【幕間8:捜索するエルフたちの状況】
『我らの姫の手がかりは間違いなくこの人間の街にあるというのに、ずっと門は閉じられている。――なんだって? 死んだ? 信じられるものか! ああ、やはりこちらに居たというのは間違っていなかった。次の手を打つぞ!』
【報せと、報せを聞いた人々よ】
『王女マリアン死亡』の報はノッティンガムを中心にまたたく間に広がった。
これだけ人間たちの世界と離れた場所にまで報せが来るのは、狙いがあっての策だと誰もが理解していた。もっと言えば、どうしてエルフ族自身でなく王弟ジョンの名を使ってエルフの王女に関する話が出るのか。まともに考えれば怪しいのは王弟の方だ。特にノッティンガム州の中心に近い人間ほど、腐臭の立ち込める城に引きこもる王弟や近くを捜索するエルフたちの姿をその目で見ている。
そして皮肉にも『王女マリアン誘拐』の嫌疑がかかっていたロビン・シャーウッドの潔白も証明された。ロビンが軟禁場所から抜け出しているのはとうに知られていたものの、ノッティンガム領から離れたハンティントン領を中心にロビンが留まっているのもまた把握されている。
なにより、使者でもあり監視でもあるエルフとはもう、共に活動している。
「火事の被害状況は」「水が足りない」「農業用のも使っていい」「来年のが……」「負傷者は?」ウィルも、この数日でなんとか顔を覚えようとしている領民も、みな忙しく動き回っていた。
シャーウッドの森に火を放たれたのは深夜。マリアン死亡の報はその翌朝。夜通し消火活動は行われていた。
「金の問題なら、屋敷にある宝飾品などどんどん売却して構いません。現当主の私が許します」
人間の世界におけるものの価値が分からないといえばそうだ。だがもしもロビンが戻ってこずにさらに十年も経っていたらさすがにウィルが親戚の立場で維持するのも限界が来ていたことだろう。人間の基準でなら非常識とも言えるロビンの行動に「ロブの椅子が市場に流れたら俺が買おうかねぇ」などと冗談まじりに笑ってくれた。
まだ売却していない銀の皿の上にある魚料理にかぶりつく。ウィルも続けてつまんで、ロビンと顔を見合わせて旨い、と頷く。
「これも売ればいい金額になるのでしょう?」
この銀食器はもともと屋敷になかったものだ。そしてこの食器を持ち込んだ二人組の片割れは、今は屋敷の台所を仕切っている。
「おうおぅ、使え使えぇ」
「リトル・ジョンの友達になら好きにしてくれ」
ノッティンガム城からもらえるものをありったけもらってきて逃げ出してきた二人組、料理番とリトル・ジョンがひょっこりと姿を見せた。料理番が持っているのは、骨。
「あの真っ黒な犬みたいなやつだが――中身はただの犬だな。犬食いはしないから詳しくないが、鹿やいのししと大きく違わん」
リトル・ジョンがロビンと合流できたのは偶然でもあり必然でもあった。ノッティンガムとドワーフたちの山との経路にはシャーウッドの森がある――だから初めてロビンとリトル・ジョンが喧嘩したときだって森をうろついていたわけで――リトル・ジョンが近くまで寄るついでにミスリルの大弓を託したいと考えるのは自然な流れである。ノッティンガムとシャーウッドの森まではしっかりと備えができているのならば一日で往くことも可能だが、ミスリルの大弓を含め頂いてきた大荷物を抱えて勢いだけで出立したふたりはもっと時間がかかった。
「お前らに助けられなかったら、食われていたところだった」
襲われたのはシャーウッドの森からほど近い、この屋敷のそばだった。はじめは野犬に襲われたものとしてウィルやロビンが助け出したのだが、黒に包まれ動き回る動物の死骸であるとロビンが気づけた。動き回る動物の形をとったそれを見たのは初めてであったが。
急所を狙って矢を射てもほとんど効かず、だが腐って柔らかくなっていた箇所が崩れるとそれだけ運動能力は削がれた。脚一本と頭ひとつになっても活動は止まらず、火で燃やしてようやく動きを止めた。ただ生命力が強い個体という解釈では説明が付けられない。料理番に頼んで動かなくなったやつを肉と骨に解体してもらったわけだが、構造それ自体は普通のものと変わらないという。
「マリアンの誘拐、動く死体、シャーウッドの森への放火……これだけ同時に起きて、関係がないはずがない」
そしてロビンの懐には一枚の手紙。それが事件と事件の繋がりを教えてくれる――。
*
Dear Strider Sherwood:
かつての世界、中つ国と呼んだ。
かつての時代、冥王が邪悪なる力で蹂躙していた。
心の弱き者は手先となり、死者をも自在に操った。
危機の中で人間とエルフは同盟を組み、冥王を討った。
冥王は滅んだが、冥王の力は世界に残り続ける。
これを《闇》とする。
残存する《闇》もまた心を侵し狂わせる力は健在である。
人間とエルフは精霊の森を育むことで《闇》を封じた。
之、シャーウッドの森と呼ぶ。
エルフの王家は代々、秘密を守護する役割を持つ。
《シャーウッドの番人》は代々、シャーウッドの森を守護する役割を持つ。
森の成り立ちは本来、番人であっても秘密にしなければならなかった。
だが封印のほころびから《闇》のかけらが地上にすり抜けた。
その捜索を頼まなくてはならない。
かつて冥王はおのれの力を《指輪》として分けていた。
私はこれ以上の新たな《闇》が漏れないようにするため身動きがとれない。
これから一切の《闇》を逃さないことを約束する。
お前のせがれが成長するまでは我が娘が森を守る。
なに、人間はすぐに成長するから大した仕事ではない。
*
森にまつわる秘密を、《シャーウッドの番人》に宛てた手紙。ロビンはこれを父と自分が描かれたあの肖像画の裏から見つけた。
父に宛てられたもので『お前のせがれ』というのはロビンのことで、ならば『我が娘』というのはマリアンとしか考えられない。ならば手紙の主はその父親である現エルフ王。紙は傷んでいて、内容とも照らし合わせると父が森から出て行く前のものだ。
死者をも操る力、そんなおぞましいものを封じるのがシャーウッドの森、マリアンと共に持ち去られた《指輪》。
これで森が狙われた理由も推測ができる――シャーウッドの森を焼き払い《闇》を解き放とうとしている。死体が動くと言うと長いから便宜上《黒い死者》と呼ぶとして、森が焼け落ちた荒れ地をあんなものが跋扈すると想像するだけでおぞましい未来だ。
この秘密は「本来、番人であっても秘密にしなければならなかった」とあり、この場の誰にも明かすことはできない。ただ「森を守らねばならない」と愚直に主張するしかない。でも彼らはロビンを信じてくれる。
一方でまだ出会ってから日の浅いウィルやかつて父の部下だった者からの信頼は、あくまで父ストライダーが積み上げてきたものをロビンが借りているに過ぎない。おのれの力で実績を積み上げなくてはいつか人心は離れていく。
「火が有効なのは分かりました。付近の住人にはたいまつ、弓が扱える者には火矢の備えを徹底させてください。森に火を放たれたのも東の外周、ジョンたちが追われたのも東からでした。ノッティンガムの方に私が向かってみます」
「気をつけろよ、オレらドワーフに大口の注文を入れたのはのってぃんがむ州長の名前だった。オレぁまた山に戻って、次から納品先をこっちに変えさせるようにしてやるぜ。金と酒さえあるんなら誰のとこに納めようがあいつらは気にしちゃあないんだ。悪いな、料理番のあんちゃんを山まで案内できるのは先だ。代わりに友達にメシ作ってくれ」
「すべてが終わればみなで、最高の肴で酒が飲めそうですね。肉の丸焼き以外につまみの種類が欲しかった」
一番慣れた狩人服で身を包み、仲間が手に入れてくれたミスリルの武具を装備し、屋敷で世話していた馬の中でいちばん健脚な一頭を選び、ロビンは駆け出した。
ただ身ひとつで駆け出すだけでは責任を投げ出すことで、逸る気持ちを抑えながら道中の店や民家ひとつひとつの戸を叩いて回った。火に弱いことや基本的な対処は野生動物と同じであることを緊急で伝えてまわるのが第一だ。しかし中にはすでに《黒い死者》の被害を受けた人もいて、その人たちには後から来るはずのハンティントン領の使いへより細かな援助を求めるよう伝える。少しでも被害を小さくなるよう、そして少しでもマリアンへ繋がる手掛かりを求めて。
ノッティンガムへの距離自体は大したことはないのだが、人のためと戸を叩き語らうたびに時間が流れていく。楽しいだけの酒と狩猟のためにかつて往った道が何倍も長く感じられる。自分が森からまた離れたうちに火の手が上がっていないか、胸がざわついて後ろを振り返ったのも一度や二度でなかった。
日が暮れると危険な夜が来る。宿に転がりこむと、やはり無理をしてでも屋根と人間が揃った場を求める人々でごった返していた。――その中でマッチがこちらを先に見つけたのは、それだけロビンの緑の服が目立っていたせいか。マッチの靴は初めて会ったときよりいっそうぼろぼろで、離れている間にどれだけ歩き回ったのか見て取れる。
別々に発ったマッチが人間たちの宿に身を寄せているのは予想できたうちだったが、彼の第一声が「マリアンに会った!」というのは驚かされた。マッチのその一言だけで世界から他の音が消えたかのような錯覚。
無事だった、その報せだけで頭のてっぺんから指の先まで余すところなく活力が満ちるかのよう。
「ありがとう、マッチ」
自然と優しい言葉が出た。ハンティントンの家を継ぐ話が出てからずっと張り詰めたままだった糸がひとときだけ解ける。大局の話ならロビンが彼女の生存を知ったところでことは動かない。これから成すべきことも変わらないし、死の報せだとしてもあの世の先まで手掛かりを求めていくことだろう。
今はちゃんと地上で彼女は生きている。それなら容易いものだろう、足跡を追うのは。