【完結】僕のピアノよCEに響け。逆行したニコルが絶望と悲しみの世界をやりなおします。 作:屠龍
アークエンジェルはニコル達との戦闘で中破しており、水と弾薬の補給を受けたとはいえMS六機とガモフの攻撃には耐えられない。
デブリベルトで応急修理を行った為、本来ヴェサリウスが追いつくシーンの前にガモフが追いついた(ちょっと無理があるかも)
ニコルはアスランとの約束があるからアスランが戻るまでキラを殺す気は無い。
という所です。
第29話 人質
この話をするべきか。
キラは悩んだがラクスを無事にプラントに返しアークエンジェルを危機から救う方法は思いつかなかった。
何よりラクス本人が望んだ事だ。
「本気なのキラ君!?」
出撃したストライクから告げられたキラの言葉にマリューはじめ、ブリッジクルー皆が驚く。
「本気です。まだ修理が終わっていないアークエンジェルじゃ逃げきれません。デブリベルトを脱出するまでラクス・クラインを人質にしましょう」
「無茶よ、そんな要求ザフトが受け入れる筈が無いわ」
「でも他に方法がないでしょう?」
キラが言う事も、もっともだった。
アークエンジェルは度重なるニコル達の攻撃にさらされ、このままでは逃げきれない。
卑怯な手段でも使わなければ今度こそ撃沈されてしまうだろう。
アークエンジェルにはプラント最高評議会議長の娘ラクス・クラインがいる。
プラントのカリスマであり政治的にも人道的にも、ザフトは彼女の安全を保障する為ならどんな条件も飲むだろう。
「私はヤマト少尉の具申に賛同いたします」
CIC内でマリューとキラの会話を聞いていたナタル・バジルール少尉がキラの提言に賛同した。
「バジルール少尉!!」
「本艦の出力と損傷した武装では逃げきれません。ストライクとアークエンジェル、そして避難民を宇宙のデブリにしても良いのですか?」
確かにその通りだ。
だが人道的に見て可愛らしい少女を人質にするなんて正しくない。
マリューが悩む間もなくCIC内に警報音が鳴り響いた。
モニターに表示されたのは敵影を示す赤い光点。
それはこちらに向かってくる二機のMSを示していた。
一機はニコルの乗るブリッツ。
もう一機はイザークの乗るデュエルだ。
更に四機のMSがアークエンジェルに迫る事で、マリューは非情な決断をした。
インカムを付け、全周波放送で話す。
『こちらは地球連合所属艦アークエンジェル。当艦は現在プラント最高評議会議長シーゲル・クラインの令嬢ラクス・クラインを保護しています』
そう言ってマリューはラクスがいる士官室にカメラを移し、ラクスの無事な姿をガモフへと送信した。
ラクスは豪胆にもカメラに向かって笑顔で手を振る。
まったく恐れを感じていないラクスの様子にトールが「マジかよ」と呟いた。
その画像はニコル達にも見せられる。
「───アスラン。僕はキラという男を見損ないましたよ。アスランがいなくて幸いでした」
そう言ってニコルはブリッツを停止させる。
ガモフもイザーク達も停止せざるを得なかった。
デブリベルトに静寂が戻る。
『偶発的に救命ボートを発見し、人道的立場から保護しましたが、以降、当艦へ攻撃が加えられた場合、それは貴艦のラクス・クライン嬢に対する責任放棄と判断し、当方は自由意志でこの件を処理するつもりであることを通達します』
ニコルは歯噛みして操縦桿を握りしめた。
今すぐストライクに襲い掛かってビームサーベルで切り刻んでやりたい。
だがそれは出来ない。
プラントの歌姫ラクス・クラインはカリスマ的存在で戦争を通じて全プラント住民の希望の星だ。
ラクス・クラインだけでなく、フレイ・アルスターのような民間人がアークエンジェルに乗っていると知っていればニコルは攻撃できない。
まだ民間人に対する無差別攻撃を行う程、ザフトはまだ狂ってはいなかった。
Nジャマーはどうなのかと言われると、プラントの報復で核攻撃を行えば地球全部が焼き尽くされるからマシ……多分。
「卑怯だぞキラ・ヤマト!!」
あの時自爆してでも刺し違えるべきだったとニコルは心の底から悔しがった。
そうすれば少なくともラクスは人質にならなかったはずだ。
しかし、今はそんなことを考えても仕方がない。
今はこの場を切り抜けることだけを考えなければならない。
何としてでも無事にラクス・クラインを助け出さなくてはいけない。
だがその前に言っておかなくてはいけない。
ニコルはXナンバーにしか使えない通信回線を開く。
「X105ストライク。こちらはX207ブリッツ。キラ・ヤマト聞こえていますよね」
「え、君はブリッツのパイロットなのか?」
すぐにストライクのキラ・ヤマトから返事が返ってきた。
どうやら通信機能は生きているらしい。
ならば話は早い。
まずはこちらの要求を伝えてみよう。
そしてできればラクス・クラインを解放してもらうように頼んでみるしかない。
「こうして直接話す機会はなかなかありませんから。僕はアスランの親友でニコル・アマルフィと言います」
「ニコル。君はどうして僕を付け狙うんだ」
「キラ。貴方を生かしておくとアスランが死ぬからです」
「え……君は何を言ってるんだ。僕がアスランを死なす訳ない!!」
ここで自分は未来を知っていると言う訳にはいかないし、その未来はあやふやな物になってきた。
前世でニコルはキラと直接話したことは無い。
すでに未来は狂っている。
ニコルの記憶ではラクスは無事に解放されたはずだが、この世界では違う可能性も十分あるのだ。
「貴方が知っているように、本来のアスランは戦場で人を殺すなんて事が出来ない優しい人です。だけどこの地で」
そう言ってブリッツが宇宙に浮かぶユニウスセブンを指さした。
無念の人々が眠る聖なる墓標。
「二十四万三千七百二十一名。僕達コーディネイターは地球軍の核攻撃でそれだけの同胞を失った。そのなかにアスランのお母さんレノア・ザラもいたんだ!!」
キラは息を飲む。
アスランのお母さんはキラのお母さんの親友で、よくキャベツとか持ってきてくれた。
その人が亡くなった場所で水泥棒した事を思い出してキラは心臓が痛くなり、呼吸が困難になる。
「キラ、貴方が同じコーディネイターなのに僕達と敵対している。アスランが何度説得しても聞いてくれない。余程の事情がある事は想像できます」
「僕は…僕は」
「僕はアスランのようにキラの事を知らない。アスランはよく言っていました。キラはとても優しくて友達想いだと。だから僕は親友のアスランの言葉を信じます」
「……ニコル」
「その貴方がこんな卑怯な方法を使うなんて信じたくない。余程の理由があるんでしょう?」
キラはニコルの言葉に言い返せなかった。
自分がアスランを殺すというニコルの言葉は信じられなかったが、キラが望まなくてもこのまま戦い続ければその可能性はある。
それでもキラはトール達を見殺しにはできなかった。
「あの船には、アークエンジェルには仲間が、友達がいるんだ」
「とても美しい友情だと僕も思います。僕だって同じ状況ならラクス様を人質にしてでも友達を逃がしたいでしょう」
それはニコルの嘘偽りのない本音だった。
プラント最高評議会議長の娘であり、聖なる歌姫としてカリスマを集めているラクスはプラントにとって最重要人物の一人だ。
人質に取られて手出しできない現状ではニコル達に何もできない。
だがこのまま易々と月基地へアークエンジェルとストライクを逃がしてしまえば、量産されたアークエンジェルとストライクによってザフトに多数の犠牲者が出る事は確実だった。
ラクス・クラインはとても大切な人だ。
だが、だからといって兵士が死んで良いという道理はない。
地球艦隊と合流前にアークエンジェルを降伏させるのが一番良いが降伏しないだろう。
「今、足つき。失礼アークエンジェルを救援しようと地球軍の艦隊が向かっているのは知っていますね?」
「うん。それはマリューさんに聞いてる」
「あなた達アークエンジェルが地球軍の艦隊に合流する前にラクス様を開放してくれるなら、僕はアークエンジェルが地球艦隊と合流するまで手出ししないように説得します」
「もし…もし断ったらどうするんだ?」
「ラクスさまと一緒に今ここでアークエンジェルを撃沈します」
取引としては破格の条件だ。
だがニコルがここまで譲歩するのは、たとえアークエンジェルが第八艦隊と合流してもアークエンジェルを沈められるという判断をしているからだ。
今のアークエンジェルは第八艦隊と合流するのが精いっぱいで、とても戦闘に耐えられる状態で無い程の損傷を受けていた。
「わかった。マリューさんと相談してみる」
「こちらもゼルマン艦長と他のパイロットを説得します。あとキラ、貴方を信頼してラクスさまは貴方自身が連れて来て欲しい」
「僕が?」
「僕は地球軍のエースパイロット、キラ・ヤマトではなくアスランの親友キラを信じている」
「……ニコル」
「二十四時間以内に返答がない場合。アークエンジェルに対して攻撃を行います。それとそちらの艦長に伝えてください。これ以上の戦闘を望まないならアークエンジェルとストライクを武装解除して降伏してください。軍規にのっとり正式な捕虜として扱います」
それだけ言うと通信回線を切りブリッツはストライクから離れて行った。
その後姿を見送った後、キラはアークエンジェルに戻っていった。