【完結】僕のピアノよCEに響け。逆行したニコルが絶望と悲しみの世界をやりなおします。 作:屠龍
第49話 サハクの憎悪
現在オーブ近海で戦闘が行われている。
北アフリカから紅海、シンガポールのあるマラッカ海峡を抜け脱出しようとしていたアークエンジェルにアスラン達が追いついたのだ。
オーブのメディアはずっとこの話題ばかりを流している。
その事件はオーブの人々に驚きをもって伝えられたが前世の記憶があるニコルには前もってわかっていた。
「これは最新の映像です!!わが国領海近くでザフト軍と地球連合の戦闘が行われております!!」
事件を伝えるニュースキャスターの声が上ずっている。
世界は戦争だというのに我関せずと平和を謳歌していたオーブ国民にとって青天の霹靂とはこのことだろう。
降ってわいた災難にアスカ家のリビングでテレビを見ていたマユがシンの手を握って震えていた。
すぐちかくで戦争が発生したのだから無理もない。
オーブの平和はもうすぐ破られようとしていた。
オーブ本島の首都オロファトにある行政府にオーブを構成する五首長と政府閣僚、有力議員が集まっていた。
会議の席上でウズミ・ナラ・アスハは並みいる政府要人の顔を見渡し誰がどのような意見を出すか注意深く見つめる。
モルゲンレーテ社と関係が深く今回の騒動を発生させた、そもそもの原因のモビルスーツ開発計画。
ウズミに無断で行ったサハク家から首長代理として列席したロンド・ギナ・サハクは冷ややかに会議室の喧騒を見つめていた。
全てロンド・ギナの思惑通りだった。
オーブ国民の目の前で行われている戦闘に国民は皆不安げな表情をしている。
今まで口先だけで平和を維持できていたと思っていたウズミ達アスハ家ではオーブを守れない。
その事を国民が理解するのに時間はかからないだろう。
(この軍事危機にアスハ家がどう対処するのか、見ものじゃないか。お手並み拝見といこう)
内心ほくそ笑むロンド・ギナの目の前でウズミが発言する。
「あくまでオーブは他国との戦争に介入しない。これは大前提だ」
ウズミの意思は固い。
ここまではロンド・ギナの読み通りだ。
だがもはや軍事力行使しか選択肢は残っていないだろう。
既に領空領海にはオーブ軍が出動しており、一歩でも侵入したら警告後一斉攻撃を行って排除すると決まっている。
だがこれはオーブにとって千載一遇のチャンスでもあった。
アークエンジェルとストライクを引き入れれば戦争経験のないオーブ軍に豊富なデータが手に入る。
軍事顧問であるニコルの尽力があるとはいえ、まだまだデータは欲しい。
それでもウズミは受け入れを拒否するはずだとロンド・ギナは読んでいた。
ここでアークエンジェルを受け入れてしまったらオーブの掲げる他国の戦争に介入しないという方針に反するからだ。
しかしオーブまで戦火が広がってきてしまっては方針変更せざるをえない。
同じことを考えている閣僚がロンド・ギナに懇願するような視線を向ける。
彼らはロンド・ギナにアークエンジェルを受け入れるようウズミに言って欲しかったのだ。
そうすれば彼らは諸手をあげてアークエンジェル受け入れに賛同するだろう。
しかしロンド・ギナはあえてそれを無視した。
それはウズミを揺さぶるためであり、同時にアークエンジェルをサハク主導で受け入れるためでもある。
ウズミは間違いなく受け入れるしかない状況に追い込まれる。
その時点でウズミはオーブの理念を破った愚か者としての烙印を後世に残すことになる。
中立政策を捨てるという事は、オーブが戦争に介入するという意志表示と同じなのだ。
汚名はウズミに負わせればいい。
その時こそロンド・ギナにとって最大の好機となるのだ。
ロンド・ギナは閣僚一人ひとりの顔を見ながら、危機に瀕したときの胆力を見極める。
アスハ政権が崩壊した後、サハク政権がオーブを牛耳った時に使える人材を見極めているのだ。
もはやオーブが嵐を避ける事など出来ない。
宇宙に船と物資を送る事ができるマスドライバーを保有しているオーブが、いつまでも中立でいられるほど世界は平和ではなくなった。
◆◆◆
ニコルはその光景を食事中にネット配信で見た。
配信画面には人々が恐れおののき議論から罵り合いへと変わっていくのがありありと表示されていく。
今まで平和な世界で暮らして来たオーブの人々にこの現実を受け入れる余裕はないだろう。
何人か今後の世界情勢とオーブの在り方について討論が始まっているがニコルが見る限り意見は二つに分かれていた。
『このまま中立を守るか、どちらかの陣営に参加するか』
この二つの意見が多い。
プラントにも連合にも属さない中立勢力に赤道連合とスカンジナビア王国があるが同盟国となる訳にはいかない。
自分たちで決めるしかない。
だがニコルはこの後の展開を知っている。
知っているが複雑な心境だ。
アークエンジェルが助かったらどうなるか。
それを考えながらニコルはネットを見続けた。
◆◆◆
(ウズミよ、さあどう決断する?)
ロンド・ギナ・サハクはほくそ笑む。
(国を保つために中立政策など止めて、連合かプラントに与するしか方法はないぞウズミ)
ウズミが中立宣言を放棄した瞬間、アスハ家の権威は落ち国防にMSが必要だと説いてきたサハク家の天下になる。
その瞬間を待ち望んだロンド・ギナに予想外の事態が舞い込んだ。
今まさに満身創痍でオーブ領海へ突っ込んでくるアークエンジェルにオーブ軍の砲撃が始まろうとした時だ。
『ウズミ・ナラ・アスハを呼べ!!私は……私は、カガリ・ユラ・アスハだ!!』
その言葉に会議に集まった五首長と閣僚たちは騒然となる。
間違いなくカガリ・ユラ・アスハの声だ。
完全に会議の流れが変わってしまった。
ロンド・ギナはテーブルを思いきり拳で殴る。
あと少しでサハク家の勝利が確定したというのに!!
ウズミにアークエンジェルを撃たせる機会を逸してしまった。
先ほどまで悠然と構えていた自分を呪い殺したくなる激情がロンド・ギナを襲った。
強引に自分が中立破棄を主張すればよかったのだ!!
そうすれば会議の流れを変えられたものを!!
「あの艦、アークエンジェルと言ったか。まさかじゃじゃ馬娘が乗り込んでいたとはな」
ウズミにアークエンジェルを撃てない理由を与えてしまった。
カガリ・ユラ・アスハはその人柄で国民に愛されている。
まだ政治家としては知名度が低いが戦時にはウズミから軍権を与えられて指揮官として命令できる血筋なのだ。
オーブ国民に愛されているカガリをオーブ軍が撃てる訳がない。
オーブ領海に着水したアークエンジェルにオーブ海軍が砲撃するが全弾外れた。
いや外したのだ。
カガリを撃てという命令をウズミから受けるまで、オーブ海軍は外れ弾を撃ち続ける。
ウズミはアークエンジェルを沈めることなく、その戦闘データを入手する事に成功した。
「さて……とんだ茶番だが、致し方ありますまい」
ウズミ・ナラ・アスハがむっつりと言い立ち上がった。
そして秘書官が現代表ではなくウズミに公式発表の草案を手渡す。
その草案に目を通し秘書官が五首長に草案を配る。
その草案を片手に今後の対応を語り合う首長と閣僚たち。
「───どうにもやっかいなものだ、あの艦は……」
憎悪を込めた声でウズミの背中に聞こえよがしにロンド・ギナは言葉を放つ。
ウズミはぴたりと足を止め、わずかに背後を振り返った。
「今更───言っても仕方ありますまい」
そしてウズミが次に呟いた言葉をロンド・ギナ・サハクは聞き洩らさなかった。
「惜しかったなサハク」
その言葉に両手から血が滲むほど手を握り、憤怒という表現しかしようのない目でウズミの背中を睨みつける。
眼光が人を射殺せるなら何十人も殺せそうなほどの怒りと憎しみと悔しさの視線でロンド・ギナ・サハクはウズミの背を睨み続けた。
※作者です。多忙につきしばらく2~3日投稿にいたします。ご迷惑をおかけしますが少しお待ちいただけたらと思います。