私本:ゆかいな仲間たちよ   作:黒木紫雨

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ロビンとリトル・ジョン、丸太のたたかい

 朝のめざめは、鳥たちの声から。

 

「ん――ん」

 

 一匹でなく……三匹か。直接に言葉を理解できなくても、鳥もまた互いに心を伝えあうのが分かる。気持ちのいい天気を喜んで、空腹をこれから満たすぞと意気込んでいる。

 

「色を感じられる夢は久しぶりでしたね……」

 

 夢の中で墜落したら現実の体もそのようにびくりと動いて飛び起きるだとか、夢の中でそれが夢だと自覚するとか、眠りひとつとっても様々な体験があるものだが、色のついた夢は貴重だった。それも……十年も近くも前の一目惚れの記憶を鮮やかになぞったもので。

 

(こんな、《シャーウッドの番人》を継ぐような年にもなって)

 

 苦笑して少年時代の夢想を振り払う。鳥たちに遅れないようロビンも朝の支度をする。まだ広い森にチーチクチーチク、鳥たちの声が響いていた。

 今のロビンはシャーウッドの森にある番人の小屋に独りで暮らしている。独りで食事や身の回りの世話をするのもすっかり慣れたものだ。父親もずっとここを使っていたが、数年前に家から――森から出ていってしまった。たぶん父親と肩を並べられるくらいに背も伸びたというのに、並べたいその人はもういない。ただ、もしも年月を経てまた会えたとしてもすぐに分かるような、そんな気がしていた。ちょっと大雑把でよく笑って、大人げないところもある父親の性格は変わるものでないという確信があった。

 緑の狩人服に身を包んで、エルフらから与えられたクロスボウを手にする。朝の空気に浸っている暇はあまりない。体の準備を整えるための時間は丁寧にとりたいが、浪費するだけの時間はなかった。

 ときわ、ひすい、オリーブ、様々な緑が折り重なって色を作るシャーウッドの森にくりだす。全身にその匂いを浴びて。

 

 まず森の中の《痕跡》を探しはじめた。

 このところ、森の動物らが不可解な《痕跡》と共に消えることが相次いでいた。森の外に住む人間らが狩るくらいならばロビンよりも前の番人が守っている昔からあることで、必要以上に動植物を傷つけられないかを見張るのが仕事で、さほど警戒するものでもない。しかし真っ黒な油か、あるいは夜の闇が昼間に残留したかのような《痕跡》は異常といっていいだろう。その調査が新たな日課となっている。

 

(森の外では新しい道具も作られているようです、たまたま動物の病死と重なっただけならいいのですが)

 

 シャーウッドの森で暮らすロビンだが先代の番人でもある父親が森の外から来た人間だから、あのエルフの城以外でもどこかに連れ出されることはたまにあった。その中には外の人間の領地の酒場なんかもあったのだ。子供だったロビンにはよく理解できていなかったが、たぶんいかがわしい話も父親はしていたような気がする。なんせ子供に聞かせたくないのであろう話になると、すぐ雑にロビンを他のテーブルに追いやったものだから。また退屈する子供に機械仕掛けの道具を見せびらかしてくる男もいたりして、森で見たことのない品に目を輝かせたりもした。泡がぶくぶくと出る酒は一口呑んだらひっくり返ってしまった。

 

 酒の話は置いといて、そんな『森の外の新しい何か』がたまたまあっただけなら気に病むものでもない。当面は日課にはするが、しばらく何もなさそうならそれはそれ――くらいの意識。

 

 ガラガラ……ガラガラ……

 

「ム」

 

 車輪の音だ。森の深部に住むエルフたちはこんなところまで出てこないし、森の外の人間たちが寄るには十分に森の奥といっていい場所である。

 密猟者が森に現れるのは珍しくない。そいつらだいたい「国のものは王のもので、亜人どものものじゃない」か「国のものは王のもので、でもこの森ならバレないと思った」のどちらかが言い訳だ。いずれにせよ森の外ではそういう認識になっているらしい。誰のものでもないものに境界線を引くのは人間の習性であると。

 気を引き締めるべく、森の樹々に紛れる緑の狩服のボタンをしっかり閉じ直す。草木茂るここで音を立てずに動き回れるのは、ずっと森と一緒のロビンだけだ。ただ森暮らしが長いという意味でなくて、精霊の祝福を受け《シャーウッドの番人》になる者の素質のひとつなのだ。

 

 追跡は容易だった。音がうるさいだけでなく、はっきりと轍が残っていたおかげだ。なかなかの大荷物らしく、太い跡が長く続いていた。それだけの密猟でもするつもりならば見逃せない。それが番人の役割だ。

 姿が見えてくる。荷をひくのに馬を使っていないことは足跡の具合から分かっていたのだが、意外なことにたったひとりであった。フードを被っていて年格好は分からない。しかし人力で荷車をひいているのだとしたら、そいつは相当の怪力だ。

 

 ロビンはまだ仕掛けるつもりはなかった。単に迷いこんだだけなら適当なところで外へ案内すればいいだけだし、なによりこの先に川があるのを知っているのだ。川幅は広く、強引に渡るのは無理な水流を備える。そこには細い、人ひとりがよろよろと渡れる程度の丸太の橋がかかっているだけである。もしも川で荷車ごと引き返すならよし、これ以上深く森に立ち入るつもりならば……。

 

 先回りして向こう岸で待ち構える。いくばくか時間の余裕があったので、いい感じの棒をあたりで見繕っておいた。接近戦に向いた武器も持っておいた方がよさそうである。

 ロビンは体ひとつで身軽だからここから棒の先をナイフで研いでやろうかとも思っていたが、思っていたよりも早く重たい荷車とフードのやつが川に到着する。

 

「そこの人、お待ちなさい」

「なんでぇ、なんでぇ。オレは機嫌がわりぃんだ。痛いことになりたくなけりゃ、渡り終えるまでそこまで待っているんだな」

「神聖なるシャーウッドの森を荒らすつもりならば見過ごせません。引き返しなさい。外への道筋も案内しましょう」

「急いでるんだ、通すんだ」

 

 警告を無視しやがったそいつは大の大人が歩いているのと変わらない速度でまた荷車をひいて、強引に川を抜けようとする。いくらなんでも無茶だろうに、ほとんど勢いが落ちていないからロビンは目を丸くした。この足腰にかかれば本当に荷車ごと川を突破してしまいそうだ。もう止めるしかあるまいが、どうみても生半可なことではこの進みを阻めない。

 

「待ちなさいと言っているでしょう! 私より強ければ通してもいいでしょう!」

 

 細い橋を駆けて決闘を宣言する。かなり近づいてやっと、水音に負けないよう張り上げた声が届いた。万一にも高らかな申し込みが川の音にかき消されたら恥ずかしいなんてものじゃない。すると聞く耳を持たなかったそいつはようやくフードを外し、髭たっぷりの顔を見せた。父親も年齢のぶんだけ髭など生えていたのだが、そいつは髭と髭で女子のように編んで結べるくらいで長さも量もその比ではない、ロビンが見たこともない顔つきだった。

 

「はじめに機嫌が悪いと言ったのに挑むとはおもしれぇ、気晴らしになりそうだ」

 

 荷車は川の半ばに残して、よっこいせと丸太の橋に登ろうとする。これから決闘をする相手だというのに思わずロビンは手を貸してしまった。

 ここでやっと気づいたのだが、この髭男はやけにチビだったのだ。頭の毛の先まで入れてようやくロビンの胸の高さになるかどうかか。手を貸さないと丸太に登れないのもごもっともだ。

 

「で、強さはどう決める?」

「殺しあいは互いに利がありません。ちょうどこの棒で、川に落とした方を勝者としましょう」

 

 負けるとは思っていないが、無益な殺生もしたくない。その場の思いつきであったが実にいい考えに思えた。

 

「棒は一本しかないじゃねぇか」

「二本にしてやればいいのです」

 

 そう言って真ん中からばっきり折って二本に増やしてやる。折れるくらいに棒が細かったのではなく、立派な太さの一本を折ってしまえるくらいにロビンの腕力があったからできた。

 

「さ、使いなさい」

 

 折った箇所は荒くなっていて、これで殴られたら痛いだろう。自分で使うつもりだった長さの半分になってしまったが仕方ない。

 いざ――どちらかが合図するまでもなく、棒を振りかぶる。

 身長の利を活かして上から振り下ろすのはロビンだ。棒で受け止められるだろうが、防御ごと振り落としてしまえばいい。だが髭男の足腰は頑健で、この一撃で橋から転げ落ちるどころかびくりとも揺れなかった。

 

「でりゃあ!」

 

 受け止めた棒ごと横薙ぎにされ、ロビンの体が開く。無防備になった脇腹に拳がまるで石の塊のような威力で打ち込まれる。すんでのところで半歩下がって衝撃を逃さなかったら、そのまま朝飯を胃から逆流させながら落ちていただろう。

 苦しい顔を見せたらそのまましまいだ。

 歯を食いしばって、打たれた側を庇いながら突いて突いて突いて、攻めの手を止めない。粗野な喋りや髭面のイメージとは異なって、「こう来るだろう」という予想の裏をかかれたり「ここで決めてやる」という一手を受け流してくるのだ。その合間で頭に向けて怪力で打ち込んでくるのを何度かもらっていて、こめかみから血が流れていた。ロビンの攻撃も時折は掠めて、編まれた髭がぐちゃぐちゃに解けさせるくらいのダメージは与えているが、

 

(父さんと鍛錬していたときのようで、腹が立つ)

 

 森の守護者としての役目というよりもうただ喧嘩に勝ちたいという一心で、棒の端と端を両手で持って全体重で挑みかかった。その結果は脛に足を入れられて、勢いそのままに川に落ちた。

 

「ぶわっはっはっはっは! よそものに鍛えてもらった体術が役立つとはなぁ! ……あ?」

 

 停めていた荷車がずずず……と川の流れに沿って横に動きだす。ロビンが川に落ちた勢いで川底の石がずれたか、はたまたそれだけ長い時間打ち合っていたか。

 

「あーっ! あーっ!! 荷がーっ!!」

 

 髭男の悲鳴も知らぬ顔をしてバランスを崩し横転する。がしゃがしゃと音を立てて、中身も川の流れに投げ出された。荷を覆っていた布は下流へとさよならも言わず遠く消えていった。

 慌てる髭男をよそに、落ちたロビンがなんとなく手元を探ると金属質な感触があった。拾い上げたら鎖帷子である。金属に違いないのに、手で持つ重量感は鳥の羽のように軽い。貴重な一品であることは素人目にも分かった。

 

「ああもう! 一人だけ任されて、他のやつらはもう人間の酒たらふく呑んでるのによぉ……!」

 

 この悲鳴から推測するに、仲間と共に移動する途中で取り残されたのか。だから最初に「機嫌が悪い」と言っていたのだろう。

 

「おい、そこの。一番でかい樽を引き上げろよ」

「は?」

「もうめんどくせえ、人間に納める品物もぱぁになっちまった。こうなったら残った酒をオレとオマエで独り占めしちまうぞ!」

 

 その重さゆえに唯一流されず残っている、ロビンの両腕で抱えきれないほどの大樽に酒が詰まっているらしい。

「やりましょう」

 酒は好きだ。即答だった。

 こめかみから流れた血もすっかり流されて、気分も晴れやかになった。

 

「もう面倒くせえ、他のやつももっていっちまえよ。オマエが拾ったのはドワーフが作ったミスリルの鎖帷子だぞ。役得だな」

「いいので?」

 

 決闘の前、髭男を川から丸太橋へ引き上げたのとちょうど逆の構図でロビンが水から上がりながら訊き返す。

 ミスリルは限られた鉱山からしか採れない、黒ずむことも曇ることもない貴重な金属だ。鋼のように硬く、羽のように軽いというまるでお伽噺のような存在である。その限られた山のひとつがドワーフ族の領域だという。

 

「とんでもねぇ大枚はたいて寄越せって人間がいたってぇんだ。人間の体に合わせてこさえたから、どうせドワーフの体じゃ余るんだよ」

「ドワーフ……」

 

 チビで髭面なのはそういう種族だからか。怪力なのも種族の特性なのだろうが、見事な体術は彼個人の努力によるだろう、と思いを馳せる。

 

「こんな空気のいいとこに出てこねえからな、見たことないだろう。だってオレは今日は深呼吸ってもんを生まれてはじめてしたぞ」

「同郷のドワーフ以外の友人は?」

 

 口を動かしながらも、一番の獲物である大樽を二人で引き上げていく。ひとりなら川底の石で穴を開けてしまいやしないか、そもそも重たいわ、間違いなく苦労するところであったがふたりならば案外に容易い作業。

 

「この酒で乾杯したら、初めてできそうだな。友達の名前くれぇ教えろや」

「ロビン・シャーウッドです」

 握手を交わす。

「リトル・ジョンだ。おぅ、オレに仕事押し付けたやつらが飲んでるのより旨い酒になるぜぇ」

 

 お互いびしょ濡れの衣服を乾かしながら、お楽しみの時間が始まる。火を焚いて暖を取って、ジョン自慢の怪力で強引に樽を開けたらどばどばと酒が溢れ流れ、構わず杯もなしにがぶがぶ飲んで、酔いがまわってくるとふざけて棒を拾って戦いの再現をしてみせて、また水に落ちて――ひとりきりの時間が長かった小屋に初めて、ロビンと父親以外の人物が泊まって、今日が終わる。

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