【完結】僕のピアノよCEに響け。逆行したニコルが絶望と悲しみの世界をやりなおします。 作:屠龍
第90話 愛しい人。
その頃クサナギの艦長席の後ろではカガリが不安げにモニターを見つめていた。
クサナギの艦長席はモビルスーツ射出デッキと直結しており、艦外の様子をダイレクトに見る事が出来る。
アスランが父パトリックを説得しに行った事で和平への道筋が開くとは思うが、やはり心配だ。
だがカガリにはどうする事も出来ない。
その様子を見て艦長代理のキサカがカガリに声をかける。
「カガリ。少し休憩してきたらどうだ」
「いや私がいないと困るだろう」
「そんなに落ち着きが無くては周りが困惑する。何かあったら呼ぶから少し休憩してこい」
「……わかった。少し休憩してくる」
そう言ってカガリは艦橋から出ていく。
その様子を見てキサカはため息をつく。
強がっていてもまだ十六歳の少女なのだ。
オーブ防衛戦で一流の将だという実績をあげたが、恋人の身を案じるのは当然だ。
自分にも覚えがあるので強くは言えない。
アスランとカガリの若い二人を祝福する気持ちに偽りが無いが、自分も年をとったものだと思う。
インフルエンザの流行とそれに伴う混乱で恋人を亡くしたキサカも当時は泣き喚くしかできなかった。
この戦争がアスランとカガリを引き離さない事をキサカは切に願っていた。
◆◆◆
クサナギのパイロットルームでは宇宙空間に慣れていないアサギ、ジュリ、マユラ、シン、マユ、ムウ、フレイ、トールがニコルから指導を受けていた。
ささやかな時間は訓練を行わないといけないからだ。
ニコルの指導は易しく丁寧で皆の欠点だけを見ず助言するという方法だ。
その目は厳しいがいきなり宇宙での戦闘をやれと言われても無理だ。
厳しく指導する以前の問題なのだ。
休憩をいれての指導はニコルが教官向きだと皆に思われるのに十分だった。
一旦解散したあと、ニコルはパイロットルームから食堂へと移動する。
ニコルが好きになったオーブの果物ジュースを飲みに来たのだ。
そこにカガリがやってきた。
「カガリも休憩ですか?」
「ああ、キサカに追い出された」
余程カガリがそわそわしていたのだろうなとニコルは察する。
自分もマユが同じ立場だったら冷静でいられないだろう。
カガリはニコルの向かいに座る。
そしてジュースを一口飲むと、少し落ち着いたのか口を開いた。
その目はどこか遠くを見ているようだ。
「アスランなら大丈夫ですよ」
それは根拠がない言葉だったが、アスランならなんとかするだろうという信頼もあった。
アスランは士官学校では射撃でイザークに負けた以外、全てで一位を取った優秀な人なのだから。
ちなみにニコルは爆発物関係は一位で射撃やMS操縦は全て三位だった。
「そうだな。それにハウメアの守り石を持っているからな」
「ハウメアの守り石?」
「ああ。お守りの効果がある石だ。ニコルはマユから貰っていないのか?」
「いえ、まだ貰っていません」
「そうか。マユはまだニコルに渡せないでいるんだな」
そう言ってカガリは意味深に頷いた。
なにか特別な意味があるのだろうか?
ニコルはマユから貰ったらどんな意味があるのかを聞いていいのかと迷う。
お守りは気持ちしだいだと言うし。
「やっぱり僕も行ったほうが良かったですか?」
ニコルもアスランの護衛に向かいたかったが、他ならぬカガリに止められたのだ。
アスランの出迎えにはキラがいるし、クサナギとアークエンジェルのMS隊の訓練もして欲しいという。
確かにその事も重要だったし時間は惜しい。
だが目の前で心配に震えるカガリを見ていると、自分もアスランと同じくプラントに潜入して、場合によっては実力でアスランを連れ帰るという選択肢もあったと思う。
アスランほどではないがニコルも荒事はできる。
「いや、私が止めてもアスランは聞いてはくれなかっただろうし。アスランの好きなようにさせてやりたい」
そういうカガリの横顔はとても辛そうで見て居られない。
今にも泣き出しそうだ。
人を愛するとはこういう事なのだろうか。
積極的で活発なカガリだから自分が助けに行くといいだしかねない。
その言葉をぐっと我慢している。
「アスランは強いです。きっと無事に帰ってきますよ」
ニコルはカガリを元気付けようと言葉をかける。
だがその言葉とは裏腹に、不安な気持ちは拭えない。
もし万が一の事があったらと思うとニコルも気が気でないからだ。
「なあ、アスランって士官学校でどんな奴だったんだ?」
カガリが滅入りそうな気持ちを紛らわそうとアスランの過去を聞いてくる。
その意図に気が付いたニコルはカガリを慰める為に思い出話を語る事にした。
アスランはニコルにとって大切な親友で、親友の恋人のカガリの気が楽になるならなんでもやる。
「とても優しくて強くてモテましたよ」
「そうだよな。あいつモテるよな。うんうん」
いやそこで疑問に思ったり嫉妬しないんですかカガリさん?
嫉妬はしているのだろうけど、それよりアスランがモテるというのが嬉しいらしい。
これが正妻の余裕か。
実際はラクス様と婚約者だったから誰も告白とかはしなかったし、アスラン自身も異性に興味がなさそうに見えたから甘い話にはならなかったけど。
「モテましたけどラクス様っていう高嶺の花の婚約者がいたので、みんな尻込みしてしまったので色恋の話にはなりませんでした」
「ニコルはモテなかったのか?」
何かこっちに流れ弾が飛んできました。
「僕はいつもアスランの隣にいる弟みたいな扱いだと思われてたんだと思います。だからそういう話はありませんでした」
「そっか、意外とみんな男を見る目が無いんだな」
いやプラントにもカガリさんくらい包容力があって強さと優しさを兼ね備えてた人もいるとはおもいますが。
残念ながらアスランを射止める様な女性は士官学校にはいませんでした。
アスランからカガリとの馴れ初めをそれと無く聞いてみたが、奇跡的な出会いだったようだ。
どちらかが少しタイミングずれしたら永遠に出会わなかっただろう。
運命の出会いというのはあるのかもしれない。
「アスランは誠実ですからカガリ以外を見るなんて無いと思います。安心してください」
「そっか、安心した……っておい!!そんな事しれっというな!!」
「あはは」
アスランはカガリ一筋ですから。
ニコルは心の中で呟くがわざわざ言わなくても通じ合っているだろう。
そしてそれからもニコルとカガリの会話はしばらく続いた。
話しているうちにカガリの気持ちも少し落ち着いたようだ。
「ありがとうなニコル」
「いえ気にしないでください。僕も楽しかったです」
「お前本当にいい奴だよな」
「恐縮です」
「ニコルはマユと今後どうするつもりなんだ。お互いが思い合っているとはいえ、マユは九歳だしこれから他の出会いがあるかもしれないぞ」
それはニコルも覚悟をしている。
今は想いあっていても、これからもそうとは限らない。
マユはまだ若い、というか幼い。
大人の六歳差は小さいが、子供の六歳差は圧倒的に大きい。
マユは今でも可愛いし、間違いなく美人になるだろう。
きっとマユを好きになる男の子は多い筈だ。
「僕はマユちゃんを愛し続けます。もしマユちゃんに他に好きな子が出来たとしても。その時は」
「その時は?」
「……マユちゃんの幸せを第一に考えます」
ニコルの言葉にカガリは盛大にため息をついた。
心底呆れたようだ。
「そこは相手がだれだろうとマユは自分のものだっていう所だろ?お前物わかりがよすぎるぞ。もっと欲だせ欲を」
「そういうものでしょうか?」
「そういうものだ」
そういってカガリが楽しそうに笑う。
カガリならアスランが目移りしそうなら首根っこ掴んで自分の方へ引きずっていくんだろうなとニコルは思う。
アスランみたいに頭で先に考える人にカガリはぴったりなのかもしれない。
二人が笑いあうと艦橋のキサカから連絡が入る。
「二人とも艦橋へ上がってきてくれ。アスランが帰還した。プラントの歌姫と戦艦一隻付きでだ」
何があったのかわからないが、カガリとニコルは艦橋へと走っていった。