私本:ゆかいな仲間たちよ   作:黒木紫雨

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マッチとジョンとロビン、出立する

【幕間4:■■■■■■の抵抗】

 

『懐かしいな。あまり変わってないな。当たり前か。少しだけだが正気になれたついでに、言われてないことをやってやった。ざまあみろ、ってな』

 

 

 

【マッチとジョンとロビン、出立する】

 

 

 マッチは怒っていた。

 やわらかいベッド、冷たい水、温かいごはんも振る舞ってもらったし、里がおそわれた話も聞いてもらえた。その日のうちに馬を走らせて見に行ってくれているともいう。獅子心王もまだ話ができないというが、みんなが怪我を治そうと動き回ってくれた。

 それでも、それでも、マリアンをさらった犯人だとロビンを責め立てていった姿が許せなかった。

 マリアンが《指輪》を持っていて、一緒になくなってしまった。マッチのできることは終わってしまっている。マッチの旅はここで止まってしまった。

 

 じゃあ、次の旅をしよう。リュックにまた水や《スティンガー》、干した食料を詰めこむ。ロビンの仲間か通りすがりか、と宙ぶらりんになってどうもされなかったリトル・ジョンも誘う。もちろんふたつ返事で乗ってくれた。

 森の外からエルフの城へ案内されるときは道のない道をすすんでいったが、エルフの城から出ようとすると意外なほど目印はたくさんあった。ひとが生活する気配を辿っていく。広い森で迷子になったらとんでもないことになるのは分かっている。それでもマッチは目的の場所へ――ロビンの住む小屋を目指す。

 

 小人族の里で犯罪者が出ることは稀だ。焼きたてのパンを勝手に食べたら追いかけっこになることはある。だがそれくらいだ。

 お姫様のマリアンがいなくなってエルフのひとたちが焦っているのはよく分かる。でも自由なロビンをあの小さな家に閉じ込めてしまうだなんて! ギム、フカンショウ、ナンキン、そんなマッチには分かりづらい単語で会話をしていたが、ともかくロビンを直接に危害を加えることはしないがどこにも行けないようにするということは理解したのだ。

 

 到着した。背伸びをして窓から覗きこむが、マッチもジョンも背丈が足りていない。ひとの気配はするが姿が見えない、と思ったらあの金髪が屈んでいるのが見えた。ドアを叩こうか、何をしているかもう一息つまさきを伸ばして見るか迷っているうちに、ふとこちらを見たロビンと目が合った。

 

   *

 

「絶対にこのシャーウッドの森まで帰って来る。彼女は」

 

 どんな卑劣な罠にかかろうと、声を上げ抗うひと。決して諦めたりしないひと。仮に、そう仮にだが、この美しい森を残して世界から消えるなんて、彼女自身が死にきれないで化けてでてくるに違いない――。

 だから彼女がひとりの力で動けない状況にいるのなら、ロビンはなんとしてもその枷を外してやらねばならなかった。そのためにも見つけ出さなければならない。

 森の外は面倒ごとが多い。でも外に出なければならない時が来ていた。

 

 しかしはたと思い至る。外でこの緑の服は目立ちすぎる。マリアンと狩猟大会に行ったばかりで、他にこのような衣服をしている人間はいなかった。ただロビンは自分が《シャーウッドの番人》以外のものを演じることになると一切思ったことがなかったもので、森に馴染むための緑の狩服以外の持ち合わせがなかった。エルフの城に尋ねれば他にあるかもしれないが、マリアン誘拐犯として軟禁させられているのを抜け出そうと考えているところだし、何よりも時間が惜しい。

 

 ただひとつ、時間もかけずに衣装の問題を解決する心当たりへと向かう。

 すっかり一人暮らしも長いが、父の私物は家の一角に箱に詰めて固めてあった。ロビンは森で生まれ森で育ったが、外から来た父親の私物になら外の衣装もあるかもしれない。しゃがんで、ずっと手を付けずに保管していた蓋を開けた。

 すごいものが見つかるという期待があったわけではないが、いざ見てみると大したものは入っていなかった。雑多な日用品が主で、おそらくは失踪の数日前まで使っていたのであろう食器まで入っていた。片付けたのではなく単に紛れこんだだけであろう葉っぱや枝も混ざっている。今まで後生大事にとっておいたのが馬鹿らしくなるような品揃えだ。

 

 さっきから見られている気配がしていて、エルフが見張りとしてこちらに来たのなら不都合――顔を上げたとき、窓にひょこひょこと何かのさきっぽが上がったり下がったりしていた。悪意のあるものではない。もしやと窓に寄ると、

 

「マッチ! ジョン!」

 

 すぐに招き入れた。疑われている身である自分に会いに来てくれた嬉しさ、森を往くのに案内をしてあげられなかった口惜しさが入り交じる。

 

「ぼく、おこってるもん。なんでも手伝う!」

「おひいさんを連れてった犯人じゃねぇのはよく分かっているからな」

 

 ふたりの言葉に涙まで出そうになるのを堪えて、これからの考えを話す。

 

「森の外へマリアンを捜しに行くつもりです。今のところ手掛かりはありませんが……」

 頷いて同意してくれる。ジョンは天井を仰いで、

「オレは足がみじけぇし、すまねぇが仕事も放り出して酒を飲みにに来ているから戻らなきゃならねぇ。だが寝てるつもりはねえぞ! 情報が転がってくるかもしれん。おひいさんを盗んじまうくらいの奴なら、そういう腕利きに装備を売ったとかいう話もあるかもしれん」

「ぼくらの里はエルフのひとたちがみてくれるって、それは約束してくれたんだ。だからぼくはもどらないで、ロビンとは別のところを行ってみようとおもう」

 

 改めてふたりに深く礼を述べようとしたら「待てい待てい、それはおひいさんが見つかってからだ」と止められた。

 今は外へ出て行くための準備をしているところだ、と箱漁りを再開する。がらくたが多くてもう期待しづらいが……。

 その最後の最後、一着だけ衣装があった。底に畳まれていて、これが箱に最初に入れられたものだと誰の目にも明らかだ。

 とりあえず見た目が緑じゃなさそうだからと広げて確かめる。

 今まで触れたことのない素材であった。夏日の空よりも濃い青色の生地をふんだんに使っている。そして宝飾品があちらこちらに付けられ、金色に光る細糸で蔓草を連想させる模様が描かれていた。丈や腕の長さはちょうどよいように見える。

 

「……これを着ていた頃の父に、背丈も追いついたということか……」

 

 そのまま着てみたら、まるであつらえたかのようにぴったりとしていた。記憶にある父の肩はずっと高かったような気がするのに。いつも使う緑の狩服もエルフらの技術と精霊の加護がこめられた良い品であるのだが、肌触りの良さはこれまで知らないなめらかさである。

 

「すっごく似合ってる! ……はじめてのはずなのに、はじめてじゃないみたい? それくらい!」

「親父さんの服だってか? どこで手に入れたんだってくれぇに上等だぞ」

 

 褒められてにやけてしまいそうになるが、先にやらねばならないことがある。ロビン自身の方の荷物から角笛を取り出す。ちょうどよい大きさの獣を仕留めたときに加工したものだ。首や手首などにかけられるよう紐を通してある。

 

「城からこの小屋までは距離が短いですが、森から出てまた詳しい者の案内なしに戻ってくることは不可能です。だからこの笛を鳴らして。必ず迎えに行きます」

 

 目をきらきらとさせてさっそく鳴らそうとするマッチを慌てて止めて、三人で笑った。そしてみなで笑いあったことでひとつ、踏ん切りがついた。この笑いあう輪にマリアンもいないと不完全だという認識。

 森の出口までは同行して案内した。リトル・ジョンとは彼が元きたドワーフたちの鉱山のてっぺんが見えたところで別れ、マッチとは最寄りの宿場へ続いている街道まで一緒だ。狩猟大会の賞金の残りもあまり残りも多くないが丸々分け合った。人間でないものに連れ攫われた線が濃いが、その追跡のための手掛かりは人間たちから得られるかもしれないのだ。

 ばいばい、またね。ええ、また。別れの言葉を交わせる友と再会の約束。ひとりになってしまったが寂しさはなかった。

 生まれてからの友であり精霊であるドライアードは森から離れられない。本当にひとりになった。

 行く先の宛てはなかったが、父の服を身に着けたことで「かつて連れられた酒場にいきたい」という思いが強まっていた。人里に出るときに近くに寄ったことはあったが、どこか『子供』は酒を飲むと引っくり返る思い出がちらついて、まだ自分はそこへ行くべきでない――そんな意識があったような、そんなことを思う。仲間と酒を飲んでも、ついに父と同じ杯を交わすことはなかったのだ。

 青い服を着て、まるで生まれ直したかのような心地になりながら記憶にある道を踏み出した。

 

(まずは西、そこそこに歩くとでこぼこと歩きにくい地帯があって、右手側に大岩があった……)

 

 子供の頃はつまづいた段差は大したことがなく、大岩も記憶より小さくなった気がしたがみなちゃんとその通りにあった。

 

    *

 

 長い長い、淀んだ水の中を引き回されるような感覚。それが終わるのは唐突。

 知っている現実の空気をようやく接種できた。口は相変わらず布を噛まされたままで湿った布の味は気分が悪いが、鼻から吸える大気にいくらか安堵を覚える。

 

 もう空は暗くなっていて、夜闇に目が慣れるまで多少の時間が必要だった。担がれていた身体が冷たい土に降ろされる。手が自由になったと思ったらすぐに頭の後ろで組むように例の黒い男に促された。わざと緩めたらすぐ、しっかり組み直せと無言で強制される。ごまかすことは難しそうだ。

 星と、人の住む地域らしくにちらちらとその明かりが灯っていた。空よりは低く、だがやけに高いところにも光があると思ったらそこは建造物だった。石造りの城。マリアンの知るエルフのものと比べればあまりに歴史は浅い。

 後ろからそっと押され、前へ進むよう促される。首を傾けて睨みつけようとすると頭を正面に戻された。

 

(従うしかないか……)

 

 何が目的なのか、マッチと出会った帰りを尾行されたのだから《指輪》と推測していた。だがマリアンに《指輪》が預けられたことは知る由もないはずだ。マッチの存在はただの偶然で、エルフの王女を最初から狙ったということだろうか。

 相手の目的をくじくためには、それが何なのかを知る必要がある。覚悟を決めて踏み出した。

 

 

 建造物なのでもちろん門がある。手も使えないようにされているのにどうさせるつもりか疑問に思っていたら、はじめから開かれていた。マリアンの到着に合わせて開けた様子ではない。

 不用心だと第一に感じて、通れる程度に肩で押し開けて踏み入れた途端にこれは誰も寄り付かない、と第二に思った。マリアンを連れ去った黒い男も特徴的な腐臭を放っていたが、この城はもっとひどい臭いが立ち込めている。死体を埋葬せずにかき集めてもこれだけの異臭をさせるには足りないのではないだろうか。

 手で鼻や口を押さえることもできず、自傷したり騒いだりできないよう布も詰めこまれているのでせめて口呼吸で凌ぐことも許されない。せめて窓のある部屋まで辿り着けたらましになると信じて、促されるままに歩いていく。

 城内にはいくらかの分岐路もあったのだが、いちいち立ち止まって指示を待たなくてもスムーズに進んでいった。最も豪奢で太くて長い通路を選んでいけば、どこの城だって自然と着くのだ――城主の元へ。

 そこそこ悪趣味な装飾の目立つ城であったが、その中でもより統一感のない一室だった。遥か遠い地から集めてきたのであろう、マリアンでも見たことのない意匠の家具や絨毯、松明、宝石、他あれそれがあちらこちらに設置されている。

 

「もう腕は下ろして楽にするがよい」

 

 最も大きな椅子に腰掛けている人物がそう言うと、ずっと背中にいた気配が部屋の隅にまで下がっていったのが分かった。この人物が首謀者と考えていい。

 腕を下ろすと血の巡りが良くなるのが感じられた。生きているって実感がする。

 

「あんたが城主?」

「いや、俺がこのちんけなノッティンガム城の城主であるわけでなかろう。だが無礼を許す……プリンセス」

 

 マリアンがエルフ族の王女であることを知っていて連れてきた。ノッティンガム城だというがそこの州長とは別の男だ。目元には獅子心王の親類であると感じさせるものがある。もしも獅子心王が普通の人間ならこうだろうという顔立ち。

 まさに狩猟大会のときに衛兵が言っていた。

『そら、大会に来るやつらはあっちだ。城には王弟ジョン様もいらっしゃるから、お前たちのようなのが会えるお人じゃない』

 ノッティンガム城には王弟ジョンが滞在していると。

 

「王族が王族を迎える手順も知らないのかしら。仲間たちから引き剥がしてくるだなんて、食事もしそこねたわ」

「落ち着くがいいさ、誰も殺してはない。そうだろう?」

 

 黒い頭巾の男――呼びにくい、《黒い死者》と呼ぼう――が頷く。確かにロビンの罠を利用してきたが、あれは人殺しのできる威力は出せない。

 頭の先から足先まで舐めるように見られる。元々ここノッティンガムで開かれた大会に参加してすぐシャーウッドへ半日かけて引き返し、マッチの面会の取次ぎなど働きまわっていたところだった。残念なことに土埃まみれで人と会うような格好ではない。

 

「ところで、いい指輪を嵌めているな」

「あたしのじゃないし、あんたのでもないわ」

 

 視線の注がれる先はマリアンの指。そっと左手を背中側に回した。自分の指で触れるとまだ《指輪》をつけさせられているままであることに気づいて背筋が今はじめて冷たくなった。

 

(てっきり、これを外したことであの死者の世界から出たと思っていたのに……)

 

 気持ち悪くてせめて外そうとしてみるが、いつの間にか指にぴったり合うように、いや合いすぎるようになっていて抜けない。自分の指をなぞってみても浮腫むなどして太さが変わっていない。《指輪》の方の大きさが変わったかのように。

 

「かくいう俺も気に入っている指輪があってな」

 

 もったいぶって王弟ジョンは拳におさめていたもうひとつの《指輪》を取り出した。マッチが持ってきたものより一回り大きいのは、大の男の指に合わせて変化した――というのは考えすぎでもないだろう。そういうことが起きて不思議でない。

 

「不思議なことだろう、よく似ている」

「こっちは一刻も早く外したいし壊してしまいたい」

 

 王弟はもったいぶって笑いながら、愛しいものかのように《指輪》をしまった。舞台演劇かのような大仰な動きでマリアンに手招きをする。自分があるじで、未来の王であると誇示する動作。

 

「いやはやここは運命のひとつでも感じてみよう。ちょうど王族と王族だしうってつけではないか」

「女を攫ってくるような男に運命を感じたりはしないの」

 

 獅子心王は政より体を動かす方が好きな生粋の武人、彼のことはマリアンも悪しからず思っているところだがこの弟は好きになれそうになかった。

 

「あの汚らわしい戦闘狂の獣より、血筋も育ちも正当なこのジョンの方がいいぞ? 人間とエルフの王族同士で婚姻を結ぼうではないか」

 

 ここで兄にあたる獅子心王のことを引き合いに出すこと自体、ジョンの持つ執着心が垣間見える。生まれやすく死にやすい人間たちは種をたくさん撒き、また争いあう。

 高めあうために競うのは好きだが、足を引っ張りあう争いは嫌いだ。猫を被る必要もない相手にマリアンは遠慮なく嫌悪の表情を見せる。

 王弟ジョンも慇懃無礼な表情の仮面を崩し、本性の部分を覗かせてきた。

 

「プリンセスのお気に召さないのならば言葉を変えようか。――お前の魔力が必要だ。エルフの王女となるとどれだけの力があることか」

「それで何をしようというの」

 

 牽制しつつ探りを入れる。確かにマリアンは魔法を扱えるし、未来視の能力も持っているのは事実だ。ただ例えば歴史上にあった『海を割り道を作った男』や『死者をも従えた冥王』のような奇跡には遠く及ばないし、だが一方で森の外にいる人間たちがどのような認識を『エルフの王女』に抱いているか読めない。

 

「まだ他人だからなあ。結婚してめおとになったら教えてやろう。ベッドの中でな」

「気が変わった。知らなくていいわ」

 

 下卑た笑みを見て、独り相撲をするのが馬鹿らしくなって即答してしまった。

 

「時間はたっぷりある、もう一度気が変わった。――おい!」

 

 部屋の外で控えていたらしい者たちが入室する。こんな男に従わないといけないだなんて、人間も苦労するものだと横目で見て、愕然とした。おそらくは侍女の格好をさせられた女性だと思うのだが、入ってきた彼女らは全員が黒く腐臭を放つ死体。

 頭巾の男が後ろにいなければ、怒りのあまり今すぐにでも王弟ジョンに飛びかかっていた。

 獅子心王が相談してきた不審な死体消失の黒幕だということは、あの腐臭のする男を従えていたことから予想は容易かった。怪しい力で《黒い死者》を作り出して操っている、その犠牲者には今頃きっと墓場で穏やかに眠っていたはずの人々。

 マリアンを連れていく彼女たちのうち一体が腐っていた膝から崩れた。そのまま倒れてしまったが、助け出そうとするとやはり止めさせられ、置いていかざるを得なかった。どうあがいても、遺体を故郷に返すまで誰なのか判別できるほどのかたちが残してあげられないだろう――。

 ぐずぐずになった腐肉をよこせと、カラスが窓の外で騒いでいた。

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