【完結】僕のピアノよCEに響け。逆行したニコルが絶望と悲しみの世界をやりなおします。 作:屠龍
第33話 ラクス解放
ガモフ艦橋ではディアッカが口笛を吹いてキラの勇気をたたえた。
下手をすればラクス嬢を引き渡した直後、集中攻撃を受けてストライクは撃墜される可能性もあるのだ。
しかもラクスの受け取り相手に、自分をもっとも付け狙っていたブリッツのパイロットニコルを選ぶなんて。
交渉が決裂したら撃墜される可能性さえある。
「だそうだ。どうする?」
「どうするもこうするも、要求を呑むしかないだろう」
ディアッカのにやけた笑みにイザークは不機嫌を露わにしていた。
イザークとしてはラクス嬢を引き渡すまでは予想していたが、まさかニコルを指名してきたのが気に食わない。
イザークは自分なら何があっても逃げ切れるという自負もあり、自分が最も優秀だと思っている。
イザークはニコルが自分より上手く事態に対応できるか心配なのだ。
ニコルが優秀なのは認めつつも不安なのだ。
不安を隠そうとした結果不機嫌になっている。
仲間想いの彼は大変面倒くさい。
エマが念願かなってイザークの恋人になれたら大変苦労するだろう。
これがアスランなら更に不機嫌になっただろうが、その場合アスランを心配するより自分の手柄を横取りされた悔しさからくる。
イザークはアスラン本人よりアスランを高く評価している。
「ニコル本人に聞いてみるしかないな。あちらさんが何故ニコルを指名したのかはわからないが、ニコルにも危険が及ぶかもしれない」
イザークの後ろからミゲルがそう言うと、イザークも頷く。
人質はまだ相手の手の中にあり、交渉が決裂したら野蛮なナチュラルが何をするかわからない。
「とにかく、交渉成立ということでいいんだな?」
「かしこまりっ。ニコルを独房から出してくるね」
ミゲルがそう言って隣にいたエマに振り向いた。
ミゲルが冷静に言うと後ろにいたエマが敬礼して茶髪のショートカットを揺らして嬉しそうに駆けだした。
エマは普段おちゃらけた口調と性格だが、仲間想いという点ではイザークにひけを取らない。
アカデミーでも人気があり何度か告白されていたのだが好きな人がいると言って断っていたようだ。
馬鹿な事をとミゲルは思う。
こんな時代なのだから、さっさと告白なりなんなりして幸せになればよいのだ。
いつ死んでもおかしくないのだから。
エマの想い人がイザークだと知ったらミゲルは素直に応援できるか微妙な所だろう。
嬉しそうに駆けだすエマの後姿を見てイザークが怒りながら呟く
「まったく気に入らん。なぜニコルなのだ」
イザークの呟きを聞きながらジャンヌは自分が外されて腹が立つのはわかるが、イザークだけはないだろうと思う。
交渉決裂再戦間違いなしだからだ。
「あまり怒るな。ハゲるぞ」
「やかましい!!」
イザークとジャンヌのじゃれあいにディアッカは肩をすくめた。
◆◆◆
ニコルは独房から出された後にブリッツで出撃する。
その際後方のガモフが停船したかどうか確認するのも忘れない。
ゼルマン艦長は温厚な紳士だが機会を逃すような人では無い。
イザーク達もみすみす好機を逃さないだろう。
ニコル本人は約束を守るつもりだ。
勿論ただのお人よしではなく、たとえ第八艦隊に合流されても今のアークエンジェルなら容易く撃沈できると判断している。
キラのストライクとニコルのブリッツは両軍の丁度中間地点で相対した。
ストライクがビームライフルをブリッツに向けるが、あくまで警告としてだろう。
アークエンジェルとガモフの面々は交戦にならないか気が気ではない。
少しの沈黙の後ニコルがXナンバー専用の通信回線でキラと話をする。
「ラクス様を返してくれるでいいんですね?」
「そちらが僕達の要求を呑んでくれるなら」
「ラクス様を受け取ったあと、僕達が攻撃するとは考えなかったのですか?」
「君は僕の事をアスランの親友として信じてくれると言った。だから僕も君をアスランの親友として信じる」
キラの言葉にニコルは言いようのない感銘をうけると同時に悲しくなった。
自分が執拗に狙い殺そうとした人物はこれほど度胸と誠実さをもっていたのだ。
今回は停戦しても次に会う時は容赦なく殺さなくてはならない。
「ニコル様」
(この声は……ラクス様)
「ラクス様ご無事でしたか」
「ええ。アークエンジェルの方々にはとても大切にしていただきました」
ラクスがそう言うとニコルは安堵のため息をついた。
キラが危害を加えなくてもコーディネイターというだけで敵視する者はいるから心配していた。
「ニコル、コクピットを開けて確認してくれ」
「わかりました」
ニコルがコクピットを開けるとキラも同時にコクピットを開ける。
キラの隣に誰かが座っているのが見えた。
「ニコル様。わたくしは元気ですわ」
そう言って小さく手を振るラクス。
顔は見えないが確かにラクスだとわかった。
ニコルは不思議とキラが嘘をついていない事を信じていた。
ニコルは心から人を信じるという感情を、軍人になってから忘れていた事に気が付く。
「確認しました」
「なら彼女を……」
そう言って言いよどむキラの頭をなでてから、ラクスがブリッツのコクピットへと泳ぐように流れてくる。
ラクスはいつかまた会えると言ってくれたがキラには永遠の別れに思えた。
ニコルはラクスを慎重に受け止めるとキラに顔を向けた。
「確かにラクス様を受け取りました」
「約束は守ってくれるよね」
「ザフトの名誉にかけて約束します」
そう言ってニコルは敬礼する。
軍人ではないキラの返礼はぎこちなかった。
「キラ。降伏してくれませんか?」
「それはできないよ」
「なら僕達はまた敵同士ですね」
「ニコル。僕は君と戦いたくない」
「僕もです」
「それなら!!」
「僕達は戦争をしているんですよ」
「───ッ!!」
ラクスを胸に抱きながらニコルはキラに語る。
きっと良い友人になれるだろう少年と戦わなくてはいけない苦しみ。
「キラが友達が乗るアークエンジェルを守りたいように、僕も仲間の住むプラントを守りたい。プラントがまた核攻撃を受ける事など無いように戦う」
「ニコルはそれが正しいと思っているの?」
「思わない。でも、でも他にどうしろって言うんだ!キラが乗ってるストライクはこれからもコーディネイターを、僕の仲間を殺すんでしょう!」
「君たちが見逃してくれたら戦わなくて済むんだ!」
「その後量産されたストライクがプラントを焼くって知ってて見逃せる訳無いじゃないか!」
「僕はそんな事絶対しない!!」
「キラがしなくても地球軍はそれをする!その為にストライクは作られたんだ!」
そう言ってニコルはコクピットから乗り出してキラに手を伸ばす。
二人の手は触れ合えるほど近かったがその手を取ることはできない。
「僕だって!僕だってキラと殺し合いなんてしたくないよ!アスランが悲しむだけじゃない!ラクス様を約束通り返してくれる人を、そんな優しい人を殺したいはずがないじゃないか!」
ニコルは泣きながら叫ぶ。
戦艦やMSなら倒せる。
理屈では正しいのだと納得させる事ができる。
ニコルはキラという少年を知ってしまった。
殺したくない。
今すぐMSなんて降りて語り合いたい。
そしてそれは出来ない。
ニコルの慟哭を聞きながらキラはこれ以上何も言えなくなった。
誠実に約束を守ってくれたニコルという少年を、キラも好きになってしまった。
数分の沈黙の後、キラに手を伸ばしていたニコルはコクピットに戻る。
「キラ約束を守ってくれてありがとう。さようなら」
そう言ってニコルはブリッツのコクピットを閉じた。
キラも悲しそうに俯いた後、コクピットを閉じる。
そして二人は離別する。
ニコルは約束を守ってくれるだろう。
キラにはそれがわかっていた。
「ニコル様」
「もうすぐ艦に到着します。すぐプラントに帰れますよ」
「ニコル様。泣いてらっしゃるのね」
「……すみません」
「キラはニコル様が倒すべき敵ではありませんわ。ニコル様もキラもアスランも、もっと巨大な敵と戦う事になりますわ」
ラクスは思う。
前世のキラには一緒に戦ってくれる人が誰もいなかった。
だからキラは戦死し、世界が終わってしまった。
キラと共に戦ってくれる人がいればと。
巨大な悪とは人類そのものだ。
人は人同士が争い人であるがゆえに滅んだ。
人の業が人類を滅ぼしたのなら、そうでない未来もあるはずだ。
ラクスがキラと添い遂げる事のできる未来が。
目の前にいる少年はキラを助けてくれるだろうか。
キラの心を知り始めたニコルを、ラクスは未来への希望と共に見つめた。
ニコルの視界は涙でにじんでよく見えない。
イザーク達が心配したのかMSで出迎えてくれた。
自分の大切な戦友たち。
キラにも大切な友人たちがアークエンジェルにいるのだ。
次に出会う時、キラと戦わなくてはいけない。
それは避けられない運命だ。
こんな戦争は早く終わらせなくてはならない。
憎しみと悲しみがこれ以上世界を覆う前に。