【完結】僕のピアノよCEに響け。逆行したニコルが絶望と悲しみの世界をやりなおします。 作:屠龍
第41話 砂漠の蜃気楼
泣きながら謝罪するニコルを見てカガリは困ったようにため息をつく。
こいつはキラと同じだ。
いやキラより生真面目な分、質が悪い。
自分の心を殺しながら人を殺して戦ってきたのだろう。
キラもだが、こういう奴を放っておけないのがカガリという少女だ。
「まったく。困った奴だ」
さっきまで罵り合っていた相手に手を差し伸べてしまう。
数年後オーブ国民の高い支持を受ける政治家の片鱗は既にあった。
カガリは手のかかる敵に対して何が出来るか考える。
そして嫌な議題を思い出した。
サハク家から提案されている議題だから本当は嫌だったが、カガリはニコルを放っておけなかった。
だからニコルに提案する。
「なあお前、オーブに来ないか?」
「───え?」
「もしお前が望むなら、オーブで軍事顧問をやって欲しい」
「そんな事」
「出来ないって事は無いよな?」
能力的には問題は無い。
人柄も穏やかなニコルは厳しく指導するのは苦手だが、厳しい人を部下につければいい。
これがプラントに帰国してザフトで教鞭を取れというなら経験不足を差し引いても十分務まる。
問題はオーブ軍に協力してもいいのかどうかだ。
オーブは中立国だが地球軍と共同でMS開発を行った前科がある。
無制限にオーブを信用できないだろう。
反面オーブには実戦経験が無い為、軍事力強化に人材を欠く。
もしオーブを強国にすればそれだけで地球軍に対する布石ともなる。
だがそれを決定するのはニコルの権限を越えている。
「僕はザフトを裏切れないよ」
「でもお前にキラや私を撃つ事はもう出来ないだろ?本音を言うと移籍してオーブ軍に参加して貰いたいがそうもいかないだろ」
カガリの破天荒な提案にニコルは驚く。
だが自分が戦う相手が人類の負の感情だと言うなら、このままザフトに残っていては遠からず負に加担してしまう。
シミュレーターでの訓練で何度も吐きそうになり、恐怖で身体がこわばった事を思い出した。
あれは人の死が感じられない機械だからこそ、弱い自分をさらけ出しても大丈夫だからストッパーが無かったのだ。
反面実戦では異常な環境のせいで心が麻痺していたからストッパーがかかって平気だった。
本当は平気では無かったのだ。
心にヒビが入っていた。
少しずつ心が壊れていた。
「ヘリオポリスを破壊した事でプラントはオーブに大きな借りが出来た。マスドライバーを持っている国の主権を侵害したのだから、ヘリオポリス事件の賠償の一環として軍事顧問を招くって話をオーブにいた時に聞いた。私もお父様もその意見に反対だったがサハク家って所が強く望んでいるらしい。その軍事顧問にニコルが就任するっていうのはどうだ?」
「そんな事がカガリにできるの?」
「できるかどうかやってみる。もし無理なら今まで通り私達と戦えばいい。まだ私達と戦えるならだけどな」
「その場合ブリッツはどうなるの?」
「あれは元々オーブの物だ。返せ」
ごもっともな回答だった。
正確に言うとブリッツは地球連合のMSとして建造されたのでオーブのものでは無いのだが、半分はオーブ製でもある。
明らかにオーブ製と言えるのはアストレイというMSだが、あいにくジャンク屋と傭兵とサハク家に持って行かれてしまった。
答えに困ったニコルはバルトフェルドの方に向く。
バルトフェルドは呆れた口調で口を開く。
「ニコルにはキラ君たちとの戦いに加勢して貰いたかったが、戦えなくなった兵士など足手まといだ」
「そんな」
穏やかだったバルトフェルドが冷徹な指揮官の顔になっていた。
アイシャにはニコルを突き離そうというバルトフェルドの恩情だとわかっていたがあえて口には出さない。
時に厳しく当たる事も愛情の一つだとアイシャは知っていた。
「飛行機は手配してやるから、とっととオーブなりプラントなり好きな所に行け。俺はキラ君たちと戦争の準備で忙しい」
「───ッ!!」
「大体だ。ニコル君は一つ勘違いをしている。自分だけがアークエンジェルと戦っているつもりかね?一人で突っ走った挙句アークエンジェルをここまで取り逃がしたと、いい加減認めたまえ。スタンドプレーに走る兵士など軍隊には不要だ」
「返す言葉もありません」
ニコルはいたたまれず退室する。
キラとカガリが慰めてくれる声が聞こえたが今のニコルには聞こえない。
戦えなくなった自分の居場所はここには無い。
キラ達が去った後、バルトフェルドにしなだれかかったアイシャがバルトフェルドの耳元でささやく。
「アンディ。あれでよかったの?」
「構わないさ。それに戦えない兵士が役に立たないっていうのは本心だ。ニコルはまだ死なせるには惜しい」
「優しいのね」
「ボクは博愛主義者なんでね」
「そんなアンディ大好きよ」
そう言ってアイシャはバルトフェルドにキスをした。
アイシャにとって最後の戦いになるかもしれないアークエンジェルとの戦いに想いを馳せる。
砂漠は沢山の血と汗と野心を吸い込んでもまだ足りないらしかった。
◆◆◆
アークエンジェルに乗っていた避難民と一緒にニコルはオーブに入る事になる。
カガリとキサカがオーブ大使館に避難民の保護を要請したのだ。
当然フレイも避難民としてオーブに帰国するものだとニコルは思っていたが、彼女は違うらしい。
話を聞くとパイロットとして志願したので軍人になったのだという。
しかも少尉だそうだ。
どういうことかニコルにはよくわからなかったが、アークエンジェルにフレイが残っている事が気がかりだった。
空港近くのホテルに一室を借りてニコルは手配された飛行機とブリッツを待つことになる。
その間カガリは父親のウズミ・ナラ・アスハに事情を説明する通信文を送る。
ニコルは父親のユーリ・アマルフィに通信文を書いた。
両親から心を病んだニコルを心配して、ザフトの退官とプラントへの帰国を促した手紙が届いたがニコルはそれを断った。
今帰国したら本当の敵と戦えなくなると知っているからだ。
愛する息子の望みを叶えたいユーリ・アマルフィがプラント最高評議会にオーブへの賠償の一環として軍事顧問派遣要請の承諾を求め可決された。
クライン派とザラ派が散々揉めたが、両派ともMSの生産と開発を一手に引き受けるマイウス市代表ユーリ・アマルフィの強い要望に渋々応じる結果となった。
そしてそのまま派遣枠にニコルをねじ込んだ事も散々揉めたが以下略。
数日後、滞在中のホテルでバルトフェルドとアイシャがアークエンジェルとの戦いでMIAになった事を知る。
キラと戦えなくなった自分の代わりにストライクを討ってくれるかもという泡い想いは果たされなかったが、バルトフェルドとアイシャの傍に以前の自分がいたらキラに勝てたのではないかと思ってニコルは頭を振る。
わかっていても自分を特別視してしまう。
もしバルトフェルドが生きていたら
(君は随分自己評価が高いんだね。まだ自分だけで戦争を終わらせられると思っているのかい?)
と言われただろう。
その日ニコルは自分で淹れたコーヒーを飲み、バルトフェルドのコーヒーの美味しさを再認識しつつ冥福を祈った。
「バルトフェルド隊長の命でお迎えに来ました」
そう言ってバルトフェルドの部下がニコルのいるホテルにやってきた。
ニコルは手早く荷物をまとめてチェックアウトする。
砂塵が舞う空港にはザフトの大型輸送機がニコルを待っていた。
ブリッツはもう搭載済みだ。
強い日差しがニコルを焼くように照り付ける。
アークエンジェルは今頃紅海だろうか。
ニコルは乗り込むと機長に挨拶してから客室でシートベルトを締める。
まもなく激しいジェットエンジンの音と振動と共に輸送機が飛び立つ
「さようなら砂漠の蜃気楼」
ニコルは遠くなった砂漠の街を見たあと、長旅に備えてシートを倒して眠る事にした。
ニコルは砂漠の夢を見る。
どこまでも続く砂丘の向こう側に人影が見えた気がした。
誰だろう? 近づいていくとそれが誰かわかった。
キラとアスランとラクスとカガリ。
四人は砂漠の砂塵を布とマントで覆われた砂漠の旅装束で歩いている。
砂塵が余程強いのだろう。
キラはラクスを、アスランはカガリを庇って歩いている。
どこまでも続く果てない道を歩いている。
何かの暗示だろうか?
砂塵の先に黒い影が見える。
それが憎悪だとニコルにはすぐわかった。
憎悪に向かって歩いている。
この夢は今のままだとそうなるという暗示だったのかもしれない。
ニコルの輸送機と、避難民を乗せた旅客機は空路オーブへと向かった。
※作者です。
これで第一部は終了です。
次話からオーブ編が始まります。
現在オーブ編の第5話までストックがありますが、5話では心もとないのでもう少しストックを書き溜めてから投稿したいと思います。
2月の5日から再開しますので、よろしければお持ちいただけると嬉しいです。