私本:ゆかいな仲間たちよ   作:黒木紫雨

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幕間9:ある母娘と出会ったもの

 ノッティンガムの街はずれに、小さな農村がある。特産品も資源らしいものもなく、特筆すべきとしたら最近まで巨大な野生いのししに村人らが悩まされていたことくらいだ。そのいのししは役人の手に負えないほどの大きさで、狩猟大会として各地の腕利きを集めたことでやっと討伐された。その巨体がノッティンガム城の役人総出かと思われる人数で運ばれていくのを見たとき、みな胸をなでおろした。

 

「おかーさんおかーさん!」

 

 小さな女の子が家へ向かって走っていく。

 この子はひと月ほど前に物心ついたときから一緒だった犬が死んでしまったところだった。近くの森に住んでいた野生のいのししに襲われて大怪我をしたのだ。誰の目にも助からないのが明らかな傷だった。いのししは討伐されたが、家族同然の犬が戻ってくることはない。

 でも友を亡くしたばかりにしてはこの子は元気だった。

 

「おかーさん、妖精さんは元気かな」

「しっ、大きな声で言っちゃだめ」

 

 娘が言う『妖精さん』とは数日前に娘が拾ってきた女性だった。見つけたときはやせ細って顔色が悪く、先日に死んだあの犬が初めて家に来たときの再現かと驚いたものだ。あの犬も弱っていたところを拾った。

 尖った耳が特徴のエルフ族はシャーウッドの森に住まうらしいが、王弟ジョンがエルフの姫の訃報をなぜか広めだしたかと思ったらこんなはずれの村で弱りきったエルフが迷い込んできたりと不穏だ。不吉さをさらに際立たせるよう、ふらふらと足取りも不安定だったのに意思の強い紅い瞳だけは野生動物のよう爛々と輝いたまま細かく動いて警戒していた。

 あまり関わりたくなかったが、おとぎ話の好きな娘があまりに言うものだから休息の場を整えて家に上げたのだ。とても動けそうにない状態から半日ほど休んで、古くなった害獣駆除用の弓だけ欲しいと申し出てそのまま去ってしまった。旅人であれば――といってもノッティンガム州でもっとも大きな街が目と鼻の先にあるのでそうそうないことだが――水や食料、燃料を求めるような場面でわざわざ弓矢を求めてくるなど、もう娘と違って妖精など信じる年でもないのに、空想の世界のような心地であった。

 

(悪いことが起こらなければいいのだけど)

 

 ノッティンガム州の税金が重たくなったり、世の中の空気がよくないことにも思いを馳せていたところに娘の悲鳴が聞こえてきた。

 

「ベスが! ベスがぁ!」

 先日に死んだ犬の名前を必死に呼ぶ娘、野犬のような唸り声、村全体が騒がしくなっている。

 声の方へ飛び出すと《黒い犬》がいた。――ほんのひと月前、確かに死んで、土に埋めたはずの犬が。大半が腐り落ちているが、残った肉の欠損部はいのししに襲われて怪我をした箇所と一致している。

 

「どういうこと……!」

 

 死んだ動物が動き出すなんて、なんて冒涜的な。この一体だけではないらしく、村中が蜂の巣をつついた騒ぎだ。男衆が使えるものを持ち出して対処に当たろうとしている。母親は娘を強く抱いて身を隠す。祈るよう手を強く組んだ。

 祈りが届いたのか、はたまた神の手によらない『奇跡』なのか。

 高らかに笛の音が低く、長く、力強く、響く。

 それは警告かのようで、村のすぐ傍らにある森の方から矢の雨が降り注いできた。そして雨のように数が多いにもかかわらず一寸違わず黒く腐った動物たちだけを射抜き、生きた人間には一切刺さらなかったのだ。

 腰を抜かした母親がそばに落ちたのを数本を拾ったとき、自分が『妖精さん』に貸し与えた矢が混ざっていることに気が付いた。

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