【完結】僕のピアノよCEに響け。逆行したニコルが絶望と悲しみの世界をやりなおします。 作:屠龍
第64話 オペレーション・スピットブレイク
パナマ近海にいたボズゴロフ級潜水母艦クストーは浮上していた。
その艦内のブリーフィングルームで作戦会議が行われていたが、イザークは不満を隠せない。
アスラン・ザラを途中の基地に降ろしプラント本国へ帰還させ、イザークはアスランから隊長職を譲渡されザラ隊はジュール隊となった。
イザークはアスランをライバル視していたが実力は認めている。
なぜオペレーション・スピットブレイク発動直前になってアスランをプラント本国へ呼び戻すのか?
高度な政治的駆け引きが行われているなど前線の一兵士である自分には関係ない。
等と愚鈍な考えをイザークは持ち合わせていない。
アスランの父親のパトリック・ザラは反ナチュラル派閥の盟主
イザークの母親のエザリア・ジュールはザラ派のNo2
ディアッカの父親タッド・エルスマンもザラ派。
ラスティの父親ジェレミー・マクスウェルは中立派
そして転属になったニコルの父親ユーリ・アマルフィは親ナチュラル派
プラント高官の子弟が集まった部隊はいまやザラ派の子弟で固められている。
情報によればオペレーション・スピットブレイク発動はまもなくのようだ。
補給を受けたクストーは再びパナマへと向かう事になる。
オーブ近海で無為に過ごした後れを取り戻さなければ間に合わない。
自分たちの名誉だけでなく親の名誉にも傷がつきかねないのだ。
イザーク達の焦りを見て平民出身のミゲル、孤児施設出身のジャンヌとエマは少し冷ややかだ。
ミゲルは兵士としての高揚感は感じていたが家の名誉など関係ないし、ジャンヌとエマは目の色と髪の色が違うだけで捨てられたので名誉自体無い。
作戦に参加して昇進して高給取りになるというのが目的なのだから死ぬのは御免だ。
ジュール隊が結束を固められるかは全てオペレーション・スピットブレイクの成功にかかっていた。
◆◆◆
オーブではアークエンジェルが発進しようとしていた。
予定より大幅に遅れているが修理と再度のテロに備えた為だ。
出航当日ニコルとキラは固い握手をかわす。
「ニコル今までありがとう」
「いえ、こちらこそ何が出来たのかわかりませんが。オーブの事は任せてください」
ニコルとキラの会話の隣でぴょこぴょこと頭を出しているのがマユ・アスカだ。
ニコルに誘われてキラに紹介され何度か遊んだが急遽出航する事になったので時間が無くなったのだ。
ニコルのあとシンとマユがキラに手を差し出した。
「キラさんまたオーブに来てね。ここはキラさんのお家だからね」
「キラさん元気で。僕もまた会いたいです」
マユはキラに懐いたようでマユを溺愛しているシンは気が気ではなかったが、キラとは気が合ったのでそれほど悪い気分でもない。
マユが誰とも仲良くなれる少女だからキラとも仲がいいとシンはわかっているからだ。
だからキラに対してマユは友達という感情で接しているのだが、ニコルに対してマユは明らかに恋愛感情なのだ。
といっても初恋は熱しやすく冷めやすいもの。
すぐ忘れるだろうとシンは思っている、というか願っていた。
「トールも元気で」
「ああ、その…悪かったな」
そう言ってニコルとトールは握手する。
まだ関係はぎくしゃくしていたがこちらも順調に友達になれたようだ。
ドックから出航していくアークエンジェルをキラ、サイ、トール、ミリアリア、カズイの両親が手を振って見送る。
フレイの父親は一足早く北米へと渡っている為にフレイの見送りは無しだ。
アークエンジェルがアラスカへ向かう日数がずれた事が歴史の流れを大きく変える事になる。
アークエンジェルがアラスカへ向かって10日後、ザフト軍によるオペレーション・スピットブレイクが開始された。
当初予想されていたパナマではなく、ザフトの狙いはアラスカだったのだ。
あと5日でアラスカへ到着しようとしていたアークエンジェル内に緊張と安堵の空気が流れる。
もしあと10日ほど早く発進していたらアラスカの戦いのど真ん中にいたはずだ。
アラスカからはひっきりなしに救援を乞う通信が入ってきている。
敵はパナマだと思っていた地球連合は戦力の大半をパナマに集結していたのだ。
そしてイザーク達も突然の作戦変更に間に合わなかった。
パナマ近海から一斉にアラスカへ向かう潜水艦群は当然発見され、地球連合対潜部隊とザフト潜水艦群との間で激戦が繰り広げられたのだ。
ザフトに殆ど損害は無かったが最後まで踏みとどまる事になったイザーク達は作戦開始までにアラスカへ到達できなかったのだ。
苛立ったイザーク達がアラスカに到着しようとした時、地獄が始まった。
地球軍アラスカ基地で激戦を繰り広げていた地球連合軍とザフトの戦闘は徐々にザフトが優勢になり勝利が決定的になる。
そしてザフトの先遣隊がアラスカ基地のメインゲートを突破した瞬間だ。
地球連合とザフトの両軍兵士、敵味方問わず強力なマイクロ波が襲う。
強力なマイクロ波を発生させる兵器『サイクロプス』
その攻撃を受けた兵士は、いや被害者と言うべきだろう。
このような戦いは戦争の範疇を超えている。
体内から内臓が膨れ上がり服から血と肉を吹き出し脳を焼かれて絶命する。
少なからず残って決死の防衛を行っていた地球連合の兵士も、まさか味方の囮として一緒に殺戮されるなど想像外だっただろう。
既に戦死していた者の方が幸せだったろう。
筆舌に尽くしがたい残酷な方法で絶命される罪など誰にも無いのだから。
◆◆◆
───数日後。
アラスカ基地にたどり着いたアークエンジェルが見た物はまさに地獄だった。
海にはまだ燃えている艦船が幽霊船のように漂っているが救命ボートに乗っているのは一面の赤。
真っ赤に弾けた何人分かの肉体だ。
その光景は地上のあちこちに広がっている。
凄惨な光景にミリアリアが口元を押さえトールがミリアリアを抱きしめる。
サイが息を飲みカズイが泣き出した。
フレイは力なく壁にもたれ、フレイを支えるキラの存在にも気が付かない。
キラも目を逸らす。
発進命令は不要だった。
半径10キロメートルすべてが死に包まれていた。
敵も味方も生き残っている者は誰もいない。
かつて人間だった肉塊があちこちに倒れていた。
ザフトのMSも破壊されたコクピット内は血の海だろう。
「救助者の捜索を急いで!!」
艦長席でラミアス艦長が叫ぶがフラガ少佐が首を振る。
バジルール中尉さえすぐに反応できない。
この地に救助者などいない。
死のみがこの地を支配していた。
同時刻遅れて到達した潜水母艦クストーの艦橋でイザーク達も唖然として立ち尽くしていた。
敵も味方も皆死んでいたのだ。
いつも斜めに構えているディアッカや、陽気に振舞うラスティも一言も発しなかった。
この戦いでザフトの八割が犠牲となったのだ。