【完結】僕のピアノよCEに響け。逆行したニコルが絶望と悲しみの世界をやりなおします。 作:屠龍
第84話 薬で縛られた獣
ニコルがマユと両想いの関係になれた翌日。
ニコルとキラとアスランはブリーフィングルームに集まっていた。
本当ならシンやフラガ少佐なども連れて行きたいが今回は海上戦なので飛行が出来ない機体での参加は不可能だ。
しかしそこで問題が発生する。
マユが自分も行くと言い出したのだ。
確かにマユの乗るシェンウーには飛行能力はあるがそれは限定的なもので、遠距離を飛べるものでは無い。
ニュートロン・ジャマー・キャンセラーがついた機体なら兎も角、長時間の飛行はできないのだ。
それにシェンウーがもっとも能力を発揮できるのは、シンが乗るアストレイ・シルバーフレームと合体した状態に設計されている。
そう説明されてもマユは納得しない。
ニコル一人を死地に送り出せないのだ。
いくら理詰めで説得しても九歳の少女の感情には勝てない。
「マユちゃん。マユちゃんにはオーブを守るっていう大切な役目があるのよ。それにこれは遊びじゃないのよ」
「そうだぞマユ。ニコルがその…心配なのはわかるけど、マユがいつまでも言う事聞かないとみんな困るんだ」
ラミアス艦長とシンが説得しても聞き入れない。
やはり理詰めでは無理らしい。
「仕方ないわね。ニコル君、古典的かつ恥ずかしい手段でお願い」
「……やるんですか?」
「や・る・の」
ラミアス艦長に威圧されてニコルはマユの身長に合わせて膝を曲げ身を屈んでマユに囁く。
ニコルの瞳に真っすぐ見つめられて涙で濡れたマユの瞳が見開かれる。
「マユちゃん。僕は死にに行くんじゃないんです。必ず帰ってきます」
「そんなのわからないじゃないですか」
「大丈夫。僕がマユちゃんを残して死ぬ訳ないじゃないですか。だから僕が帰ってくる家、オーブを守っていてくれませんか?」
そう言ってニコルはマユを優しく抱きしめて背中を撫でる。
まだ小さな女の子に戦えとか酷だなとニコルは思っていた。
「わかりました。マユはオーブを守ります。でも一つだけお願いがあります」
「なんですか?」
「キスしてください」
「わかりました」
そう言ってニコルは皆の目の前でマユにキスをする。
公衆の面前でニコルとマユのキスを見せ付けられたシンはがっくりとうなだれた。
いつかは来るだろうと思っていた妹の恋路。
その時の覚悟はしていたが早すぎる。
「マユが寝取られた」
キラとアスランはうなだれたシンの様子に、早くシンにも恋人が出来るといいなと優しく見つめるのだった。
その光景を見てラミアス艦長は頷いた。
「それじゃブリーフィングを始めるわよ」
ラミアス艦長の立案だとこうだ。
ニコルが前回やったようにリジェネレイトがミラージュコロイドを展開して高空から自由落下を行う。
狙うは地球連合太平洋艦隊の旗艦パウエル。
パウエルをリジェネレイトの奇襲で撃沈後、リジェネレイトは敵艦隊の真ん中で暴れまわる。
奇襲に気が付いた敵艦隊が乱れた隙にアークエンジェルが突入。
キラのフリーダムとアスランのジャスティスがニコルのリジェネレイトと合流して、敵新型MSと戦い撃破する。
その後、旗艦を失い混乱する艦隊を攻撃し可能なら三割以上の損害を与えたのち帰投する。
実に単純だが普通に攻撃しては前回と同じくストライクダガーの防御網にひっかかってしまい取り逃がす恐れがある。
マユにはああいったがニコルの帰還率は高くない。
キラとアスランが駆け付けるまで、最悪敵の新型MS三機と残りの艦隊を一人で相手にしないといけない。
リジェネレイトが強力な機体で優秀なパイロットのニコルでも負担は大きい。
「最後に聞くわ。ニコル君本当にこれでいいのね?」
「はい。敵旗艦を逃す訳にはいきません」
ラミアス艦長も最初からこんな過酷な作戦を立案した訳ではなかったが、敵が油断しているのは今しかない。
必ず敵旗艦を沈めておかないと、近日中に大攻勢をしかけてくるのは目に見えている。
ニコルの言葉にラミアス艦長はマユの事を想わずにはいられない。
こんな作戦だと知ったらマユは絶対に反対しただろう。
◆◆◆
作戦は開始された。
ニュートロンジャマーで通信も索敵も不安定な状態を利用してニコルのリジェネレイトがミラージュコロイドを展開して高空まで上昇する。
その後スラスターを停止して自由落下する。
宇宙空間なら慣性で操作できるが地球ではそれは出来ない。
ニコルは高空から進路を徐々に地球連合太平洋艦隊の旗艦パウエルへと向けた。
深呼吸してニコルは旗艦パウエルをロングビームライフルで狙う。
これから惨劇の幕が開かれる。
その頃旗艦パウエルのパイロット控室で金髪長身のオルガはソファに寝転がり小説を読んでいた。
空から殺意が落下してくる気配を感じたオルガはパイロット控室の天井を見た。
ゲーム機に夢中になっていた赤毛のクロトも天井を見上げ、アイマスクをしてハードロックを聞いていた緑髪のシャニもアイマスクを外した。
その瞬間。
上空から放たれたリジェネレイトのロングビームがパウエルへ吸い込まれる。
そしてパウエルが大爆発した。
艦橋で優雅に紅茶を飲んでいたムルタ・アズラエルは激しい衝動にティーカップを取り落として床に叩きつけられる。
「何事だ!?」
そう叫んだアズラエルは驚愕に瞳を見開く。
突然目の前に黒と紫色のMSリジェネレイトが出現したのだ。
間髪入れず放たれたビームが艦橋を貫く。
アズラエルは運よく衝撃で海に投げ出されたが、あの様子では艦隊司令ダーレス提督と幕僚は全滅だろう。
特別に作らせたスーツは海水に濡れ、投げ出されたショックでアズラエルは身動きが取れない。
溺れながらアズラエルは叫んだ。
「誰か!!誰か僕を助けろ!!」
ニコルはアズラエルに気が付かず艦隊の真ん中でロングビームライフル片手に暴れまわる。
慌てて発艦しようとしていたストライク・ダガーを搭載母艦ごとビームで撃沈した。
キラとアスランが来てくれるまで持ちこたえなくてはならない。
敵の注意を引くためにニコルは派手にビームを撃ちまくった。
パイロット控室にいた三人も床に叩きつけられた。
部屋の外を見ると自分たちを散々実験動物扱いしてくれた白衣の技術者達が倒れ血を流し絶命している。
『総員退艦。総員退艦』
艦内が警報音で満たされ自分たちが奇襲されたのだと知る。
このまま艦内にいては一緒に沈められるだろう。
「こりゃやばいぜ」
「でもこの部屋から出たら薬貰えないぜ」
「そんな事を言ってる場合かよ」
三人が逃げようとした時、シャニがガラスのアンプルを見つけた。
いつも飲んでいる薬だ。
よく見るとその薬が大量に入った箱が転がっている。
三人は歓喜してその箱を拾い集める。
「これだけあれば、当分もつぜ」
「あの痛みから開放されるよな」
「悪いが貰っていくぜ」
三人は技術者の死体に目もくれずMS格納庫へ向かう。
艦内の振動は激しさを増し今にも沈みそうだ。
「おいどうする?このまま逃げるか?」
「馬鹿かお前。いくら薬が手に入ったからってすぐに無くなるじゃねえか」
「まったくうぜー」
三人が逃げても薬がなければ生き延びる事は出来ないという事実に諦めかけたころクロトが言った。
「なあ、この薬コーディネイターなら作れるんじゃないか?」
三人は顔を見合わせた。
クロトの言う事はもっともだ。
薬をくれるならナチュラルでもコーディネイターでも変わらない。
鎖に繋がれた獣は初めて自分の意思で動きだした。