【完結】僕のピアノよCEに響け。逆行したニコルが絶望と悲しみの世界をやりなおします。 作:屠龍
第93話 最新鋭艦ドミニオン
アークエンジェル級強襲機動特装艦・二番艦 ドミニオン
長い艦名の最新鋭戦艦の艦橋でクルー皆から疎ましく思われている男、ムルタ・アズラエルがオブザーバー席で紅茶を飲んでいた。
ムルタ・アズラエルは自分の金髪を弄りながら呟く。
「ン~これはにおいますねえ」
それを無視して前方の宙域を見るアリス・ハルバートン少佐。
現在十六歳の彼女は端正な人形のような顔立ちの美少女で、祖父ハルバートン提督ゆずりの茶髪をポニーテールにして腰まで伸ばしている。
彼女はコーディネイターではないが天才で、飛び級で士官学校を卒業し艦長を務めていた。
有能優秀である彼女にも欠点がある。
口が悪い。
「屁でもこきましたか?」
抑揚のない声でアリスがアズラエルに答えるとアズラエルは明らかに気分を害した。
「君ね。レディがそんな事を言ってはいけないよ」
「冗談です」
アズラエルの方を振り向きもせず前方を見据えるアリス。
その表情からは感情を読み取れない。
そんなアリスの様子に慣れたアズラエルは呆れたような諦めたような笑みを浮かべた後、指で宙域図をしめした
「まあいい。我々はL4コロニーへ向かうぞ」
アズラエルが勝手な事を言うのでいちいち相手にするのも馬鹿らしいのだろう。
アリスはまばたきする瞬間で思考し答えた。
「アズラエル理事。いちど脳の検査をお勧めします」
「無謀だというのか?」
「それ以外の意味に聞こえましたか?」
アズラエルが乗艦してからずっとこうだ。
傍から見てもアリス艦長とアズラエルの仲が悪い。
そもそも軍艦にオブザーバーという名前で勝手に民間人が乗り込んで、しかも勝手に現場指揮にまで口を挟むのを歓迎する者はいないだろう。
くわえてアリス・ハルバートンという少女はナチュラルであるのに、その才能と優秀さでコーディネイター以上に疎まれ妬まれた。
その根源のブルーコスモスの盟主が隣にいるのだから機嫌がよい訳が無い。
加えてアズラエルが連れて来たオルガ・サブナックとクロト・ブエルとシャニ・アンドラスに対するアズラエルの扱いも気に入らなかった。
まるで実験動物のように扱い、薬で言う事を聞かせる。
そのような非人道的な行為を許せるほどアリスは冷酷では無かった。
人情味のある紳士だった祖父ハルバートン提督もあの世で喜んでいるだろう。
『薬切れ前に必ず三名に薬を投与してください。戦力の維持に必要です。この条件が飲めないなら乗艦を許可しません』
そう言ってアズラエルに薬の定期的投与を約束させた。
また三名をちゃんと名前と階級で呼び、部品扱いしない。
それがアズラエルの癪に障ったので険悪な関係になる。
「何故無謀だと思うんだ?」
「説明しないとわかりませんか?」
「わからないな」
「第七艦隊先遣隊はネルソン級戦艦三隻、ドレイク級宇宙護衛艦六隻にストライクダガー六十機で構成されていました。当艦にその能力はありません」
「あのね。君が可愛がってる三人はそれ以上の戦力なの、何度言わせればわかるかな」
「可愛がってはいません。人道と人権に配慮しているだけです」
「あーもうっ!!兎に角君は僕の命令を聞けばいいんだよ!!」
アズラエルには軍の上層部から特に配慮するようにと言われている。
アリスは渋々したがう。
「あ~ウザッ」
「君、何か言った?」
「何も言っていません。ドミニオン転進取り舵20、最大船速。目標L4コロニー群。到達と同時に第二戦闘配置。それまで交代で休息を取るように」
そう言ってアリスは軽く伸びをした。
アズラエルの相手は疲れる。
経済の専門家なのは認めるので大人しく経済分野だけを見て欲しい。
コーディネイターに敵愾心を燃やしているのか、軍事にも明るいという事にしたいのだろう。
迷惑この上ない。
アリスはアズラエルが幼少時にコーディネイターとひと悶着あった事などしらないが、異常な執着を持っている事を察していた。
そもそもアリスはブルーコスモスという組織自体が気に入らない。
ナチュラル対コーディネイターという図式にあてはめて対立を煽っているが、要は他人の名声や能力に嫉妬し羨望し陥れようという事ではないか。
コーディネイターがいなくなれば間違いなくナチュラル同士の殺し合いを始めるだろう。
本家ブルーコスモスVS元祖ブルーコスモスというところか。
アリスは自分自身に能力があるゆえに幼少からいわれなき差別や偏見に苦しんできた。
生粋のナチュラルなのにコーディネイター扱いされた事も多々ある。
アリスがナチュラルだと知れるとますます嫌がらせは酷くなった。
相手がコーディネイターなら諦めもつくが、同じナチュラルだと嫉妬も強くなるらしい。
アリス自身はコーディネイターの存在を悪だとは思っていない。
誰かより優れた知能や身体を求めるのは当然だし、それは生物として当たり前の欲求だ。
能力があるから幸せだ、という意見にアリスは明確にNOと言えるが殆どの人はそうではない。
能力があるのは幸せである。
だから子供を優秀な人間にしたい。
必要なのは能力ではなく精神だというのに。
祖父の愛情に包まれて育ったアリスにとって、自分が必要なのは何なのか。
アリスは感情の表現や人との接し方が下手だと自覚しているので、努めてそこを直そうと努力はしている。
毎晩寝る前に鏡を見ながら笑顔の練習をしているのは最高機密だ。
また祖父のようになりたいという理由で部下に接する時も気を使っている。
アリスは知らないが、周りのクルーはそんな不器用な艦長を微笑ましく見守っている。
相手が一六歳の美少女で不器用なりに努力しているとなれば、クルーも親目線で応援したくもなる。
アリスは自分で思っているよりクルーからの信頼は篤い。
だがアズラエルは違う。
彼はコーディネイターを人とは思わないし、オルガ達も道具か実験動物としか思っていない。
アリスの事もただの駒としてしか見ていないのだ。
そんな相手に信頼など置ける筈がない。
最初から相性は最悪だった。
ドミニオンには六隻のドレイク級宇宙護衛艦と二十四機のストライクダガーがつけられる予定だった。
流石にアズラエルに何もつけない訳にはいかないと判断したのだろう。
だがアリスはそれを断る。
アリスは、緊急事態になればドミニオンだけなら逃げられる自信があったのだ。
護衛艦とストライクダガーは足手まといにしかならない。
アリスはオルガ達が十分優秀なパイロットである事を理解していた。
兵器ではない、パイロットとして。
自分で思っているよりアリスは人情家だった。
アズラエルの事は嫌いでも、オルガ達は別だ。
この艦にはクルーも乗っているし、何より艦長としての責任がある。
必要があれば逃げるのも気にしない。
その事をアズラエルは理解していないらしい。
前進すれば勝利し、後退すれば敗北するとでも思っているのだろうか?
アリスにとって問題なのは前面の敵より、隣の席に座っているアズラエルだ。
いっそ彼の部屋の空気を抜いて不幸な事故死して貰おうか、などと冗談で考える始末だ。
ドミニオンが追跡しているアークエンジェルは祖父が命と引き換えに守り抜いた艦だ。
艦長のマリュー・ラミアスとも面識がある。
優秀な技術将校だった。
副官のナタル・バジルールとは同期で競い合った仲だ。
つまりこれから戦うのは元友軍であり知人という事だ。
心底バカバカしいが仕方がない。
マリューたちは反逆者なのだから。
L4コロニー群に侵入してすぐにアリスは第二戦闘配備に警戒レベルを上げた。
オルガ達もパイロットスーツに着替える。
アリスはパイロットルームに通話をいれると、パイロットルームのスクリーンにアリスの顔が映し出される。
「サブナック少尉、ブエル少尉、アンドラス少尉」
呼ばれたオルガとクロトとシャニが面倒くさそうに返事をする。
「あ?」
「なんだよ」
「………」
アリスはいつもの抑揚のない声で話す。
「気を付けて。無事の帰還を祈ります」
アリスの言葉に三人は一瞬唖然とした。
人間扱いされたと気が付くのに数秒の時間がかかる。
「言われるまでもねえよ」
「当たり前だろ馬~鹿」
「……へっ」
直後ドミニオン艦内に敵艦発見の報告が入る。
『敵艦補足。位置は11時方向。アークエンジェル、オーブ艦、所属不明艦の三隻です』
アリスは艦長席で顔色一つ変えず命令を発する。
「直ちに第二から第一戦闘配置に移行。MS隊発進後、対艦対MS戦闘用意。イーゲルシュテルン起動。アンチビーム爆雷。スレッジハマー一番から二十四番まで装填。ヘルダート諸元入力。ゴットフリート、バリアント照準、目標アークエンジェル」
一通りの命令を発したあと、アリスは緊張する姿をクルーに気取られないように努めて冷静な演技をした。
相手はあの百戦錬磨のアークエンジェルなのだ。
緊張しないほうがおかしい。
「ではみなさん。お仕事の時間です」
ドミニオンのカタパルトが開きカラミティ、レイダー、フォビドゥンの三機が発艦する。
同時に全武装が発射体制を整え進路をアークエンジェルに取る。
これはアークエンジェルから先手を取った数少ない艦の初陣だった。