私本:ゆかいな仲間たちよ   作:黒木紫雨

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マッチ、お城へ潜入する

【幕間6:声なき精霊】

 

 

『ロビンが森を出てしまった。すこしだけ出かけるのは前からあったけど、それとちがう。でもね。いつも見守っているよ、きみと出会ってからしぬまで。番人が森にいのちを捧げるように、ドライアードもまた番人にすべてを捧げるんだ』

 

 

【マッチ、お城へ潜入する】

 

 

 マッチはロビンと別れてからも歩いていた。何日も、何日も、たくさんのひとに聞きこみをしたり、穴をのぞいたり。首にさげた角笛もぴょこぴょこ跳ねている。

 じいちゃんにもらった《スティンガー》はずっとマッチを守ってくれた。この角笛もきっと大切なものになる。

 とりあえずいちばん大きな街を目指していた。マリアンと馬ではしった道を今度はひとりで戻る。たまに馬に乗ったエルフのひとが追い抜いていくが、子供のように見えるマッチには目もくれない。すこしでも早く、てがかりを探そうといそいでいるのはみんな同じだった。

 たまに子供だけだと心配して親切にしてもらえた。「足がしっかりしてるなあ」「これ飲めよ」だからノッティンガム街に着くまでの一週間も苦労した感じはない。ただ、それらしい手掛かりがないまま到着してしまった。

 よろいや槍を着た兵士が門をしめていた。たくさんのひとが文句をいってガヤガヤとしている。先に行ったはずの、マッチに水をわけてくれた人間のひとやマリアンを探しているエルフのひともその中にいた。

 

「どうしたの?」

「坊主、そのリュックに見覚えが……先に行ったけど追いつかれたのか。突然に街に入るのに検問が敷かれてな」

「ケンモン?」

 

 つまるところ街に入れてもらえないらしい。他のひとの文句にも耳をかたむけてみると、この数日で急なことだそうだ。マリアンがさらわれた日より後のことでちょっとでも変化があるなら街に入って調べてみたい。

 観察してみると、大きな荷馬車を引いているひとはさっさと入らせてもらえているのがわかった。これを利用できないか考えていると、ガシャガシャとまるでフライパンや鍋をたくさん詰めたかのような音をさせているひときわ大きな荷車がおくれてやってきた。

 

「なんでぇなんでぇ、ここのお偉いさんが大口の注文してくれったのによぉ、おらおらどいたどいた」

 

 聞きおぼえのある声が乱暴に人ごみを押しのけて進んでいる。背丈がひくいので姿までは見えない。これより大きなのが来るチャンスはもうないかもしれない。持ち主が適当な性格なのか、荷をおおう布もスキマだらけで潜りこめそうだ。

 あれこれ考えるよりもやってみる。大きなリュックはぽいと捨て、いちばん大事な剣《スティンガー》だけ抱えて思いきって飛びこんだ。荷車が無理やりに人を押しのけているものだから、小柄なマッチがごそごそしても気づかれない。剣がぶつかってガチャ、と音がしてしまったものの、荷車はガチャガチャガチャともっとうるさかった。

 

(わくわくが止まらない……!)

 

 かくれんぼをしていたときのような胸の高鳴りが体の内側でさわいでいる。

 

   *

 

 荷車はガチャガチャとうるさいからバレない――そのマッチの考えは正しかったのだが、どこかはわからないのだが途中からとにかく鼻がもげるかと思うくらいにくさくてくさくて、。ひっしに鼻をつまんで、口で息をして、どこかに着くまでこらえるしかなかった。

 まだお昼だというのにやたらと暗い場所をとおっている。ひどいにおいを吸わないようにするのでいっぱいいっぱいで、ときどき外でだれかが話をしていても聞き耳どころでなかった。だが友達になったリトル・ジョンに似たしゃべりかたをするひとが「ああ臭いったらありゃしねぇ」と帰っていくのだけ理解できて、そこからひとの気配がしない、暗くて、いっそうひどいにおいのする部屋に荷車ごと置かれたようだ。

 

(こっそり、こっそり)

 

 もうがまんの限界で、まわりを確かめることなく勢いで荷車の布をほうってとびだす。

「ぶ」

 

 ごわごわした毛むくじゃらのものにぶつかってしまった。獅子心王がいるのかと混乱しそうになる。でも獅子心王はいまは大怪我しているけど、おおきな声でわらって、つよいひとだからこんなところで冷たくなっているはずがない。

 次はちょっとだけ慎重になって、壁をつたって部屋のそとにでた。どこか石でつくられた建物の地下だ。まだにおいがきついままだが、さっきのところよりはずっとマシだった。狭い荷車からでられた開放感もあるかもしれない。

 街の入り口をふさいでいるところだけ抜けたら十分のつもりだったが、きっと街でいちばんおおきなお城にまでつれてこられたにちがいない。それにしてもイヤなにおいがしていて、人間たちの街にくわしくないマッチでもおかしなことになっていると断言できる。

 外にでるべきか、話ができそうなひとを探すべきか、こっそりしながら考えていると、ものが割れる音がした。上の階からだが、やけに静かなせいで大きく聞こえる。もしもだれかが困っている、そんな深刻なことでなくても猫か鳥が迷いこんだのかもしれないとしたら、確かめずにはいられなかった。

 

 上の階へといくとひとがいた。もしも、もしも、話ができそうならここでマッチは人懐っこく話しかけていただろう。でも数少ない持ち物、《スティンガー》がくらい廊下でひかってマッチに主張する。だからマッチは曲がり角にかくれる。

 そうっと片方の目だけでみたら、何人かおとなの女のひとらしいのがあるドアの前に立っていた。みんな黒くみえる。

 

(このひとたちがお皿を落としちゃった?)

 

 だが足元をみても散らばった様子がない。首をかしげているうちに、こんどはいくつもの金属がガシャガシャとぶつかる音が下の階からしはじめた。こちらの音には反応して、何人かいた女のひとたちがみんないってしまった。

 気になって、女のひとたちがいたドアの前に立つ。向こうにひとの気配がある。ドアノブを押しても引いても動かない。

 さっきまであんなにも慎重になっていたのに、ここは『ある』もしくは『いる』とカンが告げている。マッチにはこのドアの先がどうしても気になる。

 となり部屋のバルコニーから外をつたっていけないか、とひらめいて実行する。

 バルコニードアをあけて外をみてやっと、現在地がわかった。街でいちばんおおきな建物、それも石造りのお城のたかいたかい部屋だった。下にいる人間たちがアリみたいにみえる。日がしずみはじめていて赤いひかりで街がつつまれている。

 風を感じながら、でもすべって落ちないよう、あんまりのろのろしすぎたら女のひとたちがもどってくるかもしれない、それならエイヤア、と飛び移って。

 窓の向こう、くらくて気分が滅入るお城のなかにきれいな緑色の背中。見えづらいけども、床にあるモノを拾っていた。

 このひとをマッチは知っているし、さがしていたのだ。

 

「マリアン!」

 背中がこちらに振り向く。知っている顔が驚きの表情になる。すぐに駆け寄ってくれた。

「どうしてここに」

 

 つらくて疲れた顔をしているけども、やっぱりきれい。はやくみんなのところに。

「ジョンもロビンも、あとエルフのひとたちもみんな心配してる。帰ろう」

 笑顔で手をさしだすのに、マリアンはそれを受け取ってくれない。

 

「あたしが抜け出したらすぐに追手がくる。そうしたらマッチも脱出できなくなるわ」

「いやだよ、いっしょに、みんなのところへ行こう!」

「今はあたしの無事と居場所さえ。それだけ持ち帰れたらいいでしょう? こっちはなんとかする」

 

 マリアンが受け入れてくれないことに頬をふくらませる。理屈ではわかる。マッチも故郷でいくらか剣を教えてもらったりもしたが、戦いはロビンやマリアンには及ばない。いのしし狩りのときも最後以外は腰をぬかしていた。そんなマッチだけではぶじに連れてもどるのはできない。

 

「あたしには『切り札』があるんだ、安心しておくれ」

「……わかった」

 

 ものすごくふてくされた顔をして不満をアピールしつつも飲みこんだ。

 

「王弟ジョン。あいつが《黒い死者》を操っている。あたしは別の場所に動いたとしても、これは変わらないから。それだけ父や獅子心王に伝えて」

「ロビンには?」

「え? ……うーん、あたしの無事を知らせるだけでいいかも」

 

 緊張した顔がつづいていたのに、急にマリアンがわらっちゃった。もっとわらってほしい。すこしでもはやくロビンともまた会わせてあげたい。

 いいことを思いついた。

 

「これ、ロビンの笛。吹いたら来るって言ってた!」

 

 首にさげていた角笛をわたす。受けとってくれたあと、目をほそめて片手でまわしたりしてながめていた。赤いひかりで笛もマリアンも照らされて、ゆるんだ表情とあわさってついみとれてしまう。

 

「ありがと。ちゃんと森で吹けるようにしなきゃね」

 

 マリアンはなでてくれた。その感触がなごりおしかったけど、また会うのだから、と自分にいいきかせてまたバルコニーをとんで、もときた部屋からもどる。なんだかはじめよりも下の階がうるさくなっていて、見つかってしまう前にカギのかかっていないドアをつぎつぎとあけて出口をさがした。さわがしくはあったし動きまわる黒いひとたちともすれちがったが、ふしぎと見咎められることはなくて、なんとか城からでられた。

 

   *

 

 リトル・ジョンはノッティンガム城への納品の仕事を引き受けている。回り道をしないとサボって酒を手に入れるのも難しいノッティンガムへの仕事を他のドワーフらはノリノリで押しつけた。

 やたらと腐った臭いのたちこめる城の地下室にやっと荷車を運び終え、ともあれ情報でも手に入れようかと思ってもこの城は人の気配がなさすぎる。品物の受け取りをした役人も今日限りの雇われだという。早く城から去りたいと言わんばかりで、話を聞きだす前にさっさと行ってしまった。

 面倒になって、絶対にあるはずの調理場を探して酒か肉を拝借したくなってくる。

 この城の中でマシな匂いがする方に誘われると焼きたての肉があった。鹿肉っぽい見た目だが断言はできない。食べれば分かる、と一口齧った。旨い、と唇を舐めた。もう一口、もう一口。上等な肉と来たら次に必要なのは、決まっている。

 

「おーい、ちょっくら旨い酒の在り処、教えてくれやぁ」

 

 奥に料理人の男がいたのだ。でっかい声で呼びかける。人気のない城でやっと人間に会えたものだからつい余計に声が大きくなった。

 

「なんだい。虫の居所が悪いんだ。出ていけ出ていけ!」

 

 いきなり包丁と鍋を手に殴りかかられた。ジョンも近くにあった延し棒を掴んで殴り返す。

 でも互いに一発殴りあっただけで手が止まった。激しい動きをして息を吸いこむと身体の中に入ってくる腐臭でもう気持ちが萎えてしまうのだ。

 

「ああもう嫌だ、ただでさえ臭い城で働かされて、しがない料理人にこんな門番の真似事までさせられちゃたまらない」

「こんな旨いのを作れるだなんて上等だよ。城から出てオレらドワーフに振るまってくれや」

「それはいい。いっそ、退職金代わりに金目のモンをごっそり持っていこう。いいのがある場所知ってるんだ」

 

 武器にした調理器具は置いて、いちばん大きな鍋と次に大きな鍋を掴む。銀細工の皿やそのへんの金貨など片っ端から詰めこんだ。げらげらと笑って、料理番も彼ひとりでこの城の食事を回していたそうで雇い主の愚痴もたくさん聞かされて、ジョンがどれも笑い飛ばす。

 最後に料理番が案内してくれた部屋は『とっておき』だそうだ。大きなテーブルもあって、もしも宴をするなら山ほどの皿と盃を並べられそうな空間だった。そこには、銀に似た輝きを持つ品。この素材をリトル・ジョンは知っている。

 

「ミスリルの大弓! こんなところで雑に放ってくれちゃってくれてよぉ……」

 

 頭に浮かぶのは、自分がミスリルの鎖帷子をあげた金髪の男。あれも弓使いだ。

 ずっしり重たくなってきた鍋のいちばん上にミスリルの大弓を乗せた。これもまた雑な乗せ方だが、きっと上手く扱ってくれるであろう男の元へ届けようと思っているからミスリルにはちょっと我慢してほしい。

 家探しにそれなりの時間がかかってしまったせいか、逃げだそうとしているのがばれたか、

 

「うわ! いっぱい来たぞぉ!」

「あの魚みたいに臭い女たちに構うな、外に一気に走り抜けろー!」

 

 重たい鍋を抱えながら黒くて臭いやつらから逃げ回るとなると、最悪は戦利品は捨てていくことも頭をよぎった。だが不思議とちょっと走るだけで鍵のかかっていなくてドアの開いた部屋がいくつもあって、それらに上手く飛びこむことでなんとか城から脱出できた。

 

 

 お互いの脱出に互いがいい影響を与えたことを、マッチもリトル・ジョンたちも知らない。

 

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