時刻は遡り、まだ悪夢の夜中。マリアンの祈りでいにしえの戦士たちが呼び出される前。
ロビンは負傷者に馬を渡していたのでおのれの足でさらに撤退の誘導に奔走していた。あれが敵だと『見れば分かる』のに、手が出せない。はじめ現れたときには残った矢を射掛けたりもした。だが炎でできた目玉に実体はなく、まったくダメージを与えられない。盆を満たす水をいくらかきまわしても徒労に終わるような手ごたえのなさである。
できることはやりきろうと、そうして人々に認められようと思っていたのに無力を突きつけられて足が止まりそうにもなる。止めない、止めない。
また別の負傷者を抱えた小隊と合流してシャーウッドの森まで撤退した。
忸怩たる思いとともにあの目玉を睨みつけたとき、森に奇跡のような光が満ちあふれ、いにしえの王や番人たちが現れたのだ。
時代の流れで細かな意匠は変わっていても緑で包まれた狩服はみな同じ――あれをエルフたちが用意してくれるのもずっと同じなのだ――で、ついにその列の中に父親の姿をロビンは見つけた。
「とうさ、ん」
多感な時期に何年も会っていないのに、つい最近見たばかりのような姿。列に並んだ射手のひとりとして堂々と光でできた弓を引き、裁きの矢が放たれる。ロビンの手では届かなかったあの黒と炎が、白い光によって散らされていく。
瞬く間の出来事で、それはこの死せる戦士たちを一時的にでも蘇らせた力が不安定であったゆえでもある。消えていく戦士たちの中でひとりが、父がロビンの方へ歩みだした。
『マリアンを探すんだ』
話したいことはいくらでもあったのに、そのまま光は散ってしまった。今度こそ別れだと、あの光の中に父が並んでいた時点でこの世にいない人であって、一目会えた奇跡に涙をぐっと飲み込む。
すぐにきびすを返した。父からの警告は本物だ。
この危機を乗り越えて世界が救われても、そのあとの世界にマリアンが欲しかった。
《シャーウッドの番人》もハンティントン伯爵家の跡継ぎも、彼が生まれながらにして与えられた使命だった。
それに不満はない。真摯にこれからも役割を果たそうという意思は変わらない。
ただ、運命に従順だからこそ、マリアンを手に入れたいという願いはロビンの内側からたったひとつ生まれたものだったで、熱く燃えたぎっていた。
(ああ! 射抜くべき敵を見つけるためでなく、大切なひとを見つけるためにどうか、……《シャーウッドアイ》よ、導いてくれ……!)
目の奥が焼き切れるのではないかと錯覚しそうなほど集中し、視えるものを求めて、よく知る森にあるわずかな違和感も見落とすまいと目を凝らし、
ついに樹の洞の奥、世界の焼け焦げた穴をついにロビンは見つけた。
その奥から聞こえていた。あの角笛の音。
*
(まだ壊れないで。まだ壊れないで…………)
手元を押さえながら、離してしまえば《指輪》が砕け散りそうな予感を抱えながらマリアンは待っていた。身体はなくても死者を蘇らせるとき身を削る感覚はそのままで、白い世界なのに視界が薄暗くなる。目を閉じたくないのにまぶたが勝手に下がる。
必死に首のあたりを探った。紐に通された角笛。身体から放たれた死者の世界でも笛が鳴るかなんて知ったことでない。でも繋がりたくて必死だった。
吹き鳴らした、吹き鳴らした。笛と唇の接する感覚と肺を活動させる感覚だけが最後まで残っていた。
「マリアン――マリアン!」
一気に世界に色が。懐かしいシャーウッドの匂い、緑の服、光を反射するくせに森によく馴染む金髪、声変わりする前から知っている声。それらが例の裂け目から乗り出していた。いや、思っている間にロビン・シャーウッドはもうこちらに踏みこんでいた。マリアンですら身体の方を仮死状態にしてようやく辿りつけて、あらゆる思いをないまぜにしてストライダーさんを送ったというのに。ロビンの特別な才か、森を燃やされた影響かは大した問題でない。
あれから生者の世界ではどうなったか分からないが、ロビンの表情を見るに悪いようにはなっていないはずだ。
「危なっかしいのは止してくれよ、生きたままこんな場所まで……」
「貴女がいる場所にだったら地の果てであっても追いかけてきますよ」
あの《闇》がもしもなかったらストライダーからロビンへの《シャーウッドの番人》継承は問題なく行われて、ロビンが一人前になるまでの数年間、森を守る役割にマリアンが入る必要もなかったのだ。
ある意味で《闇》があったせいで、《闇》のおかげで存在意義ができたマリアンはこのまま表舞台から退場してしまうことだってできたのに……。
「あんたがここに来ちゃったら、あたしももうひと頑張りしなきゃ示しがつかないわ」
「そうですよ、人間より先に死ぬエルフがいますか」
「言ってくれるわね。この戦争でたくさん死んだっていうのに」
「できるだけこのとはします。手の届かないものもあります。貴女はまだ手が届くところにいるのですから、私は欲張りますよ」
「そんな理屈じゃなくてさぁ……」
「凛と誇らしく、時にいじっぱりで、そして勇敢なひとを私は取り戻したいと思っているんですよ。愛しています、マリアン」
「……歯の浮くよくなセリフ、よく言えるねぇ……」
ちょっと前にもロビンに歯の浮くようなことを言われて、でも今はむしろ心地よかった。
「手を取ってください。このまま脱出しますよ」
ふたりがいるべき世界へ帰ったのと同時、ついに《指輪》が砕けた。
身体と分離しているマリアンが死者の世界から脱出し、ノッティンガム街の傍らにある森で肉体とともに意識を取り戻す。自分自身で用意した毒が回っているので今度こそ動けない。また待つしかなかった。
シャーウッドの森からノッティンガムまではどれだけ急いでも半日はかかる。でもあちらで震えていたときに比べたら短いくらいにまで感じていた。
そして日も高くなってようやくロビンが現れ、足元がおぼつかないマリアンを後世で『お姫様抱っこ』と呼ばれる抱き方で持ち上げて彼女を耳の先まで赤面させるのである。どっと疲労感があふれる。精も根も尽き果てた──と告白するように、彼の腕の中でひとときまぶたを閉じた。もう、まぶたが下がっていく中でさっきのような焦燥感はなかった。
様々なものを映してきた紅い瞳が次に開かれたとき、真っ先に目に入るのが何なのか。わざわざ語るのは野暮であろう。
Fin.