【完結】僕のピアノよCEに響け。逆行したニコルが絶望と悲しみの世界をやりなおします。 作:屠龍
第46話 幻想即興曲
あれからニコルは軍務の傍らでよくビーチに行くようになった。
南国の砂浜は暖かく、どこまでも青い海はニコルの心を癒してくれる。
そして傍らにはいつもアスカ兄妹がいて、兄妹と遊ぶ事が多くなった。
正確にはマユがニコルと遊びたがる事が多くなったので、シンが心配して一緒に来る事が多くなったのだが。
「ニコルさんは水着買わないの?」
「買いに行きたいけどオーブに来たばかりでよくわからないんだ」
「じゃあ行こうよ!お兄ちゃんも一緒に行くよね」
「そうだな。ちょうど読みたかった小説もあるし」
「やった~。それじゃ着替えてくるね」
そう言って大人びた子供用パレオを着たマユが着替えに行く。
その後姿をニコルとシンは見送った。
「マユちゃん可愛いよね」
「僕の自慢の妹だから」
「僕にも妹がいればって思うよ」
「ニコルは一人っ子なのか?」
「うん」
「寂しくなかったのか?」
「その分父さんと母さんの愛情を独占できたからね」
そう言ってニコルはプラントにいる両親の事を思い出した。
惜しみない愛情を注いでくれた両親には感謝してもしたりない。
ニコルの父親ユーリはニコルに技術者として生きて行って欲しかったのだろうが、ニコルが才能を発揮したのはピアニストだった。
よく誤解されるがコーディネイターだからといって何でもできる訳ではない。
たしかにナチュラルより優れた頭脳と体力を持っているが、何の努力も無しに才能を発揮する事はできないのだ。
だからニコルは人一倍努力をしてコーディネイター世界でもトップクラスのピアニストになれた。
さらにエースパイロットとして成功し、将来は技術者としても大成するかもしれない。
ニコル本人の努力次第ではだが。
両親のプラントへ戻ってこないかという誘いを断るのは辛かった。
父も母もニコルを優しく包み込んでくれる人たちだから甘えてしまえば守ってくれると知っていたからだ。
母親のロミナはお嬢様育ちのおっとりとした人で、物静かなユーリと似合いの夫婦だ。
今でもニコルの目の前で愛情たっぷりの見ていて恥ずかしくなるキスとかするものだから、ニコルは見慣れてしまったとはいえ自分に恋人ができたらと考えてしまう。
自分も両親の血を引いているのだから、皆の目の前でああいうバカップルな事をするのだろうか。
あまり想像したくない。
シンとマユに連れられて、オーブの首都オロファトにやってきたニコルはその繁栄に目を見張った。
色とりどりの花が植えられた道路と清潔な街並み、道路の脇にはヤシの木など熱帯の植物が植えられてベンチに座って雑談する人。
アイスクリームを売る露店があり整然と並ぶショッピング街の服飾店にはガラスのショーウィンドゥがあり、道行く人々に新作のファッションをアピールしている。
その中を行き交う人々の中にはナチュラルもいるしコーディネイターもいる。
外見ではナチュラルもコーディネイターも見分けがつかないが、ザフトの教育課程で潜入工作の訓練を受けたニコルは挙動でわかる。
オーブはナチュラルとコーディネイターの共存共栄を実現している国なのだ。
そしてこの首都ではプラントと地球連合の両方から輸入した物資や技術で生産された製品が売られている。
そんな光景を見てニコルは自分の故郷を思い出していた。
プラントの高級住宅街で育ったニコルにとって、ここはプラントが無くしたかつての平和な街のような場所だ。
これが平和の国オーブ。
地熱発電でエネルギーが豊かなのもあるが街を行く人々には活気がある。
だがその平和は世界の痛みから目を逸らしている平和でもあるとニコルは知っている。
いつまでもオーブの中立を地球連合もプラントも認めないだろう。
いずれどちらかに与する事を強要されるだろう。
「ニコルさんどうしたの?」
「わっ!?」
憂い顔のニコルを心配してマユが下からニコルの顔を覗き込んでいた。
楽しそうに笑うマユを見て、ニコルは思わず微笑むがシンのジト目に気が付き苦笑する。
シンとマユは本当に仲がいいが、将来マユが反抗期になったらシンはショックで寝込むのではないかと心配になるくらいシンはマユを溺愛している。
マユが彼氏を連れて来たりしたらどうなるのだろうか。
その光景を見て見たいがその頃自分はここにいないだろうとニコルは思っている。
この平和なオーブというゆりかごで、ずっと揺られているような幸福は自分に訪れない。
だがこの兄妹のような人々が暮らすオーブの為に、自分の能力が役立つなら協力は惜しまない。
オーブでの生活は間違いなくニコルの心を癒していた。
任務もオーブMS部隊の訓練や戦術シミュレーションの作成やナチュラル用OSの改良などパイロットとしてではなく技術面が大きい事も幸いした。
ブリッツをオーブに引き渡してから、多少MSに乗る事はあっても恐怖心を思い出させられる事も無く有能なザフト軍人の殻を被っていられた。
いつの間にかマユに手を引っ張られる形でショッピングしていたら音楽器店の目の前を通る。
その中にはヤマ〇のピアノが展示されていた。
オーブはかつて極東に住んでいた日本人が多く移住したためか日本文化が浸透している。
戦友のディアッカが日本舞踊が趣味なように、プラントでも日本文化が好まれている。
「見て見てニコルさん、ピアノがあるよ」
「本当だ。立派なピアノだね」
そのピアノを見ていると、平和だったころの自宅でピアノを弾いていた事を懐かしく思い出す。
あの頃は戦争なんて遠い昔の事だと思っていた。
父親が最高評議会議員の仕事で故郷のマイウス市からアプリリウス市を往復する日々が続き、地球連合との外交が尽く妨害やテロにあって難航していたのは知っていたが、将来立派なピアニストとして生計を立てる以上の事は考えていなかった。
もし戻れるならもう一度あの平和な世界に戻りたい。
「ニコルさ~ん。ピアノ試しに弾かせてくれるってお店の人が言ってるよ」
まだ弾くとは言っていないのに。
マユに自分の趣味がピアノだと言うのはまずかったかなと苦笑い。
それにしても行動力のある子だ。
将来シンはマユに振り回される事間違いないだろう。
「僕もニコルのピアノを聴いてみたいな」
シンも乗り気なのでニコルは諦めてピアノの椅子に座る。
感覚が鈍っていないか心配だが、隣で瞳をキラキラさせているアスカ兄妹がいるから失敗できない。
二人が知っていそうな曲を考えてショパンの幻想即興曲を演奏する事にする。
ニコルの指はブランクを感じさせないものだった。
軽やかに湖面を跳ねるように幻想的で、習熟が必要な曲。
ニコルはこの曲でコンクールを優勝したのだから指が覚えていても当然だった。
しかもニコルはコーディネイターだから音感も人並み外れて鋭い。
普段と違うピアノを弾いているのに音調にまったく乱れが無い。
今までの悩みや苦しみを発散するがごとく力強く魂の籠った音色に、遊び半分でピアノを弾いてとねだったマユの瞳から涙が零れる。
隣でシンも聞きほれていた。
道行く人も音楽器店から聞こえる音色に足を止めている。
思いのたけを込めて『幻想即興曲』を弾き終えたニコルは深く息を吐いた。
失敗していないだろうかとアスカ兄妹の方を向くとシンもマユも自然と拍手し、店内と店の外で聞いていた人々も拍手でニコルを讃えていた。
「すごいすごいニコルさん!!マユ感動しちゃった!!」
ニコルの手をとって満面の笑顔を浮かべるマユを見て、ニコルはこの国の事がとても好きになっていくのだった。