【完結】僕のピアノよCEに響け。逆行したニコルが絶望と悲しみの世界をやりなおします。 作:屠龍
第45話 M1アストレイ
困惑の宴の翌日。
ニコルとミオはオノゴロ島地下にあるモルゲンレーテ社の地下秘密工場へと向かう。
ゲートで厳重な検査と認証手続きを済ませ地下工場へのエレベーターを使い、降り立った先で仕事場へ向かった。
モルゲンレーテ社はオーブの軍事を担う軍需産業で、オーブ軍の兵器生産と研究開発を行っている。
ニコル達クルーゼ隊がヘリオポリスに向かい交戦したのも、地球連合とオーブが共同でMS開発を行いその計画を阻止しようとしたからだ。
当然ニコルはそれを知っているので自分の任務に矛盾を考えているが、プラントが正式にオーブと技術協力を行っている以上ザフト軍人のニコルに拒否権は無い。
それに個人的にはオーブが軍事強国になれば、シンやマユのような平和に暮らしている人々が戦争などという悲劇に見舞われなくてすむ。
そう考えれば無意味な事ではないと思う事にしている。
オーブは人口面でも国力面でも他国を侵略する事はないだろうし、サハク家の意図はわからないが現アスハ政権は穏健派のようだ。
オーブ政府というかサハク家の方針なのだが当然ニコルは裏事情を知らない。
ニコルにわかるのはオーブが地球連合やプラントに対抗できる軍事力を育成しようとしている事。
それも早急にだ。
世界情勢は悪くなる一方でオーブにいては忘れがちな戦争の足音をニコルは感じている。
ニコルはアスカ家のような幸せな家庭が戦火に引き裂かれたりしない事を願う。
エレベーターを降りるとそこには30代くらいの女性が待っていた。
女性はにっこりと微笑む。
短いジャケットとジーンズというラフな格好をしている女性で握手を求めてくる。
「はじめまして、ここの主任を務めているエリカ・シモンズです」
「ザフトから派遣されてきたニコル・アマルフィです」
二人は握手して微笑んだ。
エリカがニコルの隣に立って歩き、工場内を案内する。
かなり大きな工場でMSサイズでも十分歩き回れる。
オーブの技術力と工業力の高さは聞いていたが想像以上だった。
更にゲートをくぐり、次のゲートで待ち受けていたのは数体のMSだった。
「ストライク?いや違いますね」
今は親友になったキラがかつて搭乗していたMSによく似ている。
白色で腕部などに赤色が使われている事と背部に翼のようなスラスターが取り付けられている違いにもすぐ気が付いた。
「M1アストレイ。モルゲンレーテ社製、オーブ軍のMSよ」
エリカは誇らしげに言うと構造図を取り出してニコルに見せた。
最初から飛行性能を持たされた機体で運動性が高い反面強度が弱いようだ。
兵器の進歩は誰にも止められない。
他国が先んじれば必ず後を追いかけるのが常だ。
銃器が弓矢にとってかわられたように、兵器というものは常に進化していくものだから。
ロンド・ギナとの会話でオーブがMSを生産しているのは予想していたが、これほどの物だとは思っていなかった。
ニコルの希望的観測は甘かったのだ。
(プラント本国はなぜオーブのMS開発を後押ししようとしているのだろう?)
その疑問の答えはすぐに導き出された。
地球連合もMSを開発しているか、既に実戦配備しているという情報がプラント本国に伝えられたのだろう。
そしてその性能は当然MSの生産開発の拠点マイウス市。
つまりニコルの父親、ユーリ・アマルフィに伝わったに違いない。
それを提示する事で父は最高評議会の他の議員を説得したのだろう。
家庭では良い夫、良い父親だがやはり政治家なのだ。
今更オーブに知識を出し惜しみしても仕方がないレベルまで地球連合のMS技術が発展しているなら、プラントが技術をオーブに渡して地球連合の牽制に使うのが正しいだろう。
もしオーブが地球連合に占領されたらマスドライバーを奪われてしまう。
それならオーブが自力でMS開発できるように支援した方が良いと判断したのだろう。
そしてプラントとオーブの期待を一身に集めた重責がニコルの肩にのしかかる。
この任務は絶対にやりとげなければならない。
次にエリカが案内してくれたのは工場内の管制室だ。
先ほどのM1アストレイが稼働可能状態で整列している。
ニコルが管制室からその姿を見ていると、突然管制室に女性の声が響いた。
「きゃ~可愛い♡」
「なになにその子、本当に男の子!?」
「ロウには負けるけど可愛い~♡」
いきなり響いた女性のかしましい声にエリカがマイクを片手に怒鳴る。
「あなた達もっと真面目にしなさい!!それと客人に対して失礼よ!!」
キーンというマイクが響く。
管制室の中でエリカが大変ご立腹という風で肩を震わせる。
「失礼しました。今のがテストパイロットのジュリとアサギとマユラです」
「いえ、お気になさらずに」
自分が母に似て女顔なのは知っているが年上と思われる女性に面と向かって可愛いと言われたのは初めてだ。
苦笑いするニコルの目の前でM1アストレイが動く。
動くというより微動した。
足をあげて歩こうとしているのはわかるが、とても遅い。
例えるなら太極拳を更に遅くしたような動作だ。
緩慢というレベルではなくまさに亀。
「………えと」
「ニコル君の忌憚のない意見を聞かせて」
「あまりこういう事は言いたくないですが」
「どうぞ」
「戦車と同等の戦闘力ですね」
戦車のほうがまともに動けるだけマシだと思ったが、流石にそこまでは言えない。
一からMSを作り出すのが如何に大変かという事だ。
ましてナチュラル用OSなのだから難題にも程がある。
ニコルの言葉にエリカは困ったという様子で苦笑する。
「これでも倍近く早くなったのよ。ジュリがロウっていうジャンク屋から持って来たデータでね」
ジャンク屋とはこの戦争以前から宇宙に漂ったデブリと呼ばれる破片や瓦礫を回収し、再生産もしくは大気圏に投下して処分する仕事の職種だ。
彼らの仕事は多岐にわたり、破壊された戦艦やMSを回収し修理し再生産したりコロニーなどの修理など宇宙に関係する仕事の裏方として高く評価されている。
特に工作技術は素晴らしく、別々の機体からカスタマイズしたMSを生産したりして居る者もいるし、料金次第では最前線に物資を運搬してくれたりする。
勿論安くは無いが彼らの技術力と命懸けの仕事に対する報酬としては安いものだ。
「ジャンク屋ですか」
MSの生産や修理も行うマイウス市の者としては商売敵ともいえる。
ニコルもジャンク屋にあまり良い印象を持っていないが技術力が高いのは知っている。
ザフトで使うMSの何割かはジャンク屋が修理したとも言われている。
いちいち最前線からマイウス市の修理施設まで運ぶ時間が無い事も事実で、そういう諸々の事情があるので便利には違いない。
正攻法だけで戦えないと認められないのはニコルの視野がまだ狭い証拠だろう。
ニコルは後にジャンク屋のロウと出会い、自分の視野の狭さを思い知る事になる。