【完結】僕のピアノよCEに響け。逆行したニコルが絶望と悲しみの世界をやりなおします。 作:屠龍
第38話 因縁
体中が燃えるように熱い。
まるで地獄で焼かれているようだ。
だが沢山の人間を殺して来た自分には当然の報いだとニコルは思っている。
地球軍の戦艦を一隻撃沈するたびに、何人の命を奪ったのだろう。
一人一人に家族がいて、友達も恋人もいただろうに。
ナチュラルだから敵?冗談じゃない。
ニコルは人種差別とは無縁の人物だ。
ニコルの愛するピアノの名曲は過去のナチュラルが作り上げたものだ。
その名曲を愛し弾いて生きて来たんだ。
どうしてナチュラルが敵だなどと言えるものか。
長い煉獄の炎が過ぎたあと、目を覚ましたニコルは壁や天井が白いベッドのある部屋に寝かされていた。
手足が鉛のように重い。
何日か寝込んでいたようだ。
「………ここは」
空調がきいているがカーテンの外からは強い日差しが照り付けている。
窓の外には噴水と刈り込まれた庭園が見えた。
どこかのホテルだろうか?
それに部屋にはかすかに焼けた砂の匂いがする。
明らかにコロニーではない。
どこだろう?
ニコルが半身をベットからおこすと、そこには先客がいた。
長い黒髪の見眼麗しい女性で彼女の笑みは男を虜にするという言葉そのものだ。
ドレスの上からもとても艶っぽい肢体が見えるようで、10人が10人振り向くに違いない。
ニコルはこんなに美しく性的に魅力的な女性を見るのは初めてで、頬が赤くなると同時に視線を逸らす。
「あらあら可愛い。こんな初心な子に会ったのは何年ぶりかしら」
そう言ってくすくす笑う女性の腰に手を回してソファーに座る男性。
「アイシャ初心な少年を揶揄うのはよくないぞ。よう、目覚めたか。クルーゼ隊のエースパイロット、ニコル・アマルフィ君」
豪奢なソファーに腰かけた長身で精悍そうな印象の男性が声をかけて来た。
顔は日に焼けて半袖のラフな格好をしている。
その人物の印象にニコルはすぐに思い当たった。
「砂漠の虎、バルトフェルド隊長?」
「お、初対面でよく言い当てたな。おれも有名になったものだ」
「地上で共同作戦を行うかもしれない相手の事は記憶していますから」
「それもそうか。熱砂の戦場へようこそ。何もない所だが歓迎するよニコル君」
そう言って明るく笑う男にニコルは好印象を持った。
クルーゼ隊長とは違って野性味のある印象の持ち主でカリスマがある。
砂漠の虎と言えば北アフリカ一帯を根拠地に地球軍相手に優位に戦っている生え抜きの部隊だ。
その彼がここにいるという、ここは北アフリカなのだろう。
アークエンジェルはアラスカへ降りられなかったのだろうか?
「アークエンジェルを知りませんか?」
「大天使の事か、早速負けて来た。流石クルーゼが取り逃がしただけの事はある」
「そうですか」
ニコルはなぜか胸を撫でおろした。
アークエンジェルには民間人が乗っている。
きっとキラが民間人を守ってくれたのだろう。
それと同時に自己嫌悪に襲われた。
バルトフェルドが負けたという事は、ザフトに犠牲者が出たという事だ。
「君は顔色がころころ変わるな。見ていて飽きないが命取りになるから改めた方がいい」
「すみません」
「まあいい。それより飯でも食いに行くか。とっておきの食い物があるんだ」
「とっておき?」
「ケバブさ」
◆◆◆
乾燥した大地に立つ建物は砂塵除けに深々と戸棚が閉められている。
日差しが強いここでは風通しが良いより、直射日光を防ぐ方が先決だ。
日中は40℃を超える様な暑さでも夜は10℃を下回るこの地では、頑健な身体を持つコーディネイターでさえ体調を崩す者もいる。
その世界は人間が生きていくには過酷すぎる。
20世紀に石油が発掘されるまでは、点在するオアシスでささやかな農業が営われるだけの土地だった。
今ではNジャマーで核動力が使えなくなった為、闇で取引される石油の価値が高騰している。
バルトフェルドはアロハシャツ、ニコルは白いブラウスに帽子をかぶった。
母親似で女顔のニコルは一見して少女のようにみえる。
「ここだ。ケバブにはヨーグルトソースをかけて食べるんだ」
そう言ってマイペースにケバブという食べ物を渡されたニコルは言われるままにヨーグルトソースをかけてケバブを食べる。
パンとレタスとトマトと肉汁たっぷりの羊肉が挟んである食べ物で、野菜と肉にヨーグルトソースの酸味が一体となってとても美味しい。
「美味しいです」
「そうだろうそうだろう。ヨーグルトソースの味がわかるとは君は出世するぞ」
楽しそうに笑うバルトフェルドはザフトの正式拳銃の入ったホルスターを取り出しテーブルの上に置いてニコルに手渡した。
ニコルはケバブを食べる手を休めてホルスターを受け取りズボンに装着する。
「銃は撃てるよなニコル君」
「これでもアカデミーで第三位でした」
「流石赤服」
ちなみに一位はイザーク、二位はアスラン、三位がニコル。
そう言って何事もない風で笑いながら食事を終えたバルトフェルドは立ち上がり、ヨーグルトソースを手に歩き出す。
空腹だったニコルは二つ目のケバブを急いで食べて後を追った。
バルトフェルドが向かった先にはテーブルの下に抱えきれない荷物を持った大人しそうな少年と、短い金髪の少女がケバブを食べようとしていた。
「ケバブにチリソースなんて何を言っているんだ君は!ここはヨーグルトソースをかけるのが常識だろうが!」
「ちょっと何やってるんですか!?」
慌ててバルトフェルドを追いかけたニコルはバルトフェルドと金髪の少女が口論したあげく、少年のケバブにチリソースとヨーグルトソースをぶっかけて台無しにするのを見てため息をつく。
砂漠の虎は勇猛果敢で指揮統率は抜群の猛将と聞いていたが、ニコルの知っている軍人らしい軍人ではない。
ニコルの知っている軍人の理想はラウ・ル・クルーゼで鋭利かつ恩情溢れる知将指揮官タイプ。
対していかにも勇猛な印象を持っていたバルトフェルドの破天荒さはニコルの常識を超えていた。
宇宙と地上では指揮官も違う水を飲むせいでタイプが別れるのだろうか。
「いやあボクはね、少年に正しいケバブの食べ方というのを教えたかっただけなんだよ」
「ケバブに正しい食べ方も何もあるか!!美味ければそれでいいんだ!!」
「ミックスも美味しいから、カガリも落ち着いて」
そう言ってキラはチリソースとヨーグルトソースの混合ソースがかかったケバブを食べる。
口の中で辛いのと酸っぱいのと羊肉の味が混ざってまとまりがない。
「しかしだなキラ!!」
(───キラ!?)
金髪の少女、カガリがキラを強い口調で呼ぶとニコルは思わず腰のホルスターに手をやり身構えた。
そんなニコルの殺気に気が付いたバルトフェルドが素早くニコルをキラ達の視線から隠す。
ここでは派手な事をするなというバルトフェルドの意思を理解してニコルは殺気を消した。
「君はキラ君と言うのか。このあたりでは見かけない顔だね」
飄々とキラに話しかけるバルトフェルドだったがニコルの様子からこの少年が只者ではない事を見抜いた。
その証拠にバルトフェルドの言葉を聞いた瞬間にキラの顔色が変わったのだ。
キラが立ち上がろうとしたとき、耳をつんざく鋭い音がして、広場に向かって発射された対戦車ロケット弾が爆発する。
「伏せろ!!」
バルトフェルドがキラとカガリのケバブが乗ったテーブルを蹴り上げると同時に、ニコルは短機関銃を構えて突撃してきたテロリストに向かって拳銃を発砲する。
「ぎゃあっ!!」
ニコルの撃った拳銃弾を胸に受けた男が心臓から血を噴きながら倒れた。
振り返らずに撃ち続けるニコルだが相手は短機関銃でこちらは拳銃だ。
まともに戦って勝てる筈がない。
「死ねコーディネイター!宇宙の化け物め!」
「青き清浄なる世界の為に!」
テロリストが口々に叫びながら短機関銃を乱射する。
広場にいた人々は殆どがナチュラルだったが、彼らにとってはどうでもいいらしい。
きっとバルトフェルドの治める街にいるナチュラルは裏切り者とでも思っているのだろう。
ニコルはブルーコスモスを改めて唾棄すべき相手と認識した。