【完結】僕のピアノよCEに響け。逆行したニコルが絶望と悲しみの世界をやりなおします。 作:屠龍
第60話 オーブの優しい波の音
泣き終えた三人とニコルは乾杯し食事を楽しむ。
アスランはロールキャベツに舌鼓をうち、キラも嬉しかったのか唐揚げを沢山食べた。
カガリはオーブ料理の寿司を食べるたびに笑顔になる。
ニコルはオーブの山で育てられている山羊の乳で作ったチーズと日本酒を楽しんだ。
二人の幼馴染は子供の頃そうだったように笑いあいながら近況を語る。
戦争の話題ではなく普段の話。
この場だけ戦争とは無縁の世界だった。
食後はカードで遊び、その後ニコルが買い求めたヤ〇ハのピアノ演奏を行う。
満腹と遊びで疲れたのか、アスランもキラも演奏を聞きながらソファで手をつないで寝てしまった。
そんな二人を見てカガリが呆れる。
「まったく。二人とも寝てしまったぞ。失礼な奴らだな」
カガリだけがニコルの演奏を聞いていたが当のニコルは嬉しそうだ。
二人の為に選んだ曲はリラックスできる曲ばかり。
ニコルはアスランとキラに休んで欲しかったのだ。
演奏が終わるとニコルはカガリに紅茶を淹れた。
カガリは淑女教育が行き届いているようで、普段とは違う優雅な手つきでティーカップを手にする。
紅茶はニコルが好きなセイロンだ。
「そういえばニコル。よくストライクの設計図なんて手に入ったな。キラも少し驚いていたようだぞ。いつ複写したんだ?」
「あれですか?僕がオーブに残っていたXナンバーの設計図をエリカさんから借りてそれっぽく書いたんです」
そう言ってニコルは楽しそうにウインクする。
つまりニコルはアスランをペテンにかけたのだ。
その答えにカガリは開いた口が塞がらなかった。
「よくアスランを騙せたな」
「心理効果ですよ。予告なしにM1アストレイの実物を見せてキラと再会してもらって、アスランが動揺して冷静になるより先にM1アストレイの設計図を見せたでしょう?そのイメージとキラとの再会の驚きがアスランの心に少しだけ穴を開けたんです。それにアストレイの設計図もストライクの量産型に見えるように一部書き直しました。つまりアストレイはストライクの後継機に見えるように偽装したんです」
つまりニコルはアスランを精神的に追い詰めて思考回路を麻痺させたという事になる。
一つの罠ならアスランはひっかからないが、いくつもの罠を同時に張ってアスランを混乱させた。
特にキラというアスランにとって最大の弱点と言える親友を利用したのが外道とも言える。
「……お前酷い奴だな」
「でも有効だったでしょう?」
「まあな。私もすっかり騙されたよ。お前このままオーブに残ってMSの設計者にならないか?」
「平和になったら考えます」
ニコルはそう言ってピアノの蓋を閉じる。
アスランとキラはソファで仲良く手を握りあって眠っていた。
カガリはそれを微笑ましそうに眺める。
そしてニコルに話しかけた。
「我々の戦う相手は人類全ての妬みと憎悪かもしれない。勝てると思うか?」
「難しいでしょうね」
そう答えてニコルは新しいお茶を注ぐ。
カガリのティーカップにも紅茶を自然な仕草で注ぐ。
そしてニコルは考える。
ナチュラルもコーディネイターも同じ人間なのに、何故差別が起きるのだろう?
それはきっとナチュラルがコーディネイターを妬み、蔑むからではないか?
そんな感情が戦争を起こす原因の一つになっているのではないか?
「カガリさん」
「カガリでいい。なんだニコル」
「カガリはアスランの事が好きなのですか?」
「ぶっ!!」
ニコルの言葉にカガリは紅茶を吹き出し咳き込んだ。
カガリの咳き込みが収まるまでニコルは背中をさすってあげる。
そしてカガリにハンカチを差し出した。
カガリはハンカチで口元を拭い、ニコルを睨む。
だがその瞳には怒りよりも羞恥と戸惑いが見えた。
「アスランの事は好ましくは思っている。だがこれが恋とかはわからない」
「そうですか。ナチュラルのカガリがコーディネイターのアスランと恋人になるなんて、すごく素敵な事だと思いまして」
「そういうニコルは恋人とかはいないのか?」
「先日失恋しました。告白以前に彼女には婚約者がいたのです」
「そうか。でもニコルならすぐにいい相手が見つかるさ」
「そうですか?」
「お前顔良いし頭もいいし、ちょっとお節介だけど優しいしな」
カガリがそう言って笑うとニコルもつられて笑った。
そしてニコルはピアノに目を向ける。
また機会があればコンサートを開きたいな。
カガリも喜んでくれたし招待しよう。
聞いてくれる人が平和で豊かな気持ちになれる演奏をしよう。
ラクス様もそう思っているのだろうか?
ニコルはそう考え、ラクスの歌声に合わせてピアノを弾いてみたいと思った。
まだまだ実力不足だけど、そんな平和な日が来てくれる事を願って。
◆◆◆
翌朝四人で朝食を食べて今後の打ち合わせをする。
カガリは可能な限りキラをオーブに引き留める役だ。
幸か不幸か先日のアークエンジェルに対するテロの後ろにブルーコスモスがいる恐れがあったので、ラミアス艦長は艦内の徹底的な点検で出発を遅らせている。
勿論そう長くは出来ないが、アスラン達がオーブ近海から離れるまでの間だ。
アスランは損な役目で潜航中のボズゴロフ級潜水母艦クストーに帰艦後、オーブにはアークエンジェルがいない事、すでにアラスカへ向けて出発したという嘘の報告をしなくてはいけない。
イザーク達には失望されるだろうがニコルの得た情報だと言えば納得せざるをえない。
近日中にプラント経由で知られる事だから問題ない手土産の情報もある。
イザーク達にオーブがMSを持っている事をニコル経由で知ったと伝えて貰う。
アスランとキラは再びアラスカで敵同士という形で再会する事になりそうだ。
勿論二人が既に和解していると知られないように厳重に行動しなくてはならない。
「可能なら本国に帰国する。父上を説得したいしラクスにも報告しておかないと」
そうアスランは言うが普通に帰国は難しいだろう。
だからまた父親のユーリ・アマルフィを頼る事にする
最高評議会でアスランが直接オーブのMSについて詳細な報告をするという通信を父に送る。
これでアスランはプラント本国に一時帰国できるはずだ。
キラは今までと同じだ。
ジャンク屋のロウ達と一緒にアークエンジェルの修理やM1アストレイ開発の続きを行う。
この努力が実を結び、運動性と武装を強化したM1アストレイII(架空機)の量産へとつながる事になる。
そしてニコルはキラにオーブにいる両親と会う事を強く勧めた。
「僕は会わないよ」
「どうしてですか?」
「どうして僕をコーディネイターにしたのって聞いてしまいそうで怖い」
「その気持ちを素直にぶつけてみればいいじゃないですか。ご両親はキラの事を愛していると思いますよ。キラが何を抱えてるのか悩んでいるのか聞きたいと思います」
「ニコルはお節介だね」
「否定はしません」
そう言ってニコルは優しく微笑む。
ニコルの説得に屈する形でキラは両親と再会し想いをぶつけ、自分が両親に愛されている事を再認識し、キラも自分の想いをぶつけた。その程度で壊れるほどキラとヤマト夫妻の絆は脆くはなく、キラの曇りはまた一つ晴れる事になる。
ニコルはMSシェンウーとフレイ専用ストライクガンダム『レッドストライク』の開発にかかりきりだ。
毎日シン・アスカとマユ・アスカに電話で話をするのが数少ない楽しみになっていた。
シンとマユの両親と打ち合わせついでに家族の会話になり、シンもマユも会いたがっていると聞かされる。
今度時間があったらキラも連れてシンとマユと遊ぼうかな等と考えている。
オーブの優しい波の音が四人の心に優しさとささやかな幸せを奏でてくれていた。