でもそうするだろう。
今頃キラは何をしているのだろうとニコルは思った。
まだ出会ってもいない、おそらく出会わない少年の事を考えると胸が苦しくなった。
「こんな戦争は早く終わらせないといけない」
憎んで無い相手を殺すような世界は間違いだとみんなわかっているのに。
どうしてこんなに辛いことが続くのだろうか。
どうしてこんなに苦しい事が繰り返されるのか。
それでも、この苦しみを終わらせるために戦うしかなかった。
だからニコルは銃を手にしたのだ。
自分の手で、自分なりの戦い方で。
そしてその戦い方は間違っていなかったと思う。
少なくとも、ニコルは自分の選択を信じている。
先ほどまでは信じていた。
先ほどアスランに手を握られ懇願された時、決意が揺らいでしまった。
「僕だって…僕だってキラを殺したくなんかない。アスランの親友を殺したくなんか!!」
キラ・ヤマトという存在が戦場に現われなければこんな事にならなかった。
もしこの戦争が終わった時、キラが生きていたらアスランに紹介して貰おう。
ニコルはそんなありえない未来を想い膝を抱える。
ニコルはラクス・クラインの曲をデータ転送で聞き始めた。
とても美しい澄んだ声。
だがそこには深い悲しみが感じられる。
ラクスの歌は美しく歌詞は心を震わせる。
多分他の人には変わらず美しく聞こえるのだろう。
きっと自分が変わったせいだとニコルは思っている。
ラクスの美しく澄んだ歌声が、ニコルの心には深い悲しみの歌声に聞こえていた。