環境庁神祇部封印執行課。それは境界対策課の裏で活躍する、もう一つの境界異常対策組織である。

 タクティカル祓魔師診断における封印執行について、勝手に設定を練り作りました。あくまで二次創作であるため、封印執行については各カノンに準拠してください。

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封印執行案件【黒水泥】

 

 環境庁神祇部封印執行課。

 神祇部内における課の一つ。

 その規模は人員80名程度と少なく、組織図の中では境界対策課と同列でありながら、狭き門を潜り抜けた彼らは所謂エリートのように扱われることもしばしば。

 

 実際、彼らが少数精鋭であることは間違いない。

 祓魔師として必要な幾つかの項目に加え、精神安定度や膨大な量を必要とされる知識もテストを受け、それら全てを潜り抜けてこの職に配置される。

 故に職員の質は必然的に高く、年齢層も境界対策課に比べて安定している。

 

 そんな彼らの業務は封印執行課の名の通り、封印を行うこと。

 現代では祓滅手段の確立されていない特殊な界異や呪物をその地で封印、管理を行うことが使命である。

 封印を行う執行室、封印を維持する維持室、封印にまつわる諸事を管理する管理室。三位一体より成る神祇部もう一つの公的祓魔機関である。

 

 これはそんな彼らの活動の一幕。

 封印指定界異【黒水泥】への対処記録である。

 

 □

 

 対処記録204■年12月9日PM8:23

 岡山県◯◯市◯◯町

 対処職員:執行室第三班

 

 師走の風が寂れた廃寺に吹く。

 巷はクリスマスシーズンに賑わう頃。ここはそんな人々の喧騒とは全くの無縁。人々に忘れ去られた場所だ。

 かつて災害によって町との間の道を絶たれて久しく、この寺は誰にも思われずここで在り続けた。

 神祇部主導で行われた各地の寺社の保護保全活動からも漏れてしまっては、もうどうしようもなかった。

 

 このまま寺は朽ち果て、祀られたモノの最期の念は何処かで人々に大小関係なく何らかの災いをもたらす。だが進み過ぎた技術の進歩によって、それすらもなかったことになる定めだろう。

 

 そんな寺に数世紀ぶりに足を踏み入れる存在があった。

 

「こんなところに……」

「春日くん、冬天くん、二人は名取さんからお話を聞いてください。私と初目くんは封印の手筈を整えます」

「か、かしこまりました!」

「承知しました」

 

 黒い制服に身を包んだ男女と老人。

 彼らは環境庁神祇部封印執行課の実働部隊である執行室第三班に所属する職員達、そして彼らを呼んだ人間だ。

 

 班長である壮年の痩せた男の指示を受けて、二人の男女の職員が名取と呼ばれた老女を守るように配置する。

 男は春日雷(かすが・らい)、眼鏡をかけた優しそうな顔立ちの長身の青年。女は冬天月(ふゆぞら・ゆえ)、豊満な身体をした鉄面皮の妙齢の女。

 今年の半ば、人員の欠けた第三班に維持室より転属した新人達だ。

 そんな二人に守られていることなど知らぬ存ぜぬと名取は曲がった腰を震わせながら、寺の方へと歩み出す。

 

「ぉ、ぉぉ、ここだよ……わたしの夢に出てきたんだ……ここが……!」

「確か、名取さんの家は昔ここの管理をしてらしたんですよね?」

「もう、ずぅっと昔のこと、私の爺さんも婆さんも生まれてなかった頃の話だよぉ」

「……管理室の雅市さんからも確認は取れています」

 

 この名取老婆の家は古くは、目の前の寺を管理していた僧侶の家。

 その裏付けが取れたのは半ば奇跡と言っても良い。彼女が今回の件──夢の中でこの寺に招かれた、と名乗り出てこなければ、この寺は本当に誰にも知られることなく朽ち果てていただろう。所以もわからず、調べようもなく、後に高等級の境界異常案件として境界対策課の業務が増えていたことは間違いがない。

 彼女が夢を見たこと、神祇部に直接手紙を送って連絡をしてきたこと、その手紙を封印執行課長の御堂丸がたまたま確認したこと。それらが重なって、こうして封印執行課が手遅れになる前に出張ってきたのだ。

 

「ああ、仏様……」

「っ、みだりに触ってはダメです!」

「わたしの一族が放り出してしもた仏様が苦しんどるんです! 助けなくては、子や孫にも祟りがっ! ああ、祟りが!!」

 

 名取が閉ざされた木戸に触れる。冬天が注意するも既に遅い。

 半狂乱した名取が、木戸を勢いよく開いたその時であった。

 

「これはッ!?」

 

 

『──■■■ッ!!!』

 

 

 仏の叫びなど聞く機会はそうそうないだろう。怨嗟を伴っていればそれはもはや仏ではないかもしれないが。

 

 瞬間、地響。

 

 寺の屋根を突き破って、()()()()()が現れる。

 腐った木片、砂利、そして穢れを散らしながらソレは立ち上がった。

 

「だ、()()っ!? うわぁっ!?」

「ひぃいっ!?」

「春日さん、名取さん……!?」

 

 春日が驚きの声を上げる。

 その視線の先には、全身を黒い藻のようなヘドロのようなものに纏わりつかれた全長六メートル程度の大仏の姿。

 足元で立ち尽くす春日と名取へと、大仏はその腕を振り下ろす。

 派手に砂利と岩を吹き飛ばしながら、砂煙が上がった。

 

「春日くん、名取さんを安全な所へ。その後加勢してください」

「は、班長! ありがとうございます!」

 

 砂煙が晴れて、そこにはクレーターのように大きく抉れた後。しかし二人の姿は泣く。

 少し離れた所、そこに春日と名取の二人を脇に抱えた長身の男。第三班班長、今吉谷陣駒(いまよしたに・じんく)

 老婆を連れてその場を離れる春日を見送って、今吉谷は大仏を警戒しながら冬天の方へと視線を送る。

 

「遅かったですか」

「申し訳ありません、班長」

「いや、問題はありません。名取さんがこの場に来ていた時点で、起きていたことでしょう」

 

 冬天をフォローする、という風でもなく。ただそうであると言うだけ、今吉谷は聖化鋼で造られた槍を構えて大仏と対峙する。

 冬天もまた自身に与えられた適性武装、指定妖刀として扱われる刀剣の一振り【鬼打参型】を抜き放ち、正眼の構えで大仏を見上げた。

 

「対象を三号級界異【黒水泥】と識別。十二月九日、午後八時四十三分、封印を執行します」

 

 腕時計が示す時刻を読み上げながら今吉谷はそう告げるや否や、槍を携え姿勢を低く、掻き消えるようにその場から跳んだ。

 

 反閇歩法。祓魔師が扱う身体強化の祓魔術。

 人外が基本である界異達に、人が人のままその膂力を追い付かせる最短距離の術式。

 

「【高天突き】!」

 

 大仏の頭部より上、瞬く間に飛び上がった今吉谷は頭部へ向けて神速の六連槍撃を見舞う。

 反閇歩法を用いた高速戦闘の為に改良されたタクティカル種田流、その使い手である今吉谷は境界対策課前線部隊の班長にも劣らぬ実力者であった。

 そんな彼の戦闘を見上げながら、冬天もまた鬼打の束縛を解きその力を刀身に引き出す。

 

「てやぁー!!」

『■!』

 

 気合い一声、振り下ろし。鬼の加護を纏い、その刀身を引き延ばした斬撃が大仏の右足へと振るわれる。並の界異なら致命傷だろう威力の一撃だ。

 しかし、冬天のその端正な顔が驚愕に染まる。

 

「っ、()()()()()……!」

 

 効いていない。

 その言葉の通りだ。斬撃を受けた右足は確かに斬られたが、無傷。まるで傷などありえない、とでも言うかのように。

 

「棄てられたとはいえ大仏。仏の加護があるというわけですね」

「祓滅方法は」

「ふむ。【黒水泥】と名付けられたからには理由があります」

 

 足元の煩わしい二人を潰すべく、大仏の巨腕が再び叩き付けられる。

 その大振りな攻撃を避けながら、二人は会話を続ける。

 

「アオミドロ、という微生物を知っていますか?」

「はい」

「あれは要はアオミドロの界異です」

 

 またしても振るわれる腕を回避し、今吉谷が解説を続ける。冬天もまたメモでも取りそうな雰囲気で彼の説明に耳を傾けた。

 

「蓮の華に見立てた大仏を侵食し、大仏が秘める力と意味を引き出す。育てば五号級にも成り得る危険な界異です」

「太郎坊マニュアルには存在しませんでしたが」

「はい。あれに載っているのは三号級までの現在の人類に祓滅が可能なすべての界異。【黒水泥】のような今の我々には封印することしかできない界異は例外です」

「なるほど」

 

 太郎坊マニュアル。

 執行室第一班長兼同室室長を務める渡屋太郎坊、彼が製作した封印執行課職員のためのマニュアル。三号級までの現在国内で確認されているほぼ全ての界異及びその類型に対する対処法が記載されている。

 全千頁余りのこのマニュアルと、さらに分厚い封印儀法大全を完璧に暗記することが執行室所属の祓魔師達に求められる最初の任務でもある。

 

「あの界異は大仏に取り憑き一体化している。冬天さんや私の攻撃は無かったことになった。それは【黒水泥】を攻撃しても変わらない」

「つまり、大仏から【黒水泥】だけを引き剥がすことも?」

「はい、不可能です。だからこそ、封印してしまう他に方法はない」

 

 まだ封印執行課に入って日が浅い冬天は、太郎坊マニュアルこそ丸暗記しているものの、封印儀法大全は読破した程度に過ぎなかった。

 

 そのうち、一人でも封印できるようになってもらいます。そう言って今吉谷は微笑む。

 

「今は冬天くんも春日くんも研修期間のようなもの。私と初目くんを見て学んでください」

「はい。是非もありません」

 

 頷いた冬天に向けて、今度は大きな足が踏み潰さんと迫る。

 それを、向こうに頼れる同僚の姿を見つけた冬天は振り向くことも回避することもなく。

 

「冬天さん!!」

 

 地面が競り上がり、冬天を守る盾となって囲む。

 それは一撃で砕け散ったものの、冬天を守るには完璧な強度、完璧なタイミング。崩れる土盾の中から現れた冬天は無傷である。

 

「春日さん、ありがとうございます」

「はい! じゃなくてちゃんと避けてください!」

 

 駆け付けたのは名取を避難させていた春日。その手には黒不浄製の槌を携え、今吉谷と冬天の二人に並び立つ。

 春日が呑気に礼を言う冬天に苦言を呈すれば、彼女はこてんと首傾げて当たり前のような顔をする。

 

「春日さんが見えたので」

「っ」

 

 そう言われてしまっては春日も弱い。そうして流れ始める少し甘い雰囲気を引き締めるように、今吉谷がパンパンと手を叩いた。

 

「さあ、二人とも。この界異を封印してしまいましょう」

「封印手順は」

「通常規格で問題ありません。初目くんが既に各所に祓串とワイヤーを設置しています。私が封印を施しますので、二人は大仏を引きつけてください」

「かしこまりました!」

「承知しました」

 

 班長の指示に従い、二人が駆け出す。

 迎撃するは青銅の手足。自らの背丈にも迫るほどの剛腕を跳んで身を翻すことで回避しながら、冬天はその豪腕に着地する。

 

「反応、これは頭部から……!」

 

 腕を道に頭部へ向けて駆け出した冬天。彼女を消し飛ばすべく、大仏の口が開き、そこから閃光。

 かちかちと震える鬼打が危険を告げる。しかし冬天は迷うことなく踏み込む。

 

 瞬間、瘴気が高エネルギーのレーザーとなって大仏の口から放たれた。

 

「冬天さん!」

「助かります」

 

 そこに間一髪、冬空を守るように正確な配置で三層の加護防壁が展開。その身を全てガラスのように散らしながらレーザーを相殺する。

 結界や防壁に優れる春日の類稀な辣腕によるサポート。冬天はそれを信じて駆け抜ける。

 

「鬼打!」

 

 指定妖刀鬼打は正に妖刀。

 特に参型に分類されるソレは、使い手の霊体を侵食し一時的に霊体強度に比例した身体強度を使い手に与える。だが長時間の使用は、文字通り使い手の霊体を使い潰すようにぼろぼろにしてしまう。

 

「界異は、根絶やしにします」

 

 自らの家族を奪った界異への憎悪、それだけを胸にアクセルを踏む。

 祓魔立身流、祓之型一番。

 

「【質実合剣】!」

 

 無駄を極限まで削いだ剣術流派、立身流。それの祓魔師の為の派生流派。

 その一番に置かれるのは、界異の穢装による守りという障壁を鞘に見立てた、穢装を滑り本体を直接切り裂く居合。

 

『■■!!』

「あまり意味はありませんか」

 

 しかし大仏は全くの無傷。

 それでも煩わしさに、その意識を冬天達に釘付けにすることには成功していた。

 大仏に取り憑いた界異と言えど、所詮本体は微生物のようなものなのだろう。あまり深く思考することはできないようだ。

 冬天は再び大仏の口からレーザーが放たれるのを待つより早く腕から飛び退いていた。

 

「春日さん、私を飛ばしてください」

「……! わかりました、でも無理はしないでくださいよ!」

「無理かどうかはやってみなければわかりません」

 

 冬天の目配せに意図を悟った春日が、不安になる冬天の返しに冷や汗をかきながら、術を練る。

 それを見て、冬天は再三駆け出した。

 

『■■!』

「あれは」

 

 【黒水泥】にとって軽やかに動き回る冬天はなんとも目障りな存在だった。その後ろで彼女を完璧なタイミングでサポートする春日もまた同様に。

 一撃で消し去ることは難しいだろう。学習した【黒水泥】は単一方向にだけ放っていたレーザーに指向性を与えることに。

 

 それは、レーザーの()()

 

「っ、春日さん、私に構わず!」

 

 数条の細く枝分かれしたレーザー。それらは一撃で冬天を屠ることはできないだろう。しかし、丁寧に冬天の回避先を潰しながら彼女を追い詰めるように迫る。

 冬天はそれを敢えて無視して突っ切った。そんなことをすれば冬天の身体は焼かれる。形代が一枚、二枚、三枚と散る。

 

 構わずに踏み込んで、冬天は到底届かない大仏までの距離を気にすることなく跳んだ。

 

「【加護防壁・翔】!」

 

 その跳躍を見計らって、春日が練り上げた祓魔術が完璧なタイミング、完璧な位置に発動する。

 薄く、面積も足場になるかならないか程度の加護防壁。それが冬天の踏み出す二歩目の脚をピンポイントで支える足場として現れ、防壁が設置された際の反発作用をそのまま推進力にして冬天を推し出す。

 

「らッ、ぁぁああ!!!!」

 

 いつもの物静かな彼女らしくない、大きな気合の声。それと共に放たれる、祓魔立身流祓之形三番。

 

 空間そのものを鞘に見立てて滑り、解き放つ高威力、高衝撃の居合。

 

「【伝光石火】!」

 

 傷を受けぬと言えども衝撃は受ける。再び頭部に直撃した鬼打の一撃は重く響き、大仏を仰け反らせ、その威容を揺らがせる。

 

「春日さん!」

「はい!」

 

 宙でくるりと体勢を整えた冬天。その呼びかけに応じて春日が投げ放ったのは、自らの黒不浄槌。それは柄尻に注連鋼縄(ワイヤー)を結び付けられており、その反対の端は冬天が時間を稼ぐ間に春日が術で生み出した巨岩に埋め込まれている。

 

「大仏様の首を絞める人間など、私くらいのものでしょうね」

 

 槌を受け取った冬天はそのまま宙でくるくると回転し始め、再びの【伝光石火】を今度は虚空に向けて、大仏の首を一周するように放つ。

 

「これで、終わりッ!」

 

 しっかりと大仏の首には注連鋼縄が巻かれており、たったの一周でも千切れることはなさそうだ。

 槌を左手で握り締めた冬天は、右の鬼打を脇の下スレスレまで通して居合のように構えると地面に向けて体勢を変える。

 

「冬天さんを支えろ! 【加護防壁・翔】!」

 

 もう一度、何度でも。冬天を支えるべく、春日の加護防壁が行使される。

 冬天を先のように反発作用で推し出してみせる。

 防壁に迷わず脚を乗せ、全てを委ねて冬天は地面に向かって跳んだ。

 

 

「───【伝光石火】ッ!!!!!」

 

 

 落下ではなく、空中から地面への跳躍。そこにダメ押しとばかりに乗る伝光石火の加速は瞬く間に冬天を地面へと送り届ける。

 グンッと大仏の首にかかったワイヤーを引きちぎらんばかりに引っ張りながら、冬天は鬼打を地面に叩き付けた。

 

『■■!?』

「ナイスコンビネーション、雷くん、月ちゃん!」

 

 首を絞められ、大仏は抵抗もできずに地面へと背中を打ちつけて倒れる。地響きはまるで地震のように周囲を揺らす。春日によって生み出された巨岩は、倒れる巨体に引っ張られるワイヤーの負荷に耐えかねて砕け散ったが役目を果たしたのだから瑣末なこと。

 

 そこに、新たに一人の女が現れた。

 

「初目さん!」

「雷くん、押さえつけて!」

「は、はい!」

 

 初目奏多(はつめ・かなた)。執行室第三班副班長を務める女。

 彼女は春日の呼びかけにサムズアップして応えると、立ち上がろうと暴れもがく大仏を祓魔術で押さえつけるように春日に指示。春日は慌てたように即座に印を組んで、祓魔術による土壁で以て大仏を地に縫い付けた。

 その上から初目が神速もかくやという速度で祓串を土壁の上から各所に打ち込んで行けば、

 

「三人とも下がってください!!」

 

 今吉谷の声が響き渡り、三人は弾かれるように大仏から距離を取った。

 

 

「───【封陣】」

 

 

 一言。最初にして最後の詠唱が、ここまでの第三班の努力を結実させる。

 

 莫大な霊力が溢れ、固まる。土塊と祓串、大仏、そして【黒水泥】を全てまとめて【ヒヒイロカネ】に()()する。

 

「っ、いつ見ても……!」

 

 まるで絵本や神話の中の一幕。立ち上る光の柱、その中で赤みを帯びしこの世のものではない金属へとその身を変えられていく界異。

 そんな幻想的な光景を見せる封印の瞬間に、春日は息を呑む。

 

 それは対象を日本の伝承における最高硬度、最高価値の幽世金属【ヒヒイロカネ】に変えてその地に縫い付けるという制約、対価によって成されるカミにも解かれることのない封印(貢ぎと祈り)

 

「十二月九日、午後九時五十一分。【黒水泥】を【封陣】により通常封印執行。以降の業務を維持室へ引き継ぎます」

 

 一連の全てを確定させるように、今吉谷は腕時計に示された時刻を読み上げながら宣言する。

 

 辺りに満ちる静寂。それを破ったのは、この封印劇の立役者である二人の新人。

 

「おわっ、た……?」

「……はぁ……っ、はぁっ」

「二人ともお疲れー! 大活躍だったじゃん!」

 

 気を張り続けていた春日と、最も消耗していた冬天の二人の緊張の糸が切れる。呆然とする春日と気を荒げる冬天の二人を労うように、初目がその肩をぽんぽんと叩く。

 それに続くように今吉谷も肩を叩き、しかし二人にだけ聞こえるような静かな声で告げる。

 

「冬天くん、春日くん、後で反省会です。二人はまだまだ簡単に死んでしまいそうですからね。厳しくしますよ」

「は、はぃ」

「承知、しました」

 

 縮み上がるような冷ややかな声音。真剣な眼差し。

 執行室での界異との戦闘と、そしてその後のこの厳かな雰囲気。まだ維持室から移動してきて日の浅い春日は、当分慣れそうにないなと思う。

 

「うんうん。二人とも危なっかしいからね。しっかり反省会しよ! 特に月ちゃん!」

「わかりました!」

「は、い」

 

 明るく振る舞う初目であっても、この時ばかりは有無を言わせない雰囲気がある。

 それだけこの職場が命懸けであるということなのだろう。

 顔と名前しか知らないこの班の二人の前任者を思えば、どれだけ今の執行室が昔より殉職率が下がったと言えども、自分達は生命のやり取りを生業にしているのだということを実感する他ない。

 

「はい、徹底的に行いますよ。特に冬天くんは覚悟しておくように」

「ぇ」

 

 春日は絶望したように声を漏らした哀れな冬天を見て、南無と唱えた。

 

 

 

 ───────

 

 ■報告

 十二月九日、岡山県◯◯市◯◯町にて観測された三号級界異【黒水泥】は同日午後九時五十一分、封印執行室第三班により【封陣】にて通常封印執行。

 本件の第一関係者である名取郁代およびその親族に現在目立った変化は無し。維持室への引き継ぎ後の経過観察においても、封印対象に異常は見られず。

 本件は対処済み案件として処理する。

 

 封印執行課執行室第三班班長 今吉谷陣狗


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