私本:ゆかいな仲間たちよ   作:黒木紫雨

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ロビンとマリアン、再会する

 

 人々の元を巡りつつノッティンガム州に入ったが、領主を継いだといってもハンティントン領から出てしまうと何者なのかと誰何されることも増えた。それでもノッティンガム州はこちらと比較にならないほど《黒い死者》の被害が大きいらしく、対策と支援の手を差し伸べていることを伝えると無条件に喜ばれた。

 話を聞くとノッティンガム州長が行方不明、あるいは殺されたという噂が流れているそうだ。他にも王弟ジョンは狩猟大会からいまだ居座り続けているとか、ある村で『奇跡』が起きたとか。

 

 この話、ただ『奇跡』というだけならば気に留める程度で終わっただろう。だが尾ひれがついたにしても『妖精』だ女神だといった単語が出てきて、確かめなければならないとそちらへ馬で駆ける。森の外について明るいわけではないが、狩りのことなら一度やったことは忘れない自信がある。そこはいのしし狩りをした名も無い森の傍らだったのだ。

 『奇跡』の正体はすぐ目の当たりにできた。ロビンが到着したタイミングと前後してこの村に黒い野犬の群れが現れたのだが、ロビンが火を点けた矢を構えるより先に森から矢の雨が降り注いだのだ。一本一本はただの枝ばかりだが、その圧倒的な数で野犬の動きが止まる。開けた場所で多くの野生動物を一気に狙うのはロビンでも手を焼くところだが、足を止めてくれるのならば別だ。火矢を連続で放って、足から焼いていく。一射たりとも外さない。

 

「あれが噂の『奇跡』ですか……」

 

 襲撃が終わって一般の村人たちが戸から顔をのぞかせた頃、低く、長く、力強く、森から、笛の音が響いた。

 それが聞こえてすぐ、ロビンはまっすぐに駆けこんでいった。

 

 

 森に樹々の本数だけ長い長い影を落としこむ、夕日が差し込みはじめている森。

 あと一度だけ笛の音が響いた。長く、長く、奏者の息の続く限り。

 シャーウッドの森とは葉の色も風の匂いも違う。でもその音はロビンの知る音なのだ。次第に小さくなっていくが、近くなっていく。

 もうひとつ、森にはないはずの腐った臭いが強くなりはじめた頃――着いた。先客なのか誰かの気配があったがすぐに消えた。動物だったのかもしれない。

 それよりも。

 

「探しました、マリアン……」

 

 目の前から漂うは腐臭。黒いインク溜まりができていた。でもそこに人の形をしたものが座りこんでいて、人の気配を感じたのか顔まわりだけ拭うとよく知る美しい顔が覗いた。手には簡素な弓、首から角笛を提げていて、傍らには大量の木の枝。村で降り注いだものと同じだろう。インク溜まりは黒々としていて底なし沼のようにも見える。

 まるで泉に斧を落としたら女神が出てくる童話のようで、女神という噂が流れたのもさもありなん、と思ってしまう。

 ああ、言いたいこと、訊きたいことはいくらでもある。

 

「笛の音が聴こえました。私が作った角笛――マッチがマリアンにあげた、と話していましたよ」

「そっか、マッチに会えたんだ。あの子が無事でよかった」

 

 ただ安心するには早く、知ることのすりあわせをしていく。

 シャーウッドの森に火を放たれたのはマリアンも見たという。「あんた何してたの?」ときつく文句を言われて、マリアン誘拐の濡れ衣のことも自分から言わなくてはならなかった。彼女からしたら番人としての責務を果たせていないように見えるのも当然で、こんなときでも役目を忘れないだけしっかりしていると思う。

 そして王弟ジョンが黒幕なのはロビンも推測はしていたが、改めてマリアンから確定情報を得られた。《指輪》はひとつではなく、王弟の持つものがおそらくマリアンのそれの対か、上位にあたるという。

 

「ここにひとりで隠れているうち、《指輪》を抜くなり削るなり壊すなり試していたわ。でもだめだった」

 

 先代の番人ストライダーが森から去ったのが《指輪》の捜索のためだということも、伝えた。「そういえば、父さんが籠もって出てこなくなって十年くらいだったわ」なんてのんきな反応で、人間とエルフの時間感覚の違いを互いに思い知らされて少し笑ったり。マリアン曰く、森が《闇》を封じる役目を担っていることについてまだ知識の伝承はされていなかったが、シャーウッドの森があるこの地が特別な意味を持つことについて察していたという。

 

「獅子心王は無事なの?」

「目や耳がやられてしまっていましたが、エルフの城で療養してもうすぐ回復しそうだとのことです。ところで私の心配はしてくれないのですか?」

 

 苦笑。濡れ衣が晴れてからはエルフの使者を通しての情報は得ていたが獅子心王に直接会いに行くどころでなかった。日も経っているのでそろそろ復帰できる頃ではないだろうか、と頭をよぎる。

 黒にまみれてしまっているマリアンは、こんなときでも軽く笑ってみせた。

 

「あんたはむざむざとやられるようなタマじゃないでしょ。……認めてるんだからね。あとは《眼》さえあれば……」

 言いかけたのを止めて、

「時間が迫っているの。王弟ジョンはあたしの魔力を元手にして死体を動かしている。その副作用で今のあたしはこんなことになって死者の世界に引きずりこまれかけているけど……このままなら、これに逆らわない。あたしが《指輪》ごとこの世界から消えてしまえば、」

「それは」

 

 ジョンの企みは終わる――そう言葉を紡ぎかけたところに割りこんで制止した。最後まで言わないでほしい。

 彼女の言う『こんなこと』、黒いインクにまみれながらも彼女は穏やかに微笑む。

 

「だから、時間を無駄にしないでって言っているの。あいつの企みには最初から穴が開いている。でもあたしが消えないで済む結末はこのままじゃ訪れない……」

 

 ゆっくり、瞼を伏せ、両腕で身体を包んで、

 微笑んでいた口元が下がっていって、

 つけさせられた《指輪》だけが汚れひとつなく光っていて、

 

「……こんな終わりかた、したくない……」

 

 ちゃぷ、と水音を立てながら膝立ちで一歩だけマリアンが寄ってきて。

 ロビンは沼のようなインク溜まりに足を踏み入れようとして、一歩で膝上まで黒の中に沈みかける。もう一歩いけば腰か、下手をすればそれより深くまで沈むかもしれない。溺れてでも駆け寄りたいが、時間を無駄にするなと今さっき言われたところだ。

 

「貴女を失うなんて結末にはさせない」

 

 また顔も黒く汚れて表情も見えなくなったマリアン、彼女をここに残さざるを得ない。今は置いていかなくてはいけないが、絶対に迎えに行くと、固く誓う。

 

「じゃ、今はこれ、持っていってよ」

 

 強がるかのように彼女は手元にある枝の一本をロビンへ投げる。子供がボールを投げて遊ぶかのように。折れないままロビンの手に渡った。

 

   *

 

 今すぐにでもノッティンガム城に乗り込んで王弟ジョンをどうにかすればいいのだろうか?

 一秒でも早く、彼女を救い出したいのに。《黒い死者》による被害やシャーウッドの森の火事への対処以上に具体的な戦い方が浮かばない。でも立ち止まることはできない。

 待たせていた馬に乗ろうとしたとき、落ち着かない様子であることに気づいた。耳をぴんと立てたり後ろに倒したり、目元も険しい。またロビン自身にも原因不明のざわつきが感じられる。夕日も地平線の向こうに沈みつつあり、夜が近づいているがそれだけで説明できない。

 

「どうしました?」

 

 自分の感情を制御しながら、馬になるべく穏やかで低い声を使ってなだめる。並行して何がこんなざわつかせるのか、感覚を集中して探る。

 

(地面の揺れ……轟き? そんなに遠くない――)

 

 馬がいくらか落ち着いてくれたのを確認し、改めてまたがる。馬に行き先を委ねるとノッティンガム街の外周を沿うように駆ける。行くほどに今度こそ地鳴りのような感覚がはっきりしてくる。

 街の正門側、もっとも開けた場所へ出たときに正体が分かった。

 黒々とした波、いや、獣や人間だったものの群れが押し出されている。陸上でもあるにかかわらず波に見えてしまったのは、どれも身体から黒い液体を滴らせているのとあまりに指向性をもって動いていたからだ。

 

 その方角は、

「シャーウッドの森……!」

 

 その先頭には巨大ないのししがいた。ロビンとマリアンが狩って、その死体をノッティンガム州長に持っていかれたあのいのししが。別の個体だなんてあり得なかった。人間どころか建造物も容易に貫けそうな牙の片方が削れていた。右の目には矢が突き立っていた。身体じゅうに折れた矢が立っていた。

 そういえば、と。いのししを仕留めたあとに獲物を持ち帰るかどうかで役人と揉めた。あれは王弟ジョンが居座るノッティンガムの役人で、役人たちに死体を動かす術を持つジョンが命令をすれば従うだろう。

 獣害で苦しむ民のためですらなかった! あの狩猟大会、自らの手を汚さずしていのししを死体に変えさせるための茶番劇だった!

 森と領地へ戻りたい。時間がない。今戻ってもこの死者の波に呑まれるばかりだ。成すべきもことを成せ。

 ノッティンガム街の外周を回っていたとき、門の近くにいくまで《黒い死者》の群れは見られなかった。あれらを生みだすためのに《指輪》を通してマリアンの命が削られているが、彼女が身を隠している付近で見かけなかった。ならば、王弟ジョンの持つもうひとつの《指輪》の元で《黒い死者》は操られているはず。

 元凶を探さなくてはならない。手綱を引いてスピードを上げた。

 太陽は地平線の向こう側へ完全に隠れた。長い夜が始まる。

 

 

【挿絵表示】

 

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