砂塵にとける共犯者たち   作:黒木紫雨

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1 強奪共謀 -セイン-

 ジーンは次に目を開けると、石造りの建造物の中にいた。

 

(おいおいおいおい…………)

 

 ジーンに見せた手品、マジックどころじゃない奇跡だ。むしろこちらを先に見せつけた方が納得の度合いは遥かに高いのではないか? 仮に殴ったり薬で気絶させたりして運ばれたら、こんなクリアな目覚めもあり得ない。

 油断なく状況を確認する。今までお宝を盗ってきた遺跡やいけすかない金持ちの家で合致する記憶はない。壁で覆われていて窓もないが、空気の感触からして夜中だ。ただしラクスと密会したあの時間から連続しているのか、丸々数日飛んだのかは判別できない。人に会って日付を尋ねるしかあるまい。

 

「よう、お困りのようだな?」

「なんだ!」

 

誰何(すいか)に応じるよう、壁のランタンが灯って男の姿が照らしだされた。背中で細く長く、尾のように揺れるおさげと油断のない目つきが特徴で、だが警戒してフードで顔を隠すジーンとは対照的に、何も隠さず両手を上げて歩いてくる。似たようなマント一枚羽織っているが、隙間から見える服装は同業者っぽくない。

 

「オレはセイン。今はしがない探し人――とりあえず情報屋ということにさせてくれ。ラクスの姉御に飛ばされてきたのならちょうどいい。ちなみに……」

 

 ジーンが知りたいと思っていた「ラクスに会った日から今この時間との差」をスムーズに教えてきた。同じ日付で、場所はラクスが出演していた街から遥か離れている。とんでもない話だった。

 

「この遺跡はかの有名な『アリババと四十人の盗賊団』連中の根城でね。魔法の指輪はヤツらのお宝の中にあるってことさ」

「そこまで分かってるんならお前が盗みだしちまえよ」

「おいおい、四十だよ、四十? それ相手にひとりで行けってか? 薄情だなあ」

 

 馴れ馴れしく肩を組もうとしたのを払いのける。アリババ盗賊団ならジーンも聞いたことがあった。夫婦が揃って首領である大規模なグループで、嘘かまことか、当初は四十人だけだった盗賊団をその夫婦が乗っ取って今は四十二に増えたとかなんとか。人を率いることに興味のないジーンにとっては現実感のない生き方だ。

 舌なめずりをして計算する。自分のやる気、実現可能性、期待値、そして浪漫。

 

「俺は困難なお宝ほど燃えるね。でもひとりじゃ厳しいって今言ったな? お前は言ったな? じゃあ――俺たちふたりでヤッちまうか」

 

 手先の器用さ、すばしっこさには自信はあるが、この遺跡の構造も何も分からない状態からのスタートはあまりに不利だ。だがこの自称情報屋がいれば役に立つだろう。最悪は肉盾にもできる。裏がありそうな相手にも敢えて乗るが、こちらのメリットもシビアに計算するのがずる賢さというやつだ。

 セインも同意し、まずはざっくりとした説明。

 

「ここは三階ぶんの構造のうち最下層で、盗賊団の非常食や装備が放り込まれた倉庫なんだよ。といっても予備ばっかりだけどな」

「地図とかはねえのか?」

「あるのは頭の中だな。完全でないが、作るか」

 

 セインは先に懐へしまっていた青い本を取りだし、雑にびりびりと破いて紙切れにしだす。ちょっとビビった。

 ジーンは本を嗜み愛するような文化的な人間のつもりでない。だが金持ちの家や古い建造物の下調べ、商人とやりとりといった必要があったので、それなりの読み書きは身につけている。そして本には比較的なんにもないページと、びっちり詰められたページで差があることも知ってはいる。セインはそれらの区別なく、自分の持ち物なのに価値なんてないとばかりに即興の地図づくりに精を出していたのだ。

 

「分かりやすくてありがてぇけど、いいのかよ」

「オレのだけど、オレのじゃないからいい……地下三階は倉庫だけ、地下二階が宝物庫とそこに至る迷路、一階は盗賊団の生活空間だ。各フロアは一箇所の階段で繋がってる」

 

 紙ごとに階層を分けていて、平面なのに立体感をもって説明してくれた。地図に記された迷路がほぼ空白である点を指摘すると「詳しく書いてると朝がきちまう」と言われた。

 それぞれ地図を指差しながら確認していく。

 

「見張りの配置や交代タイミングは?」

「迷路内部にはいない。さすがに最後の宝物庫の手前にはいるようだから、たまに交代するのは確認している。時間まではわからんが、なんもなけりゃ二人みたいだな」

「四十のうちの二、ねぇ。脱出経路はどうだ」

 

 すらすらと地図を作る様子を観察した限りは出任せでない、本当に頭の中で統合した情報だと確信した。だがジーンの中にある常識としては盗賊団の規模に対して二という数は手薄すぎると感じたので、ここは話半分にしておく。

 

「脱出、脱出ね。万一に侵入者がいても袋のネズミにするため、迷路以外は全体的に一本道なんだよなー」

 やけくそ気味にセインが紙と残った本を放り投げた。だがジーンもセインも絶望といった表情でなく、ニヤリとして目を合わせる。

「お宝を狙わずに外に出るだけならもうちょっと楽だと思うぜ」

「浪漫が足りねぇ。その選択肢はないな」

 

 いつも持ち歩いていた――女の部屋に忍びこむときでも手放さない――刀のジャンビーヤはあるが、他のものはラクスがいた街に置いてきてしまった。現地調達するしかない。

 倉庫ということで、転がっていた布袋を適当にいくつか開く。しかし地下三階となると、熱砂を避けられるありがたみよりも昇り降りが面倒なのだろう。予備にもならない、せいぜい緊急用で手入れのなってない品ばかりだった。

 舌打ちする。面倒になってきてだんだん足で蹴って雑に布を払うようになっていった。セインの方へ投げやり気味の声音で呼びかける。

 

「よっと……ボロくなっているが槍はあるな。こっちは木の盾と鉄の盾。食いもんは……香辛料や塩漬けばっかりで話にならねぇ。前夜祭としてウマそうなもんは食い尽くしてやろうと思ったのに」

「槍なあ。棒術は多少やれっけど、ここはちょっと狭すぎる」

 

 ジーンも短剣ならば自前のジャンビーヤがあるし、槍はいらない。

 槍は単に長い棒とも考えれば十分役立つが、天井のある建物内ではデメリットの方が上回る。短剣は空間の広さを問わないから取り回しがよい。二種のバックラーは前腕に取り付ける簡素な仕組みのものだが、シンプルさゆえに動きを阻害しない。普段扱う装備品ではないが使えそうだ。

 確認していたら、図々しく横に寄ってきたセインが片方を指差す。

 

「んでバックラーは木の方をくれよ。情報屋っても戦いの知識は専門外でね」

「俺だって軽い方が使いてぇよ」

 

 お互いにゴネた結果、いつの間にかジーンの方が木の盾を使ってもいい代わりに前に出ろとかいう方に着地されていた。

 

   *

 

 いきなり見知らぬ場所へ放りこまれたわりには準備ができた。最後に保存されていた塩漬け肉の表面だけ舐めておく。砂や日光を遮ったり身を隠したり何かと役に立つマントの前を留め、フードを深く被る。美形はお預けだ。

 セインが言った通り、確かに倉庫を出ると上への階段しかなかった。自分たちの気配を消しつつ慎重に進む。一階層ぶん進むと、常夜灯としての灯りがぽつぽつと見えはじめ、いよいよ遭遇してもおかしくないという緊張感が高まる。話し声の類はまだ遠いものの、気の知れた人間が集まれば必ず生じる雰囲気が漂っていた。

 離れて後ろを付いてきているセインについて、ジーンは認識を修正した。もしも後方にいる、という予備知識がなかったらいることに気づかなかっただろう。隠密が上手いし、頼りない程度の灯りでも目が効くようだ。

 入り組んだ路にたどり着く。盗賊団が溜めこんでいるお宝はその先だろう。横取り狙いの侵入者は迷路でぐるぐるとさまようわけだ。突破しても奥には人間の見張りもいることだろう。

 

(迷路だ……来いよ)

 

 口の動きとハンドサインで呼ぶ。読唇術ができるか特に確認していなかったが、たぶんできるだろう。

 ほどなくセインも追いついてきた。黙って前衛後衛が入れ替わる。ここは自称情報屋が、真に情報を持っているかどうかだ。

 セインは罠がそこにあることを見抜けても、やはり解除まではできないらしい。細い紐に引っかかればけたたましい音を立てるであろう装置や、奈落に続く落とし穴が仕込まれているらしい場所はひたすら慎重に抜けるしかなかった。だがこの迷路は盗賊団自身も定期的に使うエリアであり、正解の順路であれば必ず通り道が存在する。

 ジーンの自身の足元で「ジャリッ」と踏みしめた靴底と大粒の砂が擦れる音を立ててしまった。静かな通路ではよく響く。

 

「やべっ」

 

 前にいるセインの実力を値踏みするどころか、ジーン自身がやらかした。見逃してもらえたらラッキーだったが、奥の方で盗賊団メンバーが動き出す音、連絡用であろう鐘の音が鳴り始めた。少しずつ音の高さが違う鐘が連鎖しており、アジト全体に行き届く。セインが駆け出した。判断が早い。

 

「急げ、もう突っ切ってしまえ!」

「袋小路にならないか!」

「魔法の指輪さえあればどうとでもなる」

 

 一体何がどうとでもなるやら。だが〝まほうつかい〟を名乗ったラクスによって見知らぬ場所まで転移させられたのだ、手にさえしたら状況を変えられるというのも納得感はある。そもそも退却しようにも、元きた道を戻っても最下層の倉庫にしか戻れないのだから腹をくくるのが最も合理的だ。

 迷いがなくなれば早い。数秒先に加速しだしたセインをあっという間に追い抜く。

 セインが示した方へ曲がり角を曲がる。いかにもな扉を守る、盗賊団の見張りがふたり。鉢合わせ。すでに曲刀が抜かれている。

 

「数で劣るなら、各個撃破……ってね!」

 先頭で駆ける勢いのまま横回転、回し蹴りを無防備な目の玉に食らわせる。ひとりは悶絶しているがまだ残っている。ちんたらしていられない。ジーンは次の一手を構えた。

「こいつも喰らいな!」

 

 後ろに居たセインは素早く目鼻を守る。香辛料をボロ布で包んだ『爆弾』を投げつけた。相手は得体のしれない投擲物を咄嗟に刀で防ぐが、ばらまかれた粉の刺激にむせたところを蹴りでダウンさせる。即席の単純な『爆弾』だが、わざわざ磨かれた刀に近寄らず無力化のチャンスが増えるなら何でも利用するというものだ。

 カギを奪い取った。いくつもぶら下がったカギ同士が擦れてじゃらじゃらと鳴る。この数あるうち、どれが扉に対応しているか、まず全部がダミーである可能性すら――冷や汗をかきながらも一本目で解錠の手応えがあったので、祈るように扉を押したらあっさり開いた。

 

「入れ、セイン!」

「お先に」

 

 誘いこまれる違和感はありつつ、まずは状況確認。部屋の外、迷路の側からの警報の鐘、そして武器を携えた足音がすぐ近くまで迫ってきている。部屋の中、金銀財宝がたっぷりぎらぎらと溜められているのがまず目を引く。これは逆に指輪ひとつ探し当てるのに苦労するかもしれない。他には何十もの人間も入れるサイズ感のツボ――布製の蓋を破いたセインが「これ油!」と叫ぶ――が並べられていた。

 これも使える。火事場のバカ力で運んで、倒して、手近な灯りのひとつを投げて、盛大に燃やしてやった。熱風をまとう火の絨毯と化する。時間稼ぎにはなるだろう。

 セインが子供みたいにはしゃいで跳ねた。ジーンは引火を気にする。

 

 

「ようし!」「俺のマントは燃えてないよな?」「心配なのか」「日に焼かれたくないんだよ」「なるほど、思いつかなったぜ」「砂漠なら常識だろ」

 

 

 見事に盗み逃げおおせても、野ざらしのまま太陽光を浴びると辛い。そんな成功後のイメージすら浮かぶくらいに順調。しかし気になることがあった。やけに、やっぱり、どうしたって頭数が少ない。単純に迷路の前後やこの宝物庫にもっと人数を割いているだけでもっと厳しかったのだ。腕利きの盗賊を自称するジーンだがこうも楽に突破できるようでは敵ながらそれでいいのか、とも思う。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「――イフタフ・ヤー・シムシム」

 

 壁の向こうから声がすると、天井の一部が大きく開く。重たい落下音と揺れが腹に響き、そして女がひとり降りてきた。

 盗賊団がどのようにお宝を複雑な迷路の向こう側にあるここに溜めこむのかといえば、あれが搬入経路なのだろう。開いた先に上の階層、そして同じような開口部の先には夜空が見えていた。

「はるばるこんなところにまで……私自ら、貴方がたの欲望、阻ませてもらいます」

 飛び降りた人物――大きなヴェールを被りながらも顔は隠さず、特徴的な真紅の髪を揺らす女が顔を上げた。非常に印象深いのだが、特に見せびらかすように晒された腰の線やへそ、胸の谷間へうっかり視線が吸い寄せられそうになる。もしかしたら男のサガを利用し「顔は隠さないが、顔を覚えさせない」というカモフラージュの役割もあるのかもしれない。

 なるほど体ひとつで危険な地にも趣きお宝を手に入れるのがジーンを含め盗賊という連中だから、それなりの高さからロープも無しに飛び降りるだけの身体能力を持つ者もいるだろう。だがこの女の異常な印象は、その武器にもあった。おのれの背丈よりも大きな斧を細腕で、枯れ枝かのよう軽々持ち上げている。初めに飛び降りたときこの巨斧は別で投げ落とされており、それが部屋を揺らした物の正体だ。

 

「知り合いか?」

「いや……オレは会ったことないね。だが名高い頭領、賊暴きのモルジアナが自ら来るのなら、お目当ての指輪もここだろう」

 

 倉庫からバックラーを拝借したとはいえ、あの巨斧からもろに一撃をもらったら死ぬだろう。でもジーンにはお宝を前にやらねばならぬことがあった。

 

「よーしじゃあ俺がエロい女の相手する。セインが探せよ」

 

 セインが呆れ半分に「そのうち刺されるぜ」と呟こうとしたのが遮られる。

 軽口を叩いた一瞬の間で、その頭から紙一重のところで寸止めされた斧。割かれた空気の震え、セインが唾を飲む音は傍らのジーンにまで聞こえてきた。人の頭に向けてデカいものを振りかぶり、それでいてうっかり潰してしまわぬようぴたりと止める技量。

 

「必要ありません。試練を受けるのはひとりだけです。抜け駆けしようとすればこの斧で頭を砕きます。今すぐしても構いませんが」

 

 あまりに軽々と巨斧を振り回すので、見ているだけで錯覚で頭が酔ってしまいそうだ。どこかの段階でモルジアナを出し抜くにしても、ぎりぎりまで刺激しないようにしないとまずい。「試練ってのはなんだ?」と、とりあえず話を聞くポーズとして両手を上げた。マントで隠れているところに仕込みはしてあるが、アピールは大事だ。

 先にジーンたちが転がしたツボ、その残りの方を指差す。

 

「ここには四十のツボがあって、そのひとつに指輪を隠してあります。ひとつは貴方がたがひっくり返してしまいましたけどね。他のツボにも油がたっぷりと詰まっている。指輪を探し当てたら、ここを出ていけばいい」

 なんだ、それなら難しくない話だ。

「チャンスは一度だけ。違っていれば、そのまま自身が選んだそのツボに突き落として火を付けます」

 

 残念なことにツボの中身がどれだけよく燃えるか、ちょうどすぐ後ろで実践したところである。消火のため奔走する連中の声がよく響いていた。

 

   *

 

 どうしたものか。いくら強いといっても女ひとり制圧するだけならできると思う。だが我が身はもちろんのことセインまで無事に、という条件をつけると途端に難易度が跳ねあがる。

 

(いや、そもそもセインと一緒に行く義理ってあるか?)

 

 ここまで案内してくれたし連携もなかなか気持ちがよかったが、あくまで〝まほうつかい〟ラクスに飛ばされてきた地下で初めて会っただけの関係だ。

 

(んー……あとのことは、あとから考えるか!)

 

 お宝は諦めて自分ひとりが逃げおおせるのはどうとでもなる。セインとの涙と友情で成される同時脱出チャンスは一回きり。ならまずは欲張りな両取りを試してから、あとのことは考えたらいい。何なら最初の一回で大成功させたならば後詰めも考えなくていいのだから、トータルで見たらむしろ楽になるとすら言える。妥協は嫌いだ。

 

「ツボを選ぶ、っていうのはどこまでを言うんだ?」

「外から眺めてみるのは許可しましょう。蓋を開けたらそれを選んだとみなします」

「突き破ったら?」

 

 ツボに印の類がないか眺めつつも揚げ足取りでおちょくりながら反応を見る。ひとりきりだったら無言で『蓋を開けず』に『突き破って』片っ端からツボを確かめてから事後報告してやるが、今は慎重に行く。

 モルジアナが倒されたツボを指差す。斧は片手で保持したままだ。

 

「貴方のお友達は先のツボを破って開けたでしょう。蓋のされたままのツボから油を出すため倒す人はいませんから。ならば突き破るのも選んで開けたとみなします」

「ちっ」

 

 白線で印がついたツボを見つけた――と内心でガッツポーズを決めたところ、別のツボにも同じような白線があった。危ない、ぶらさがった餌に食いついていたら終わりだった。白線同士で違いがあったりしないか見比べもしたが、全部のツボで同じだとしか分からなかった。

 

「こんなんじゃ、あんたら自身も指輪がどこか分からなくなるだろ」

「そう。だから私や他の者を拷問、尋問、誘導、どうしても無駄です」

 

 考えるだけ時間の無駄な気がしてきた。ひとりなら脱出はわけないと行っても、いたずらに時間を浪費してもリスクは増える一方だ。

 腹は括った。

 

「よしっ、これだ!」

 

 腕一本で蓋を破って突っこむ。常識的に考えれば底に沈んでいるだろう。手足を畳めば人間もすっぽり入れそうなツボの底までまさぐるのはさすがに緊張したが、指先の感覚を頼りに粘性のある液体を掻きわける。

 後方でセインが息を呑んでいる。モルジアナですら、緊張感を漂わせている。

 利き腕まるごと油の中を泳がせるなんていうのはジーンでも未知の体験で、想像以上に腕が重たい。下手にかき混ぜれば液体の流れが生まれて、もう探った場所にブツが移動してしまうかもしれない。そもそも入っていないかもしれない。だがジーンはおのれの直感を信じる。

 

(俺の直感が、外れるわけがない)

 

 自分を信じられないやつに、何ができるものか。

 指先に硬いものが触れた。慎重に慎重を重ねて、集中。

 また触れた。指の腹で擦ったら少し動いてしまったが、おおよその位置に当たりはつけられた。

 そろそろヤバいか? ほんの少しだけ神頼みをして……掴んだ。

 

 

   *

 

 

 ――ふあぁ~あ。今度はなにー……って人間が変わってるー!?

 

 な、なんだお前は? というかツボは? 女やセインは?

 

 ――おや、ワケわからず擦っちゃった系? じゃあ魔神と話すのも初めてかぁ。どうも、ムーニャちゃんは人間の召使いでぇ~っす! アラビンカラビンッ、ぶいっ。

 

 ――えっと、ドン引きしないでよ。時間の流れが違うところでオハナシするくらいのパワーをひろーしないと、信じてくれなくてさ。前のご主人だった人間もさぁ……。

 

 いや、長くなりそうだしいい。この前は〝まほうつかい〟に飛ばされたし、なんか慣れちまったわ。

 

 ――とりあえずなんか命令してよぉ。叶える願いもなきゃなんにもできない、悲しい機構が魔神なのよぉ。

 

 それなら願ったり叶ったりだな。俺とセインを、無事に、〝幻の都〟に連れて行きな!

 

 

   *

 

 

 

 うたた寝で落っこちる夢を見たときに身体がビクリとするような、唐突な覚醒。

 

(油が、消えている……)

 

 蓋を突き破って腕を突っ込んで入れているから、監視しているモルジアナもツボの中身が変わったことに気づいていない。ジーン自身も手触りしか情報がないから、わけがわからない。

 掴んだはずの指輪は、夢から醒めたら勝手に右の人差し指に収まっていた。油が無くなった空間をまさぐると、布の感触に当たる。前からツボに入っていたかもしれない、と言われるかもしれない。しかし濡れておらず空気を含んだふかふかとした感触は、油の消失と入れ替わりで現れた品であることの証拠だ。

 

(えぇ~こっからどうすんだよ)

 

 さっき話した魔神とやらが布と油を入れ替える手品をした。だからどうした。

 あの不思議時間停止空間を再現できないかツボの内側で手を動かしてみたりしたがうんともすんとも言わない。不審な動きをしたら斧で頭を吹っ飛ばされかねない。こんな状態で本当に、ジーンとセインが、無事に、〝幻の都〟に辿り着けるのか?

 

(ちょっとだけ神頼みしたら、魔神とやらが出てきてくれた。やってやるさ!)

 

 ジーンの横顔がわずかに変化した理由を、外れのツボを引いての焦りと断定したのだろう、斧が振り上げられた。

 ちょうどいい、踏ん切りをつける合図代わりだ。

 一気に腕を引き抜きそれを引きずり出す。しかし、手ぬぐい程度のほんの布切れだと予想していたのにいざ持ち上げるとかなり大きくて重たい。一瞬で出せるつもりだったのに、予想とのわずかな差が生じる。避けきれない。受け流すしかない。マントの下に隠していた鉄のバックラーを振り上げる。

 着けていた左腕を通じて衝撃が肩へ巡る。

 

「いってぇ!」

「くっ!」

 

 防がなければこの勢いで身体を潰されていたのだ。バックラーの表面を撫でた斧が勢いのまま床に突き刺さった。

 あと少しでツボから全部出せる。それなりに大きな絨毯だ。モルジアナが斧を持ちあげ直すよりは早い、間に合う。

 

「その右腕、切り落とします!」

 

 でかい武器が間に合わないなら小回りの効く小さなものを。シンプルな話で、モルジアナがよく研がれたナイフを振った。

 問題ない。わざと肩口を割り込ませる。肉は切れない。

 

「そんな!」

「へっ」

 

 ナイフの刺さった先は、肩に着けられた木のバックラー。斧相手には頼りないが、ナイフ相手なら十分。マントに隠して両腕それぞれに盾。モルジアナの〝試練〟で深いツボを探るにあたって利き腕の方は肩にまでずらしていた。両方をジーンが独占する代わりに危険な役目をやらされることになったわけだが、お釣りが来る。

 腕を落とす勢いのまま深々と刺さったナイフはもう抜けない。

 そしてようやく魔神の絨毯が全貌を見せた。勝手に足元に滑りこんできて「うわっ」と思わず声が出る。動く絨毯はさすがに想定外で、バランスを崩して尻もちをついた。絨毯は床からわずかに浮いていて、ケツへの衝撃を緩和してくれる。

 

「オレも頼むぜ」

「おう、二人乗りなら行けそうだ」

 

 最後にセインが乗りこむ。モルジアナの隙を見逃さず駆けこんできたところは可愛くないが有能だ。

 絨毯ごとケツが地面から浮く。なるほど、無事に出ることは叶いそうか。空を飛ぶ絨毯ということだから、このまま〝幻の都〟への旅になるのだろう。

 

「じゃあな――おい、セイン!」

「うっ!」

 

 怨嗟の形相でセインのマントが掴まれていた。

 

「…………お前は逃さない…………」

 

 引きずり落とされそうになるのを支えるが、このまま無理に飛びたてばまとめて転がり落ちるか、首締めでセインの息が止まってしまう。ジーン身体の各部が先の巨斧の受け流しで悲鳴を上げていて、ただ支えるだけだと共倒れならぬ共落ちの方が可能性としては高い。

 使える物、打開策――鋭利なモンならある!

 自前のジャンビーヤで切り裂く。極限まで引っ張られた布は首近くからすっぱりと切れた。ジャンビーヤが勢い余って手からすり抜けてしまうが、拾う暇もなく急上昇。モルジアナが最初に現れた穴から一気に地上へ、夜の空へと上がっていった。盗賊団が潜伏するためのアジトになっていた遺跡は、離れたらもう外見からはただの廃墟にしか見えなくなる。

 一連の、だが時間にしたら刹那のような出来事が終わって、モルジアナは取り残されていた。

 

 

「……《誰も知らない物語》が始まってしまう……」

 その呟きは誰にも聞こえない。

 

 

   *

 

 

「はーっ! 死ぬかと思った!! そしてさっむ!! 助かったけどマントぼろぼろだし!」

 震える声でセインが叫んだ。必死に手と手を擦りあわせているが、もう爪の根元が紫色になっている。ジーンも白い息を吐きながら茶化してやった。

「切らなかったらあの女に火炙りにされてたぜ。さぞかし熱いだろうなあ」

「それは勘弁」

 砂漠の夜は冷える。まして空飛ぶ絨毯で飛行なんてしていたらなおさらだ。

 ジーンの方は気休め程度とはいえ無事だったマントのありがたみが染み入る。出入り口を燃やしたときに燃え移らなくて本当によかった。

「魔神ちゃんよ~。あったかくできないのか? 俺も結構さみぃわ」

 かじかむ手を擦りながら指輪の魔神へ呼びかけてみる。

(よく考えたら指輪の見た目すらよく見てないな)

 マントの隙間から覗いた。大きく赤い宝石が一つついたシンプルな形状で、それを嵌めた右手にはこぶし程度の大きさをした女子が乗っている。重さを感じないのは、こいつが魔神という物理法則から外れた存在だからだろう。

 

『むりですぅー、今のムーニャちゃんはご主人たちを無事に〝幻の都〟へ送るという命令を叶えている最中でー、快適に送るというのはサポート外ですぅー。死にそうになったらまた考えるね!』

「あーしぬ、マント千切れたししぬほどさむい、オレしぬわ」

「ついでに腹減ったわ、魔神ちゃんは水と飯もだしてくれー骨と皮になってしぬわーひからびるわー」

『棒読みでもダメー!』

 

 ちっちゃな魔神がプンプン騒いで、男ふたりゲラゲラ笑った。笑い倒すといくらか気が紛れる。

 

「どっか夜明けまで休めそうなところはないのか?」

 

 月の傾き、北斗七星の位置、諸々を勘定してもまだ夜明けまで時間がかかる。

 

『もうひと頑張りしてくれたら〝幻の都〟着くから一気にいこーよ。昼も夜も涼しいし飲み食いし放題だし、とりあえず過ごしやすいわよ~。寒いのはもう、人間同士で温めあえばいいじゃない』

「俺のマントだぞ、ふたりで一枚は願い下げだっつーの。……詳しいな、魔神ちゃん」

「男同士で身を寄せあうのは断るぜ」

 

 セインも苦虫を噛み潰したような表情で、痩せ我慢しながら突っぱねてきた。おさげが風でぶんぶん揺れている。助けあった仲だが、一枚の布を分けあう仲になったつもりがないのはジーンも同じだ。

 

『だって元ご主人がいたトコだし。聞いてよー〝対価〟踏み倒しクソ野郎でさー』

 

 初めての時間が止まった空間で話したときもだったが、ムーニャはうっかり前のご主人とやらが関わると饒舌になる。ジーンが左手で遮り、愚痴を強制終了させた。

 

「ああもういらんいらん、女から聞くよその男の悪口はつまらん」

『ムーニャちゃんを女子扱いしてくれるの、うーれしー! ……ほら、オアシスと、街が見えてきた』

 

 

【挿絵表示】

 

 

 彼女が指さした先、そこには砂漠の真ん中に広がる巨大な水源。街は水の中心部に島のようにあって、夜の蜃気楼によって浮いているようにも見えた。全体として水源の中である一点を中心に多重の輪が重ねられたような構造をしている。

 遠景でも目立つのは大きな宮殿、周りは為政者と市民を隔てつつも憩いの場にもなる広場が整備されている。さらに外縁に小さな生活家屋が群がっていて、そのさらに周りを囲うように水が湛えられていた。今は夜中だからかほとんど灯りがないが、昼になれば豊かな水に囲まれた人々の営みがみられることだろう。たまにきらりと飾りか何かが月明かりを反射するのが目に入る。

 こんな巨大なオアシスがあれば誰かが地図に載せるはずなのに、どこにも載っていない〝幻の都〟だ。砂漠の民からしたら信じられないような景色を今まさに空から、ミニチュアのように見下ろせている。

 

「こいつはすげぇ。まるごと持って帰りたいものだな」

 

 思わず口笛を吹いた。ジーンがいつも探し回っているような財宝とは趣が違うが、これはこれで心惹かれるものがある。

 

『てきとーな宿屋までいっくよ~』

「もう腹減ったし、次からは快適に運べって命令するわ」

「一番いい宿屋で頼むぜ」

『ムーニャちゃんに命令できるのはご主人だけですぅー。べーだ!』

 

 セインの便乗を突っ返すのは構わないのだが、てきとーという言い方に一抹の不安がよぎる。この魔神は確かに無事に脱出するという願いを叶えてくれたが、融通の効かない側面を持つ。ジーンは強く強く強く、強調した。

 

「野郎と相部屋にならないよう、ちゃんとひとりに一部屋ずつあるところへ連れてけ」

『はーい! ムーニャちゃんにおまかせ!』

 

 次第に高度を落としていく。〝幻の都〟を囲む水上に近づくにつれ、気温がぬるくなってきた。大量の水は昼間は熱されにくく、夜間は冷えにくい性質ゆえに快適さを保ってくれるのだ。

 ついに水面スレスレにまで下がった。手を絨毯の外へ下ろすと白い飛沫が立って「濡れる、マジやめろ」とセインに文句を言われる。その横顔を見て、青紫になっていた唇に血の気が戻ってるな、と少し安心した。

 岸を過ぎ、オアシスの恩恵を受けた木々の間を抜け、水面からのぞく岩だか植物だかで休んでいた鳥たちを横目に見ながら、ついに街中に入った。

 

 空飛ぶ絨毯なんて他の人間に見られたらちょっとした騒ぎになりそうなものだが、ムーニャのルート選びが完璧なのかスムーズに通り抜けられた。街の様子は暗いのではっきり分からないが、印象に残ったのはいくつも立つ黄金の柱だ。配置は不規則で、黄金でできた装飾でふんだんに飾り立てられるくらいに豊かだということか。

 とある建物の窓からそのまま中で乗り込んだ。

 

『とーちゃく! また命令があったら言ってね~! でもムーニャちゃんも疲れたしオヤスミー』

 

 絨毯とちっちゃい少女がまとめて煙となって姿を消す。残ったのはベッドの上に座ったジーンとセインだけ。顔を見合わせる。

 

「もー疲れた。動きたくないからセインが別の部屋行けよ」

「じゃ、そうさせてもらうよ」

 

 ここでオレも動かないぞとかで口プロレスになる、とうっすら予想していたのが外れて、言葉にできない引っかかりもあって、セインを引き留めようと思ったのにもう長かった一夜の疲れがどっと出てきてそのまま泥のように眠った。

 

 

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