私本:ゆかいな仲間たちよ   作:黒木紫雨

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ロビン、決断をする

 獅子心王はたったひとりであの巨大ないのししを相手に拮抗させていた。純粋な力比べでは負けはしない。だがひとり立ち向かえば済むという戦いではなかったのだ。

 戦場に死者が増えれば増えるほど、王弟ジョンの恐ろしい《指輪》の力はその兵士たちをそのままそっくり立ち上がらせた。時間が経てば経つほど、人間やエルフたちの勢力は削がれ死体の勢力が増していく一方である。

 ともすれば首だけになったのにまだ牙を剥いてふくらはぎに噛みついてくる頭、関節より下しかないのに爪を立ててくる脚が転がっているような場は、地獄のようでもある。これらひとつひとつをみな燃やすのも難しく、負傷者も増えるばかり。

 獅子心王はただいのししと押し引きしているのではなく、隙あらば王弟ジョンを止めようと大きく剣を振るう。しかしそのすべてが、傍らにいる黒い男によって阻止されるのだ。

 ロビン・シャーウッドはその様子が歯がゆくてたまらない。あの男の頭巾を剥がしたときのような超遠距離射撃を、獅子心王との連携も意識して何度か矢を射ているがほとんど効果がない。王の一太刀を防がれるよう、こちらの矢もみな逸らされてしまっている。

 

(最初のときも偶然じゃない。この距離であっても私のことすら把握しているとしか思えない)

 

 その謎が解けない。ただ目がいい、視力に優れているというだけでは説明が付けられない。

 まだ矢そのものは残っているが、らちが明かず手詰まりだ。

 

 ――き……いて……ロ……ビ…………

 

「マリアン!? どうやって」

 思わず周囲を確かめ、そしてうっすらと自分のものでない視界があることに気づく。この現象がマリアンの《シャープアイ》の魔法によるものだ。知覚を共有する力を応用して何かを伝えようとしているのだと理解した。深く呼吸し、一言一言を聞き逃さないよう集中する。

 

 ――最後の……一本……を…………

 

 何の最後なのか? その数え方でなら矢でいいのか?

 

 ――…………あたしに………………撃って!

 

 はじめは意識を研ぎ澄まさないといけないくらい儚い声だったのに、最後だけ、耳元で角笛をめいいっぱい吹かれたかのように響いた。

 どういうことだ? 何を意味している?

 この声が偽の情報だとは思えない。今もまだ感覚の共有は続いていて、マリアン以外がこの魔法を扱わないはずだ。彼女が身を隠しているあの森の場所をロビンは正確に思い返せるが、今はその上で「ここに的はあるから撃て」とばかりのマリアンの像も透けるように視えた。

 樹々の間をくぐってそんな芸当。だが言い訳をさせるまいとばかりに、隙間と隙間が重なる、細くも射線の通るところを位置取りしている。

 別れのときに渡され、今は懐にしまってある枝にも《シャープアイ》がかけられているのはとっくに気がついていた。これがあればマリアンから自分の姿や位置が感知できるようになるし、役立つだろうと持ち続けている。つまり今のうろたえているおのれの姿も丸ごとマリアンに視られているはずだった。

 たとえ遮蔽物がなかったとしてももはや小指の先よりも小さくしか見えない距離。でも手の届く距離にいるかのように目が合う。

 

 見えているマリアンの口元が動いているが、読唇術の訓練をしたことはないのに何を言っているのか分かってしまう。簡単な単語で、動詞で、命令形。迷う心が理解を踏みとどまらせようとする。

 彼女の言う「最後の一本」が何を指すのかは分かった。もう矢筒から取り出して、つがえる手前まで来ている。

 起こり得る結果についても予想はできる。だが何を意図してマリアンがそれを望むのかが分からない。

 焦れたマリアンの口がまた動く。

 

『うて』

 

 ロビンの手でマリアンを死なせろ、と。

 目を逸らしたくなる。反対を向くとそちらは黒い戦場と燃える森。みなが食い止めているが徐々に戦線は押し下げられていて、ロビンが守りたいと思ったものが押しつぶされ続けているのだ。

(正しくあること、成すべきを成すこと、こうも重たい!)

 

 ――……あたしを…………

 

 また声として届く。今度は視えているマリアンと口の動きも連動している。やめてくれ、正しくてもやりたくないことはある!

 ロビンの苦悩に反して、紅い瞳が優しく細められる。

 

 ――……しんじなさいよ。

 

 そうだ。マリアンは考えなしにこんなことを求めたりしない。考えは分からなくても、きっとすべてが終われば教えてくれることだろう。

 あのとき「あたしが消えないで済む結末はこのままじゃ訪れない」、そして「……こんな終わりかた、したくない……」という本音も。ロビンだって同じ思いだ。ならばそのマリアン自身が求めるこの行為は、バッドエンドに繋がせないための一筆なのだ。

 不安が消えたわけではない。そもそも自分たちが敵より上手を取れていればこんな事態になっていないし、ならばさらなる不測の事態が起こらない保証はない。でも腕が自然に持ち上がり、もう幾度としれない動作を自然と指がなぞってくれる。手に嫌な汗もかいていないし、心臓の鼓動も平時よりは早くても不愉快にならないうちだ。

 余計な言葉はいらない。

 

 針穴を通すような一射。大弓から放たれた。

 

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