【完結】僕のピアノよCEに響け。逆行したニコルが絶望と悲しみの世界をやりなおします。 作:屠龍
第89話 巣立ち
人は自分の理解できる範囲でしか物事を考える事はできない。
パトリック・ザラという人物はけして愚かではない。
だが彼の思考の外を知っている人物を許せるほどの寛容さを、もはや持ち合わせていなかった。
彼の人生はナチュラルを憎む為に形成されたと言ってもいい。
だからそれ以外の思考を持つ者。
憎いナチュラルとの共存を望む者を理解できない。
妻のレノアがナチュラルに理解を示していた時はこれほど差別的では無かった。
だが愛する妻を奪われたその日から、パトリックにとってナチュラルは滅ぼすべき相手に変わってしまった。
ナチュラルとの和平を叫ぶ輩には、今戦っている戦争が優性種コーディネイターが下等なナチュラルを滅ぼす正義の戦いだと理解できないのだろう。
ましてそれが愛する妻との間に生まれた息子が自分に否定的な思想を抱いて戻るなど理解の範囲外だ。
息子はパトリックが作った巣から飛び立とうとしていた。
兵士を下がらせたあと、出頭した息子にパトリックは厳しい口調で詰問する。
「フリーダムとリジェネレイトはどうした?私はフリーダムとリジェネレイトの奪取、または破壊を命令したはずだ。ジャスティスはどうした!?」
それに対する答えはパトリックの想像を超えるものだった。
てっきりアスランが詫び許しを請うものだと思っていたからだ。
以前のアスランならそうしたはずだ。
「父上はこの戦争の事をどうお考えですか?」
「なんだと?」
クライン派を最高評議会から一掃し、自分に歯向かう者はいない。
残ったのは自分の派閥に残る者、または追随する者しかいない。
その自分によりにもよって息子が質問をする。
理解ができない。
裸の王様と化したパトリックに正面から異論を唱える者などいないはずなのだ。
息子は今までのイエスマンではなくなっていた。
「俺たちはいったいいつまで、戦い続けなければならないんですか?」
「なんだと!?誰に向かって物をいっているかわかっているのだろうな!!そんな事より任務はどうしたのだ!?」
プラント最高権力者、誰もが恐れる自分の言葉に反論など許されない。
ましてそれが自分の息子でもだ。
「俺はどうしても一度、ちゃんと父上にそれをお聞きしたくて、戻りました……」
「アスラン!!貴様!!いい加減にしろ!!何もわからぬ子供が、何を知ったふうな口をきくか!!」
「何もおわかりでは無いのは父上ではありませんか!?アラスカ、パナマ、ビクトリア。撃たれては撃ち返し打ち返してはまた撃たれ、今や戦火は広がるばかりです!!」
「どこでそんな馬鹿な考えを吹き込まれた!?ラクス・クラインにでもたぶらかされたか!?」
パトリックはアスランの言葉に耳を貸そうとはしない。
予想していた事だ。
だがそれでもアスランは父親を信じたかった。
かつての父は厳しくも優しい人であった。
母を心から愛し、自分にも愛情をそそいでくれた筈だった。
なのにこんな───アスランは心の底から悲しくなった。
「そうして力と力でただぶつかりあって、それで本当にこの戦争が終わると───父上は本気でお考えなのですか!?」
「終わるさ!!ナチュラルどもがすべて滅びれば、戦争は終わる!!」
その言葉にアスランは初めて父親の心が冷たく凍り付いているのを感じた。
本当に父はそう信じているのだろうか。
パトリックはアスランの胸元を掴み揺さぶった。
その手を握ってアスランはなおも問いかける。
こんな父親ではなかった。
ナチュラルに否定的ではあったが、けして滅ぼそうなどと言う人では無かった。
でなければ渋々とはいえナチュラルのヤマト家にアスランを預けたりしない。
ナチュラルだという理由で滅ぼすなら、ヤマト夫妻も抹殺するという事だ。
───こんな人では無かった。
「本気で仰ってるんですか?ナチュラルをすべて滅ぼすと?」
「これはそのための戦争だ!!我らはその為に戦っておるのだぞ!!それすら忘れたかお前は!!」
「私には!!私にはナチュラルの恋人がいます!!」
アスランの叫びにパトリックは言葉を失った。
ナチュラルの恋人だと!?
進化した種であるコーディネイターの自分たち。
まして自分の息子にナチュラルの、汚れた低俗の種族の女の恋人だと!?
「貴様!!任務を放棄したばかりか、地球に女を漁りに行っていたのか!!」
「違います!!ナチュラルを全て滅ぼせばいいという父上と私は違います!!ナチュラルにも素晴らしい人々がいるんです!!私の恋人も!!彼女の父上も!!自分たちの国を守ろうとして散った人々も!!立派で尊敬に値するナチュラルだって沢山いるんです!!」
アスランにはナチュラルの友人たちがいる。
尊敬に値する人々がいる。
愛するカガリがいる。
困難に立ち向かい国を守ったウズミや死んでいったオーブの軍人たち。
懸命に生きようとしているオーブの人たち。
ナチュラルだとかコーディネイターだとか関係ない。
皆同じ人間だ。
それを知ってしまったアスランは父親の呪縛から飛び立とうとしていた。
パトリックはアスランを突き飛ばす。
倒れたアスランにパトリックはデスクから取り出した拳銃をアスランに突き付ける。
「父上……」
「この愚か者が!!下らぬ事を言っていないで答えろ!!ジャスティスとフリーダムとリジェネレイトはどこだ!?答えぬというなら、お前も反逆者としてとらえるぞ!!」
もはや目の前の男は父親ではなくなっていた。
パトリックとて最初からこんな人物ではなかった。
ナチュラルの差別と偏見に対しL5コロニーを建設し、プラントの貿易自主権と食料生産の自由を訴え、その度に地球に住むナチュラルに拒否された。
軍事力が無いゆえにナチュラルの風下に立たされた結果、自衛組織を持とうとしたプラントに対し地球連合は宇宙に基地を建設し艦隊を駐留させた。
プラントのエネルギー生産部門がブルーコスモスのテロで破壊され、深刻なエネルギー不足に陥った時、犯人の引き渡しさえ冷笑で返された。
南アメリカから合法的に輸入された食料輸送船を地球連合が撃沈し、数百人のコーディネイターが犠牲になったときも耐えた。
もはやこれまで。
武器無き対話など意味が無いと悟り自治組織をザフトに再編成し交渉を重ねた。
最後のチャンスである月面での国連事務総長の会議がブルーコスモスのテロで失敗し、偶然難を逃れたシーゲル・クライン以外皆殺しにされた。
ブルーコスモスのテロの名を借りた地球に住むナチュラルの手で、シーゲルとパトリックの共存政策は全て否定されたのだ。
耐えに耐えたパトリックはもはやナチュラルとの交渉は不可能だと悟った。
そして一発の核ミサイルがコロニーと愛する妻を奪った時、もはや躊躇する事はなかった。
ナチュラルの絶滅こそがコーディネイターがこの宇宙に生きる唯一種として君臨する唯一の道だというパトリックの主張には理由がある。
長い忍従の果てに歪んでしまったのだ。
アスランは思う。
父のいう通り、本当にナチュラルを全て滅ぼせば戦争は終わるのか?
だがそれを信じて戦い続けても、その先に何があるのか? それがわからないからアスランは父に自分の考えを伝えに来た。
父はわかってくれるはずだと信じていたからだ。
だが父はわかってくれなかった。
「アスラン!!答えろ!!」
パトリックの最後の警告に無言で睨みつけるアスランに向けて、パトリックは発砲した。
銃弾はアスランの腕を掠める。
もう対話は通用しない。
「父上!!」
アスランは怯まずパトリックに殴り掛かろうとする。
だがその拳はパトリックに届く事は無かった。
銃声を聞きつけた警備の兵士が駆け付け、アスランを拘束したからだ。
「殺すな!!これにはまだ訊かねばならぬ事がある!!」
これ。
アスランは物と同じ価値しかない。
もはや自分はこの男の駒の一つにすぎないのだとアスランは悟った。
「連れていけ!!ジャスティスとフリーダムとリジェネレイトの所在を吐かせるのだ!!多少手荒でもかまわん!!」
床に幼い自分と母レノア・ザラの写真立てが転がっていた。
割れたガラスが自分と父親の関係が砕け散った事のように見えた。
兵士たちに引っ立てられ連行されるアスランに父親の冷たい声が投げかけられた。
「見損なったぞアスラン!!」
「……俺もです」
親子の対立は避けられない運命だった。
ナチュラルに恨みを持つ世代と、ナチュラルとの共存を望む世代。
アスラン達若い世代は過去に囚われたりしない。
だから共存という考えに至る。
パトリックとアスランの決別は、ナチュラルへの憎しみという巣にしがみつく親鳥と、古い巣を捨てナチュラルとの共存を望む雛鳥の決別を表していた。